夜明けの温かさ
保護されるまで
嗚呼、神よ。俺は何かをしでかした、きっとそうなのだろう?
この世に生まれでてから、俺の人生は不運ばっかりだからだ
1週間前、俺は病室のベッドで目が覚めた、事故にあったらしく、車同士の衝突事故だった。
生きていたのは俺一人、乗客は他にも乗っていたらしいが
「こちら、桃李様のご家族さまです。事故により、もう原型を留めていませんが」
そう言って見せられた肉塊に、覚えは無かった。
病院を出たはいいが、家も覚えておらず、行く先もないまま1週間、明日の食事も寝床も分からないまま過ごしていた。
俺はこのまま死ぬのだろうか?
実質孤児、アテなんてありはしなかった、何もかもを忘れた俺に、誰も着いてきてはくれないのだろうし、せめて美女に嬲られて殺される方がまだ俺にとっては良かったのかもな…
北海道の河川敷、いつも夕焼けを反射する時、ザラメのように見えて美味しそうだ。
雲、空に浮かんでいると、綿菓子のようで甘く美味しそうだ…
目の前の人、髪が綺麗で顔立ちは実に乙なもの……
「人!?」
「うん、人。」
「な、なんで君…貴方?奥様は何故ここに?」
白く長い白髪に長いまつ毛、スラッとした指…そして綺麗なスカイブルーの瞳。思わず吸い込まれてしまいそうで、目を奪われそうな……
「僕、男の人だよ」
「男!?」
「僕が男か女かはどうでもいいんだよ、僕は君を保護しに来たんだ。」
奪われた、目も心も思考も。
考える隙すらも、彼は与えようとしてこなかった。
「君、腹は空いていないのかい?良かったら、近くのチェーン店でご飯を食べよう。詳しい話はそこでするよ」
お店に連れてかれると、四人席に2人、既に座っていた。
「さあ、ここに座るんだ。」
俺が案内されたのは壁側の席、いそいそ座ると、目の前の人は目を見開いて驚いていた。
「この子、ほんとにオレらと同じ素質があるの?」
「顔の型番は一緒だ。きっと彼もそうなんだよ」
周りの人達は意味の分からない会話を初め、俺一人置いていかれている気分だ…
多分この人達は友達同士、俺はさっき出会ったばっかのガキだ…俺だけ……ひとりぼっち…
「僕らが君を保護する理由を話そう。」
「オレらはね、“人外”を保護しているんだ。」
人外を、保護……?
俺は紛れもなく人間だ、生まれも人からで、子供の時だって……
俺の子供の時なんて、あったのか?
上手く思い出せない、記憶がすっぽりと抜けているようだ…
「俺、記憶無くなってから何がなんだか分かんないけど、そんなデタラメには騙されないぞ…」
「いや?デタラメなんかじゃないさ!君の顔は量産F1224型、君の誕生日は12月24日、ちょうど今は春先の4月中旬、君は生まれてから時間が経っていないからちょうど良かった。オレらに保護されなきゃ、きっと死の危険を感じ、今頃暴走して駆除されてただろうさ!」
その後、彼は説明を始めた。
俺を含め目の前の人たち全て、全国各地にある人体実験施設から生み出された失敗作の人造人間、意思や思考を持って生まれた紛い物たちで、彼らの事務所はそんな失敗を保護し、匿っているらしい。
俺の記憶が滑落しているのは、施設での記憶を抜き取られているからで、家族とか言われて見せられた肉片は、他の人間の死骸だったという。
その全ては、俺を人間として、社会へ解き放つためだと。
「きっと君の暴走を狙っていたんだろうね、君の中に秘められたもう1人の君、それが人間か人外かは知らないけど、いつかは衝突を起こして君の体が崩壊する、そんな目に合わせたくないんだ。世の中にはその暴走を利用して裏社会を牛耳る輩もいる、そんな悪の組織に君を引き渡したくはないんだよ。」
そうして彼は1つの名刺と1万円札を置いて言った
「オレの名前はリリィ・アンバー。君を保護する優しい兄で、そこに書いてあるとこは、君の新たな家だ。」
気が向いたらね、と手を振り、彼らは去っていった。
そこにはテイラー事務所と書かれていた。
その後、野原に横たわって考えていた、此処に行って俺の人生が変わるとするなら、賭けてみても良いのかもしない。
「ここが、テイラー事務所…?」
俺はその次の日、早速書かれている事務所へ向かった。
事務所の住所は札幌市内、住所の場所に行くと小綺麗な20階建てビルだった、事務所はそこの18階、エレベーターに乗って向かう道中、先日話をしてくれた白い髪のお兄さんにばったり会った。
「君、来てくれたの?」
「行くとこもないですし、このまま生きてて人様に迷惑かけるぐらいなら、此処に居る方がマシかなって…」
そう言い放つと、目の前のお兄さんは僕を見て静かに微笑み、口を開く
「僕、静海 櫂。みんなからシズって呼ばれてる。よろしく」
「お、俺は久遠 桃李って言います!よろしくです」
「案内してあげる、着いてきて」
「ここが事務所、みんな君が来てくれて嬉しいと思う、早く入ってあげて」
そう案内され扉の前に立った。何だか難しい感情に苛まれながら扉を開けると、リリィさんが目の前に立っていた。
「少年!来てくれたんだね…オレの読みと観察眼はまだ腐ってなかった!!」
「僕もびっくり、あんな胡散臭いのに着いて来てくれるなんてね」
「改めてファミリー一同で歓迎するよ!君は今日から、オレらの家族だ。」
入社には少し時間がかかったが、その後彼らのサポートのお陰で無事に書類での審査は完了した。
だがリリィさんが言うには、もう1つ別の試験があり、それに合格すれば正式に入社試験は終わりだと言う。
「オレらじゃ手助けはできないから、自分で頑張るんだぞ、シズ君!やっちゃって!」
リリィさんが言い放った瞬間、シズさんがこちらへ瞬時に向かってきた
その刹那、目の前に大鎌の刃が走り、俺の頬をかすめ血が流れた。
「入社試験最後は、僕と殺り合うこと。君の実力を図らせてもらう」
「本望じゃないけど」と言い放つシズさんは大ぶりで鎌を振り、容赦なく俺を切り刻もうとこちらへ近づいてくる。
俺も負けじと距離をとってはいるが、何mも距離をとっても一瞬で詰められる速さだ…このままだといずれ切り刻まれる…!
まるで鈴蘭のようにしなやかに揺れる本体と相反し、蛇のようにしなやかで無惨な一振が対比を起こして脳を震えさせる、1発でも当たればきっと、俺は捕らえられたネズミの如く、切り刻まれ、殺られるだろう
「少年、避けるだけじゃ僕は止められないよ。敵を止めるには、なにか反撃をせねばならない」
反撃…反撃?俺は刃物も持たず、生身一つ、魔法が使える訳でもない。その中で反撃、シズさんを止める程の威力の反撃は…
リリィさんの言葉がふとよぎった。死の危険を感じる時、俺ら人外は力を暴走させる、ならばこれはその危機を感じて俺自身の力を確認する良い機会なのでは無いか?
俺の中の俺、どんなやつかも分からない俺、俺の見た事のない俺…
その瞬間酷い耳鳴りで目の前がぼおっとする、頭が暑くて呼吸も浅くなっていく。
だが見てみたい、欲が湧き出て、全てを飲み込んでゆく、欲しい…俺の知らない俺が。
「!?少年、何を?」
「俺を切ってくださいよ…シズさん。」
なんだ?
少年の雰囲気が変わった。コイツの持つオーラが変わった?
何かがおかしい。先程までは純粋な少年、命の危機に瀕する寸前の、怯えた鼠のようだったのに。僕の目の前に来て刃に触れようとした瞬間、全てを飲み込まんとする気迫、殺気。
こいつは…危険だ。
「僕にトドメをさせと?少年、いつ“死にたがり”になったんだ?」
「俺は、俺の見た事のない俺が欲しい…見てみたいんです」
知識欲に目が眩んだようだ。コイツは今目の前の僕を、欲のために使用しようとしている…
「なら自身で引き出すんだ、人任せじゃなく、己で引き出す。それが僕らの能力だ」
「証明しますよ。」
シズさんは優しい。緊張が顔に出ているようだ
俺のような新人にさえ情けをかけようとしている、その感情が目に見えるようだ、手に取れるようだ…
俺の底から湧き出す欲を、全てを渇望する喉の乾きを、全ての抵抗へ変えるように念じる
そうして目を閉じると、暗闇の奥から声が聞こえた。
「お前は人ではない。お前は人と分かり合うことなど一生できない。人外として、生きる力を渇望するか?」
「あぁ欲しい。俺は人じゃなくたっていい、人を捨てたとしても、俺は力が欲しい…!!」
その瞬間、俺の目の前へ何かが降りてくる、それは1本の刀だった。
「その刀はお前の決意、そしてお前の傲慢さの化身。お前が何かを欲し、欲を強めればその刃は黒く、そして眩く輝くだろう」
もう1人の俺はそう言い放ち、消えてった。
心の中の重りが解き放たれた気分だ…この刀なら、シズさんとも対等に戦える…!
「少年、やっと目覚めたか?」
「気分がいいですよシズさん。俺、やっと俺と対面できたんです…!」
「なら、力を証明してみせろ」
「えぇ勿論。証明してみせますよ」
一気に間合いを詰め、間合いの更に奥へ入る、一瞬の隙を詰められたシズさんは少し驚いていた。
だが驚いているような顔を浮かべたシズさんは、次の瞬間にはいつもの優しい顔に戻っていて、勢いよく俺へ拳を振り下ろした。
「近寄るな、馬鹿者。」
「いったァ?!酷くないですか!!!」
「いやぁブラボー!合格だよ、少年。」
そう言って割に入ったリリィさんは、俺に向かって1つのカードを差し出した。
「はい、これみんなに共通の社員証カードだよ。このカードを使えば、経費や身分証明書、その他ありとあらゆる場面で君を助けてくれるはずさ、お守りのようなものだから無くさないでね?」
「それと、僕からのアドバイス。」
“覚悟を決めろ。腹を括れ。もう二度と振り返るな。”
「過去のお前は過去のお前さ。今の君は輝いて見える、そして同時に狂気を覗かせる、その儚さ故、身を滅ぼしたとしても、自分の行いを恥じるなよ」
あぁ…この人は全てを見透かすようだった
「…俺、少し思い出したんです。昔の、俺の人の時の事を。」
戦の絶えない春。はるか昔、室町はまだ、経済が然程安定していない時だった。
俺は昔、心から愛した妻がいた。麗しい女性だった。
人であった頃、俺は彼女の為に金を稼ぎ、彼女の為に戦った。
当時は戦国時代、女子1人守れぬ様では生きる価値も無いと親に教えこまれ、彼女を守り続けていた。
はずだったのだ。
ある日、妻が血を吐いて倒れていた。酷く咳き込み夜中まで響く苦しそうな声。
すぐ医者に診てもらったが、診察は酷いものだった
「肺結核。曰く、不治の病です。」
余命は長く無いと、医者は言い放った。
世間の目は酷く、町では病を患った妻を避ける人で溢れた。俺の職場にも噂は届き、皆が妻を疫病神だと、病気を移すなと職場を追い出された。だが彼女は笑いながら俺の家へ来た。
「私は大丈夫です。私は、貴方様が笑っていられるよう、笑顔で迎えるのが仕事です。」
そう言い放つ妻は、心に闇を宿していた。
その頃から俺はみんなの心の闇が見えるようになった。恋人を失った人、仕事を失敗した人、怒られた人、人は何か負の感情が溜まると心に黒い闇を宿す。
理由さえ分からないが、妻の心の臓の位置にはハッキリと黒いモヤが浮かんでいて、妻を蝕んでいくように見えた。
俺はただ、明日も明後日も、君が笑っていられる世界が欲しかった。闇のない、清い世界が
その日のうちに妻には対面で話をした。余命の事、職場を追い出されたこと、そして俺は、妻を幸せにできる自信が無い事を。
妻はただ、ポロポロと泣いた。大声もあげず、押し殺すほどしゃくり上がった声が痛々しい程に泣いた。
「ごめんなさい、貴方の人生を奪ってしまって、貴方のお傍に居たかっただけなのに、こんな結果になってしまって」
俺の元へぱたりと倒れた妻は、酷くやせ細っていて、腕は少し力を入れれば折れてしまいそうな小枝ほど細くなっていた。
妻は胸元で小さく呟いた、「貴方と永遠に生きたかった」と。
だがその願いは叶いそうになく、俺の目にも涙が滲んだ頃、また妻は呟いた
「貴方の中で、ずっと生きていたい。貴方の記憶にずっと残っていたい」
その晩俺は、妻の望みで妻を殺した。
「よかったのか?こんな事で。」
「えぇ…良かったのです、私は笑顔のまま…このまま死ぬのですから。」
妻は結核で死ぬより、俺に殺されるのが本望だと言った。
ただ安らかな死を切望し、そのまま失血死で、彼女は瞼を閉ざした。俺の切った首筋からは鮮血が流れ出し、真っ赤な牡丹のように辺りへ落ちてゆく
その安らかな笑顔に、俺は惚れ込み、涙した。
もう戻ってこない瞳の光、帰ってこない声、肌の温もりが恋しくて、俺はそれから戦に行っては血を浴びる日々になった。ある日は城の大名を、ある日は幕府の将軍を。またある日は幼子さえも国のために切り殺した。
全ては君が、明日も明後日も笑って過ごせるような、闇のない、濁りない優しい世界にするため。
「そして研究所に保護され、人体実験の被害に合い、暴れて施設丸ごと滅ぼして病院にタライ回しにされて、その後遺症で記憶を失っていた…と」
「そしてその刀は俺の理想郷、俺の欲で動くもの。俺の制御装置です。その刀が一度折れたら、俺はどうなるか分かりません。血を得た獣がどうなるかは、貴方たちの方がよく知っている、そうでしょう?」
そう言って微笑むと、彼らは困った様な顔を浮かべ俺を抱きしめた
優しく、そして強く。この暖かさは、昔からよく知っている。
妻は、昔からよくこうして抱き締めてくれたか…俺が仕事で疲れた時、元気づけるようにただ黙って抱き締めてくれた
「暖かいです、貴方たちの方が小さいのに、温もりは人一倍だ。」
俺はこの日、居場所と家族を与えられた、かけがえのない、大切な家族を




