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(前編)

 5月のある晴れた土曜日。千葉県茂原市の九十九里学院小学校のグラウンド。


 セットポジションからピッチャーが球を投げた。

 快音を残してボールが左中間を抜けていく。

 3塁ランナーに続いて2塁ランナーがホームを踏んだ。

 打ったランナーが2塁に駆け込んだ頃、ようやくボールが内野に戻ってきた。


 そんな様子をグラウンドに設置された金網の外で見ている二人の少年がいた。

「…これで11…、いや12対0か?」

 少年の一人、鶴田信幸が隣で見ていた少年・原和美に話しかける。

「…これじゃあ今日もコールド負けですね。しかしまあ、景気よく打たれてますね」

 和美が言う。

「これじゃあ、試合と言うよりバッティング練習だな」

「大体ピッチャーがよくないでしょう。余りコントロールがよくない上に、たまに来るストレートはバッターにとって打ち頃の球ですよ」

 和美の評論家のような口調に思わず「?」と思う信幸。

「…おい和美。お前、3月までパリにいたんだよな」

「それがどうかしましたか?」

「何でお前そんなに野球に詳しいんだ?」

「…ああ、それですか。人数が足りない、とかでパリの日本人学校の野球チームにボクも入っていたんですよ。もっともボクがいた学校のチームも九十九里学院と同じくらいのレベルでしたけどね」

「…だったら野球部に入ればよかっただろう? 何でテニス部に入ったんだよ」

「…ボク、テニス部にいた姉の練習相手でしたから」

「あれ? お前、姉ちゃんがいたのか?」

「…そのうち紹介しますよ」

 ちなみに所謂「九十九里少年探偵団」と呼ばれる6人の中では和美のほか、早乙女唯には高校に通う兄が、森沢涼子には中学3年生の姉がいる。


 そういう事を話している間にようやく攻守交替となり、九十九里学院のメンバーがベンチに戻ってきた。

 それを見て、近くで投球練習をしていた佐々木圭亮も大きくため息をひとつつくと、戻ってきた。

「…見ろよ、和美。圭亮のあの顔」

「今日も当番機会は無しですかね?」

「だろうな。たまに投げても敗戦処理だもんな」

「…と言うかボクが転校して来てから、勝ったの見たことがないんですが」

 それを聞いた信幸が思わず苦笑する。

    *

 結局試合はそのまま九十九里学院がコールド負け、と言う結果になってしまった。

 そして暫く練習をやった後、野球部の面々は解散となった。


「…」

 無言でユニフォームの上にウインドブレーカーを羽織った佐々木圭亮が二人の元にやってきた。

「…相変わらずだったな」

「…どういう意味だよ、ノブ」

「大丈夫だよ、次はきっと勝てるさ」

 慌ててフォローを入れる和美。

「…それより和美、今何時だ?」

「…あ、ちょっと待って」

 そう言うと和美がポケットから携帯電話を取り出した。

「…そろそろバスケの方も試合が終わってますね。そういえば森沢さんと藤堂さんが見に行ってますよね」

「オレたちも行ってみるか」

    *

 そして3人が体育館の方に向かったとき、中から森沢涼子と藤堂みこ、そしてトレーニングウェアにバッグを抱えた早乙女唯が丁度出てきた。

「…どうだった?」

 信幸が聞く。

「…聞かなくてもわかるでしょ?」

 涼子が言う。

「…いつもの通りですか?」

 和美が言うと何も言わず、涼子が頷く。

「…本当にウチの学校はスポーツとなるとからきしダメですねえ」

「でも唯ちゃん、途中出場で3つもゴール決めたんですよ」

 みこが言う。

「…でも3つぐらいじゃバスケットの試合は勝てないだろう…」

 信幸が言う。

「でも早乙女さんは5年生で唯一のレギュラーですから、実力はそれだけあるのではないですか?」

「そんな事ないわよ。あたしがレギュラーなのは6年生だけじゃ人数足りないからだもん」

 唯が言う。

「でも5年だって2組の関口とか4組の小西とかレギュラー候補がいる中で唯ちゃんが選ばれたんだからすごいと思うけどなあ…」

 信幸が言う。

「…それにしても、どうしてウチの学校は設備だけは揃ってんのにこんなに弱いんだろうね」

 圭亮が言うと唯が、

「…その代わり、と言ってはなんだけど、文科系の方は強いでしょう」

「ああ、そういえばそうだったな…」

「…どういうことですか?」

 和美が聞く。

「…あ、和美は転校してきたばかりだから知らないか…。いやな、ウチの学校は弁論コンクールとかそういった大会では千葉県内でも結構強いほうでさ。去年も弁論だかなんかの大会で千葉県代表になって全国大会にでたこともあるんだぜ」

「…本当に?」

「そうよ。だからその時に貰った優勝楯が今でも校長室の前においてあるんだって」

「優勝楯?」

「ああ、これから見てみるか?」

   *

 土曜日とはいえ、練習試合があることもあってか、校舎の中には出入りが出来るようになっていた。

 6人は校長室の前に来た。

 校長室の前にはガラスケースが置いてあり、さまざまな優勝トロフィーや楯が置いてある。

「…ほら、あの楯がそうだよ」

 そして信幸が指差した先にはその楯が置いてあった。

「…これがその楯ですか…」

 和美が言う。

「そ、よく見てみろよ。楯の真ん中に宝石があるだろ?」

 確かに楯の真ん中に宝石がひとつ嵌まっていた。

「…これがどうかしたんですか?」

「…なんでも聞いた話なんだけどさ、これにはまっている宝石、その大きさで2〜30万円する、って話何だよな」

「そんなにですか?」

 思わず素っ頓狂な声を上げる和美。

「ああ。何でもスポンサーがある有名な宝石商だったらしくてさ。県大会の優勝校に贈られる楯だから、という事で、本物の宝石をはめ込んだらしいんだ。だから、このガラスケースにはしっかりと鍵がかかっているし、何らかの形でガラスケースが壊されたり、開けられたりしたら赤外線センサーが作動して警備会社に通報が行く、って話だぜ」

「ふーん、そうですか…」

 そういいながら和美はじっとその優勝楯を見ていた。

「…どうした和美?」

「いや、なんでもないです」

 そして他の5人が帰宅するためにその場を離れた時も、和美はガラスケースの方向を眺めていた。

    *

 そして翌日の日曜日。

 午前中に部の練習がある、という事で信幸と圭亮が学校に来たときだった。

「あ、おはよう」

 丁度校門の前に唯が立っていたのだ。

「あれ? 唯ちゃんも練習?」

「そう。来月には市の大会があるからね」

「やったって無駄な気もするけどさ」

「だからって可能性はゼロと言う訳じゃないでしょ?」

「確かにそうだな。じゃ、行こうか」

 そして三人は連れ立って学校に入った。


 玄関で上履きに履き替え、廊下に入ったとき三人はなにやら校長室の方が騒がしいのに気がついた。

「…? どうしたんだ?」

 見ると自分達と同じように朝の練習に来たか、教師に混じって大勢の児童達がそこに集まっていた。

「行ってみようか」

 信幸の言葉に頷く圭亮と唯。

 そして三人は校長室の前にやってくると。

「…!」

 思わず絶句する3人。

 そう、ガラスケースの下にある錠が壊され、ガラスケースが開けられており、昨日はその場所にあった、中央に100万円の宝石がはまっている、と言う優勝楯が跡形もなくなっていたのだ。

「…これは…」

 信幸が呟くと、

「お、ノブ、来ていたか!」

「あ、先生…」

 そう、信幸のクラスの担任でサッカー部顧問、そして信幸たちの探偵団の「監督」でもある須崎雅彦がトレーニングウェア姿で立っていた。サッカー部顧問となって以来、いつの間にやら須崎は同じサッカー部所属の信幸を「ノブ」と呼んでいた。

「…先生、これは一体…」

「それはわからないが…、とにかく原たちも呼べ! 詳しいことはその時に話す。どうせこれじゃ練習も出来ないしな」

「はい!」

     *

 そして須崎の呼びかけで和美たち3人もやってくると須崎は6人を自分達の教室に招きいれた。

「…先生、それでどういうことなんですか?」

 唯が聞くと、

「…うん。先生もまだ詳しいことは聞いていないんだが、なんでも今朝早く、警備会社の警報がなったらしくてな。その警備会社のガードマンが駆けつけると、何者かによってガラスケースが開けられて中の優勝楯がなくなっていたそうだ」

「盗まれたのはそれだけなんですか?」

「そのようだな。先生も連絡があってから色々と調べてみたが、校長室や他の部屋からの盗まれたものがないようだ」

「盗まれたものがない、って…。うちに学校にはもっと他にも金目のものがあるでしょう?」

 圭亮が言う。

「…そうだな。ウチの学校にはパソコン実習室があるし、他にもいろいろと捜せば金目のものが見つかりそうだが、それらには全く手がつけられていなかったそうだ。犯人も目的は最初からあの優勝楯だとしか思えないんだ」

「でもなんで優勝楯なんか…」

 そう信幸が呟いたときだった。

 教室のドアが開き、ひとりの教師が顔を出した。

「…あ、須崎先生。職員会議が始まりますので来てください」

「あ、今行きます。…じゃ、会議が終わったらまた来るから」

 そういうと須崎は教室を出て行った。

 それを見送る6人。

「それにしても、この学校にだって金目のものはいくらでもあるだろうになんだってまたたてなんか盗んだんだろうな…」

 信幸が呟く。

「やっぱりあの楯にはまっている宝石が目的だったんじゃないか?」

 圭亮が言う。

「宝石?」

「だってそうだろ? 昨日ノブが言ってただろ。あの楯には2〜30万円する宝石がはまっている、って」

「確かにそう言ったけど、優勝楯なんて盗んでどうするんだよ。こう言っちゃなんだけどさ、優勝楯なんてもらった学校以外には何の価値もないものだぜ」

「そりゃそうだけどさ、犯人があの優勝楯を盗んだ、と言うことは犯人もそれだけ、あの楯に付いていた宝石の価値を知っていた、と言うことになるんじゃないのか?」

 圭亮が言うと、和美が「え?」と言う表情をした。

「…どうしたの、原くん?」

 涼子が聞くが、

「え、いえ、その…。なんでもないです」

「…お前なんか変だな。あの優勝楯の話となると昨日から考え込んじゃって…」

「…いえ、ですから本当になんでもないんです」

「…まあ、いずれにせよ、犯人が何であんな楯だけを盗んだのか、目的が全然わからねえな…」


 その後学校は職員会議で被害届を出すことが決まり、校長名義で被害届を出すこととなった。

 結局練習は中止となってしまい、事件についてもまた明日放課後にでも話そう、と須崎が提案し信幸たちはそのまま帰宅することになった。

    *

 そして翌日、月曜日。

 いつもの通り、信幸と圭亮が登校してきた時だった。

「あ、来た!」

 校門の前で珍しく涼子が二人を待っていたのだ。

「あれ、涼子ちゃん、おはよう」

「一体どうしたの?」

「どうしたの、じゃないわよ。ちょっと来て! 唯たちも既にいるから」

 そして涼子の案内で二人は慌てて学校の中に入っていった。


 涼子に連れられて二人は校長室の前に来た。

 涼子の言ったとおり、既に唯、みこ、和美の3人も校長室の前にいたのだ。

「…どうしたんだ? また何か盗まれたのか?」

「その逆よ」

「逆?」

 その言葉の意味を不審に思いながら、信幸たちはガラスケースを眺める。

「あ…」

 そこにあるものを見て思わず信幸が絶句した。

 昨日なくなったはずの優勝楯がそこにあったのだ。

 しかも外見上は盗まれる前となんら変わりなくあるようだ。

「…これは…」

「ああ。確かに外見は何ら変わりはないけどな。何か不審な点があるかどうか、今から調べてみるそうだ」

 唯たちと一緒にその場に須崎が言う。

「…さ、おまえたち。授業が始まるぞ。教室にもどれ」

 そして須崎たち教師がその場にいた児童全員を教室に行かせた。

「ノブ!」

 須崎が信幸を呼んだ。

「なんですか」

「…放課後、佐々木や原たちと残ってろ」

「はい」


(後編に続く)


(作者より)この作品に対する感想等は「ともゆきのホームページ」のBBSの方にお願いします。

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