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(後編)

 放課後。

 教室の中には須崎と信幸たち6人が残っていた。

 須崎は担任用の椅子に座り、残り6人は前の方の席に集まっていた。


「…とりあえず、話を最初から整理してみようか」

 須崎がそう言うと唯が自分の鞄からノートを取り出した。「一番読みやすい字を書くから」とそれだけの理由で須崎が唯にノートを取る係を頼んでいるのだった。


「…と言うことは少なくとも土曜日の、その練習試合が終わった時点では優勝楯はあった、と言うことだな」

「はい」

「そして、昨日の朝、野球部とバスケット部、それからサッカー部は午前中に練習があるから、という事で来た時はその優勝楯はなかった、と言うことになるな。そしてセキュリティシステムが作動して警備会社に連絡が行ったのが日曜日の朝早く。つまり犯人はその間に盗んだ、と言うことになるな」

「…それで、その警備員さんは怪しい人影とかは見たんですか?」

 涼子が聞く。

「…先生もよくわからないんだが、その警備員が言うには怪しい人影は見ていないらしい。まあ、その警備会社から学校までは車でも10分はかかる場所だからな。駆けつける間に十分逃げる時間はあるだろう。それに学校と言うのは防犯カメラもないからな。犯人の姿が映る、なんてことはないし」

「…となると、目撃者はなし、ってことか…」

 圭亮が言う。と、信幸が、

「そういうことになるな。…でもわからねえんだよな」

「何が?」

「犯人が優勝楯を盗んだ理由だよ。確かにアレには宝石がはまってるけどさ、そんなものよりf学校には金目のものがいっぱいあるだろう?」

「…確かにな。他の金目のものには目もくれず、あの優勝楯を盗んだ、と言うことは犯人は最初からあの楯が目的だった、と言うことになるが…」


 それからも須崎と信幸たちはいろいろと話をしていたが、そんな彼らを横目に和美は一言も発言せずなにやら考え事をしていた。

「…和美さん、どうしたんですか?」

 心配そうにみこが聞く。彼女だけは唯一、他の5人の事を「さん」付けで呼んでいた。

「あ? いえ、なんでもないです。…ところで先生」

「…なんだ?」

「けさ、楯について調べてみる、って言っていましたけど、その結果っていつ頃わかるんでしょうか?」

「ああ、そのことか。明日学校に連絡が来るそうだ。連絡が来たらお前たちにも話すよ」

 そして明日もう一度このことについて話をする、と言うことになり、今日は解散と言うことになった。

    *

 翌日。再び放課後に6人と須崎が集まった。

「…盗まれた優勝楯について連絡が入った。とりあえずそれでわかったことだが、あの楯に不審なところは何もなかったそうだ」

「…何もない、って…」

 信幸が聞く。

「文字通り、何も問題はなかった、って事だ。あれに嵌まっている時価20万円相当の宝石も本物だ、と言う鑑定結果が出たらしい」

「…本当ですか?」

 今度は和美が叫んでいた。

「…どうした、原?」

「いえ、本当に本物、って言う鑑定結果が出たんですか?」

「ああ。あの楯を作った際に宝石を提供した、って言う宝石商がたまたま茂原市にいてな。鑑定してもらったところ、本物って言う鑑定結果が出たらしい」

「…そうですか…」

 それでも和美のまだ納得が行かないような顔をみて、

「…なんかなんか納得いってないような顔だな」

「…いえ、その…」

「忘れたか? 先生がおまえらの監督になる際『気になることがあったら何でも言え』って言ったよな」

「はい…」

「どういうことだ、言ってみろ?」

 そういわれて和美は意を決したように

「いえ…、あの宝石、本当に本物だったんですか?」

「…どういうことだ?」

「いえ…。土曜日にその優勝楯を見た時になんか違和感があったんですよ」

「違和感だって?」

「はい。あの優勝楯に使われている宝石は時価2〜30万円する、と言ってましたけど、とてもそんな風には見えなかったんですよね」

「そんな風に見えない?」

「…ええ。ボクの家にたまたま似たような宝石があるんですけど、どうもそれとは感じが違っていたような気がするんですよね」

「…それは保存状態にもよるんじゃないのか? 和美ん家だって、その宝石を1日中出している訳じゃないんだろう?」

「それはそうなんですけど…」

「でもあの宝石には本物だ、って言う鑑定結果が出ているんだぞ」

「ええ。ですからそれがよくわからないんですよね…」


…と、

「…逆に考えてみたらどうかしら?」

 それまで黙々とノートにメモを取っていた唯が不意に口を開いた。

「逆に考えてみる?」

「どういう意味だ、早乙女」

「いえ、原くんの言うことが正しいとしたら、最初に嵌まっていた宝石は違っていたんじゃないかな、って…」

「違っていた?」

「いえ、その、盗まれる前の宝石と今の宝石はちょっと目には同じように見えるけど、実は全く違うものじゃないか、って」

「でも宝石を盗み出して、ガラス玉だったらとにかく、別の宝石をはめるなんて普通はしないでしょ?」

 涼子が言う。

「…確かにそうなんだけど…。それにあの宝石は本物だ、って鑑定士さんが言ってるんですよね」

「…もし、その鑑定士が嘘をついているんだとしたら…」

 不意に信幸がつぶやいた。

「嘘をついている、だって?」

 圭亮が思わず叫んだ。

「どう言うことだ、ノブ?」

 須崎も驚いて聞き返す。

「…ほら、こういった宝石とか骨董品って言うのは鑑定士が最終的に本物か偽物かの判断を下すんだろ? オレたちが本物だと思っても偽物だったり、その逆だったり、ってことはよくあるじゃないか。でもオレたちは結局鑑定士の言う事を信用するしかないんだろ? その鑑定士が嘘を言っていたとしたら…」

「ちょっと待てよ。そんな鑑定士が自分の立場を危うくするような事をやると思うか?」

 圭亮が言う。

「でもそうとでも考えないと、その、和美が言っていた違和感が説明できないだろう?」

「うーん…」

 それまで話を聞いていた須崎が考えこんでしまった。

「…まあ、どっちにしろ、わからないことだらけだな。これはもう少し調べてみる必要があるかもしれないな…」

    *

 そして須崎の指示により、6人は調査を始めたが、その翌日には早くも気になる情報がひとつ舞い込んできた。


「…で、唯ちゃん。その気になる記事、って何?」

「…これなんだけど…。昨日お兄ちゃんにパソコン借りてネットで調べてみたらこんな記事が見つかって…」

 そういうと唯は一枚のプリントアウトした紙を取り出した。

それは1年以上前から大阪を中心に宝石店や貴金属店で盗みを繰り返していた窃盗団が逮捕された、と言う3ヶ月ほど前の新聞記事だった。

「…これがどうかしたの?」

 涼子が聞く。

「この事件の犯人は捕まったんだけど、まだ幾つかの宝石が見つかっていないんだって」

「…何処かに売り捌かれたんじゃねえのか? ほら、よく聞くだろ? そういう裏ルートがある、って言う話」

 圭亮が言う。

「…たしかにそうだけど、もし、もしもよ。あの楯に嵌まっていた宝石がその宝石だったら…、なんて考えたんだけど」

「…ちょっと待てよ。唯ちゃんはあの楯に嵌まっている宝石がその、盗まれた宝石だ、って言うの?」

「違うわよ。その逆」

「逆?」

「うん。もともとあの楯にはまっていたのがその盗まれた、って言う宝石で今嵌まっているのは違う宝石だ、って言うこと」

「もしその、唯ちゃんの考えが正しいとすると、何で犯人はそんな事をしたんだ? …待てよ」

 そういうと信幸は考え込んでしまった。

「…どうしたんだ、ノブ?」

「…だとしたら犯人はあの人しか考えられねえよな」

「あの人?」

「…あの楯って確かこの茂原にある宝石店の店長が宝石を提供したんだよな。だとすると犯人はその宝石店の店長…」

「なんだって?」

「…だって普通に考えればそうだろう? オレたちは宝石の価値なんてどれくらいのものか知らないし、普通は宝石が本物かどうかなんて見分けができないじゃないか?」

「でもあの宝石は本物だ、って言ってるんだぞ」

「だからそれなんだよ。もともと最初についていた宝石、と言うのはその盗まれた宝石と言うヤツで、店長は何らかの形でその宝石を入手して、あの楯を飾るために使ったんだ。ところが後になってその宝石が盗品だったと知った…。もしあの楯にはまっていた宝石が盗品だとわかったら何かと大変だから、店長はあの楯を盗んだ…。もちろんこっそり処分する、とかそういうわけじゃなくて宝石を付け替えるためにな。そして宝石を付け替えて学校に返した…」

「…確かにノブの言う通りかもしれないけど…、証拠が何もないよな」


「…そうか、宝石を付け替えた、ねえ…」

 例によって放課後。6人と須崎が教室に集まっていた。

「…でも、これはオレたちのあくまでも勝手な考えなんですよね。証拠が何もなくて…」

「…そのことなら心配するな。警察から連絡があってな。目撃証言があったらしいんだ」

「目撃証言?」

「本当ですか?」

「ああ。なんでも日曜日の朝早く、学校の近くで不審な車を見かけた、と言う目撃証言があったらしいんだ。警察も捜査の途中のようなんだが、もしおまえの言うとおりその宝石店の店長だとしたらその考えも間違いではないかもしれないぞ」

「だといいんですけどねえ…」

    *

 それから2、3日あったある日のこと。

 須崎から呼び出しを受けた6人は校門の前に立っていた。

「…いったいなんだろうな。先生もオレたちをこんなところに呼び出したりして」

「さあな。『お前たちに聞かせたい話があるから』とか言っていたけど」

 そんな事を話していると一台の車が校門の前に到着した。

 中から須崎が顔を出す。

「あ、先生」

「来たか。まあ乗れ」

「乗れ、って…」

「お前たちに会わせたい人がいるんでな」

「会わせたい人?」

「まあ、行ってみればわかるさ」

 そして6人が車に乗り込む。車内はそれなりに広いはずなのだが7人も乗り込むとぎゅうぎゅう詰めである。

 そして須崎は車を走らせた。


 そして車はある宝石店の前に止まった。

「…ここは…」

「ああ。あの優勝楯の宝石を提供した、って言う宝石店だ。昨日、アポを取って今から話を聞くことになったんだ」

「でも先生…」

「…勿論教師としてだったら会えないさ。元Jリーガーの須崎だ、って言ったらあっさり会う約束してくれてさ」

 それを聞いた信幸たちは思わず苦笑いする。

「…さ、行くぞ」

 そして須崎は6人を連れて中に入った。


「…これは須崎さん」

 そう言いながらその宝石店の店長は中から出てきた。

「…こちらの子供たちは?」

「…実は私は今教師をやってましてね。この子達は教え子達なんですよ。今日はこの子達にも聞いてほしい話があってね」

「…聞いて欲しい話、と言いますと?」

「…何故、あなたはあんな事をしたんですか?」

 いきなり須崎が店長に話しかけた。

「あんなこと、ってなんですか?」

「…あなたはあれですよね。先日九十九里学院小学校に侵入して校長室の前にあった優勝楯を盗んだ――本当は盗んだ、と言う言い方は適当ではないかもしれませんが――を持っていった…。そして日曜日の内にあそこに返したんですよね」

「…そ、そんなことは…」

「隠したって無駄ですよ。私の教え子達――この子達は優秀な子でしてね――、色々調べてわかったんですよ。あなたの目的はあの優勝楯そのものではない。優勝楯にはめ込まれていた宝石だった。しかもその宝石を盗もう、とかそういった考えではなくて取り替えるためにあったんですよね」

「…」

「あの優勝楯が盗まれた、と知った時、犯人の目的はあの優勝楯にはめ込まれた宝石にあったのかと思った。でもあの宝石は20〜30万円程度の価値しかない。まあ、それでも盗む人はいるけれど、それが戻ってきて、しかも楯についている宝石がそのままだったことがわかって我々は混乱してしまった。何で犯人がそんな事をしたのか、って。でも、これを逆に考えてみたことが今回の事件の鍵だったんですよね」

「逆に考えてみた」

「ええ。教え子の一人が『あの楯に嵌まっている宝石が前に嵌まっていたのと今のものではどうも感じが違う』と言ったことがヒントになったんですよ。もしかしたら犯人はそれが目的だったのではないか、と」

「どういう目的ですか?」

「宝石の交換ですよ」

「交換ですって?」

「おそらく盗まれる前の宝石と今、あの優勝楯に嵌まっている宝石はおそらく違うものでしょう。何で犯人がそんな事をしたのか? 考えられるのは最初は待っていた宝石はおそらく偽物か、あるいは盗品か何かだったんでしょう。残念ながらそこまではわかりませんが。犯人はそれを知ってて、宝石を取り替えるためにあの優勝楯を盗んだんです。そして宝石を取り替えれば後は用はない…。そこで犯人は優勝楯を学校に返したんですよ。となると考えられる結論はひとつ。そんなことができるのはあなた、と言うことになるんですよ」

 須崎がそこまで言うと、その店長は、

「…そこまでわかってましたか。あの事件の犯人は私ですよ」

 その告白に「やっぱりそうだったか…」とお互いの顔を見る6人。

「私はね、あの優勝楯を作る際、自分の店の宣伝になると思ってあの宝石を提供したんですよ。ところが後になってとんでもないことがわかりましてね」

「…とんでもないこと?」

「宝石を提供する前だから1年以上前ですか、関西の方で宝石店に泥棒が侵入して宝石が盗まれた事件があったでしょう?」

「…ええ、知ってます。確かあの事件は…」

「そうですね。3ヶ月くらい経って窃盗団は捕まったんですが、幾つかの宝石は行方不明になってしまったんですよね。実はある取引先から買い取った宝石の中にその中の一個があったんですよ」

「…それがあの宝石だった、と言うわけですか?」

「ええ。最初の頃はわかりませんでしたがね。それを知ったのは最近になってからなんですよ。あれが盗品だったと知ったのは」

「…どういうことですか?」

「その取引先が盗品と知ってて売買していたことがわかって逮捕された、と言う話を聞きましてね。同じ宝石商の仲間に話を聞くとどうも私が買った中の一個がそれではなかったか、と。いや驚きましたよ。こっちは知らずに買ったんですからね。とは言え、もしその盗んだ宝石を使ってあの楯を作っていたことがわかったら、学校や周りの人に迷惑がかかってしまうことになりますし…」

「…それで、あの楯を盗んで、宝石の交換をやった、と言うわけですか」

「その通りですよ。同じ宝石を使いたかったんですが、残念なことに同じのがなくてね。仕方なしにちょっと値段は落ちますが、似たような宝石に交換したんですよ」

「…和美が感じた違和感はそれだった、と言うわけか・・・」

 信幸が呟く。と、

「さて、と…」

 そう言うとその店長は立ち上がった。

「…どうしたんですか?」

「…私は今から警察に行きますよ」

「警察に?」

「ええ。いくら楯を返したとはいえ、盗んだことに変わりはないし、盗品の宝石を知らなかったとはいえ、買ってしまったんだしね」


 結局その宝石店の店長は警察にその宝石を提出したことと、その宝石を盗品とは知らずに買い取っていた、と言うことが認められたか書類送検だけで済んだ、と言う話を後になって彼らは聞くことになる。

   *

 それから数日後の日曜日。

 九十九里学院小学校のグラウンドではサッカー部が練習試合を行なっていた。


 相手チームの選手が蹴ったボールがキーパーの脇をすり抜けゴールポストに突き刺さる。

「…ははは。これで5対0かよ」

 その様子を外で見ていた圭亮が呟く。

 グラウンドでは顧問でもあり、サッカー部監督の須崎の指示する声が飛ぶ。

「…ったくノブの野郎、人の部を守備がザルだの、打席で素振りしてるだの、相手にバッティング練習させているだの好き放題言いやがって…。テメーの部だってあれじゃ相手チームのシュート練習じゃねえか。…そう思うだろ、和美?」

「ははは…」

 和美も思わず笑うしかなかった。

「…本当にウチの学校ってスポーツ系はからっきしダメだな…」


(おわり)


(作者より)この作品に対する感想等は「ともゆきのホームページ」のBBSの方にお願いします。

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