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また登る静けさ

入社後、制服の手配や住民票等の用意が終わり、やっと“人間として”の生活を手に入れた。少なからず、室町の頃よりはいい生活だ。

社員寮は広すぎず狭すぎず、一人暮らしにはちょうど良く、社員食堂はメニューが毎日変わって専用の料理人(シェフ)がいて、暖かくて美味しいご飯が食べられる、この上ない幸せだ。

だが、過去を思い出し、妻を失った事実を思い出してから心にはぽっかり穴が空いたような感覚だ。


「おぉい新入り!早速ご依頼が来たぞ〜早速オレと一緒に肩慣らしと行こうじゃないか!」

「リリィさん、」


初めて来た依頼主は小柄な研究員の女性だった。依頼内容は、行方不明の研究者探し、童田(わらべだ)という研究者が1週間前から消息を絶ち、その後行方不明探しとしてこの事務所に来たらしい


「私の同僚で、仕事熱心ないい人だったんです。なので居なくなる理由もわからないし、もしかしたら襲われたり…」

「いなくなる前日に兆候などもなかったと?」

「はい…本当に何故居なくなったのか分からないんです…」


女性はポロポロと涙を流し、隣にいたシズさんの肩に寄りかかるようにして啜り泣いていた。とにかく今はこの女性の証言をまとめて対策を練らなければ…

そう思っているとふと肩に手を置かれ、振り向けと言わんばかりに催促をされ、振り向くと


「新人、早速調査に行こう!」


急に後ろから声をかけられ、ふと目の前を見ると、以前のファミレスで同席していた藍色のような髪の…小さい先輩か。

名前は…名乗られたっけ?


「えっと…確か貴方は、」

(わし)はアウロラ、アウロラ・イノセンリーだ」

「アウロラ先輩、そんなこと言っても目星が無いものは調査のしようがないですよ」

「お主は何か見落としておる様だ…」


兆候も無しに消えた研究員…仕事に熱心だった彼が最後に訪れる場所といえば…


「研究所の廃棄場…ですか?」

「仕事に追われ後始末さえもやっていたとしたら、彼の消息はそこで途絶えているだろう、我ながら良い推理だな!」


その後、シズさんが女性のメンタルヘルスを請け負い、早速俺達は身支度を終わらせ、研究所の廃棄場へと向かった。

今考えたら普通にオフィスだったかもな……一応鍵は貰ってきたけど、2箇所も行き来しないといけないのは体力的にも厳しい。


というよりも……


「なぜ付き人がアウロラ先輩なんですか」

「リリィは忙しいと、儂を向かわせたのだ…儂だっていつ暴れるかも分からない人造人間と2人でおるのは精神的にも辛いのじゃ、別にお主だけではない、早く終わらせ事務所に戻るぞ」


アウロラ先輩、すごく冷たいけど、心に闇が見えない

気を使ってくれてるのかな、確かに俺との接点はないし、新人なんて久々だろうから気も使われるか

少し悲しい、俺に気を遣わせないようにする方法は何か無いものか…


「アウロラ先輩って、人間の頃の記憶とかあるんですか?」

「……儂か?儂は余り覚えておらぬ。断片的な記憶の中で唯一覚えていた事は、儂は生まれてからずっと独りだったという事だ。」

「昔から、ずっとですか」

「絶え間なく訪れる性への恐怖と死の感情だけは、ずっと儂の傍に居てくれた…だが今はお主らが居る。儂はもう寂しくないのだ」


彼の纏うオーラが少し明るくなった、本心から寂しくはないんだ。

本当に彼はここで居場所を見つけ、俺という不確定要素を哀れんでいただけで、明確な敵意なんてものは最初から存在しなかった。

そうか、彼は此処が本当に大切なんだ。


…それはそうと先程から少し後ろで視線を感じる。

今現在地は廃棄場、予定通りの場所に不穏な気配が走っていた。

視線の大元は俺らにバレていないと思っているらしい…先手を仕掛けるには少し距離が遠い様に感じるが、ここはどうするべきだろう…


「お前!何を先からジロジロ見ておる!!用があるなら表に出るんだ!」

「アウロラ先輩!?」


この先輩、めちゃ大声で叫び出した…?

ベテラン…?経験から来る油断か?ひとまず構えねば


「…フン、ただのキメラと人造人間じゃないか、良い実験対象が来ると聞いていたのにな?」

「お前…誰だ!」

「忘れたのか?俺は童田(わらべだ)。実験体No. 1224-1771の久遠 桃李を、イタリアの研究室で創った。」

「は…何言ってるんだ……?」

「あぁ、向こうでは俺はアベーレと呼ばれていたからな、日本での呼び方は違和感があるだろう。だがその内慣れるさ」


そう言って不気味な笑みを浮かべ、ヤツは近寄ってきた。本能的な恐怖で足がすくんでいる、全く動けない


「お前!桃李に手を出すな!!」


振りかぶった先輩の拳がヤツの頬を掠めた。

ヤツは先輩の腹を拳で強く殴った、そのままの勢いで先輩は飛ばされてしまった。


「がっ…」

「なぁ、俺をまたアベーレと呼べよ。俺らの国へ帰ろう、ヴィート」

「桃李…ソイツの話に耳を傾けるな…、!ソイツは、化け物だ…!」

「あんな紛い物(アウロラ)と此処に居ていいのか?ヴィート、お前ならこの日本を手に入れる力を秘めている。俺と共に帰ろう…」


ヤツが俺をヴィートと呼ぶ度に、ありもしない記憶が蘇る。断片的な記憶の片隅には、楽しそうに笑っている俺と、今目の前にいる男の姿があった。


「お前を日本に送るように言ったのは間違いだった、もう1人の実験体が居たからなぁ。仲間の様に接したのは良かったが、低層なグループへと巻き込まれたお前が可哀想だ。」


ヤツは俺の腕を取って「一緒に行こう」と手を引いた。俺はただ動けず、引きずられるように研究室の中へと引きずり込まれそうになっていると

遠くから白い影が、俺らの腕を弾き飛ばした


「童田君、ストップだよ。」

「シズ、邪魔しないでくれるか?」

「これは僕らだけの問題、外野の研究員が口出さないで、早く事務所に戻るよ。」

「俺を呼んでいる女は、所詮囮だとお前は気づいていただろう?俺が事務所に帰る意味はもう無い、俺はヴィートを回収して日本から去るように言われているんだ。」

「今、その女を拷問にかけていると言ったら?」

「お前ならやりそうだ、だから手頃な女を吊ったまでさ。」

「あの女の子は研究員でもない、ただの一人娘だ。僕だってただの人間を拷問したくはない、早く桃李と一緒に帰ってくるんだ」


彼らの言い合いの最中、アウロラ先輩がヤツの背後からナイフを突き刺した。

突然の事にヤツは呆気に取られていたようで、シズさんも目を見開き驚いていた。


「はぁ…あ、ごめん、やりすぎたかも。」

「お前はいっつもこうゆう時にやりすぎるから、慣れてるよ…」

「回収頼んだぞシズ。儂は後輩とすぐ事務所に戻る」

「はいはい面倒事はいっつも僕負担だもんね!早く帰れ!!」


さっきまでの殺気は、先程まで倒れていた先輩はやけにピンピンしている様だ……

あんなに拳をもろに食らっていたのに…?

だが腹を見るとやはり青タンになっているし、ハッキリと内出血してるし…ワンチャン内蔵が死んでいるのではないのだろうか…?


「やけに儂の身体をジロジロベタベタ見ているようだが?」

「あっ、いや痛くないのかなって」

「君たち人造人間には、痛覚がないからね」


シズさんが言うに、人造人間は不要な要素を取り除いた、完璧な人間をモチーフに作られたらしく、アウロラ先輩達の年代の人造人間には痛覚の概念が無いらしい。

いやまて、アウロラ先輩が人造人間…?童田は先程キメラと人造人間と言ったはず、もう1人は…?


「近年はあるやつらが増えたが、儂は無いぞ。」

「そもそも彼らには必要最低限の臓器しかないし、損傷しても替えがあるから大丈夫だよ」

「だが下はちゃんと発達してるぞ?」


その後、運搬車の手配も終わり、俺らは無事に事務所に帰ったのだが…

この研究員、正直近寄りたくない。

帰ってきてから先輩たちは研究員を椅子に縛り付け、つらつらと拷問器具を並べ出したのだが、俺は拷問とかもしたくないし、やったことも無いし、あまり今後関わりたいと思える相手じゃない…


「まぁオレら離れてるけどさ、桃李くんには厳しいかなぁ?」

「先輩達がやってくださいよ…」

「オレ達がやったら経験にならないでしょ〜まぁ思ってる通りに暴力振るうだけだからさ!頑張って!」


ヤツは眠ったまま椅子に縛り付けられている、横にはおぞましい拷問器具たち、吐きそうだ。

とりあえずニッパーを手に取り、彼の指に向かって思いっきり振りかぶってみる

ヤツは痛みで飛び起き、人差し指の爪は砕けて血が流れている


「痛ってぇ…あぁヴィート、ついにハードな趣味も理解ができたのか?」

「あくまで拷問あくまで拷問あくまで拷問あくまで拷問」

「おいおい俺を拷問して何になるんだ?言えることなんて無いが?」

「僕らは協力関係を持ち出しに来た、そのための拷問。」

「協力関係だ?なんの意味がある」


シズさんはこう話した。

彼の所属している人体実験の研究元、全ての元凶がカタル・ドグマという犯罪組織らしく、雇われているのが子会社の実験施設だという。所詮童田も雇われただけで無意識に組織の目的に従っていただけらしい


「君は巻き込まれた、僕らの事務所を出ていってから何百年と経ったが、やっとこさ生み出したものが桃李くん1人。だがここまで優秀な1人を、組織は手放したくないだろう…君はいいのか?愛しい実験体が、大人達の野望のための消耗品として使われる事、本当はすごく嫌なんじゃないか?」

「……本気で俺を此処に引き止めたいのか?」

「僕は君とは長いからね、敵にまわられるのはすごく悲しいし、場合によっては命も頂かないといけなくなる。そんな事はしたくない」


ヤツは目を閉じ、「降参だ。」と言って体の力を抜いて脱力した。抵抗する意思は微塵も無いらしい

シズさんはパッと微笑み、彼の拘束を解いて指の消毒を始めた。

シズさんは俺に、今後の動きを説明してくれた。

基本的な業務は請負人として、依頼人の依頼を解決するのだが、今後怪しい研究所があれば、調べて黒だった場合、即刻潰しにかかり、数を減らしていく動きになると言う。

…本当にこれでよかったのだろうか、まだ組織の招待も、増えていく研究所を完全に止める術も無いのに、不確定なまま進む彼らに迷いは無いのだろうか?

今日はそのまま寮に戻って布団に入った。数日前から始まったこの生活にも少しづつ馴染んできたが、やはりずっと心の中に不安があるのも見過ごすことの出来ない事実だ。

このままゆっくり組織を潰しても、俺は結局どうなるんだろうか、組織がなくなっても俺の体は戻らない。

止まらない将来への不安や知りたい事への欲、なのに俺の刀はずっと鞘から抜いてないままだし、あれから抜ける気配すらない。もしこのまま一生抜けなかったらどうしようか……

今は悩んでもしょうがないか…早く眠りにつくことにしよう。


夜中、寮別館のリビングにて


「本当に童田を戻すべきだった?オレ、結構反対してたんだけどさ?シズくん。」

「僕は仲間に手をかけたくなかったから。」

「でもさぁ、桃李くん怯えてたじゃん?あんなんじゃ彼の欲が引っ込んじゃうばっかりだよ?」

「…彼の欲の根幹は欲すること、何かを強く欲する強欲。それを煽る事なんて最初から難しいことだよ。ゆっくり彼の成長を待とう」

「でもさでもさー戦争はもうすぐを予定されてるよ?日本をかけた犯罪組織との戦争、予告状はもう届いてる。彼を無理やり覚醒させないと勝てないに決まってる、童田をまた引き入れても、オレらは数から負けてるんだからさ」

「…君はほんとに昔から、卑屈で人造人間が大嫌いだね」

「人造人間っていうか人間が嫌いだ。オレは最初から、人間じゃないし。人間の気持ちなんてちっとも分かりやしない!」


リリィはコップに入ったココアをかき混ぜながら僕に問いを投げかけた


「もし、桃李くんが覚醒する見込みが無いなら、オレらで先制的に攻撃を仕掛ける手も…」

「僕にはまだアテがある、あと2人、戦力を追加出来るかもしれないんだ。だからそれまで待ってくれ、リリィ。」

「はぁ、オレが君のお願いに弱いの、知ってるでしょ?」


困った様に見つめてくる彼を見たのは、何回目だろう…

今夜もまた困らせてしまったのか、だがそれでも、全ては彼を助ける為の、最善なんだ。

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