表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いち日本人のバイト事情  作者: 栗原 花楓
3/7

02

不定期更新です。

 アルバイト一日目、業務についての詳しい説明と正式な名札を貰うより先にやったのは、昨日すっ飛ばした自己紹介だったのは言うまでも無いことだった。


「本当は昨日の内に名乗るべきだったんですけど、すっかり頭から飛んでてすみません。紡車綾斗と言います。改めて、今日から宜しくお願いします」


 最初が肝心だからと深々と頭を下げ、さっぱりとした気持ちで顔を上げれば、目が合った店主はああそういえば、というような顔をしていて。特に咎められることもなかったのは幸いだったがこの反応は予想外だった。どうやらこちらが思うより、重要なことでは無かったらしい。



 そんなこんなで働き始めて早一月強、綾斗は今日も朝からバイトに精を出していた。

 基本、店主は綾斗が店に来るより早く来ていて既に仕込みを始めている。厄介になっている身なのだからと、店主より早く来るべきだと常々思っているのだが、如何せんどんなに早く来ても店主に勝てたことはない。それどころか、余りに早くやって来る綾斗に対し、そんなに急がなくても良いとさえ言ってくれるのだが、雇ってもらっている立場でそれに甘んじるのもどうかと思うので、無理をしない程度に早く来るようにしている。

 帰りに掃除はしてあるが、店が開く前にもう一度丁寧に掃き、テーブルと椅子を拭いて周り、備え付けの調味料と箸やフォークの類いを置いて周る。確認の意味も込めてざっと店内を見回し、特に不都合な箇所がないことを確認する。

 店内の準備が終われば次は厨房の中に入り、棚にしまっていた水用のグラスを保冷庫代わりの箱の中に並べて入れ、代わりに取り出した水をピッチャーの中に注ぎ、レモンに似た果実を絞る。後はこれを店主が凍らせれば完成だ。

 すると、タイミングを計ったかのように、ご飯が炊けたことを示す音がしたので蒸らした後、固まらないようにかき混ぜておく。

 暫くすると、味噌の良い匂いが漂ってくる。今日のおみおつけは何だろうと首を伸ばしてみれば、どうやら豚汁のようで。好物だったことに内心喜びながら、肉は何だろうという疑問が脳裏を過ぎる。野菜類は大概向こうで手に入れているらしいが、肉や魚介の類いはこちらで調達する方が多いので、今日の肉もただの豚でないだろうことは明白。知りたいような知りたくないような複雑な胸中ではあるのだが、困ったことに味は文句なく美味いので、さほど深く考えなくても良いかなと最近は思うようになった。

 何はともあれ仕込が終われば朝ご飯が待っているし、あの豚汁らしきものも朝食で振舞われるのだから、気が向けばその時に聞けば良いだろうと、それ以上考えるのを止めて開店準備に集中する。



 いただきますと手を合わせ、七味唐辛子を振りかけた豚汁をまず一口。サツマイモが入っているからだろう、少し甘い味噌の中、ピリリとした辛さが何ともいえない。たっぷりと入った具を堪能し、すかさず炊き立てのご飯を口に運べば、幸せな味に頬が弛む。惜しくらむべきはここに漬物がないことだろう。沢庵が二切れもあればこの朝ご飯は更に完璧なものになるのに。

 そういえば、母親が毎年漬ける沢庵の仕込を手伝うのは自分の仕事だった。糠は簡単に手に入るだろうし、後は塩と酢と、あの赤い粉は何というのだったか。確か薬局で売っている筈で。記憶を掘り起こしてみれば手順はしっかり覚えているようなので、おやっさんに言って入手できれば久しぶりに作ってみようかな。

 極彩色の魚の切り身を口に運びながら、ふとそんなことを思った。



「辛いの」

「冷たいの」


 客に対しいつも通りの対応をしにこやかに問いかければ、メニューを気にするでもないまま発された一言。彼等は言語中枢が余り発達していないらしいのでどうしても端的なもの言いになってしまうのだが、折角文字が読めるのだし、ましてや初めて来る場所というわけでもないのだから、せめて料理名で注文して欲しいのだが。

 でもまあ今に始まったことでもないので、綾斗は頬が引きつりそうになるのを堪えながら、笑顔を崩すことなく「少々お待ち下さい」と軽く頭を下げると既にこちらの事など気にする様子もなく水を飲み始めた彼等に背を向け、素早く店主の待つ厨房へと引き上げる。


「辛いの1つと冷たいの1つ、です」


 便宜上手元のメモを見ながらそう言えば、店主は鹿爪らしい顔をしたままふらりと視線をさ迷わせ、数秒の沈黙。その後、おもむろに煙管と置くと、包丁へと手を伸ばした。どうやら無事閃いたようなので、綾斗は一度店内を見回して今はそこに自分の仕事がないことを確認し、店主の邪魔にならないように距離を取ってその手元を観察する。

 店主の作るものは、大概が綾斗の世界の料理とよく似ていて。時折口に入れるものとしてそれはどうなのだろうと思う食材もあったが、大衆めいたその料理は、だが自分の知るどの料理よりも美味だった。

 異世界など所詮空想上の産物だと思っていた綾斗は、そもそも魔物に味覚なんてないだろうと思っていて。だがこうして異世界といわれる場所に立つに至り、己の認識がどれだけ薄っぺらいものだったのかを思い知った。

 まず、一概に魔物といっても種族という違いがある。そして、人という種族の中でも自分達に個性があるように、たとえ同種であっても味覚は別である以上、個々の好みも多彩に富んでいた。それは、元の世界にいたら決して知ることはなかったであろうもので。それを面白いと思える程度には、この世界になじんできたのだと思う

 例えば巨人族は肉さえあれば良いのだと思っていたが、実際には野菜もよく食べる。大きい身体を支えるのに肉だけでは栄養が偏るからではないか、という店主の言葉に成程と思ったものだ。

 そうして自分の想像と実際目の前にいる存在との擦り合わせを行うと、薄っぺらかった存在が俄かに存在感を増し、個の色を伴うようになった。

 そして食という生きる為に大切な手段を供する立場に身を置く事により、それはより鮮明なものとなっていく。それは今までの自分の生活がつまらないと思えるほどに刺激的な毎日で。更に異世界の住人達は、自分の考えていたより遥かに個性的で面白い。

 そして、興味が湧くと同時に、自分もまた店主のように料理をしてみたいと思うようになった。

 基本的に食べるのは好きなのだが、作るとなると話は違う。母子家庭ということもあり、実家にいた時分にはそれなりに手伝いはしていたが、一人暮らしを始めてからは忙しさにかまけておざなりになっていた。ましてや誰かに作るなどついぞなかった自分が、店主に影響されたとはいえそんなことを考えるようになったのには自分でも驚いたが。


「ツム」

「え?あ、はい」


 思考の淵に嵌っているところで不意に名を呼ばれ我に返れば、店主が野菜の入った笊を手にこちらを見ていた。と、


「冬瓜は皮を剥いたら目入れて下茹で。茄子は半分は焼いて皮むき、残りは切れ目入れながら斜めに切れ。人参は千切りにして下茹で、長芋は半月切りだ。多少不恰好でも構わん」


 ぽいっと軽い所作で投げ渡され、綾斗が呆然としている内に自分はニンニクやら生姜やらを猛然とみじん切りにし始めた。

 突然のことにそのまま固まっていると、中々動き出さない綾斗に気付いた店主が一旦手を止めて振り返り、さっさとやれというように顎をしゃくる。その態度は冗談を言っているようには見えなくて、綾斗はじわじわと湧き上がる喜びに思わず頬を緩めながら元気に返事をすると、流しへと向かった。

 笊から取り出した野菜を一つ一つ洗いながら、その処理手順を脳内で確認していく。そうしてざっと水を切り乾いた布で水気を取ったら、今度はまな板の方へと移動する。まな板の向こう側に揃えて置いてある包丁を手に取りながら、まずはと冬瓜に手を伸ばした。

 生憎とピーラーなどという便利な物は無いので、なるべく薄くなるように剥いていく。多少不恰好でも良いと言われはしたが、野菜の処理が料理の見た目を決めるのだと母親が言っていたのを思い出し、少しでも綺麗になるように気を付けながら。

 目を入れる間隔は勘でやるしかないので、均一になるように入れて既に湧いている湯の中に沈めれば、そういえばどれ位茹でれば良いのだろうかと疑問が湧く。と、店主から声がかかり、慌てて取り出し冷やす。恐らくこれが『冷たいの』の材料なのだろうと思ったのでそうしたのだが、店主からの叱責は無いのでどうやら当たりだったらしい。十分に冷えたところで店主の手が伸びてきて笊ごと冬瓜を取り上げると水気を切り、出汁の香りがする鍋の中に投入した。

 次に茄子の処理をしようと、なるべく大きさの揃っているものを選んで網の上で転がしながら焼いていく。確か焦げる位に焼いた方が綺麗に皮が取れるのだったか。と、記憶を掘り起こしながら箸を動かす。

 ちらりと店主の様子を窺えば、そんな綾斗の行動を止める様子もなく、淡々と海老の背綿を取り縦半分に切り開き片栗粉を振ると卵に潜らせ軽く茹で上げている。

 茄子の皮が黒くパリパリになったところで火を止め、布と箸を使って皮を剥ぎ取るとこれも氷水に浸ける。熱をしっかり取らないと余計に火が通って形が崩れてしまうので念入りに。粗方熱が取れたところで水を切り、残った水分を拭き取ったら店主の示す鍋の中にそっと投入する。鍋の中を覗くと、冷えた出し汁の中に冬瓜と海老も浸かっている。これがどうなるのだろうかと考えていると、店主から声がかかった。顔を上げれば、短く一言食糧庫に行って来る旨を伝えられたので、特に疑問に思うことも無く返事をし、店主の背中を見送った。食糧庫は店の裏口から出て通路を挟んだ向かいの部屋だ。

 因みに、綾斗と店主の居住空間もその並びに存在している。下手に入ると迷子になってしまうダンジョン側とは違い、店の裏にある通路は至ってシンプルで、余計な部屋は一切ない。あるのは先程言った三部屋と、後は調理器具等が置いてある倉庫と岩をくり抜いて作った風呂位なものだ。後は直接外に出ることの出来る扉が一つ。但しこちらは店主と綾斗以外開けられない仕様になっていて、一応の守りはあるが、このお陰で綾斗の安全はしっかりと保障されているようなものだった。

 この店主、迷子の綾斗をあっさりと雇った経緯でも分かることだが、存外にお人好しらしい。まあお陰で特に不自由を感じることなく日々のバイトをのびのびとこなせている訳なので、文句を言う気は毛頭ないのだが。

 それから茄子の残りと人参を処理し、長芋を少々手間取りながらも何とか半月切りにしたところで食糧庫に行っていた店主が戻ってきた。手に何やら激しく動く黒い塊を持って。

 食糧庫に行ってたんですよね!?と思わず確認をしそうになりながら見守っていると、店主は綾斗が食材を処理している側とは違う流しの傍にそれを置き、わしゃわしゃと動く足の中の二本を掴むと包丁であっさりと切り離す。その足を水で洗い、沸騰した鍋に塩を摘み入れると無造作に放り込んだ。数分と経たずに取り出されたそれは真っ赤に染まっていて。店主は熱さをものともせず殻を割り、中身を取り出していく。

 綾斗の脳裏にふと蟹の映像が浮かんでくる。恐らく種類的にはそれで間違いはないのだとも思う。でも、綾斗の知ってる蟹はあそこまで大きくはないし、第一あんな一本一本が刃物になっているような、凶悪な足は持っていない。しかも蟹よりも随分と多いそれは、気持ち悪いほどわしゃわしゃと動き回っている。

 半ば現実逃避気味にそれを見ていると、店主はそれを出汁の入ったフライパンに入れ、何度かフライパンを揺すりながらかき混ぜたかと思うと、白く濁った液体を流し入れた。お玉で掬い上げては落としを何度か繰り返す内にとろみが出始めたところを見ると、どうやら先程の液体は水で溶いた片栗粉だったようだ。

 店主はそれを冷ます為に濡れた布の上に置くと、別の作業に移る為そこを離れた。どこから見てもそれは完全に蟹の身入り餡にしか見えない。でも、そっと店主の背後を窺えば、未だうごうごと動き続けるどす黒い塊が。足を二本失って尚大人しくなる気は無いようで。

 思わず引き攣った綾斗の顔を見て何を思ったのか、店主が徐に振り返り、足を切り落とした時の包丁を取り上げると、何のことは無いように振り下ろした。

 途端、店内に飯屋では決してありえない断末魔が響き渡り、それきりその塊は動くことを止めた。というより、店主がすっぱりざっくりと止めを刺した、というのが真相だが。そして、その声に反応した客は誰一人いない。今の時間帯と客層を考えればそれが当然で、人として当たり前の反応を期待するなど間違っているのも十分承知しているのだが、どうしても店内を窺ってしまう。

 そして、そんなシュールな光景に慣れてきたとはいえ、結局反応してしまうのだから自分もまだまだだな。などとどこか悟ったような気分になりながら、何事も無かったかのように料理の仕上げへと戻る店主の様子を眺めていた。

 店主から指示を受けた仕事は済んだので、店主がフライパンを使う音を聞きながら、使う皿を用意する。餡かけを使う方は少し深めの皿が良いだろう。ただ、今作っているのがもう一品だとすると炒め物なので、こちらは平皿の方が良いだろうか。等と考えながら、四角いお盆を二つ並べ、冷えても良い小鉢を先に置いておく。鼻孔くすぐる香ばしいにんにくの香りに思わず首を巡らせれば、丁度店主がフライパンに蓋をしたところだった。手元に並べられた食材が粗方無くなっているようなので、全てあの中に入っているのだろう。コチュジャンの香りらしきものがするので、こちらは中華寄りの一品なのかも知れないなと思いながら、そろそろかなとご飯茶碗を手に取った。


 メインの一品とご飯、それから汁物と小鉢に小皿を添えたお盆をそれぞれの手に持ちながら、客の元へと急ぐ。


「おまちどうさまです」


 姿形が全く同じだからといって注文の品を間違えるなどという愚行を犯すことなく、二つの盆をそれぞれの前へと置きふっと肩の力を抜いた。

 すると早速立ててあったフォークに手を伸ばし要望の品をそれぞれ口に運ぶ。表情は変わらないが、一瞬手を止めた後、すぐに何も言わず再び手を動かし始めた。

 何も言わず黙々と食べているところを見れば、どうやら満足の良く出来のようだ。店主曰く、彼等は気に入らなければ誰がいようと容赦なく仲間を呼んで店内を荒らしまわるらしいので。

 未だその現場を直接見たことはなかったが、客の一人がそれがどれだけ性質が悪いものかを語っていたのを聞いたことがあるので、そんな事態にならなくて良かったと思う。何せどこで聞きつけたのか、店の中がゴブリンで溢れかえるほど詰め掛けてくるらしいので、出来ればこれからも遭遇したくはない。

 心からの安堵に息を吐きながらテーブルを離れようとした綾斗の視界にちらりと映ったのは、最近店主が拘って色々と試行錯誤を繰り返しているという炊き込みご飯。味が染みているからという理由では到底片付けられないどす黒い具に、本当に食べて良い物なのだろうかと、ふと不安が過ぎる。十中八九賄いに出るであろうことは間違いないのだが、その正体がダンジョン内の随所に生息する成人男性の身の丈はあろうかという化け物貝で、しかも肉食だというのだから。

 貝自身、今までそれなりに『食事』をしていたのだろうと思うと……うん、余り深く考えるべきではない、というか考えたら確実に負ける。

 浮かびかけた想像を急いで振り払うと、綾斗は足早に厨房へと向かった。



 店主は新しい食材を使う度、賄いにそれを出してくれる。ほとんどは綾斗にも馴染みが深い食材ばかりなので問題ないのだが、未知の食材となると想像がつかない物も多い。綾斗の為に配慮してくれているのだろうと気付けば、素直にありがたいとは思うのだが―――

 綾斗は改めて目の前の塊を見つめた。店主がきっちり止めを刺したのでこちらに危険はない。のだが、その姿にどうしても躊躇が生じてしまう。

 手を伸ばしては止め、また伸ばしては止めを繰り返すこと数分、漸く覚悟を決めて手袋をした手でそれを持ち上げる。ずっしりと手にかかる重みを感じながら、流しの中に置いた盥の中に置いてがしがしと洗う。びっしりと生えている体毛は意外にも柔らかく、まるで苔の塊に触れているような感触で。体毛を全てこそげ落とすと、並の甲殻類より遥かに硬い感触。ちょっと押した位では、全く歪まない。これ位の強度がないとダンジョン内では生息出来ないのだろうかと思いながら、最後に凶器のような足の部分を慎重に洗った。

 軽く水を切ってからいざ茹でようとした時、ふと気が付いて店主の方へと首を巡らせる。


「おやっさん、足って先に落とした方がいいんですか?」

「いや、そのままでいい」


 綾斗の問い掛けに、次の注文に取り掛かっていた店主が振り返ることなく答える。

 ではカニを茹でるのと変わりないのだな、と一人納得しながら沸騰した湯の中にそれを沈めた。



「頭は食うな」


 猛毒だからな、とあっさり言われ、固まること数秒。開けていた口を閉じて視線を落とせば、今正に口に入れようとしていた身にたっぷりと塗られたかに味噌(仮)が目に飛び込んでくる。

 慌ててそれを皿に戻し、使っていた箸と皿を流しに運んでこれでもかというくらいにきっちりと洗い、念の為と自身の手も丁寧に洗う。


 驚きと恐怖の所為で激しく脈打つ心臓の音を聞きながら抗議をしようと店主の方を見れば、特に何を言うでもないその背中に、深々と溜息を吐いた。


「おやっさん……」


 未だに収まらない心臓を押さえながら席に戻りジト目で店主を見れば、平時と変わらないその様子に、ついつい恨みがましい声が漏れる。


「早く言って下さいよ」

「すまん、人間には猛毒だが魔族には美味なんで忘れてた」


 先程綾斗が放り出したかに味噌(仮)を大皿から取り上げて平然と口に放り込み、全く悪びれた様子もなく笑う店主。その姿に、どっと疲れが押し寄せる。

 否、分かっている。どう見ても人にしか見えなくても店主が人間ではない以上、そこに明確な線が引かれて然るべきであることぐらい。だからこそ、寧ろ綾斗よりも店主自身が忘れないで欲しいものだ。

 それなりにこちらで時間を過ごしたからといって、綾斗にはまだまだ知らないことの方が多いのだから、先導者ともいえる店主が教えてくれないとどうしようもない。

 もし、書物か何かで知識を得られるのならば手に入れられないものかと思うのだが、如何せんこのダンジョンでまともに本を読む者が余りに少なく。襲われる危険は無いとは言え、一人でダンジョン内を闊歩する勇気はない。しかも人里に向かうには、それこそ自分のへな猪口具合が邪魔をする。となれば結局、店主に頼るしかないというのに。黄泉竈食ひでもあるまいに、元の世界に戻れないだけでなく、それこそ二度と還って来られない世界に昇天するところだったではないか。

 気持ちを落ち着け食事を再開した綾斗は、一足先に食事を終え煙管に手を伸ばす店主に、胡乱気な眼差しを向けるのだった。



・+・+・+・+・



バイト×日目:

 今日は赤と青のゴブリンが揃って来店した。相変わらず変わらない表情と、こちらに対し何の興味もなさそうな態度にコミュニケーションを図ることは出来なかった。

 注文された料理、正確にはおやっさんの機転の賜物だったが、に満足してもらえたようで何よりだった。ただ不思議だったのが、彼等が無類の肉好きだったのに、おやっさんが肉を一切入れなかったことだ。不思議に思って聞いてみたら、普段店に来ない時は肉ばかり食べているだろうから、偶には野菜中心の物をと考えそうしたとのこと。食べる者のことを考えて作るそのやり方に、流石はおやっさんと思った。

 今日は新たに貝の化け物と蟹の化け物みたいな食材を食べた。貝の方は触感は硬いが味や匂いに癖は無く、どちらかというときのこのような味だった。蟹の方は……おやっさんに悪意が無いのは重々承知しているが、ほんっとうに気をつけて欲しい。驚きすぎて味も何もぶっ飛んでしまった。その後も身の方は本当に大丈夫なのだろうかと恐々食べたせいで、味の記憶をする余裕がなかった。取りあえず今のところぴんぴんしているので、後でもう一度食べてみることにする。



青年の名前は『紡車(つむ) 綾斗(あやと)』と読みます。最初はアヤと呼ばれる予定だったのですが、事情がありツムに変更してもらったという裏話があります。

料理はそれなりに手順を省略していますが、自分が作ったことのあるものを出す予定です。


お読みいただきましてありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ