悪夢
着陸する一時間ほど前、ほとんどの人が窓を閉めた暗い機内で、眠気が私を襲そった。ちゃんと寝たはずなのにすごく眠たく、私は気を失った。
気がつくと、私は真っ白な部屋の真ん中で倒れていた。自分の腕を見ると、色白の肌が黒く見えた。それほどに明るい部屋だ。
それから見渡してみると、なんと、目の前に女の子が寝そべっていて、何か絵を描いていた。
私は貧血の時のように気分が悪くて、最悪な気分ではあったが、暇だったからその子に話しかけてみることにした。
「ねぇ、こんなことろで何してるの?」
女の子はピクリともしなかった。その時私は思った、これが巷で噂のガン無視というものか、と。
別に無視されるのは構わない。なぜなら、横断歩道をビートルズみたく歩いても通行人は知らんぷりだし、誰からも「ビートルズみたいだね」なんて言われたことはないから。だから慣れっこだった。
でも一つ気がかりだったのは、その子が震えていたこと。寒がっているように感じ、私は近づいてもう一度話しかけてみた。
「大丈夫?」
するとその子は、急に私に顔を向けた。私は「わっ!」驚いて腰を抜かした。
身動きのとれない私に向かって、女の子は「欲しい欲しい欲しい欲しい」と呟いた。物凄い早口で。
とても怖かった。その子はおそらく6歳11ヶ月くらいだろうか。髪は黒色で、エキゾチックな顔でとても可愛かった。でも、何故か分からないが頬骨が剥き出しになっていた。
私は必死に「何が欲しいの?なんでもあげるよ!」と言った。その子は小さく呟いた。何と言ったのかは定かではないが、私には「あなた」と聞こえた。
本当に怖くて、私は心の中で祈り続けた。この恐怖がはやく収まりますようにと。
そこで目が覚めた。実は私は、まだ飛行機の中にいた。
「カシカ、カシカ!」
ジャスティンが顔を覗きこんで、ずっと私の名前を呼んでいた。
そこで、その私の名前を必死に叫ぶジャスティンの顔を見ると鼻の穴が広がっていて、あまりの大きさに吹き出してしまった。誰かにこの鼻の穴が東京ドーム何個分なのか、測ってもらいたい。
あとで聞いてみると、私がうなされていたから心配して起こしたそうだ。
ありがたかった。汗かいた私の顔を勝手にふいたこと以外は。私の顔に許可なく触れるなんて、下世話に言う余計なお世話だ。一応「御世話様でした」とは言っておいたのだけど。
でも、ただの夢でよかったと私はほとした。それはただの悪夢だった、女の子が描いていた絵がどこかで見たことのある絵だったということを除いては。
そう、その絵というのが、博物館で見た絵とそっくりだったのだ。二人の女性が向かい会っていて、片方の女性が手を伸ばしている。でも何だか悲しげだった。二人の間には建物にも見える幾何学的なシンボルがあった。
私は混乱した。夢ことをジャスティンに相談してみると「頬骨フェチか、趣味悪いな」と訳のわからない応えが返ってきた。もうこの人には相談しないようにした方が身のためだろう。
最終的に、ただの夢だから気にしないように決めた。そのあと着陸するまでの間、ジャスティンはアルプスの水について語り続け、私はその話を迷惑に感じながらそれを無視し続けた。