▲1. 言葉の紡ぎ手(Story teller)
物書くその人にはじめて会ったのはウィークデーの夜の喫茶店だった。
店の入口の前で律義にオーバーコートを脱ぎ、丁寧にそれでいて手早く畳んだそのコートをビジネスバッグと一緒に右の肘に掛けたその女性は、店に入って間もなく僕とマネージャーが座るテーブルにやってきた。
その人は僕の番組のリスナーで、久々に僕が主演をつとめたドラマの主題歌がリリースされた頃から番組宛にメールを送ってくれていた。番組が都度リスナーへ募集しているテーマにはお構い無しに日々の出来事を綴ったそのメールに僕はいつしか心を惹かれるようになっていた。
今だから白状するが、次々と高視聴率を叩き出すドラマ枠の主役は、久しぶりに連続ドラマに出る僕には相当なプレッシャーだった。しかも、ドラマ撮影期間中にライブもアルバムのレコーディングもあるなんて初めてのことだった。でも、仕事をする僕は『僕だけの僕』じゃない。「否」と言える選択権のない僕は、今夏の猛暑の中、心だけは折らないように細心の注意を払って仕事に臨んだ。
テーマありきのラジオ番組にとってある種『ルール違反』のそのメールが心に染みたのはそんな状況に身を置いていたからかもしれない。
僕は機会があればその温かい言葉を紡ぐ人に会ってみたいと思うようになった。
でも、僕とその人の接点は収録のたびに渡されるメール文とラジオネームを印刷した紙切れ1枚だけだった。
いろいろなところで「オレオレ」とか「押しが強い」とか言われている僕だけど、一度もオンエアされたこともない、僕以外のスタッフにしてみたらおそらく印象にすら残っていないであろうリスナーのメアドを教えてくれだなんて、長年付き合ってきた古参のスタッフにさえ言い出せなかった。
出会いの手立てを見つけることのできない僕はその人に「会いたい。」という気持ちを心の中に封印し、ことその人に関しては番組宛に届くメールだけを楽しみにして日々を過ごしていった。
そんな風に毎日を過ごしているうちにいつの間にかドラマもライブもレコーディングも無事に終わり、僕が落ち着きを取り戻した頃にはもう季節は冬になっていた。
前のメールからしばらく音信が途絶えて気になり始めたある日、その人から封書でメッセージが届いた。封筒の中には分厚い紙の束と僕に宛てた手書きの手紙が入っていた。
便箋と封筒には僕が久々に主演した連続ドラマを彷彿させる虹の絵が入っていた。そして、その便箋にはWikipediaの虹に関する事項を印刷したA4の紙がホチキス留めされていた。
紙の右上に蛍光ペンで『おまけ』と書かれていた。
「ジロくん、こんにちは。初めてのメールでさらっと触れたごぉくんを主人公にした恋愛小説のことを覚えていますか?
自然に降りてきた部分と、降りてきた部分部分をつなぐために自分の中から絞り出した部分との温度差があるのは否めませんが、ようやく書き終えることができました。ずうっと心にあった『伝えたい』という思いが不恰好なりに外へ出せてよかったです。
果たして、この封筒がジロくんの手元まで届くかどうかわからないけれど、もし届いたら…そして気が向いたら読んでみてください。
書き終わるまでに会社のPCのログインパスワードを2度更新しました。更新は3ヶ月毎なので半年はかかった計算になります。
そうして時間をかけて私の紡いだ話も蓋をあけてみれば、ジロくん達5人が書いたり話したり長い間エニタイを見守り続けてきたファンの人達がブログに書き記してきた様々なエピソードに彩られて形作られていました。
…何だかジロくんたちにもたくさんの『6人目のエニタイ』さん達にもお礼を言いたい気持ちでいっぱいです。だって、みんなのおかげでやっと言霊のパッチワークキルトが出来上がったのですから。
「ありがとう、エニタイ。そして心優しき『6人目のエニタイ』たち。」
ジロくん達エニタイに助けられ『これまで生きてきた中で最大のピンチ』から抜け出ることができた私に聴こえてきた『夢が開く音』―。
その音をいつまでも聴いていられるよう歩みを進め『次』へ向かおうと思います。
そして願わくは、いつか書くことを生業にした私がジロくん達エニタイと出会い、同じ空を見上げる『同士』になれたらと思ってます。
それではまた、
いつかどこかで。
これからも変わらず応援しています。
サチより
追伸:
ストーリーの随所にモデルにした実在の人物があまりにもたやすく類推できてしまう描写が多々あることをお許し下さい。決してこの話を表へ出さないと、ここに約束します。」
この手紙の下に束ねられていた ごぉくん主役の赤い表紙の恋愛小説は、作者のサチさんが言うとおり章ごとに温度差があり最後まで読み通すには忍耐が必要だった。それでも僕は最後の章でらしくもなく泣いてしまって、ついには忍耐をもって読み通してよかったとまで思ってしまった。
実際の僕ら5人は本当に家族みたいで、それ故の恥ずかしさもあり自分の恋愛をメンバーに打ち明けたりしないが、いざという時は小説と同じように助け合うのだろうと思った。実際僕らが『メンバーのためなら何だってする』と思っているのは小説の中のエニタイと同じだったから。
僕は柄にもなく『泣かされた』その小説をなんとか表舞台に出せないものかと考えた。サチさんは『実在の人物があまりにもたやすく類推できてしまう描写が多々ある』と表に出さないと約束してくれていたし、その人物たち(つまり僕らエニタイと数名の先輩たち)が了承してくれれば問題ないわけで、つまりは事務所を通して手続きをすれば事はうまく運べそうだった。
ラジオ番組宛にきたストーリーなので、
「ラジオドラマはどう?」
…と言ってくれる人が何人かいたが、ラジオドラマならもう計が自分の番組でやり始めている。
ただ相棒のシナリオライター『えみちゃん』がどうやらスランプ真っ只中で、それを脱するまでの間はオリジナル脚本を見合わせドラマ原案を探すことにした、と計は言っていた。
「とりあえず えみを『脚本をおこす』ことに専念させて、とにかく自信を取り戻してもらいたいんだ。本人は無自覚だけど『すご~く光るモノ』を持ってるから。」
計はえみちゃん本人の前では冷酷なくらいスパルタな演出家でしょっちゅう彼女を泣かせているくせに、実はこうやって見えないところではとてもえみちゃんを気遣っていた。…長年つきあってきた年下の女優と別れた(らしい)計にとって、えみちゃんは『特別な人』になりつつあるんだろうか? まあ、前にも言ったとおり実際の僕らは自分たちの恋愛をメンバーに話さないので本当のことは知りようもないけれど…。
…いずれにせよ僕はサチさんの小説なら計たちに合いそうな気がした。
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僕はサチさんのことを社長に話し、とりあえずサチさんと会うことの承諾をもらった。そしてそれから数日後、サチさんの小説を読み終えた社長は僕らが5人が初めて主演した映画の写真&インタビュー集を手がけた小さな出版社の名前を挙げ、
「ジロ、(小説)だしちゃいなよ、ここ(の出版社)から。」
と電話をかけてきてくれた。
…そんな前段階があってようやく、平日の夜の喫茶店で仕事帰りのサチさんと会えたのだった。
サチさんは、事務所からの突然のオファーを『良い話』ではなく、
「こんなものを書くのは金輪際やめてくれ。」
…と、むしろ強面でクレームをつけられるものばかり思っていたため、戦々恐々として都内までやって来ていた。
そのせいか、サチさんはいきなりの出版話にも驚くでもなく喜ぶでもなく、ただただ疑わしそうに僕とマネージャーを眺め回したあと、僕に向かってこう言った。
「…あのー…まさかジロくんのそっくりさんじゃあないですよね?」
…いくら僕の顔が濃くて変装しやすいからってそれはないだろう。一緒にいたマネージャーはちょうど飲んでいたコーヒーにむせ返りながら大笑いした。
ひとしきり大笑いした後、落ち着きを取り戻したマネージャーの説明でサチさんはやっと僕らの申し出を受けてくれた。計のラジオドラマの原案や、小説ではないけれど僕らのライブのルポ(ウェブアップ用。よってかなりのスピードと限られた字数で簡潔に伝える力が求められる。)もやって欲しい旨をサチさんに告げると、急に思案顔になった。
「書くことを仕事にできるなんて叶わぬ夢だと思っていたのでうれしいんですけど、会社勤めは続けられるんでしょうか?3月まで契約期間なんです。」
と言った。
僕らは、サチさんが契約期間を満了して気持ち良く会社を辞めることができるように、出版の話だけを先に進めて、『プロ』としての(作家)活動は3月末にサチさんが会社を退職してからスタートすることにした。
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サチさんは会社をやめ『書くこと』を仕事にする決心をしたけれど、ご主人に物書きになることは内緒だった。 それはサチさんのデビュー作であり僕らと出会うきっかけとなった、
『Someone's love story: Garnet』
…に出てくる「ミカさん」と「元旦那さん」の描写がサチさんとご主人の夫婦関係そのものだからだと、サチさんは言った。
独身の僕にはサチさんの言わんとしていることがさっぱりわからなかったので、
「それはどういうこと?」
…と聞くとサチさんはこう言った。
「お話の中で元旦那さんがごぉくんに宛てたメールにあったように、私たち夫婦も嫌いになることも憎むこともできないくせに、相手をわかろうとすればすれほど二人の『感じること』の違いがはっきりしてしまうの。
たとえば私が自分の好きなDVDを家で観ているところに旦那さんが加わる。観終わった後…もしかしたら観ている最中もあるかもしれない。感じ入った場面で私が何か言う。それに対して旦那さんが何かコメントする―。
そして、それを聞いた時即座に
「違う。」
と感じる自分がいる…。
ただそんなこと、されどそんなことなの。
違う人間なんだから違うように感じていいの。だけど数を重ねて、同じように感じる回数が少な過ぎるとだんだんつらくなる…。多分これって自分の好きな事への思い入れが強すぎる私自身の問題なんだと思う。―そう思うことで、これまでずっと長い間『夫婦』をしてこれた。でもね、ストーリーを書き終えて改めて思ってしまったの。
「やっぱり自分の好きなことは側にいる人と同じように感じたり笑ったりしたい」って。
うちの旦那さんはいい人だから、いつでも全力でわかってくれようとしているの。それなのに『わかってない』ことがわかってしまうから私にはつらいの。そして、そうしているうちに私はミカちゃんのように、うちの旦那さんの前では自分の好きなDVDを観ないようになって好きな音楽も聴かなくなったの。一緒にいるとつい感動を分かち合いたくなってしまうから。
…そんな思いを『Someone's love story:Garnet』に書いてしまったでしょう? 作者が『自分の妻』だとわかったらどんな旦那さんだって傷つくと思う。
だから私が物書きになったこと黙っておきたいの。
…ジロくんは本音が言えない夫婦なんておかしいと思うかもしれないね。でも、大切な家族だから自分の本音で傷つけたくないの。
それに実際のところ、家族で生活する上では私の好きなこと ―好きな音楽もDVDも― は不可欠ではなくて、たとえそれが無くなっても生活はちゃんと回るの。…ご飯をたべるとか、掃除をするとか、ご近所に回覧板を回すとかそういう日常のことだけで。」
サチさんをわかろうとする旦那さんの一生懸命さがサチさんを傷つけ、旦那さんに対するサチさんの本音が旦那さんを傷つける。そんな事があると知り僕は驚いた。
恋人同士は『違う。』と思えば別れてしまうけれど、夫婦には色々な側面がある―。それを僕らは簡単に『複雑』と言ってしまいがちだけど―。
…このとき僕にわかったのはそれだけだった。
―そんな事もあってサチさんは、旦那さんに本当の事は言わない代わりに
「今の会社を辞めて都内の小さな出版社に転職する」
…と話したのだった。
いつの間にか僕はサチさんの『重大な嘘』の片棒を担ぐことになっていた。完璧なまでに気分は『共犯者』だった。
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サチさんは都内での仕事の便宜を図るため、山手線沿線に仕事用の部屋を借りることにした。
サチさんの門出を祝いたいと思った僕が仕事場開設にあたり何がほしいかサチさんに尋ねると、
「会社で使っているのと同じレーザープリンターが欲しい」
と言った。
仕事場開設まで会社で仕事をすることになっていたサチさんに僕は機種番号を連絡するよう頼んだ。
色々な人の独立を祝ってきたが、ハードウェアを贈るのは初めてだった。念のため発注前にサチさんが欲しがっているものについて調べてみたが、型が古いため故障の際 交換部品がタイムリーに調達出来ない恐れがあるということだった。
これまでのように自分が書きたいから書くのなら修理を待てばいいけれど、これからのサチさんは仕事として書いていくのだ。修理が終わるまで悠長に待つ訳にはいかない。
僕はサチさんが欲しがっていたものの後継機で、いつだったかサチさんが
「あるといいなあ」
…と話していた両面印刷と製本機能がついたものを贈ることにした。まあこれからはプロとして書いていくので自分で製本するなんてまず無いと思うけれど…。
機能が多い分、セットアップや業者の説明に時間がかかるだろうと考えた僕は、せっかくのプレゼントがサチさんの負担になってはいけないと思い、僕のオフの日にサチさんの仕事場へ搬入してもらうことにした。
サチさんの退職が間近に迫った3月最後の日曜日、久々に休日が取れた僕はサチさんの仕事場が入ることになった川沿いの小さなビルの一室に向かった。
桜並木が綺麗なその川沿いは2年前ふっと仲間内で花見をした場所だった。大きな仕事のオファーを受けてこの1年地方で撮影をすることになった僕の恋人もその時はまだ学生だったので、一緒に同じ桜を見ることができたけれど、彼女が大学を卒業し女優業に専念するようになった今では互いの誕生日さえメールで祝うのがやっとになってしまっている。
ごくまれに私物を身につけて写っている雑誌のグラビアなんかで僕が贈ったブレスレットを彼女が着けている姿を見ては安心しているような情けなく気弱な僕を見たら、僕より年下の癖にやたら気丈な彼女は今でも
「しっかりしなさいっ!」
…と僕の尻を叩いてくれるんだろうか?
花粉よけの大きなマスクとゴーグルのような分厚いメガネのおかげで珍しく誰にも気付かれないでいられた僕は、まだかたい桜のつぼみを眺めながらサチさんが待つ部屋へと急いだ。
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サチさんの部屋に入るとケーキか何かが焼けるいい匂いがしていた。僕のためにドアの鍵を開けてくれたサチさんは、僕を招き入れるとぱたぱたと仕事場には不似合いなオーブン付きのシステムキッチンへ走っていった。
サチさんはコンロで何やら『黄色い物体』を煮詰めている途中だった。しばらくしてコンロのすぐ側に置いてあったダークラム(酒)を黄色い物体にふりかけると手早くかき混ぜ火を止めた。
サチさんは座る場所もなく突っ立っていた僕を手招きで呼び寄せると黄色い物体をかき混ぜていた木べらを差し出して
「味見してくれる?」
言った。
…黄色い物体はカスタードクリームだった。フワッとラム酒が香って大人の味がした。
味見をしながら僕は足元のオーブンの中が気になった。何故ならオーブンの中はシュークリームの皮に違いないから。
大人になっても、番組収録中でも、気になるものがあると触ってしまう僕がオーブンの扉を開けようとするとサチさんは慌てて
「ちょい待ちっ!」
…と僕を止めた。
いきなりの展開に驚く僕(「豆鉄砲くらった鳩みたいだったわよ」と後日サチさんに言われた。)に向かってサチさんは説明し始めた。
「今(扉を)あけるとシュー皮がぺしゃんこになっちゃうからも少し待って。」
庫内で湿気を飛ばし且つ荒熱を取らないと急激な温度変化でシュー皮がしぼんでしまうのだそうだ。
実家にいた頃、母親と姉貴が時折シュークリームを作ってくれたが、僕と親父は食べるばっかりで、シュー皮がそんなに繊細なものだなんて知らなかった。
そうこうしているうちに約束どおりの時間に業者がやってきてレーザープリンターを納品していった。セットアップの後、使用方法や留意点を僕が聞いている間にサチさんは2種類のシュークリームを仕上げ、恐縮する若い業者に2個を持ち帰らせ、残りを僕の前に差し出すと
「食べよう?」
と言った。
サチさんはカスタードクリームが入った普通のシュークリームと、タコスミートが入った『ミートシュー』なるものが乗った皿を僕に持たせると部屋の片隅に置いてあったいかにも英国製のタータンチェック柄のピクニックマット部屋の真ん中に広げて僕を座らせた。
僕はまるでレストランのウエイターのように片手にシュークリームが乗った大きな皿を持った状態でサチさんに勧められるがまま "すとん"と腰を下ろした。紅茶を飲まない僕のためにコーヒーと焙じ茶を入れたステンレスボトル2本と常温のミネラルウォーターを抱えて戻ってきたサチさんは僕の真向かいにやはり"すとん"と腰を下ろした。
メールでのやり取りは頻繁にあったものの、実のところ僕らが直に会うのは、あの夜の喫茶店以来だった。
「事務所開設おめでとう。」と言うにはまだ早いし、(聞いたら失礼かな…?)と若干気になりはしたが、まずは『気になっていること』を聞くことにした。
「ご主人への『嘘』の件だけど、バレる心配はないの?サラリーマンだと何かと東京方面に来て、ついでに『妻の職場、見ていこうか』なんていかにもありそうなんだけど…。 それと、家からここまで来るには2時間近くかかるでしょ?これまでより『通勤時間』が長くなって『書く事』に支障はないの?」
「…そっか、『嘘』かぁ…。」
そう呟きながらとりあえず一杯目の飲み物としてコーヒーを僕に渡し終えたサチさんは、僕の質問に答え始めた。
まず旦那さんにバレたりしないのか?という件―。
旦那さんは大手自動車メーカー(サチさんもこの会社の人だった。)勤務なのだが、秋に本社が銀座から横浜へ移転したため、旦那さんが仕事で都内へ来る機会はまず無いのだ、とサチさんは言った。
従って、新たな『妻の勤め先』が『小さな出版社』ではなく、巷で有名な芸能事務所が開設した『妻の個人事務所』だという事実は知られることなく、『秘密』(=サチさんは『嘘』ではなく『秘密』だと主張した。)を保持できるとサチさんは踏んでいた。
そして、もう一つの僕の疑問には明らかなる『どや顔』でこう答えた。
「家で洗濯・掃除を終えるとラッシュアワーが終わる時間になる。空いた電車に座り携帯(電話)でお話を書き電車を降りる時にそれをPCへ送信する。それから川沿いの道を歩いてここまで来る。ここに着いたらメールを開けて電車で書いたお話を本の体裁に印刷して(…ここで両面印刷と製本機能が威力?を発揮するのだそうだ)俯瞰で校正し手を入れる。
今までより電車に乗る時間が長くなる分お話はたくさん書けるし、ここには家事も他の仕事はないから校正作業もはかどるはず。つまるところ『通勤』は遠くなるけど、今までより早く多く書けるはずなの。」
何故だか僕はサチさんの『どや顔』が羨ましくなった。僕の親くらい年上なのに新しい事の始まりにワクワクしている姿がとても清々(すがすが)しかったからだ。
『嘘』…もとい、『秘密』の片棒は担いだままだったけれど、僕はサチさんが、おそらくは天職なのであろう『物書き』になるための橋を渡せた自分が誇らしく思えた。
「…さあ食べよっか。記念すべき『初焼き』のシュークリームを。
ジロくん、得意の『かんぱ~い』やってくれる?リアルに見てみたいから。」
(いやいや、ズラもパイロット服も無いし、第一ひとりであんなテンション無理だから…。)
と思いながらも、まるでこのお笑いネタで僕の相方を務める らーくんが隣りでおでこをぶつけきてるような錯覚に陥った僕は、一人なのにテンションMaxで
「カンパ~イ!!!」
…と言っていた。
もう自分で自分が信じられなかった。
当然サチさんは大ウケ&大爆笑で、
「可笑しすぎて顎が痛い。」
…と仕舞いには涙を流していたた。
(しかしなんで『腹』ではなく『あご』なんだ?)
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