嫌わないで
童田という男が寮に来てから、俺の生活の全てが崩れたような気がする。
夜中に響く実験の爆発音、朝には廃棄物による不快な匂い、昼になってやっとヤツは静かになるが、数時間後にまた爆発音が聞こえる。
正直鬱になりそうだ…このままだとノイローゼになって人間としての精神が死にそうだ
…少しばかり注意をするのも、俺の仕事なんだろうか?これでアイツとの距離が広がるなら本望だ。
朝起きてすぐ、お隣のヤツの部屋の扉を叩いた
ヤツはすぐ出てきて俺を歓迎してるみたいだが、生憎今日はそんな優しい理由で訪問した訳では無いのだ。
「やぁヴィート、こんな朝からお前と茶が飲めるなんてな」
「俺はそんな事をしに来た訳じゃ…お前の出す騒音に困っているんだ、今後騒音が収まらないなら寮の部屋を移してもらう警告をしに来たんだ。」
「そんな生易しい報告のために俺の部屋に来たのか?感謝するよヴィート、君に人間としての知能を組み込んで正解だった」
コイツ、俺がいくら攻撃的に接してもペースが一向に乱れない。
コイツの心の中は俺が声を発して意見する度に輝く様だった、コイツは本心から俺の事を…息子か何かだと思っているのか?
「と、思っているな?」
「…は?」
「俺は心読ができるのだよヴィート、お前の思っている事が手に取るように分かるのさ。」
「気持ち悪いなお前…」
「そんなお前に教えてやろう。俺ら人外、人造人間と違う種族の話を。」
曰く、童田、シズさん、リリィさん達は人外、元が人間では無い要素から構成された突然変異遺伝子によって生まれたキメラだという
彼らに固定の性別は存在せず、内臓は愚か外見さえも自由に変えられ、目玉や口も所詮作り物に過ぎないらしい。彼らキメラと俺ら人造人間の決定的な違いは、人工的に作られたかどうかと圧倒的な環境適応能力から来る人外らしい強さで、人造人間が行けない境地にキメラ達は居るらしい。
そして研究室の目的は、今いる人造人間達を完璧なキメラへと変えること。そのために各地の人間や動物を使って研究を続けているらしい
「まぁお前やアウロラは人造人間の中でも別格だがな、君は欲を動力として動く戦闘型の人造人間。特にお前は室町時代の剣豪を元にして作ったんだ、実際にお前は生前剣豪だっただろう?わざわざ日本に来て死体を漁った甲斐があった。」
「そんな…なんで俺が戦闘型の…普通でよかったじゃないか」
「それはな、シズやリリィのお願いだったから、お前を戦闘型にしたんだ。」
「あの二人が、俺を…?」
「シズ達は来たるべき人造人間とキメラの日本争奪戦争に控え戦力となる反対組織を集めているんだ。俺もそのうちの一人だったが…生憎組織に属するのが苦手でね、少し家出をしていたわけさ。」
「もし、その戦争に負けたら?」
「そんなもの簡単さ。」
俺らは死ぬ。跡形も無くね。
「まあ幸い君とか俺が来たから戦力としては6人か、人造人間が3人とキメラ3人、キメラは一人で人造人間100体以上の戦闘力があるとはいえ、一方向こうは人造人間が数万…勝てる見込みは今の所ゼロだ」
そういい放ってヤツは茶を入れに行った。
ふっと言い放った言葉、死ぬ。
死ぬって凄く怖いことなのに、コイツはふっと言ってしまった。
キメラ達は肉体が老いず、死の概念がない。永遠に生命の輪廻を彷徨うと昨日先輩たちから聞いたが、その輪廻の中で感覚が壊れてしまったのか?
彼らの感覚にはついていけない…それに普通に死ぬかもしれない戦争に巻き込まれているという事すらも知らなかった…
先輩達はこれを隠して俺と接していたのか…?いやただ伝えるのが遅かっただけか?だが入る時にでも伝えるタイミングはあったはず…なぜ俺を…
「ヴィート、あまり深く考えるな。キメラは狡猾で自己犠牲が嫌いなんだ、ただそれだけ、何も考えちゃいないさ」
「でも俺、利用されてる様なもんじゃないか!!こんなの…人としての扱いじゃない!!」
「…昔と違ってお前は人じゃない。人間の様に生きたいなら、今ここで死んで次の生命の輪廻に身を委ねるんだな。」
厳しい事を言うようだが、コイツの言ってる事は正しい。俺は、人間としておままごとをしていただけで、本当の人間なんかじゃない
俺はもう、妻を愛す愛情も、何かを欲する程の欲も、もう枯れたのかもしれない
「…ヴィート、少し言い過ぎたな、お前の好きな茶菓子を持って来よう、少し休憩を」
「ごめん、俺少し外出るよ。」
「ヴィート…?」
その時見えたヴィートの顔は、酷く暗く、まるで別人の様だった。
「ヴィート、今は雨だ…外に出ても何も無いぞ」
「…」
止められなかった、そのままの勢いでヴィートは家から出て行ってしまった。
その時は少し経てば帰ってくるだろうと思っていたが、2時間ほど経ってもヴィートは帰ってこなかった
だが幸い、用心深い俺はアイツにGPSをつけていた。
迎えに行ってやらねば、傘も持たずに出て行ってしまっては凍えてしまうだろう。
今日の事を水に流してくれるだろうか?少し言い過ぎてしまった事を謝れば、ヴィートはまた俺と喋ってくれるだろうか…?
そのまま札幌の街へと旅立った、今は4月終盤、北海道はまだ寒いだろうから、暖かい飲み物も持ってきたが、喜んでくれるだろうか
GPSは駅の裏路地を指していた、急ぎ足でそこへ向かうと、俺の想像したくもない光景が広がっていた。
「ヴィート …?」
「たす、け…てくれ……童田っ…」
ヴィートの身体から、何かの鋭い腕が貫通していた、血が滴り辺りのアスファルトを真紅に染めていった。
「ほぉ、噂の人造人間クンのお肉って柔らかいんだねェ!これじゃ人間と変わんないね!」
ヴィートの背後から除く人影、貫通している腕の持ち主だろう、即刻その腕を引きちぎってやろうと、俺は即座に傘にしまっていた仕込み刀を抜いたが、ヤツはかわしてしまった
「あぁ、裏切り者のアベーレ・ムーアくんじゃん!やあやあご無沙汰だねぇ、僕のこと覚えてる?」
「あぁ、カタル・ドグマのアウフヘーベンだろう?お前の話ならよく聞いていたさ…組織の幹部の中で1番無能の裏切り者。」
「ただ先代を殺しただけで無能扱いなんて、泣けちゃゥ…裏切り者同士仲良くしようよぉ。いやぁ人間は悲しいよねェ、簡単に壊れちゃうから!」
アウフヘーベンは斧を振り回し、こちらへ攻撃をしかけてきた。単調な攻撃だが当たれば腕が吹き飛ぶだろう、上手く躱しながら会話で体力を消耗させようか
「今のボスは組織に相応しくない、俺らは元々日本を護るべき組織のはずだ。それを今は、海外と合併して日本を人造人間だらけにするつもりか?」
「あのねぇムウ君、今地球にいる人間がホンモノだと思ってるの?今この世界にいる人間の全て、江戸時代以降の人間はみんな哲学的ゾンビなんだよ?今現代の若者たちを見てみなよ、喜びも、痛みも、全てAIに左右されている様じゃないか?こんなヤツらより僕らキメラや人造人間の方がよっぽど人間っぽいよ」
「だが俺は、これ以上人間の形を保たないやつが増えて欲しくない、数多の人体実験の末に作られる死体の量に、お前は気付けないだけだ!」
「そんなものハナから知ってるさ!だから僕はみんなを救済してるの、僕のやり方でね。」
ニヤリと笑った刀身が俺の頬を掠め、血を流させた。
人間の不幸の蜜を啜ってしか生きられないコイツが、救済などと謳う行為は虐殺だ。
俺らキメラと人造人間には捕食関係があるのは分かっていたが、コイツは人間さえをも喰らい尽くす勢いで虐殺を繰り返し、その行為を救済だと…?
「それがお前の大量殺人の理由か?」
「それ以外、あるわけないでしょ?」
コイツは、会話が通じる相手なんかじゃない。初めからこいつは人間なんかじゃない、本物の人外。
素直に応援を呼ぶか、はたまた俺だけで解決するか…?
今はヴィートの命もかかっている…応援が来るまで少し耐えるようにすれば、コイツだって殺せるはず…
「殺意が丸見えだね、僕を殺そうとしてる?本気?君は1回僕に負けているだろう!」
「あぁ、昔にな」
「そっちにいる静海とかいう完全体のキメラが来てくれるなら強い相手と戦えて嬉しい限りけどさァ?君、昔より強くなったっぽいし、少し暇つぶしに付き合ってよ」
近くで金属のぶつかる音がする、俺は何をされたんだ…
腹が酷く痛い、熱い。きっと刺されたんだろう…手足が痺れて動けない
目の前がぼおっとする…だが見える光景はやけに見覚えがあった。
血だらけの童田、あれ、過去にもこうやってアイツが守ってくれた事があった気がする…
あれは、いつ頃だっただろう…
「おいヴィート!意識を飛ばすな!!」
「よそ見しないで、僕に構うんだよ!!」
童田の隣のあいつ…誰だ?
童田は俺を見てくれているはずなのに、その隣のガキは…一体どうゆう関係なんだ
心がジュクジュクする、ザワザワして落ち着かない。童田の隣に立つアイツ、すごく楽しそうなガキの顔が許せない。
欲しい…動く足が、軽やかな体が、活力のみなぎる生き血が欲しい
そのために、ガキを殺さなくては、いけないのか
咄嗟に耳元で囁かれた言葉、殺す
これは俺の本心なのか?この欲する心は、俺の思い…?
「やっと目覚めたか、退屈だったぞ桃李、俺を抜いてくれる気になってくれて嬉しいな」
俺が呼びかけてくる。人間では無い俺、ずっとしまっていた俺が、俺の中から出てくる
心拍が上がっていく、呼吸が上手くできない、目の前がチカチカして、酷い耳鳴りがする
「俺の名前、同じだったら呼びずらいからなぁ、俺がヴィートでお前が桃李でどうだ?きっとその方がわかりやすいぜ」
やめてくれ、人間の俺を、飲み込んでいかないでくれ。やっと手に入れた平穏を、俺が壊していくのが怖いんだ
そんな俺の手を、ヴィートは優しく取ってこう言った
「あとは任せときな相棒、少し眠ってるだけで済むからよ。」
俺は腰の剣を抜いた、キラリと黒光りする刀身は眩く輝いていた。
そこからは俺じゃなくヴィートが戦ってくれた。
しなやかな身のこなし、隙を狙って放たれる剣先、その全てが人間離れしている技ばかりだ
そしてヤツが油断した隙に、剣を胸に突き刺した。
「ガッ、ギィィィ!!!お前!この汚い剣を抜くんだ!!引き裂いてやる!!」
「よく喚くガキだなぁ、うるさいうるさい口を閉じさせようか」
そうして腹から剣を抜いた後、そいつの喉に突き刺した
ガキはヒューヒューとそよ風のような呼吸を繰り返していた。どうやら瀕死らしい
「ヴィート、ソイツは俺じゃないと殺せない。脳を豪炎で焼かねば、殺せないんだ。」
「なら、無限に拷問して壊してやる。キメラとかいう人外諸共な」
「…ヴィート?お前さっきまでそんな感じじゃなかっただろう?どうしたんだ…」
「お前は変わらないな。アベーレ」
コイツは何を言っている?
明らかにヴィートの持つオーラが変わった、先程の途切れそうな弱々しい人間としてのオーラから、人間では無い何かのオーラをビリビリと感じる。
そしてコイツはあろう事かヴィートの気持ちを代弁し始めた。
なぜ俺に?俺は今までヴィートを見ていた…?今の名前すら関心を向けず、過去にしがみついていた、情けのない人間の様だと言われているのか?
「お前は、過去のヴィートにしか目を向けず、今の桃李としてのコイツに目を向けちゃあいねえ!そんなんで生みの親だぁ?親友だ?笑わせるんじゃねえよ…次お前がコイツを悲しませる事があったら、お前の事叩き切ってやるからな」
心が読めても、真意まで読み解ける訳じゃない。なのにコイツの心は澄んでいて、真っ直ぐと俺という人間を捉えているようだった。
桃李として持っていた桃色の瞳から、コイツ独自の琥珀色の瞳へと変わった瞬間が、彼らの切り替わりのタイミングなんだろう。
…どうやらコイツは、本気で桃李という人間を心配していて、俺に警告をしているらしい。
「…すまなかった、桃李。」
「分かればいいだよぉ分かればな?じゃあ俺は戻るぜ。桃李をよろしくな」
そう言い放つと、彼の瞳は桃色に戻った。
そしてその一瞬で崩れ落ちそうな彼を抱きとめた。
人間としての彼は、桃李という人間は脆く柔く、あっとゆう間に壊れてしまいそうだった。
改めて抱きしめた俺の人造人間。
俺の初めて創った俺の相棒は、まだまだ人間のままだった。
「…謝るよ、桃李。俺はずっと、お前を誤解していたんだ。」
「遅いんだよ、気づくのが」
「申し訳ない事をした、どう詫びれば、君は許してくれるだろうか?」
「…ただ一言、“嫌わないで欲しい”と、俺はお前を嫌ったりしないさ」
「…嫌わないでくれ、桃李」
「もちろんだよ、相棒。」
俺は何か誤解をしていた。目の前の人間は、ヴィートじゃない、俺の創った、久遠桃李だった。
俺の事を1番に理解してくれる、研究員で唯一、人間が好きだった俺の傍に居てくれた、たった1人の俺の研究の相棒だ。




