こんな夢を観た「バイクに乗る」
歩道を歩いていると、横に大きなバイクが停まった。
「よおっ」ライダーが声をかけてくる。フルフェイスのヘルメットなので、誰なのかさっぱりわからない。
相手はバイクを降り、ガード・レールを跨いでこちらへやって来る。
「おれだよ、おれっ」ヘルメットを脱いで現れたのは、幼なじみの桑田孝夫だ。
「なーんだ、どこの悪者かと思った」わたしはホッとして言う。
「ひっでえな、悪者呼ばわりかよ。これだから、バイクに理解のない奴は困るんだよな」
わたしは、改めて桑田を上から下までじっくりと観察した。皮のボトムスに革のジャケット。ドラマに登場する、いかにもチンピラ、といった風情である。
「いつも、もっとラフな格好してるから、ぜんぜんわからなかった」わたしは思った通りを口にした。
「そんなかっこで乗ってみろ。転けた時のダメージがハンパじゃねえぞ」と桑田は言う。
道路脇に停めてある桑田のバイクを観察してみた。どこからどこまでも真っ黒な、フルカウルの大型車である。
「すごいバイクじゃん。こんなの、いつ買ったのさ?」わたしは聞いた。
「な、いいだろ? カワサキのZZR1400ってんだぜ。つまり、1400ccってことだぞ、わかるか? 1400ccもあるんだ」でれでれと自慢をする。
排気量が大きいと何が得なのか、わたしにはさっぱりだった。
「要は、速いってことでしょ?」面倒臭いので、適当に話を合わせる。
すると、ふんっ、と鼻を鳴らす。
「速い? そんなひと言で片づけてもらいたかねえぜ。パワーだな、パワー。走っている時の力強さと安定が違うんだ。ま、わかんねえだろうけどな」
その向こうをスクーターが走り過ぎていく。桑田のバイクは大きくて、確かにかっこよかった。でも、乗るんだったら、あっちの方がいいなぁ。
「スクーターの方が乗りやすそう。ちょっと遠くまで買い物に行くのに便利だし」わたしは言った。
「まあ、お前にはお似合いだろうな」桑田は言う。その物言いが、何となく小馬鹿にしたように聞こえたので、わたしはムッとする。
「そのバイクだって、似合うかもしれないよ?」
「へえー」何とも言いようのない顔をする桑田。「じゃ、跨がってみ。倒れないよう、押さえててやっから」
わたしは車道へ出て、ZZR1400によじ登った。
「どう? 似合ってる?」両手でハンドルを握って、運転する真似をしてみせる。われながら、様になっていると思った。
「どうって……」桑田は声を震わせる。
「ん?」
「自分で気づいてないのかよ。両足が宙ぶらりんじゃねえか。似合うもへったくれもあるかい」堪えきれずに吹き出す桑田。
わたしは恥ずかしさのあまり、耳まで熱くなってしまう。
「そういや、バイクって、停まってる時は足を着くんだったっけね」
「そうなんだぜ? やっぱ、お前はスクーターがいいな。あれなら運転できるだろ、さすがに」
返す言葉もなかった。
「シートの後ろに移れ。ちょっと、そこらを走ろうぜ」桑田が言った。「予備のメットを持ってきてるんだ。そいつをかぶるといい」
黄色い猫耳のヘルメットだった。
「何、これ。桑田の彼女のじゃないの?」
「ちげーよ。行きつけの2輪館で、たまたま安売りしてたから買っただけだって」どんな顔をして吐くセリフだろう、と覗き込んだが、とっくにヘルメットをかぶっていて、読み取ることはできなかった。
「ふーん。別にいいけど」ヘルメットをつけると、かすかにシャンプーの香りがした。
「しっかり、つかまってろ」桑田が声をかける。
「うん、いいよっ」
エンジンが回転を始め、心地よい振動が伝わってきた。わたしは、桑田の腰に手を回し、ふり落とされないよう、ぎゅっとしがみつく。




