表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

1(少年)+1(少女)=1?

同一人物?何を言ってるのかよく理解出来なかった。いや正確には理解を拒んでいたという方が正しいだろう。たしかに自分は母親似で下手な女子よりは顔が整っている(自慢や自惚れではなく事実だ) たがただウィッグを着ければそのまま女装になるほどの女顔はしてないはずだ。


「もしもし?大丈夫ですか?」


それでも覗き込んでくる顔はどこまでも自分によく似ていて、事実と認めるには十分で、だが証拠も無しに信じることは出来なかった。


「……証拠は」


「はい?」


「証拠は無いのか?」


「この状況は証拠にはなりえませんか?」


確かに自分と少女以外が眠りについているのは異常だ。中学生の妄想でよくあるようなテロリストだってこんなことはしまい。脳内お花畑のような発言ならなおのこと。そんなことをする意味は無いし、される価値も自分には無い。

すると単なるメンヘラか? ストーカーやメンヘラは常人には考えつかないような突拍子もないことをしてのけるという。自分の預かり知らぬ間にクラスメイトや教師を懐柔して協力させているとか? いや硝子がそんなことに協力するとは思えない。自分で目の前の少女を口説き落とすかなにかするだろうし、何より硝子は僕を裏切らない。

思考がぐるぐるとループしはじめると少女からある提案をされる。


「証拠をお見せするために少々ご協力願いたいのですが」


「何をすればいいんだ?」


「手を差し出してみてください」


訝しみながらも左手を突き出す。思わず利き手では無い方を出したのは当然と言って差し支えないだろう。左手での握手によってこちらが好意的ではないことも伝わると良いのだが。

突き出した左手に対し少女は両手で包み込むように握手をしてきた。……してきた筈だった。何かがおかしい、自分の視界がハッキリとせずにまるで曇った鏡を見ているような気分になってくる。


「これで如何ですか?」


声もなんだかくもぐって聴こえる。段々と視覚と聴覚がクリアになってくるとそこには見慣れた自分の姿が左手を自分の両手で包まれてで立っているのが見える。「は?」と吐き出すような声が漏れたが、その声が自分の声なのか相手の声なのかも判別がつかない。瞬きすると元のように少女の姿が見える……が、もう一度瞬きすると、再び自分の姿が映った。


「聞き及んではいましたが、中々厳しいものがありますね……頭がおかしくなってしまいそうです」


「君がやったんだろ。一体これは何なんだよ!?」


「契約のようなものです。こうやって視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚を共有するとは聞いていましたが、中々厳しいものがありますね」


自分の口と相手の口から同時に声が発せられ、また自分が話しているような相手の声を聞いているかのような不思議な感覚に襲われる。自分では慣れてしまった制汗剤の匂いと少女のつけているであろう香水の香りもごちゃ混ぜに感じる。

少しだけ節ばったザラザラした手の感触もスベスベでサラリとした小さな手の感触も同時に感じ、自分と相手の境界線がわからなくなってくる。


「これが第一段階とのことらしいんですが、どんな気分ですか私(貴方)?」


「どんな気分もあるかよ、俺(君)って言っている時点で異心同体みたいなものだろ」


「まあそうなのですけどね、そろそろ第二段階に移行するかと思います」


言うが早いか彼女(自分)がそう言うと記憶の混濁が始まった。小さな頃に親に負ぶさりあぜ道を帰った記憶。初めてリボンをつけてもらった記憶。サッカーをして負けて慰められた記憶。上手く楽器が弾けずに投げ出してしまいそうになった記憶。


今この瞬間に自分の言った同一人物という台詞を理解した。


気がつくと手が離れていた。あんなにも二人で一つのように感じていた気持ちはもう無い。

夢かと思い思わず右の頰を抓ると鈍い痛みだけでなくグレーテの方から「痛っ」という小さな声が聞こえた。グレーテが顔中にハテナを浮かべながら彼女自身で左の頰を抓ると自分にも鈍い痛みが伝わってきた。


「えっえっ一体どういう事なんですかこれは!?」


「何がだよ、こういうもんじゃないの?」


「普通は体力か魔力、あるいは両方の共有だけが残るものなんです! こんな痛みの共有なんて聞いた事がありません!」


「ちょっと待ってくれ。なんかあっさり契約とか共有とか言い出してるけど、これって勿論元に戻るんだよな?」


グレーテがハッとした顔をしたかと思うと満面の笑みで誤魔化そうとしてきたので思わず自分の頰を抓る。自分と少女が思わず痛みで涙目になると次の説明を促す為に自分の椅子を差し出しす。少女が椅子に掛けると自分はいざという時に逃げ出せるように入り口に近い壁にもたれかかった。


「申し訳ありません、大分説明不足でしたね。この世界とは別の私の世界に来てから行うべきものでしたのに」


「まあ記憶の共有ってやつ?がされたし大体は把握してるけどさ、やっぱりちゃんと言葉で説明してからするべきだったと思うぜ」


「返す言葉もありません……」


シュンとしたグレーテを見ると何だか自分が少女を虐めているような気分になってくる。記憶の共有によって少女が悪い子ではないことはわかったし、大体のことは理解出来た。ただ状況の整理をするためにも口頭での説明が欲しかった。


「君だけが元の世界に帰れば契約は切れるんだろ。俺はそれでもいいし普通はそうすべきだけどさ、別世界の自分のよしみだ。どうしたいか言ってくれよ」


「眞家さん。私と共に世界を渡り正式な契約を交わしては頂けないでしょうか」


「簡単にそういうけど俺にも元の世界の暮らしってのがあるし、両親や友達だって心配するだろう。はいそうですかというわけにはいかない」


「スワンプマンというものはご存知ですか?泥沼の近くで落雷で死んだ人間が奇跡的な確率で記憶や思考、勿論見た目だって同一の人間が生まれると言った話です。それと同じで異世界に渡るのはスワンプマンでいう死んだ人間となります」


「こっちの世界の心配はいらないってことか」


「勿論今この瞬間に起こったことは魔法によって忘れていただきますけどね」


後は自分がこの世界に未練が残るかどうか。嫌だと断固として拒否すれば恐らく記憶を消され元の生活に戻れるだろう。今迄のように授業を受け部活をし、いずれ恋人を作り進学と変わりばえのしない生活を送る筈だ。


高校に進学する時誰も知り合いのいないところに進学した。虐めを受けていたわけではないし、友達も沢山いたんだと思う。ただ中学生の頃は携帯なんか持ってなかったし、引っ越すときにも誰にも引越し先を教えなかった。人間関係が嫌になったわけではない。ただなんとなく全てを絶ってみたくなったのだ。多分街中で昔の友達にあっても自分からは話しかける事はないだろう。


「誰にも迷惑がかからないんなら異世界に渡ってもいいよ」


「記憶を消せるからと言っても洗脳なんかは致しませんしご安心ください。貴方が純粋に嫌なら…………今なんと仰いました?」


「いいよ一緒に異世界に渡ろうかと言ったんだよ、両親や友達に迷惑がかからないんなら迷う事も無いし」


「自分で言っていて矛盾している気もしますが本当に良いのですか?もう二度と元の世界には戻れないのですよ?私がここに来れたのは貴方という存在を座標に来れたんです。スワンプマンのような厳密には眞家さんと違う存在は座標にはなり得ませんし、暫く期間を置いて考え直してからでも構いませんよ?」


「無断で契約を結んでおいて今更ヘタれるんだな。いいよ本当に」


「本当に本当ですね?後悔しませんね?」


「しつこいよ、一度決めたんだもう覆さないさ」


こうして異世界に渡ることを決めた。きっと元の自分にはわからないだろうけど別れの手紙を書いて鞄の中に入れておく。そしてグレーテに告げた。


「渡ろう世界を!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ