助言
私が紅茶を飲み終える頃、レイラは立て続けに質問してきた。
「あの絵に興味があるみたいだけど?」とか「あの絵の良さがわかる?」とか。
一気に質問されて、私は戸惑った。
「良さっていうかなんていうか...」
吹っ切れたようにレイラは言った。
「そう、じゃあ説明してあげる。絵には描いた者の魂が宿るっていうでしょ。でもあの絵はちょっと違うみたい。普通は人が絵を造るけど、これは絵が人を造っているの」
私は意味が分からず、冴えない顔を見せて説明を促した。
「つまり、この絵はもともと人だったのよ。あなたへの想いが強かった故人」
私は誰なんだろう、と疑問に感じたが、レイラが休みなく喋り続けるものだから、とりあえずその疑問は心にしまっておくことにした。
「何故あなたたちはあの場にいたの?」
この頃には、私はすっかりこの人を信用していた。だから正直に話した。
「数年前に見て、すごく不思議な絵だなって思って。帰ってからずっと、また見たくて。それに声が聞こえたし、呼ばれた気がしたの...」
レイラは二度頷いた。
「なるほどね、実はあなたと絵が最初に出会った時、心が繋がったの。だから安易にあなたの心に侵入することができた。声の正体はそれよ」
「何でそんなこと分かるの?」
レイラは笑顔を見せて言った。
「これでも私は占い師なのよ」
私は簡単に納得した。占い師ならこんなに詳しくても不思議ではない。
「あの絵はあなたのことをずっと探していたの」とレイラが言った。
私には意味が分からなかった。何故なら、私を探す必要性が思い当たらなかったから。
あまりに理不尽な話に、私はついに怒った。いわゆる"激おこpunpun Punch-and-Judy丸"だ。
「何故私のことを探すの?私が何か悪いことしたの!?確かに、スーパーマーケットで本読んでた時に立ち読みやめなさいって母親に怒られたから、寝そべって読んだり、お箸やスプーンを使わずにご飯を食べてた時に摘み食いやめなさいって言われたから、手を使わずに口だけで食べたり、悪いこといっぱいしたけどそれが原因なの?」
レイラは即答した。
「いいえ」
「じゃあ何で?...それに心に侵入できるなら簡単に私の居場所が分かるはずだよね?」
「ええ、居場所は分かる。でも絵に姿を変えてしまった今、直接会にいくことは不可能だった。」
レイラはさらに続けた。
「だから間接的に探しに行ったのよ。盗人に呪いをかけて、絵を盗ませ、人の手を渡り歩くことを決めた」
私は妙に納得した。そして急に、今まで黙りこくっていたジャスティンが首をつっこんだ。
「そうですか、だからあの時は見つからなかったのか!」
中東人のレイラは中東の味がする紅茶を自分の中東にある家で、そっと口にした。
「そうね、博物館で窃盗されたといわれているものの中で、その物が望んで窃盗されることはそんなに珍しいことじゃないわ...でもそれじゃ、あなたを探し出すのはほぼ不可能、確率が低すぎる。絵も途中でそのことに気がついたのね。だから呪いを解いて自ら博物館に戻ってきたの」
そろそろ私は核心をつくことにした。大きな声で、はきはきと言った。
「ところであの絵の正体は一体誰なの!?」
レイラは三人の中心にあった机の上においてある本に右手を置き、目をつむった。
「あなたの前世の赤ちゃんよ。精神がとても幼いように感じるわ、恐らくまだ胎児ね。恨んでるんじゃなくて、その子...あなたから産まれたくって仕方がなかったみたい」
私は、私の子供になりたいなんて見る目があるな、と思って微笑んだ。でも同時に悲しみもこみ上げてきて、すぐに緩んだ顔の筋肉を引き締めた。
私はなんとなく悟った。
「っていうことは、死んでしまったの?」
レイラはとても言いづらそうだった。
「ええ、そうよ。あなたはとても悲しんだ。でもその子はもっと悲しんだ、あなたの子供になりたかったから。でもなれなかった。その無念があの絵を産んだのよ。あの絵に描かれた二人の人間はあなたとその子を象徴しているの。手を伸ばしている方が生まれてくるはずだった胎児ね。そして間に描かれている模様はピラミッド、つまりお墓」
レイラは続けた。
「この出来事は何千年も前のこの土地での出来事で、古代にまで遡る。ずっと探し、今やっと出会うことができたの。でもどうしようもないわ。一度天国へ行かなければ、人間に転生することはできない。あなたの子供になることもできない。あなたにできることは何もないの。だからもうこのことは忘れて、この土地から離れた方がいいわ」
私は戸惑った。こんな話を聞いて、すっかり忘れてこの土地を離れることなんて絶対にできない。
「そんなの可哀想だよ、悲しみを和らげてあげたい!」
「だめ、深入りしない方がいい。絵に魅入られる可能性だってあるのよ、危険すぎる」
私は無言で、目に涙をためて、震えながらひたすらレイラのことを見続けた。しばらくして、レイラが口を開いた。
「...でもあなたが本当にそれを望むのであれば、この花を持って話しかけてみることね」
「...これは?」
「この土地の言葉でセシェン。ロータスのことよ。これはとても神聖な花なの」
私はその白色の花を優しく持ち上げた。とても美しかった。
レイラは最後に念を押した。
「私と彼には何もできない。苦しい戦いになるかもしれない、本当にできるの?」
「だって、私の赤ちゃんなんでしょ?何かやってあげないと可哀想だだもん!このまま見捨てちゃったら、ずっと私のことを探し続けるんでしょ?そんなの絶対にダメだよ!」
私はそう言ってロータスを片手に立ち上がり、建物から勢いよく飛び出た。
でも私は建物の門で立ち止まった。もう、日が暮れていた。
「あ、博物館...もう閉まっちゃったかな」
佇む私を、後ろからジャスティンが抱きしめた。
「大丈夫、明日行けるよ。だから今日は泊まらせてもらおう」
私は小さく頷いた。




