鍋
宮沢賢治の『やまなし』に登場する謎の生物、くらむぼん。
その正体に少しでもせまってみようという友人の企画に、面白半分に参加させていただきました。
「気を使わないでいいのよ、和哉さん。ただ夕食食べにいくだけなんだから。」
そうは言われてもさすがに彼女の両親に会うのに緊張しない男はいないだろう。
結婚を前提におつきあいさせていただいております、とでも言えばいいのか、それともまだ早いのか。
服は何を着ていけばいいのか。スーツだと固すぎるのか。しかしあまりラフな格好だと・・・。
・・・正直面倒だ。
まあ、そんなこんな考えながら結局約束の日になってしまった。
仕事帰りの彼女を迎えに行き、彼女の実家へ向かう。
ひさびさの実家ということもあってか、彼女は楽しそうだが僕は内心ドキドキである。
彼女の両親に気に入ってもらえなかったら・・・。
ネガティブな思考に走ろうとする自分を食い止めつつ自問自答していたところ、
「ここよ。」
という彼女の声で現実に引き戻された。
・・・帰りたい。
いや、ありえないだろ。
なんなんだ、このデカい門扉。
てかなんか門番さんみたいな人いるけど。
どうみてもどっかの大富豪か大財閥かなんかのお宅ですけど。
彼女がここの一人娘・・・?
いやいやいやいや。
丁重にお断りして今すぐまわれ右、をして帰りたい気分だが。
「何してるの?早く入りましょう。」
ですよね・・・。
俺は腹を括って、門番さんに挨拶をし、平然とした顔・・・ができていたらいいなと思いながら分厚い門扉を抜けた。
・・・広い。
まあ予想はしていたが広い庭だ。
ガーデニングがご趣味だという彼女のお母様のご意向か、庭のあちらこちらに色とりどりの花々が綺麗に咲き誇っている。
悠然と俺の横を通り過ぎる飼い犬であろうドーベルマンにビビりながら家の玄関にたどりつく。
「ただいまー。」
「お邪魔しまーす。」
恐る恐る玄関に足を踏み入れる。大理石か何かでできているのか黒光りする床。そして一見して高いであろうと想像できる置物の数々。そしてこちらを見つめる熊のはく製の虚ろな目。
庶民の俺には少々刺激の強すぎる玄関である。
「美香さんお帰りなさい。そちら、和哉さん?初めまして。こんなところですけどよかったらゆっくりしていってくださいな。」
和服姿の妙齢の美女が出てきた。この人がお義母さんなのだろうか。
こんなところですけどとは・・・庶民の俺には過ごしづらいお金持ち空間ですけど、ということなのだろうかと考えたくなるくらいすごいところなのだが。
「桐原和也です。いつも娘さんにお世話になってます。」
「君が和哉君かね。いやあ、立派な若者だ。今夜はゆっくりしていってくれたまえ。」
恰幅のよい気さくそうな紳士だった。いや、正直極道のドンのような人を想像していた俺は安心した。
「これ、つまらないものですが。自分の実家の方では有名なお酒です。」
実家に彼女のお宅へお邪魔するという話ふともらしたところ、失礼があってはいけないからと両親が送ってくれたものだった。そのときはそんな大げさな、と思ったが今になってみると非常にありがたい。
「お、これはあの有名な!ありがたいね、今夜は一杯といわず飲み明かそうじゃないか、和哉君。」
どうやらお義父さんもご存じであったらしい。本当によかった。こんなに実家の父と母に感謝したのは初めてかもしれない。今度何かこちらの名物でも送っておこう。
「今夜は寒いですからね、お鍋にしようと思いまして。」
とお義母さんに案内された場所は、床の間に達筆すぎて何が書いてあるのかわからない掛け軸が飾られた落ち着いた雰囲気の和室であった。玄関の様子から想像するに、家の中すべてが高そうなもので埋め尽くされているのかと思ったので意外だった。
しかし、鍋を運んできたお義母さんの姿を見て前言撤回せざるをえなかった。鍋が輝いていたのである、金色に。
「このお鍋はまさか?」
当然のようにしている彼女の前で恐る恐る聞いてみる。
「純金です。お鍋のときに雑味が入らなくておいしいですよ。」
笑顔で答えてくれるお義母さんが恐ろしい。純金の鍋って・・・いくらするんだよ、おい。
そして鍋のふたを開けてまたびっくり。
中は・・・空だった。
湧き立たせた湯の中に何かを入れて卓上で調理して食べるものらしい。
しゃぶしゃぶでもやるのだろうか。
「はやく食べたいなー。」
彼女が無邪気に言っている。慣れた光景らしい。
本当にこの子、俺なんかと付き合っていい人種なんだろうか。
鍋で、家で、いやはやくも門扉で格差を感じていた俺は内心つぶやいた。
「鮮度がいいのを買っておきましたからね。せっかく和哉さんにお越しいただくんだから美味しいのを食べていただきたくて。かぷかぷ元気に啼いてますよ。」
・・・かぷかぷ?今お義母さん鮮度がいいのって言ったか?ということはしゃぶしゃぶじゃないのか。何なんだ、いったい。鍋料理で食べるかぷかぷ啼く食材?
「いや、アレは本当にお酒にあうよなあ、和哉君。」
だからアレっていったい何なんだ!!
「もしかして和哉さん、アレ食べたことないの?」
彼女が不思議そうな顔をしてこっちを向く。いや、食べたことないに決まってるだろう。というか君がそういう当然そうな顔で受け入れていることのほとんどは俺にとっては普通じゃない。
「こら、美香。和哉さんを馬鹿にしちゃあいかん。アレを食べたことないわけがないだろう。鍋料理の定番じゃないか。」
お義父さん、フォローしていただけるのは非常にありがたいのですが、はっきり言ってまったくなんのことやらわからないのですが。食べたことどころかおそらく見たこともないです。
「そろそろ下ごしらえができましたからねー運びますよ。」
台所からお義母さんの声が聞こえる。
ゴクリ。
ついに俺は人生初の食材にお目見えできるらしい。
「まだ生きてますからね、少しのあいだかぷかぷうるさいでしょうが、鍋にいれたら落ち着くでしょう。」
そういいながらお義母さんの抱えてきた鉢に入っていた食材を見て俺は絶句した。
そして彼女に問うた。
「あれはいったい何なんだ?」
平然とした顔で彼女は言った。
『クラムボンだよ?』
稚拙な文章をお読みいただきありがとうございました。
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