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1番光るのは、あの星のようだけど。

作者: 月乃もみじ
掲載日:2026/02/25

『第一章・プロローグ』


 初めての長旅だった。

 そして、初めての一人旅だった。

 荷物検査を終えた僕は、搭乗ゲートフロアへ向かう。

 自動ドアを抜けて空いているベンチに座った。

 座るなり、少し伸びをする。

 背中がぴきぴきときしむ音がした。

 リュックサックから一冊の小説を取り出し、しおりで挟んでいるところを開く。

 旅行に行く前に買ったもので、彼女が生前一番好きだった小説。

 彼女に感想を伝えることも、共鳴することも今はもうできない。

 しばらくして、機内への入場が許されるアナウンスがあり、読みかけの小説を閉じ、リュックサックを片手に搭乗口へ赴いた。

 係員にチケットを見せて、何の問題もなく帰りの飛行機にも乗ることができた。

 機内に入り、自分の席をチケットで確認して窓側の席に座った。

 安堵する。これで無事日本に帰れる。

 初めての海外旅行は思いのほかスムーズに終わりを迎えられそうだ。

 リュックサックを床に置きひと段落すると、昨日描いた絵を取り出した。

 なかなかの出来栄えだと、心の中で自画自賛する。

 その絵を見て、人生本当に何があるかわからない、と改めて思った。

 「だから面白い!」と彼女は言いそうだ。

 彼女の笑顔が頭に浮かぶ。

 彼女はいつも笑っていた。そう思い返すのはこれで何度目だろうか。

 機内放送で、そろそろ離陸することが伝えられた。

 隣にも人が座り、念のため少しリュックサックをずらす。

 シートベルトを着用するよう言われたので、傷つかないよう気を付けながら絵をしまい、シートベルトをしめた。

 やがて、機体は動き始める。

 少し巡回し、離陸ポイントへ移動した。

 機体は減速し、やがて止まった。助走のため先ほどより速いスピードで機体は再び動き出す。

 背もたれに体が押し付けられ、機体は一気に上昇した。

 機体が安定し、シートベルトをはずすことが許されたので耳がキーンとなりながら、シートベルトをはずす。

 窓際の席をとって正解だったと外の景色を眺めながら思った。まだ上昇途中の様でイタリアの海や街並みが一望できた。

 それはすごく美しかった。僕はそれを目に焼き付ける。

 フライトは十四時間。

 小説を読む気にはなれなかったので、僕は外を眺めながら、彼女との思い出を思い返すことにした。

 幸い、時間はたっぷりとあった。

 あれはいつだったか、僕の名前が咲く頃だったような気がする。

 淡い記憶を辿りながら、彼女との出会いから思い返した。



 『第二章・小さな恋心』


 九月一日は一番自殺者数が多い日。成長の過程で、そんな情報を得た僕は、まさか自分がそのうちの一人になるなんて、その情報を知った時には思いもしなかった。

 もともと、生きることに対して前向きでも後ろ向きでもなかった僕は、何となく年老いて、一定の年齢を超えたら年金暮らしをし、八十手前でひっそり死んでいくもんだと思っていた。

 脚光など浴びず、劇的な何かが起こるわけでもなく、ただ平凡で平らな人生を送っていく、そう思っていた。

 決して悪いことじゃない。

 しかし、時が流れるにつれて僕の中で生きていくことがだんだんと後ろ向きになっていった。それは、空気が入っていく風船みたいに肥大していき、やがて消化できなくなっていた。

 十七年生きて、人生の無意味さ、そして今を生きることの面倒くささ、そして未来への不安が僕を学校の屋上に動かした。

 その風船は死にたいという明確な感情に変化していったのだ。

 屋上に繋がる階段を一段一段、丁寧に上っていく。屋上のドアを開けるためドアノブを握りしめた。

 鍵がかかっていたらどうしようとは思わなかった。もしかしたら、風船が脳まで支配していて思考を停止させていたのかもしれない。

 ドアは簡単に開いた。キィ―という鼓膜を叩く嫌な音を立てて。

 外は、僕の心に反して快晴だった。

 秋晴れ。

 いや、これで、人生を終わらせられる!という捉え方をすれば僕の心にそぐっていたのかもしれない。

 自殺は別にネガティブな行動じゃない。

 数十メートルほど歩き、屋上の柵に触れた。柵は胸のあたりできちんと整列し、高校生の身体能力では、ゆうに飛び越えられる位置にあった。

 別にいじめられているわけでも、体が不自由なわけでもない。

 ただ、生きる意味や生きる楽しさを見い出せないだけ。

 「そんなことで死ぬな!」と誰かの怒声が聞こえてきそうだが、じゃ死んでもいい理由ってなんだ?

 満場一致で死んでもいいと言える理由なんてあるのだろうか? 

 いいや。ない。

 だから、どんな理由だろうと死んでもいい。

 そう思えることで僕はいつも楽になれた。

 僕は躊躇わず柵を飛び越えようとした。

 柵に足を引っかけたその時、僕の鼓膜に何かが飛んできた。

 それは、誰かの声だった。

 「ちょっと!なにしてんの!」

 驚き振り返る。

 そこには、クラスメイトである望月しおんが大きく肩を揺らして立っていた。

 「な、なに?」

 動揺を隠せなかった。

 でも、死のうとしてることがバレていないことを期待した。

 バレていたら色々面倒くさそうだ。

 「なに、じゃないよ!今、死のうとしてたでしょ!」

 僕の期待はあっけなく霧散した。

 ここで変に言い訳をするのは、あまりよろしくない。

 「死のうとしてたとして、クラスメイトである君に関係ある?」

 「あるよ!とにかく、一回柵から離れて」

 しばらく彼女の指示をシカトしていたら、彼女はスタスタと近づき、僕の手を引いて屋上の真ん中まで移動させた。

 向き合う。

 改めて、顔を見ると彼女は意外にも優しく、そして切ない顔をしていた。

 黙って彼女をみる。

 今になって、なぜ彼女が屋上にいるんだろう、という疑問が頭をもたげた。

 口に出そうと思ったけれど、彼女の声によって阻止された。

 「死にたくなる時もあるけどさ、もう少し生きてみない?せっかく健康に生まれたんだしさ、もったいないよ」

 さっきの威勢はなくなり、彼女は少し照れてたように上目遣いで言った。

 どう答えていいかわからなかったが、言葉を発さずにただ頷いた。

 なぜ頷いたかは自分でもわからない。

 彼女の言葉に納得したから?それは違う。

 彼女の瞳がまっすぐだったから?それも違う。

 本当にただ何となく。

 「・・・・じゃ、もういい?」

 沈黙が続いたので会話が終わったとみなした僕は、彼女にそう告げて彼女の返事を待たずにドアの方へ歩き出した。

 「ちょ、ちょ、ちょっと待って!秋桜くんがこのまま死なないか、私監視する!」

 彼女の思い付きのような言い方に歩みを止めて応える。

 自殺を止められて少し苛立っていたのかもしれない。

 「もう死なないから。余計なお世話だよ」

 「いいや!信じられない!」

 高らかに発せられた彼女の言葉。

 それは秋の空に吸い込まれていった。

 「とりあえずさ、屋上から出よ。先生に見つかったら始末が悪いし」

 僕は君に見つかって、始末が悪いな、と思った。

 もちろん、思っただけで口には出さない。

 彼女に促されて屋上を出て、階段を下る。下駄箱に着き、並んで上履きから靴に履き替える。彼女は器用に靴紐を縛り、立ち上がって先を歩く僕に並んだ。

 「さーて、これからどうしよっか~」

 「・・・・」

 「んー。ゲーセンに行くのもいいし、映画見るのもいいしね~」

 「・・・・」

 「ちょっと!聞いてるの?」

 面倒くさい。

 「ああ。ごめん、無視するところだった」

 「百二十パーセント無視してるよ!」

 「それ何パーセント中?」

 「あっ!パフェリゾートに行きたい!」

 「どうぞ、ご自由に」

 「何言ってんのよ!秋桜くんも行くんだよ!」

 「僕は帰るよ」

 「ふむふむ、いいのかい?私を野放しにしちゃって」

 隣をみる。嫌らしい笑みを浮かべた顔があった。

 彼女はクラスでは人気者、自殺していることが言いふらさせたら、それこそ本当に始末が悪い。

 「はー。わかったよ」

 彼女は隣でへらへら笑っていた。不幸中の幸いは校門までの道中、顔見知りとすれ違わなかったことだ。屋上での時間経過が、校門から人影を消した。なんて言い方をすると文学的だけど、同学年の連中は皆受験が控えているため、屋上で死のうとしている奴と、それを大げさに止めた奴以外は、皆学校が終われば足早に家路につく。

 僕は仕方なく、彼女の歩幅に合わせて歩くことにした。

 空は、ラムネ色からオレンジ色に顔を変えつつあった。

 制服姿で異性と歩くのは実に初めての体験で、僕の顔もややオレンジ色に変化していたのかもしれない。

 今日の空はいつになく僕に沿っているなと思った。


 店内に入り店員さんに「何名様ですか?」と訊かれ二名席に通された。店内は空いており、店内のBGMがよく聞こえた。席に着くなり、店員さんが水を持ってきてくれたタイミングで彼女は、パフェタワーを注文したので僕は透かさず、彼女の注文に水を差した。

 「ちょっと、パフェタワー?そんなに食べられないし、そんなお金持ってないよ」

 「お金は私が払うよ。大丈夫!二人で食べれば完食できるよ!」

 間髪入れず、店員さんが確認のために注文を復唱した。

 「では、パフェタワーお一つでよろしいですか?」

 「お願いします!」

 彼女はニコニコと店員さんを見送った。

 僕は冷たい視線を送る。

 「どうしたの?怖い顔して」

 彼女は店員さんを見送ったニコニコのまま、水を一口飲んだ。

 「そうか、僕への心配は建前で、ようはパフェタワーが食べたくて、僕を拉致したわけね」

 「人聞き悪い言い方しないでよ!秋桜くんも甘いもの食べたら死にたくなくなるよ」

 「僕への心配が建前ってことは否定しないんだね」

 「心配してほしかった?でも、本当に心配してるよ~!」

 「本当に思っているなら、なんで吐き捨てるように言うんだよ」

 彼女はへらっと笑った。

 「秋桜くん、一人っ子っぽいよね。兄弟は?」

 「一人っ子に見えることがプラスなのかマイナスなのかわからないけど、兄弟はいるよ」

 「上?下?」

 「上も下も」

 「え!真ん中! 言われてみれば真ん中っぽい気がする」

 「嘘つきは泥棒の始まりだよ」

 「そんなの終わらせればいい! へーいいなぁ兄弟。私もお兄ちゃんほしかった」

 「君は一人っ子なんだ。そのわがままからよく見てとれるね」

 彼女が僕をねめつける。

 僕は口角だけ上げた。

 そんな話をしていると店員さんが大きなパフェを持って現れた。

 「お待たせしました~、パフェタワーでございまーす」

 パフェが僕らの目の前に置かれる。

 店員さんは、スプーンとフォークが二セット入った細長い入れ物をテーブルの端に置き、伝票と笑顔を残し去っていった。

 「さ~て、たっべよー!いっただきまーす!」

 その巨大な甘味に圧倒された。甘いものが得意ではないのでその量に少々食欲を失う。

 しかし、奢ってくれるのだしせっかくのご厚意を無碍にするのは良くないと思い僕も控えめに「いただきます」といい、スプーンを持った。

 すでに彼女はてっぺんにある生クリームの山に手を付け始めている。

 「おいしいいいいいい!」

 彼女は生クリームを口に運ぶたびに笑みを深めた。

 僕はちょうどグラスの淵の部分に添えられてあった、チョコレートのアイスクリームに手を付ける。

 口に運ぶ。うん。美味しい。

 今度はその下に埋まっているバナナを上手くスプーンに乗せて口に運ぶ。少し生クリームがついていたがこれも美味い。

 「めっちゃ美味しくない???」

 彼女は先ほどより幾分かテンション高めに言った。

 「めっちゃ美味しいよ」

 「え、なに、その程度のリアクション?」

 違う。僕も彼女と同じくらい、美味しいと思っている。それがどれだけ表に出るかは人それぞれ。性分の違いだ。美味しいか不味いかは関係ない。そんなことを一人、心の中で呟いていると彼女は唐突質問を投げかけてきた。

 「秋桜くんは趣味とかあるの?」

 ありきたりな質問。その質問の答えも持ちあわせていたので答える。

 「絵を描くことかな」

 「え!意外。どんな絵を描くの?」

 彼女は興味津々と言った様子でさらに訊いた。

 「アクリル絵の具で描くことが多いかな」

 「へー。アクリルなんだ。風景画?」

 「うん。風景が多いかな」

 「えー!人物は書かないの?」

 「描かなくはない・・・かな」

 なにか反応するのかと思ったが、彼女はそのまま一口生クリームを食べた。目を細め、生クリームの一口に美味しさを表す。

 じっくり生クリームを味わい飲み込んだところで再び口を開いた。

 「じゃさ!私を描いてよ!」

 「私を描く?」

 「そう!風景と私」

 「つまりモデルをやりたいってこと?」

 「うーん、モデルというか・・・秋桜くんの絵の登場人物になりたい!」

 これまた、思い付きのような発言。

 言われて、今度こそ唾棄してやろうかと思ったけれど、躊躇った。

 絵は好きだ。

 いい練習になるかもしれない。

 いや、でも、僕には死ぬという予定があるし・・・・

 僕が押し黙っていると、暗黙を了承と捉えたのか彼女は喜んだ。

 「おー!いいのね!じゃ決まり!!改めてよろしくね!秋桜くん!」

 勝手に話が出来上がり一人で盛り上がる彼女。

 「は、はぁ」

 そんな間抜けな返事に彼女はまた笑った。クラスでもそう、いつも彼女は笑っている。どうしてそんな弾けた笑顔ができるのだろう。こんなつまらない世の中で。

 僕にはさっぱりわからなかったけれど、全国の女子高生はみんな毎日が楽しいのかもしれない。箸が落ちて笑う年頃とはまさにこのことなのか。

 「社交辞令で訊くけど君は?」

 「私は音楽聴くこと!」

 「例えば誰を聴くの?」

 僕は人気アイドルや今流行りのj₋popアーティストを挙げると思った。しかし、彼女はマイナーな、それでいて僕のお気に入りのアーティストの名前を口にした。

 「夜休みの羊!知らないっしょ~!」

 「・・・・知ってる」

 「えええええ!ほんとに!知ってる人なんているのー!」

 僕も驚いたし、彼女と同じ感想だった。まさか知っている人がいるとは。ましてこんな身近に。やはり同じ趣味の人と出会うのは嬉しい。

 僕も幾分かテンションが上がった。

 「私はね、一番星が一番好き!」

 「いいよね、一番星」

 彼女は、その曲のサビの部分をハミングし始めた。

 「えー!まさか、こんな偶然があるとはね。すごくない?お主も少しはテンション上がったんじゃなかろう?」

 素直に答える。

 「うん。すごいよね。雀の涙の大きさくらいテンション上がったよ」

 「少な!てか意味わかんないし、使い方間違っているよ」

 僕の素直な気持ちは伝わらなかったらしい。

 その後も、僕らは同じ趣味である、夜休みの羊について語り合った。そこで、去年の今頃に行われたツアーの初日に彼女が参戦していたことがわかった。僕もツアーの初日のコンサートに参戦したので、またそれもすごい偶然だった。

 しかし、僕はツアーの初日に参加したことを彼女に伝えなかった。

 なぜか。彼女があまりにもその日のコンサートの様子を熱弁するものだから聞き役に徹することにしたのだ。

 時間と共に僕らはパフェを減らした、彼女は主に生クリームを、僕は主にバナナを。

 残りコンフレークになったところで二人ともスプーンを置いた。

 「もう、むりー!」

 「完食できるんじゃなかったの?うーくるしい」

 「世の中甘くないね」

 「パフェだけに」

 彼女は豪快に笑った。

 少し休憩をはさみ、どちらからともなく立ち上がり、彼女は伝票を持ちレジに向かった。先にお店を出ると外にはお日様の姿はなく、黒いくれよんで塗りつぶしたような空が張り付いていた。

 ほどなく、彼女がお店から出てくる。

 「帰ろっか」

 彼女の宣言で歩いてきた道を戻る。

 「一番光る~の~はあの星のようだけど~君といるこの時が一番輝いてる~」

 彼女が曲を口ずさむ。

 彼女は軽いスキップをし僕より数歩先を進んだ。

 「私、ここが好き。秩父っていいところじゃない?」

 彼女は振り返り、後ろに手を組んで共感を求めてきた。

 「そうかなぁ、僕は好きじゃないな。夏は暑いし。冬は寒いし」

 「えー、私秋の方が嫌い~。気温差は激しいし天気も変わりやすいし。でもさ、秩父は空気はきれいだし、水は美味しいし、星もきれいだし、人もいいし!私はここに生まれたことを誇りに思う!」

 小ぶりな胸を張り、両腰に手を置いて仁王立ちをする彼女。

 彼女は続けた。

 「私、この前東京に行ったんだけど、空気が汚くて、早く帰りたいっ!て思ったもん!」

 それは敏感すぎないか?と思ったが、嗅覚は人それぞれなので黙っておいた。彼女は言い負かしたような顔をした。

 僕と彼女で、地元のいいところと悪いところを言い合った。僕達は高校生の男女として節度な距離を保って歩いていた。けれど、彼女からはリンスなのか洗剤なのかソフトでほのかにグレープフルーツの香りが漂ってきた。こういう匂いを自然と纏えるからこそ星を愛し、水を愛し、地元を愛せるのだろうか。

そんなことをとりとめもなく考えていると学校に着いた。

 「あっそうだ連絡先、交換しよ!」

 学校に着き、家路に着く間際彼女が提案した。

 僕は携帯電話を取り出し彼女に渡す。

 学校で別れるため、軽い挨拶をしたあと、彼女に背を向けて僕は歩き出した。

 「ねー」

 僕は、同じ日に同じ人に二度も引きとめられるのは初めてのことだった。

 「また、付き合ってくれる?」

 振り返り彼女を見た。そこには、彼女にしては珍しく弱弱しい顔があった。モデルを撮ると勝手に話を作り盛り上がるほどの自信がある人には到底見えなかった。

 「考えておく」

 「私は、秋桜くんを監視しなきゃいけないしね!大事な共通の趣味な友達を失うわけにいかないもんね~。それに私はモデルだし!うん。絶対付き合わせる!じゃまた明日!」

 一人でべらべらと言葉を並べたあと、くるりと身を翻し僕の返事なんか待たずに軽いステップを踏み、軽やかに去って行った。

 どうしてだろう、胸に肥大していた風船が少し小さくなっているような気がした。

 人間は単純なんだなと思った。

 今日は金曜日で明日は学校がないので彼女に会うことはない。彼女が曜日を忘れていて言葉の流れで、また明日、と言ったと思っていた。

 しかし、彼女はその夜メッセージアプリで週末の誘いをしてきたのだ。

 僕は家に帰り、手洗いうがいを済ませ、夕飯には手を付けず自室にこもった。

 しばらく、描きかけの絵の続きを描いたり、ネットサーフィンをしていると時間は自然と過ぎ、お風呂に入るため自室を出た。

 お風呂から出て髪を乾かし、キッチンで水を飲み再び自室にこもった。

 もう少しネットサーフィンをして寝ようかと思い携帯を開く。

 すると見慣れない通知が届いていた。

 通知は彼女からのメールだった。

 『やっほー。今日は付き合ってくれてありがとう!今頃胃もたれしてる頃だろう(笑)突然なんだけど明日空いてる?』

 『空いてるよ。何かあるの?』

 『週末死なれたら困るから、明日も私に付き合ってもらいます!』

 それから集合場所と集合時間が送られてきた。

 僕は『了解』と送り携帯を閉じた。

 ベッドに体を預け、右手を額に乗せる。もう片方の手を胸にあててみる。心臓がドクンドクンと規則正しく振動を鳴らしているのが、手を通して伝わってきた。

 僕はまだ生きていた。

 無論、それは彼女のおかげである。

 彼女は今何をしているんだろう。

 一番星を聴いているのだろうか。

 そんなことを考えていると自然と瞼が重くなり僕はいつの間にか眠ってしまった。


 翌日、時間通りに集合場所に向かった。集合場所に着くと彼女はすでにおり、僕に気が付くと手を振った。僕も軽く手をあげて応える。

 「おっはよー!今日も死んでないね!」

 「前代未聞のあいさつだね」

 彼女の私服姿を見るのは初めてだった。黒のミニスカートに白のシャツ。

 女子にしては高めの身長の彼女には実に似合うコーデだった。

 「それで、今日はどこに行くの?」

 「おお!今日も乗り気じゃん!」

 僕は決して乗り気なわけではない。

 彼女が今日のホストなので、彼女についていく。

 九月だというのにまだ夏を引きずっている気温に辟易した。こんな天気の中、外で絵を描くのはごめんだと思っていたが、どうやら僕の心配は杞憂に終わりそうだ。ほどなく歩いて、僕らは安さが売りで地元でも有名なカラオケ屋に着いた。

 「カラオケ?」

 「うん!私歌いたい!」

 「え、てっきり絵を描くのかと思って、一応道具持ってきたんだけど」

 「こんな暑いのに外で描くのはモデルの私が死んじゃうよ。とりあえず、私達の関係には欠かせない夜休みの羊を歌おうよ!」

 彼女は、この天気に負けないくらいの顔で言い切る。

 僕もこんな暑い中外で絵を描くのはごめんだと思っていたので、黙って彼女に従った。

 中に入る。

 「いらっしゃいませ~」

 薄暗い店内。

 気だるそうなアルバイトであろう若い店員が出迎えた。

 「カラオケ、十二時間パックで!」

 入店早々、彼女はそう宣言した。

 僕は、自分の耳を疑った。

 自分の耳と、彼女の言い間違いを疑った。

 「十二時間パックですね。先払いになります。十二時間パック・・・」

 「ちょ、ちょ、ちょっと」

 申し訳ないと思いつつ、店員さんの言葉を遮って受付カウンターから彼女を引きはがし、問い詰める。

 店員さんを一瞥するとみるからに不機嫌そうな顔をしていた。

 「ん?なになに?」

 彼女はまぬけな顔をしていた。

 「十二時間パック?意味分かんないんだけど」

 「あ~。あのね、三時間パック、六時間パック、十二時間パックと分かれてて、パックにするとお得なんだよ~?」

 「そうじゃなくて、なんで十二時間なの?」

 「今日はカラオケで歌いまくるの!」

 もう一度、店員さんを一瞥する。今にも飛びかかってきそうな猛獣の顔をしていた。

 仕方なく僕は折れた。

 店員さんのストレスを憂っての行動だ。

 「十二時間パックで!」

 再び彼女がそう宣言し、先払いでお金を支払い、個室に通された。

 安さを売りにしているため、部屋は狭いし、ぼろい。

 彼女はマイクが入ったかごをテーブルに置き、マイクを一つ手にとり、機械をなになら操作し始めた。

 その手際はスムーズだ。

 結構カラオケに来ているということを思わせた。

 「さ~て、歌おう!」

 操作が終わったらしく、彼女はマイクを天井に向けた。

 カラオケのテレビの画面に、夜休みの羊という文字と曲名が映し出される。

 出だしのキーも間違えず彼女は少しハスキーな声で歌い始めた。

 ちなみに夜休みの羊のボーカルは、男性でハイトーンボイスなので彼女の声とは全く異なる。

 しかし見事、彼女節で歌い上げた。彼女の歌になっていた。

 夜休みの羊は、どの曲もハモリの部分があるのでそこだけ僕も歌った。

 僕は歌うより聞いている方が好きなので、彼女が次々と夜休みの羊の曲を入れ歌うことに嫌な気はしなかった。

 彼女も気を遣ってか、何度か「歌いなよ!」とマイクを通して言ってきたけれど、先ほどの理由を述べると、にこりと笑いテンション高く歌い続けた。

 時間は経過し、残り一時間になったところで、彼女はマイクをおいた。

 「おつかれ」

 僕は労いの言葉を送る。彼女はだらりとソファーに腰掛け、先ほど注文していたクリームソーダを一口飲み「おいしい」と全身をバタつかせた。

 それしきりのことで、そこまで喜べる。それが少し羨ましく思った。

 全身で喜びを表現した後、彼女は可愛いウサギ柄のショルダーバックから日記帳の様なもの取り出しペンを走らせた。

 「なに書いてるの?」

 「ん~?べーつにー」

 彼女はそれから数分間、真剣な眼差しで日記帳にペンを走らせた。

 「そういえばさ、なんで死のうとしてたの?」

 きょとんとした顔で純粋な疑問として彼女が訊いた。

 例えるなら、幼稚園児が大人に「空は何で青いの?」と訊くような感じで。

 その質問に対して明確な答えを持ちあわせていなかった。

 趣味の質問とは違って。

 伝わるかどうかはわからないが僕は胸の内を素直に話した。

 「特にこれといった理由はないよ」

 「ん~。例えば、シリアスな感じになるけど、いじめられてるとか、どこか体の調子が悪いとか、それか家庭環境とか・・・・」

 彼女にしては珍しく歯切れが悪かった。それもそうだろう、自殺しようとしていた奴の前で、自殺の話をするのだから。

 なるべくシリアスにならないよう気を付けながら、僕が普段考えている自殺論を語った。

 本当はそんなものないのだけれど。

 「僕にとって自殺っていうものはマイナスなことじゃないんだ。この世界で前向きに生きていることの方がおかしいと思う」

 彼女は、僕の持論を良いとも、悪いとも言わなかった。ただ「それはどうして?」と先を促した。

 「毎日同じ時間に起きて学校に行く。顔面が整って生まれてきたわけでもないし、お金持ちの家に生まれてきたわけでもない。これから数十年働かされて、国に税金を納めて、ある日ぽっくり死んでいく。それだったら早く終わらせて楽になりたい。死ぬってことは、楽になれるってことなんだ。それってマイナスなことじゃない」

 カラオケの黒いテーブルを見つめながら、普段心の中で思っていることを彼女にさらす。

 僕は彼女を見るとはなしに見る。彼女はわかりやすく顔をしかめて、静かな声で「違う」と言った。

 笑顔しか知らない彼女の顔が少し歪んだ。

 「違うって?」

 訊き返す。

 「そんなの違うよ!今、健康なんでしょ?」

 「肉体は健康だよ」

 彼女の声のボリュームが上がった。

 どうやらマイクのせいではないらしかった。

 「十分じゃん!なんで未来のことを勝手に決めつけてマイナスに考えてるの?甘いよ!甘い!健康ならいいじゃん。勝手に不自由にしてるだけじゃん。健康なら自由に好きなように生きればいいじゃん!健康だけで・・・じゅうぶんじゃん・・・」

 熱が入ったように急にしゃべりだし、最後は萎むような声を残しうつむいてしまった。

 僕は冷静さを失っていなかったし、僕も昔はそう思っていた。健康ならいいと。健康でいられるのだから幸せだと。

 ただ今は、それをも飛び越えた境地にいるのだ。

 だから彼女の方が甘いと、心の中で呟いた。

 仕方なく食い下がらなかった。

 食い下がったところでオチは見えている。

 「た、確かに、君の言う通りかもしれない。僕は甘いのかも」

 「い、いや。こっちこそごめん。急に熱くなっちゃって」

 彼女は反省したように熱くなった顔を引っ込め、また一口クリームソーダを飲んだ。

 特に気にしない。僕の意見が絶対的だと思っていないからだ。

 あんな論に共感する人の方が少ない。

 ただもう一度言う、彼女は甘い。

 「じゃ、一緒に一番星を歌おう!」

 彼女はくるりと表情を変化させ、再びマイクを持った。

 この切り替え能力の高さが人気者の所以なんだろう。

 僕は目前で人間力の差を実感した。

 彼女の対応に僕も大人しくマイクを持つ。

 二人で残りの時間を一番星で埋めた。

 「ありがとうございました!」

 朝の店員さんとは違う、元気のよい別の店員さんにお礼を言われて外に出た。

 外にはもう、夕焼けの姿はなかった。

 その代わりに彼女が好きだと主張する綺麗な星たちが空に張り付いていた。

 空に張り付くなんて言い方をするとまた彼女は不機嫌になるかもしれない。

 「はあ。楽しかった~」

 「そうだね」

 「私、寄りたいお店があるんだけど、いい?」

 「いいよ、何を買うつもりなの?」

 「ないしょ~」

 彼女の指示で僕らは近くの本や文房具が売っているお店に向かうべく歩き始めた。

 十分ほど歩き、お目当てのお店に辿りつく。

 入店するなり、僕らは別々に行動した。

 僕はアクリルのコーナーへ行き、今足りない絵の具を思い出しながら店内を物色した。さまざまな色を順番に眺めていき、気に入った色の絵の具を手に取ったりしていると、レジ袋を持った彼女が近づいてきた。

 「いろんな色があるんだね~」

 「うん、緑だけでもこんなに種類があるんだ」

 「秋桜くんは何色が好き?」

 「好きな色は白かな。絵を描くうえで一番大事な色」

 「へ~。そうなんだ」

 「興味なさそうだね」

 「そんなことないよ!」

 僕は何も買わなかった。

 店内を後にし、別れ道まで歩く。

 「それで何を買ったの?」

 「じゃじゃーん!」

 彼女はビニール袋から、手のひらほどのスケッチブックと十二色のクレヨンを取り出した。

 「これから、これにこのクレヨンで絵を描いてもらいます!」

 「なるほどね。でも、なんでクレヨンなの?」

 「可愛くない?私クレヨンが好きなの」

 「なんかわかるよ」

 珍しく彼女の意見に同意した。

 別れ道まで来て、別れの挨拶もそこそこにそれぞれ家路についた。

 その夜は彼女からの連絡はなかった。

 日曜日であるその次の日も。

 日曜日の夜になって、もしかして僕は彼女からの連絡を待っているかもしれないと思った。

 今、彼女は何をしているのだろう。


 月曜日になって、彼女と深く関わりだして初めての登校日。

 いつものように後ろの扉から教室に入り、席に座る。

 彼女はまだ来ていなかった。隣の席のクラスメイトに軽く挨拶をし、今日の授業で使う教科書を机にしまう。

 手持ち無沙汰になったので、ポケットからスマホを取り出し、ネットサーフィンをはじめようとした時、前の扉が開き彼女が教室に入ってきた。

 多方向から朝の挨拶を受けて、自分の席に着いた。

 席に着くなり、彼女といつも行動を共にしている二人のクラスメイトが彼女の席に近づき、三人は談笑を始めた。途中、彼女がこちらをちらりと見た。

 僕も彼女を見ていたので、目が合ってしまい、すぐにスマホに視線を落とす。

 「秋桜、お前、しおんのこと気になってんの?」

 隣の席のクラスメイトが話しかけてきた。

 「違うよ。うるさいなと思ってさ」

 苦笑いしながら答える。

 「わかるわ~。うちのクラスの女子マジでうるさいよな~。でも、しおんは可愛くね?」

 あまりに唐突な弾丸をどう処理しようか考えたが、僕はなるべく興味なさそうに返した。

 「そうか?」

 「おいおい~。つれねーな」

 そんなやりあいをしていると朝のチャイムが鳴って、担任が教室に入ってきた。受験生だから気を引き締めろだの、将来を気にしろなど、また生きづらくなるような発言を担任は並べ始めた。

 「それから週末は台風が来るようだから、外には出ず、家で勉強するように」

 休日の在り方までを強要し、担任は教室を後にした。

 それから授業は滞りなく進んだ。

 四限目の授業が終わり、前の席のクラスメイトに誘われ、食堂に移動する。

 「僕、頼んでおくから席、陣取っておいて!」

 人懐っこそうな顔をした前の席のクラスメイトに指示される。

 「わかった。ありがとう」

 「何がいい?」

 「ん~。醤油ラーメンで」

 「おっけ~」

 窓際の席に座り、前の席のクラスメイトを待った。

 ほどなくして、白いトレイに醤油ラーメンとカレーライスを持って向い側に座った。

 二人で昼食を食べ、軽く雑談をし、食器とトレイを返却口に戻して教室に戻ることにする。教室に戻る途中、彼女を含む三人組のグループが前から歩いてきた。僕は前の席のクラスメイトとの会話に夢中です、という雰囲気を醸し出し、彼女を無視することに決めていた。

 しかし、彼女はすれ違いざま「やっほー」と挨拶をしてきたのだ。

 僕は、前のクラスメイトとの会話に従事した。

 「今の秋桜くんに言ったっぽかったけど?仲いいの?」

 取り巻き三人組が見えなくなったタイミングで、前の席のクラスメイトが言ってきた。

 「え?僕に言ってた?」

 白を切る。

 「えー!じゃ僕に言ったのかな?それって僕に気があるってことかな?」

 勝手に舞い上がるクラスメイトを見て「きっとそうなんじゃない?」と返しておいた。すると、さらに舞い上がっていた。

 人を喜ばせられるなら、僕は建前を言うことを厭わない。

 それから、人によって態度を変える。隣の席のクラスメイトには少しドライで、前のクラスメイトには温和に接する。

 そうやって僕はうまいこと学校の日常をこなしていた。

 学校のどこにも本当の僕はいない。

 素を晒すのが怖くて、学校の人たちとプライベートで付き合うこともない。

 一人を除いて・・・・・

 本当の友達がいない。そんな自分に嫌悪感を抱いたことも自殺の要因の一つかもしれない。

 その日は、その一人となる彼女との接触はなかった。

 次の日も、その次の日も。

 彼女が再び僕の日常に足を踏み入れたのは木曜日。

 時間帯は夜。細かくいえば、寝ようとしたタイミング。

 スマートフォンが震えた。 

 彼女からのメールだった。

 『やっほー!起きてる?週末、また私に付き合ってもらいたいんだけどいいかな?』

 週末は特に予定がないので彼女の誘いに乗ることにした。

 『いいよ』

 それからすぐに返信が来た。集合時間と集合場所を綴ったものだった。集合時間がやけに早かったが特に気にしなかった。

 きっと朝型なんだろう。

 そこでふと思う。

 なぜ僕は、彼女とプライベートで関わることをこんなにもすんなり受け入れていのだろか。

 自分でもよくわからない。

 絵が好きで、絵が描けるから。案外そんな安直な理由だったりするんだろうか。

 自殺の理由だって、彼女が僕を誘うことだって安直な理由なのかもしれない。

 次の日、彼女は学校に来なかった。

 「今日、しおん休みだってさ~」

 隣の席のクラスメイトがつまんなそうに僕に言ってきた。

 「そうなんだ」

 僕はまた、興味なさそうに返した。

 「ったく、お前、クラスの人気者のあのしおん様に興味ねぇのか?」

 「あるかな」

 「嘘つけ!」

 その日の学校もいつも通り、何の変哲もなく終わった。

 こんな日常に一体なんの意味があるというのだろう。



 「おっはよー!」

 土曜日の朝、待ち合わせ場所に行くと彼女は普段は背負っていない桃色のリュックを背負って燦燦と降り注ぐ太陽の下でまたも笑顔を張り付かせていた。

 「おはよ。台風とか言われたけど、めっちゃ晴れたね」

 「それな!私、晴れ女だわ」

 どこへ行くのか尋ねたら、とりあえず電車に乗ろうと言われたので黙って従う。各駅停車の電車に乗りこみ、並んで座る。

 今日こそ絵を描くんだろう。

 電車の中は、さほど混んでいなかった。

 「とりあえず、終点まで行って、その後、乗り換えて、バスか」

 スマホを見ながらルート確認を行う彼女。

 どうやら、かなりの遠出らしい。

 少し、心の中でため息をついていると、目の前に一口サイズのチョコレートのお菓子が差し出された。

 「食べる?さっき駅で買ったんだ」

 「ありがとう」

 チョコレートを受け取り、ゴミがなるべく出ないよう開封し食べる。

 「秋桜くんのおうちは門限とかある?」

 「いいや、ないよ」

 「そっか、ならよかった」

 「一体、どこに行くの?」

 「まあまあ。そんな焦らない焦らない」

 それから電車に揺られること一時間半。乗り換えのため、ホームを移動し今度は急行の電車に乗った。さすがに早朝より人は増えており、座ることができなかったので二人並んでつり革につかまった。

 電車の窓から流れる景色を眺める。地元と肩を並べるような田舎風景が目に入る。

 あの日、自殺しようとしていなかったら、彼女とパフェを食べに行くことも、彼女とカラオケ屋さんに行くことも、文房具屋さんに行くことも、彼女と連絡先を交換することもなかったのだ。そう考えると、人生本当に何があるかわからない。何を引き金に人生が動くかわからない。

人間万事塞翁が馬。そんなことわざが頭に浮かんだ。これから生きていけば、それが悪い方向に動いてしまうことだってあるだろう。思いもよらない事故に巻き込まれたり、事件に巻き込まれることだってあるかもしれない。罹りたくもない病気に罹るかもしれない。そういった不安の積み重ねが自殺への衝動に繋がっていくのだ。

 健康ならいいと彼女は言った。果たしてそれは真実だろうか。

 「秋桜くん、降りるよ!」

 促され電車を降りる。

 「それで?さっきバスとかいってなかった?」

 「そう!バスに乗る!でも、バスが来るまで少し時間あるから何か食べよ!」

 確かにお腹が空いている気もする。

 「あてはあるの?」

 「やっぱり、ギョーザだと思うんだけど。どう?」

 「うん、そうしよう」

 駅の中は混雑していた。その中に交じって僕らは歩いた。

 事前に調べているのだろう、彼女の足には迷いがない。

 駅から数分歩き、いくつかのビルが重なる一角で彼女は足を止めた。

 地下へ階段で降りると、中華料理屋が顔を出した。

 店内は木をベースとしており、新しくできたのか清潔感があり好感が持てた。

 僕らはギョーザ一人前と中華そばを二つ頼んだ。

 「ここ、雑誌で調べたお店なんだけど、美味しいって有名らしいよ!」

 くるくると店内を見渡しながら彼女が言った。

 「へー。金額はお財布に優しいよね」

 「うん。秋桜くんみたいにね」

 メニュー表から顔を上げて彼女を見た。

 彼女は舌を出して右手を後頭部に当てておどけた。

 面倒くさいので、そのままメニューに視線を落とす。「無視すんな!」と雑音が聞こえたけれど、それは店内にかかっているラジオと共に耳から耳へ流された。

 しばらくして、注文した品々が運ばれてきた。

 目の前に置かれた中華そばのスープをレンゲですくって飲む。

 見た目に反して、味は少し濃いめで懐かしさを感じるものだった。

 麺もちょうどいい柔らかさで成長期の僕らはそれを貪った。

 ギョーザもいただく。

 彼女はお皿の端に設けられた溝に、お酢と醤油をたらし、満遍なく浸して食べていた。

 やれやれ。

 ギョーザはそのままで食べるに限る。

 そのままで完成されているのだ。

 すぐに完食し、長居はすることなく、お暇する。

 「めっちゃ美味しかったね!」

 「さすが雑誌に載っているだけあるね」

 僕らはバス停まで戻る。

 「バスはどれくらい乗るの?」

 「ん~。一時間くらいかな」

 「なかなかだね。帰りが思いやられるな」

 バスが到着し、後方の二人席に彼女が窓側、僕は通路側で座った。

 バスが発車してすぐ、彼女は足元に置いた桃色のリュックサックをあさる。またも、日記帳を手に取り日記帳にひっかけてあったボールペンで何やら書き込みを始めた。

 きっと日記が趣味なんだろう。

 朝からイレギュラーな休日に見舞われていたため、疲れた僕は目的地に着くまで眠ってしまった。

 彼女に肩を揺らされ起きた。

 「次、降りるよ」

 「あ、うん」

 次のバス停で降り、先を行く彼女についていく。五分ほど歩くと前方に観覧車が見えた。

 「もしかして、遊園地?」

 「そうだよ!小さい頃に家族と来たことあるんだ~。もう一度来たかったの!」

 「それなら家族と来た方が良かったんじゃない?」

 「高校生なんだし、異性と来てみたかったのよ~」

 それなら、もっと異性に適した奴と一緒に来た方が良かったんじゃないか?と思ったが、彼女が楽しそうだったのと、僕も誘われて悪い気はしなかったので結果オーライかと自分を納得させた。

 入り口で入場料とフリーパスを彼女が購入し遊園地に入る。

 「絶対、返すから」

 「いいよ、いいよ。私が強引に連れて来ちゃったんだから」

 どこに行くか知らされていなかった僕は、五千円程度しか手持ちがなかった。行きの交通費で手持ちがほとんどなくなってしまったため、遊園地の費用と帰りの交通費は返済条件付きで彼女が賄うことになった。

 「さ~!遊ぶぞ~!」

 僕は遊園地の敷地の広さに圧倒された。

 「すごい広さだね」

 彼の県の夢の国に匹敵する広さだ。

 園内はいくつかのジャンルで分かれていた。

 彼女はまずジェットコースターのエリアに向かった。最初は小さい子供でも安心して楽しめるジェットコースターに乗車した。三周するタイプのやつで、そこまで速くなく風を感じることができて、僕はジェット―コースターの中で一番楽しめた。彼女は「もっと速い方がいい」などと嘆いていた。

 その後もいくつかのジェットコースターに乗った。いや、乗らされた。

 水が流れている上を、薪をモデルにした乗り物で走行するものや、一回転するジェットコースターなど絶叫系が得意ではない僕はジェットコースターのエリアを後にする時、もう二度と乗らないと誓いを立てた。

 それから彼女が指さすもの全てについていった。

 「コーヒーカップ乗ろう!」「次は、メリーゴーランド!」「ゴーカートもあるよ!行こ行こ!」と言った具合に。

 「なーんか、お化け屋敷って暗いくせに電気代すごそうだよね~」

 「冷めるこというのやめてくれない?」

 「だってそうじゃん!全然前見えないし」

 するといきなり大きな顔が現れた。

 「うわー。かわいいー!」

 「これがかわいい?どういう美的センスしてるの?」

 それからも彼女はお化け屋敷の仕掛けに驚く様子はなく、むしろその一つ一つに関心や感想をいちいち述べた。

 出口目前で本当のお化けが出てきた時には「バイトお疲れ!」などと気軽に声をかけ「時給はいくらなの」と世間話を始めようとしていたので僕はため息をつき、お化けから彼女を引きはがした。

 そんなことをしていると、さすがは娯楽施設、時間はあっという間に過ぎ夕焼けが顔を出し始めた。

 帰りの移動時間もあるのでそろそろ引き上げなければいけない。

 「じゃ、最後観覧車乗ろ~!」

 「よし!観覧車ならいいね」

 観覧車は空いており、すぐに乗車することができた。

 係員さんが、動いているゴンドラの扉を流れるように開け、僕らは湿気を嫌がる猫のようにそそくさと乗りこんだ。

 「うわ~!ドキドキする~。私、ジェットコースターとかより観覧車の方が怖いかも」

 「そう?僕は好きだけど」

 「え~!うそ!てか、秋桜くん揺らさないでよ」

 「揺らしてないよ。君が大きい声出すからだよ」

 狭い空間に異性と二人きり。自分とは異なる洗剤の匂いがこの空間の半分を満たした。

 観覧車は一定のスピードで上昇していく。

 「なんか二人きりで観覧車ってカップルみたいだね」

 「そうだねえ」

 「ちょっと話聞いているの?」

 「聞いてるよ」

 「クラスで好きな子とかいないの?」

 「そうだねえ」

 「はい!聞いてなーい!人の話はちゃんと聞きなさいって教わんなかったの?」

 窓から彼女に視線を移す。

 「ごめん、ごめん。それでなんだっけ?」

 「だから、好きな人いないの?気になる人でもいいけど」

 「いないよ。知ってると思うけどクラスメイトで仲いい女子いないし」

 「確かに。一、二年の頃は?付き合ったりとかなかったの?」

 「ないよ。・・・・そういう君は?」

 「一年生の時、先輩に告白されて付き合ったけどすぐに別れたよ。それきり誰とも付き合ってませーん」

 彼女の外見からは想像できない答えだった。絶えず彼氏がいるもんだと思っていた。

 振り返るほどの美人というわけではないが、ぱっちりとした目に細い鼻、少し厚い唇と笑うと見える健康的な白い歯。クラスでも彼女のことが好きという男子を何人か知っている。

 観覧車がちょうど頂上に差し掛かったところで彼女が不吉なことを漏らした。

 「台風きそうもないね~」

 「え、なに。まさかとは思うけど、台風来てほしかったの?」

 彼女は窓から空を悲しそうに見ている。

 先ほど夕焼け空が広がっていたのだけれど、奥の方に怪しい雲が現れ始めていた。

 「でも、あっちの方、黒い雲いない?」

 「ほんとだ!」

 彼女は少し嬉しそうに僕の発言に反応した。

 観覧車は徐々に下降していく。

 地上に近くなり、係員さんが扉を開けてくる。「ありがとうございました」と言われ観覧車から遠ざかる。

 「ねね、この観覧車の風景を描いてよ!」

 「おー。やっと絵の打診。いつ来るのか待ちくたびれてたよ」

 適当なベンチを見つけて彼女は観覧車がうつる風景の中でポーズをとった。

 僕は渡された画材で、あまり時間をかけずに絵を描き上げる。

 閉園時間が近いためか人通りが少なく、おかげでストレスなく絵描きに集中することができた。

 「もういいよ」

 「え!もう描けたの??」

 「あと、軽く仕上げするけど」

 「えー、めっちゃ上手いじゃん!」

 僕の隣に腰掛け、スケッチブックを見てそう声を上げた。

 「絵の才能あるんだね!」

 「買いかぶりすぎだよ」

 そう言ってみたけど、内心満更でもなかった。誰かに絵を見せたことがなかったので自分の絵を俯瞰してみることができなかった。

 こうして、無垢な目で僕の絵を見て、純粋に感想を述べてくれることがとても嬉しかった。

 「よし、描けた」

 「うん、やっぱり上手!私をメインに描いてないけど、しっかり登場人物になってる!」

 すると、彼女は、桃色のリュックサックから日記帳を取り出し、空白のページに僕の絵をテープでとめた。

 「これでよし!」

 満足げな彼女を見て、僕も悪い気はしなかった。


 「さて、帰ろうか」

 「う、うん。そうだね~」

 入園した時よりもだいぶテンションの低い彼女。きっと遊び疲れたんだろう。それかこの旅の終わりを感傷的に思ってくれているのだろうか。

 そう思った僕は素直さと気遣いを混ぜた発言を送る。

 「また行こうよ」

 前を向いていた彼女が首だけ僕の方に向いた。

 「うん!だね!」

 はじける笑顔になった彼女はテンションを少しだけ取り戻した。

 その後、入り口付近に設けられているお土産施設に入り少しだけ店内を歩き回った。

 彼女は、お土産コーナーで一番人気!というスイートパイを購入し桃色のリュックサックにしまった。

 店内から出ると、夕焼け空はすっかりなくなり黒い雲と紺色で埋めつくされていた。

 出口まで行き、スタッフに「ありがとうございました!」と笑顔で言われ僕らはバス停まで歩く。

 バス停までは彼女も静かだった。

 僕も遊び疲れ、会話を振るような力は残っていない。

 ―ポツポツー

 バス停まで歩き始めて数分、僕の頬を何かが濡らした。

 と思うと、今度は腕に冷たさが走る。

 「雨だ・・・」

 声に出てしまった。

 「本当だ!」

 どこか嬉しそうな彼女。

 みるみるうちに、雨脚は強くなる。

 「走ろう」

 彼女の宣言で僕らはバス停まで走る。

 すでに服は湿っていて肌に張りつきだしている。

 タイミングよくバスが到着した。

 ―プシュー

 炭酸の飲み物を開けた時のような音を立てて扉が開く。

 僕らは恥じらいなど考えず急いでバスに乗り込んだ。

 「うわ、結構濡れたんだけど」

 バスに乗るなり彼女が言った。

 バスが目的地である駅前のバス停に着く頃には雨の強さは増していた。

 台風・・・・。

 そんな言葉が頭に浮かんだ。

 バスは強い雨を切り裂くように走っていく。

 「とりあえず、降りよ!」

 彼女の言葉に従いバスから下車。

 「うわ」

 「濡れる!濡れる!」

 「とにかく、駅の中に入ろう」

 僕らは急いで駅の中に避難した。

 「・・・・すごい雨だな」 

 空を見上げると、真っ暗の空から無数の矢が落ちて来ているようだった。

 ―ピカッ 

 ―ゴロゴロ!

 「雷―!」

 彼女がテンション上げて言った。

 物凄い音とともにギザギザの光が近くに落ちていくのが見えた。

 周りを見渡すと、スマホで電話をかけている人や空を見上げている人がたくさんいた。

 先ほどから強風も吹いており状況は悪化している。

 「すごいね・・・これって電車動くの?」

 と、分かりっこない彼女に訊いた。

 「どうなんだろう」

 僕らはエスカレーターで二階に上がり、改札付近に向かう。

 これだと嫌な予感がする。

 改札の外側から電光掲示板を見る。

 嫌な予感は的中した。

 ―二十時発の〇〇行きの電車は、この雨の影響により運休いたします。

 ―繰り返します、二十時・・・

 油断していた。

 ここ最近雨なんて降っていなかったから。

 この状況を彼女はどう思っているのだろうか。 

 隣の彼女を見やる。見て、心底驚いた。

 彼女は楽しそうな顔をしていたから。

 「これじゃ家に帰れないじゃん。なんでちょっと嬉しそうなの?」

 「旅はハプニングが起きた方が楽しいじゃーん」

 「どうするの?」

 「んね~。どうしよっか~」

 彼女の言い方は、どうしようか悩んでいるのではなく、どうしようか決めているがそれを言おうかどうか迷っているようだった。

 「な、なに?なんか案があるの?」

 「まあこれじゃ今日中には帰れないし、どこかで一夜を明かすしかないよね~。ホテルに泊まるとかさ」

 「ホテル?お金は?」

 「お金は心配しなさんなって。私が持ちあわせているから。と言ってもそんなに余裕があるわけじゃないから同じ部屋になるけど。まさかここで一夜明かす気?私は止めないけど、こういう時は流れに身を任せるべきだと思うよ、私は」

 黙っていると彼女は続けた。

 「そんな濡れた格好で朝を待って、生乾きの洋服で帰るの~?私についてくれば、暖かい部屋で朝を迎えて、乾いた服で帰れるのに」

 彼女は手をヒラつかせて「最後は秋桜くんが決めたらいいよ~」とエスカレーターの方に歩いていった。

 数秒その場で考え、黙って彼女の後を追った。

 この一連の流れで、僕を異性と簡単にホテルに泊まるような軽い男として見ないでほしい。状況が状況なだけに仕方なく。

 僕は誰に言い訳しているんだろう。ただ僕にやましい気持ちは一切なかった。それは断言できる。

 暖かい部屋で過ごしたい気持ちとこの服を処理したい気持ちだけが僕を動かした。

 追いつくと、彼女はタクシーを捕まえてビジネスホテルの名前を運転手さんに告げた。

 「予約とかは?」

 「さっき済ませたよ!駅近のホテルでたまたま空きが出た部屋があって予約したの。安心していいよダブルベッドの部屋だから」

 「なるほど、僕がついてくるのを読んでたわけね」

 「まあね。秋桜くんは変態だからねー!」

 「なんて物言いだ」

 ビジネスホテルは駅から近かった。駅近と知っていたのだけれど、それでも駅から近いと感じた。

 そそくさとチェックインを彼女が済ませ、部屋に向かう。

 住所や携帯番号などの個人情報を尋ねられたり、親に連絡されたりするかと思ったが、そんなことはされず、すぐに部屋のカギであるカードを渡された。

 指定された階へエレベーターで上がり、部屋の前に着く。ICカードのようなものをドアノブ付近にかざすと、「ピッ」と音がなった。

 施錠できた合図だ。

 二人とも部屋に入る。

 「うわー!結構狭い~」

 部屋に入った彼女の第一声。

 確かに狭かった。

 しかし、ビジネスホテルなのだから、このくらいが妥当だろう。

 「うわー!ユニットバスだ!」 

 入って右手にある扉を彼女が開ける。

 そこには、トイレとお風呂、洗面台があった。

 机の横にベッドが二つ。

 さらにその横に小さいソファーがある。

 さーて、順番にシャワーを浴びて寝よう。

 「先、シャワー浴びれば?」

 意識せず、提案する。

 「おーけー!」

 彼女は本当に意識してない様子で答えた。

 ちなみに、着替えは浴衣がホテル内に常備されており、それを使用する。

 まさか、ビジネスホテルに浴衣が常備されているとは知らなかった。世の中まだまだ知らないことばかりだ、と思った。

 彼女は机の上に置いた自分のバックから、何やらポーチを取り出し、浴衣とビニール袋を持ってユニットバスに消えていった。

 手持無沙汰の僕は、部屋に常備されている小さいテレビの電源を入れた。

 適当にリモコンを操作するが、頭の中にテレビの内容なんか一ミリも入ってこなかった。

 頭の中では、今日の今までを回想していた。

 駅前で待ち合わせしたのが遠い昔に思える。

 リモコンは操作したままだ。

 そして、遊園地に行き、観覧車に乗って・・・・

 今日一日を振り返り、観覧車で彼女が好きな人はいるのかと訊いてきたあたりを思い返している途中、僕は眠ってしまった。

 目を覚ますと、彼女が無言で僕の肩を揺らしていた。

 「だいじょうぶ~?」

 「あ、あぁ。だ、大丈夫」

 いきなりの異性の浴衣姿に動揺してしまった。

 早くなる心臓を悟られないよう、僕はお風呂場に向かう。

 お風呂場は、暖かく、洗剤のいい匂いがした。

 とりあえず、服を脱ぎそれをビニール袋に入れる。

 シャワーを出す。家のよりだいぶ勢いのあるシャワーのお湯を頭にかける。

 僕は備え付けのシャンプーとボディーソープで頭と体を洗った。

 ユニットバスから出ると、部屋の中は先ほどより暗くなっていた。

 机に、ビニール袋が置かれ彼女はベッドに腰かけ、何やら日記帳にペンを走らせていた。

 彼女はまだ僕に気づいていない。

 「何、書いてるの?」

 「ん、え!あっなんでもないなんでもない」

 彼女は慌ただしくノートを閉じた。

 彼女にしては珍しく動揺している。

 「二階にランドリーがあるみたいだから行こ!」

 話を明らかにそらした彼女を特に問い詰めることはせず、部屋を出る。

 二人でビニール袋を持ち二階へ向かった。

 ランドリーに着き、彼女の提案で僕はその横に隣接している売店で夕飯を買うことになった。異性の洗濯物には興味がないので大人しく晩御飯の調達に向かった。

 売店は雑誌や新聞、カードゲームなども売っていた。

 乾燥に二十分ほどかかるというので、焦ることなくじっくりと店内を見て回る。

 店内の雑誌コーナーを見ていると一番端に隠れるように、ある雑誌が置かれているのに気がついた。近づいて手に取る。僕はぺらぺらとページをめくった。

 メンバーのインタビューや写真などが載っており、僕は時間を忘れて熟読してしまっていた。

 すっかり時間を忘れて雑誌の世界に浸っていた僕は、彼女に声を掛けられ現実世界に戻った。

 「なんで立ち読みしてんの?」

 「あ。ごめん」

 「あっそれ夜休みの羊じゃん!」

 さっそく彼女は雑誌に食いついた。

 「そうそう。地元の本屋さんには売ってなかったから、つい」

 「それな!田舎だからね。品揃え悪いもんね~」

 雑誌を見てすっかり笑顔になった彼女は「それ買お!」といい、カゴにいれ「一緒に晩御飯を選ぼう」と張り切った。

 彼女はお弁当コーナーでカレーライスを、僕はカップ麺をカゴの中に入れた。

 「せっかくだからトランプ買おうよ!」

 「二人でトランプ?寂しくない?」

 「私、二人でできるゲーム知ってるからやろやろ~」

 彼女はペンギンが書かれたトランプをカゴに入れる。

 会計を彼女が済ませ、乾いた洋服が入ったビニール袋を持ち、部屋まで戻る。

 部屋まで戻り、彼女は備え付けの電子レンジを使い、僕は備え付けのポットでお湯を沸かす。先にカレーが温まり彼女は「いただきまーす」と雨と風の音に負けないくらいの声量で食べる宣言をした。ほどなく僕のカップ麺も出来上がり控えめに「いただきます」といい食事を開始した。

 「思いもよらない事態になったね」

 「旅はこうでなきゃ!私はとっても楽しいよ!」

 彼女は目を細めて喜びを表現した。

 先ほど、スマホを開いたら親から不在着信が三件も入っていた。

 それに対し、友達の家に泊めるとメッセージアプリで返答した。これで、警察に捜索願は出されないだろう。かくゆう彼女はご両親にどのような言い訳を使ったのだろうか。

 「ご両親は心配してないの?」

 「今日は、もともと友達の家に泊まるつもりだったから、だいじょうぶい」

 彼女はⅤサインを突き出した。

 食事を終え、ビニール袋にゴミをまとめる。

 僕は歯磨きを済ませ、そそくさと寝る準備にとりかかった。

 僕が寝ようと部屋の明かりを消そうとすると彼女から待ったがかかった。

 「なに?」

 「いや、寝るつもり?」

 「え、寝ないつもり?」

 「当たり前じゃん!せっかく、これから夜が始まるのにもったいない。もしかして、修学旅行とか一番に寝るタイプ?」

 「そうだけど?」

 「つまんな!言っとくけど、今日は寝かせないよ!」

 彼女は机に近づき先ほど購入したトランプを顔の横に持っていき、ニヤついた。

 「せっかく買ったんだから、なにかしよ」

 「二人でできる遊びなんて、スピードくらい?」

 「んー、せっかく時間はたっぷりあるし、神経衰弱でもやろうよ」

 窓側のベッドの布団をどけて、そこにトランプを無造作に置いた。

 僕と彼女は一つのベッドに、無造作に置かれたトランプを挟んで座る。

 「じゃ、私から引きまーす」

 彼女は二枚、自分の方にあったトランプをめくる。当然揃うわけもなく、裏返す。

 「はい。秋桜くんの番」

 「えーと・・・」

 僕は真ん中あたりを引く。もちろん揃わない。

 そんなことを繰り返していると、お互い無言になってしまっていた。

「秋桜くんはさ、行きたい国とかある?」

 ゲーム中盤、彼女がそんな質問をしてきた。

 僕は、カードを暗記しながら答える。

 「んー、強いて言えば、ハワイかな」

 「ハワイねぇ。確かにハワイの浜辺で絵を描くのも楽しそうだね!」

 「君は?あるの?」

 「私はシチリア!」

 会話しながらでも、僕はしっかり神経衰弱に神経を働かせる。

 「シチリア? ってどこだっけ?」

 「イタリアだよ!小さい時にお父さんと行ったんだ~。そこでお父さんが色んな話をしてくれたの」

 「なるほどねぇ。またお父さんに頼んで連れて行ってもらえば?」

 「それは無理。お父さん、病気で死んじゃったから」

 急な展開に、今まで積み上げた記憶が全て吹き飛んでしまった。

 「なんて、言えばいいの?」

 「ほら、秋桜くんの番!」

 「あ、ああ」

 結局、神経衰弱はドロ試合の末、僅差で僕が勝った。

 彼女の邪魔が入らなければ僕の圧勝で終わっていたのに。

 「次、何して遊ぼうか~」

 「てか、疲れてないの?眠くないの?」

 「ぜーんぜん眠くないよ!」

 眠い方がありがたいのだが。

 その後、スピードを三回、バババ抜きを二回、再び神経衰弱をした。高校生ながら僕らはトランプに没頭した。

 「あっ、さっき買った雑誌読もうよ!」

 トランプに飽きはじめた彼女がそんな提案をした。二人でトランプを片付け、彼女は机にそれを置き、代わりにビニール袋から雑誌を取ってベッドに再び座った。

 勢いで、ベッドが揺れる。

 「私、いつかこんな感じで同じ趣味の人と共感したり雑誌を読むの夢だったの!」

 二人で同じページを読み、好きなメンバーや好きな曲、その曲のどの部分が好きかなどをお互い熱弁しているうちに自然と時間は過ぎていった。

 気が付くと午前二時を回っていた。さすがの彼女も眠気に襲われつつあるようだった。

 僕らは適切な距離をあけ、ベッドに寝転んだ。雑誌はすでに僕らの間でいびきをかいていた。もちろん雑誌がいびきをかくわけがないので比喩表現として。

 一日遊びまわった疲れと眠気が僕らをそうさせた。

 天井を見つめてぼ~としていると彼女が口を開いた。

 「・・・・私がもうすぐ死ぬっていったらどうする?・・」

 彼女の声により現実世界に戻ってきた。半分眠っていたので意識が遠のいたまま僕は答える。

 「可哀想だなって思う・・・・」

 いつもの冗談に白けて返したから、彼女が笑うと思った。僕は半分も開かない目で彼女を見る。

 彼女は天井を見つめて、これっぽっちも笑っていなかった。

 僕の視線に気づいた彼女はこちらに顔を向けて、眠たそうに小さく笑った。

 僕はそれが苦笑いに見えた。

 「・・・どうして・・そんなこと訊くの?」

 「じょうだんだよ・・じょうだーん・・・」

 それから長い沈黙が続いた。

 「・・・私、シチリアに行きたいな・・」

 突然の彼女の声で僕は再び現実世界に戻された。

 「・・・・・」

 「・・・・浜辺に二人で並んで座って・・・星がとっても綺麗でさ・・・・風が優しく吹いて・・・・流れ星をたくさん見たの・・・・私の願いは叶わなかったけど・・・」

 何も答えられなかった。眠かったというのもある。だから僕は、この状況にしか使えない必殺技、狸寝入りを使った。

 「・・・あれ?・・秋桜くーん。・・・寝ちゃった?」

 その声にも応じず、寝たふりを決め込んだ。寝たふりを決め込んでいると本当に眠ってしまった。

 僕らの夜は純粋で無垢でロマンチックだった。

 僕らが眠るころには雨の音は消え、柔らかな風が優しくホテルの窓をつついていた。


 翌朝、電話の電子音により目を覚ました。僕は自分の携帯電話を確認する。しかし、着信はない。彼女も手探りで自分の携帯を手に取る確認する。が、すぐ携帯をベッドに置いた。疑問に思い部屋を見回すと、部屋の電話が鳴っていることに気が付いた。彼女はさっそく二度寝を開始しているので、僕が電話をとった。

 「・・・・はい」

 「あっすみません、フロントの者なのですがチェックアウトの時間になりますので、速やかに退室をお願い致します」

 僕は謝り数語交わして電話を切った。

 「なんだった~?」

 寝ながら彼女が訊いた。

 「チェックアウトの時間だって」

 「うえー。やば~」

 彼女はむくむくと起き上がり手櫛で髪を整えた。

 「結局寝ちゃった」

 「のんびりしている暇ないよ」

 僕は、顔を洗いに洗面所に向かった。

 顔を洗い、歯を磨く。朝一の歯磨きは歯磨き粉を付けないのだが、昨日の歯磨き粉の味がかすかに残っていた。

 僕と入れ替わるように彼女が洗面台にこもった。

 五分ほどで出てきた彼女は先ほどの容姿とは異なり、髪は整えられ、ばっちり化粧もされていた。乾いた、昨日と同じ服をしっかり着こなしていた。

 チェックアウトを済ませ昨日とは違いタクシーを使わず、ゆっくり駅まで歩いた。

 しかし、駅近ということなのでさほど時間はかからず駅に到着した。

 駅までの道中、僕は僕なりにこの旅の終わりを感傷的に思った。どうせならまだ終わってほしくないと気まぐれに思い始めていた。しかし、当たり前なのだけれど時は止まることなく進んでいく。

 今日は日曜日だから急いで帰る必要はない。なので、朝食兼昼食を兼ねてカフェに立ち寄ることにした。

 カフェについて、僕はホットウーロン茶と小さいカルボナーラ、彼女は紅茶とティラミスを頼んだ。先にカルボナーラとティラミスが到着し、僕らはそれをゆっくり胃にしまった。食べ終え、食後の飲み物として、ホットウーロン茶と紅茶が運ばれてきた。

 ひと口飲んだところで、彼女が口を開いた。

 「はー。楽しかったね~。また行こうよ」

 僕は窓を見ながら、素直に答える。

 「そうだね。また行こうか」

 僕の言葉に彼女は、一瞬驚き、その後、笑みを深めていった。

 「うふふふうふ、うははははっ」

 昨日のジェットコースターで頭がおかしくなったのか、と本気で心配して彼女をまじまじと見た。

 「なに?」

 「いやいや、今幸せだな~って。絶対また行こうね!」

 その後、軽く談笑しカフェを出た。

 駅に着き少しお土産施設に寄った。

 そこで自分用に月をモチーフにしたカステラのお菓子を購入した。彼女は何も買わなかった。

 各駅停車の電車に乗り、並んで座る。

 電車内は、空いており老夫婦や子供連れのお母さんなどがいて、のんびりしていた。

 「はい」

 目の前にパイのお菓子が出された。

 「昨日、遊園地で買ったやつ、お一つどうぞ」

 「ありがとう。じゃ、僕も」

 おあいこで、カステラのお菓子を一つあげた。

 「次はどこに行こうかな~」

 電車を乗り換え、あと少しで地元の駅に着く頃に彼女が独り言のように呟いた。

 「君の行きたいところに行けばいいんじゃない?」

 「そしたら付き合ってくれるの?」

 「もちろん」

 「どこでもいいの?」

 「まあ、いいよ。別に」

 「今、言ったからね?」

 彼女は念を押すように、いたずら笑みを浮かべて言った。

 僕は頷く。

 この旅が思いのほか楽しかったからだろう。やはり、僕の中で肥大していた感情は小さくなっている。

 それは隣に座る、彼女のおかげなのだ。

 僕は彼女の気が済むまで付き合うことに決めた。

 人生に退屈、無意味さを覚えている僕にとって、彼女との付き合いは楽しいものだった。

 僕らの住む街に辿り着く頃には夕方になっていた。数語、駅で言葉を交わし、お互い帰路に着いた。

 家に帰るとまだ両親は帰ってきていなかった。

 しっかり手洗いとうがいをして自室にこもった。ベッドでとりとめもなくスマホをいじっていると旅の疲れで眠ってしまった。

 目を覚ましたのは、夕食ができたという母親の声によってだった。

 一階に行き、食卓につく。

 母親と食材に「いただきます」と言ってから味噌汁に口をつけた。

 しばらく、夕飯に舌鼓を打っていると兄と父親が帰宅した。

 スーツ姿でリビングを通り過ぎる二人に「おかえり」という。

 兄と父は親子そろって弁護士事務所を営んでいる。

 リビングに戻ってきた二人は、今日も食卓で書類を広げ仕事の話を始めた。疎ましいと思った僕は残りのコロッケを急いで胃に入れてその場から立ち去ろうとした。

 「どこにいってたんだ?」

 「友達の家だよ」

 「遊んでばっかりいるんじゃなくて、お前もしっかり勉強して地に足つけるんだぞ」

 「うん」

 僕は背中越しに応えて、自室に戻った。

 画家になりたい、だなんて口が裂けても言えない。そんな時、彼女の顔が浮かんだ。

 溌剌と笑顔を浮かべ、自由に生きている彼女。生きているのが楽しそうな彼女。

 きっと彼女は悩みを知らない。それが心の底から羨ましく思った。

 自室に戻るとメール通知が届いていた。

 メールは僕が羨む彼女からだった。

 『ちゃんと家に帰れた~?かなりの長旅になっちゃってごめんね。また付き合ってくれたら嬉しいよ~!じゃまた学校で!』

 数分、返信を考えて『おやすみ』とだけ返した。

 僕も彼女のように風の吹くまま気の向くまま生きることができたらどんなに楽か。僕はイヤホンをし机に向かって絵を描いた。音楽と絵に浸っている時だけは自由だった。

 それはきっと現実世界を忘れられるからだ。やっぱり死にたい。死にたいというより、生きたくない。

 消えてなくなりたかった。

 数時間現実世界から離脱していた僕は、腰の悲鳴により現世に戻った。僕はお風呂に入るため自室を出る。

 洗面所で服を脱ごうとしたタイミングで妹がドアを開けて入ってきた。

 「ノックぐらいしろよ」

 「歯磨きたいんだけど」

 「タイミング悪いなぁ」

 妹は急ぐ様子もなく、その場で歯磨きを始めた。

 「どっか行ってたん?」

 「早く磨けよ」

 「なんか違う家の匂いがする。もしかして女?」

 「うるせぇなぁ」

 「まぁお兄ちゃんに彼女ができるわけないか」

 そういうと、そそくさと口をゆすぎ扉も閉めずに二階に駆け上がっていった。

 少し気になり、扉を閉めてから洋服の匂いを確認する。

 すると、確かにいつも彼女から発せられるお馴染みの柑橘系の匂いがした。なぜかわからないけれど嗅いだ瞬間、昨日の観覧車に乗っている記憶が思い出された。

 僕は首を左右に振り、それらを全て洗濯物に入れ、昨日とは違いしっかり湯船に浸かり、自宅のお風呂をいつもより満喫した。

 

 翌朝いつものように目を覚まし、いつものように朝食を食べ、いつものように登校した。

 下駄箱で靴から上履きに履き替えている途中大きな声で挨拶された。

 「おはよー!」

 僕に挨拶をしてくる異性はたった一人しかいない。

 「おはよ。昨日ぶりだね」

 彼女はにやにやと、これからいたずらを仕掛けるような顔で立っていた。

 「なに?履き替えないの?」

 彼女がずっとにやにやしていたので続けて声を掛けた。

 「じゃ行こ!」

 と、いきなり僕の手を引いて、走り出した。そのまま最寄りの駅まで僕を拉致した。

 「いきなり何?はぁはぁ。学校完全遅刻じゃん」

 「海に行こ!」

 「海?どうしていきなり?」

 「行きたいところに行けばいいって言ったのは秋桜くんじゃん!私は海に行きたい!」

 これっぽっちも悪びれる様子がない彼女は今日も笑っていた。

「海に行ったら、絵を描いて!」

「僕の絵なんかでいいの?」

 「いいに決まってんじゃん!秋桜くんの絵がいいんだよ!」

 面と向かって臭いことを言われて、僕の方が恥ずかしくなった。けど、同時に嬉しくもあった。自分の趣味が初めて必要とされた瞬間だったから。

今日も僕は彼女に付き合った。

僕自身、死のうとしていた人間だし、彼女が引き止めなければあの日死んでいた。学校も、どうでもよくなっていたし、彼女に付き合うと決めていたので、足は重くなかった。

 「三日連続で異性と遊んぶなんて初めてだよ」

 「私もー!前付き合ってた先輩より恋人っぽいことしてるよ!」

 昨日とは違う行き先の電車に乗って海を目指した。と言っても、地元の県には海がないので、県をまたぐことになる。それから四回も電車を乗り換え、彼女が行きたがった海に着くことができた。

 九月下旬の平日の昼間なので海岸はガラガラだった。アスファルトから砂浜に変わり少し歩きにくくなる。彼女は持っていたバッグを僕に渡し、海に走っていった。まさか飛び込むのかと思ったがさすがにそれはせず、ギリギリで止まりしゃがみこんだ。

 僕は立ったまま、その様子を眺めた。

 「冷たーい!」

 どうやら波が足元まで届いたようで彼女が声を上げた。「うわー!靴下濡れた~」と嘆いている。

 「秋桜くんもおいでよ!」

 彼女は浅瀬で波と戯れながら僕を呼んだ。

 僕はその場に座り込み、心地よい風に吹かれた。ひとしきり、楽しんだ彼女は僕の方へ戻ってくる。

 「なんで、呼んだのに来ないのよ!」

 僕は軽く肩を叩かれる。

 「靴も靴下も濡れてんじゃん」

 「かわっくしょ!」

 今日は真夏日になると天気予報で言っていたのでおそらく帰る頃には乾くだろう。真上にあるお日様の光を浴びているが真夏のように暑く感じないのは、風があるからだ。

 でも、台風の風とは違い、冷たくなく、穏やかだった。秋らしい変わりやすい天気だと、ここ数日をもって感じる。

 「ずっとこんな天気だったらいいのにね」

 「僕も今、そう思ってた」

 「いいよねー。私この風なら愛せる」

 彼女は風に目を細めて気持ちよさそうに言った。

 「なんか海見てたらお腹空いたー!絵はお昼食べてからにしよう!」

 海の近くにある、古ぼけた食堂へ行き、自慢だというオムライスを食べて再度海に戻った。

 太陽はもう真上にはなく、やや傾き加減で僕らに光で語りかけていた。

 場所選びのため、砂浜を歩く。彼女は場所場所でポージングを決め「ここじゃないな」などと真剣に場所選びに勤しんでいた。だいぶ歩いたところで彼女は「よし!」と何かを決めたような声を漏らした。

 「ここにする!秋桜くんはもうちょい引きで描いて!風景メインで描いて!」

 彼女はポージングを始めた。

 「もういつでもいいよ!」

 彼女は後ろで手を組み少し左に上半身を傾けた。

 僕は浜辺に座り、ボードの上に紙を置き、それをマスキングテープでとめた。

 言われた通り、引きで目に映る景色をスケッチブックに描いていく。途中、心地よい風が彼女の髪を揺らした。モデルである彼女のことも考えてスラスラと絵を描いていく。

クレヨンは今まで使ったことがない画材だったがアクリル同様、重ね塗りができるので、アクリルで描くのと同じ要領で色を付けていく。

 海と砂浜とお日様と彼女をクレヨンで、僕らしく描いた。

 彼女の負担を減らすために、まず大まかに絵を完成させる。

 「もう大丈夫だよ」

 彼女は固めていた体を動かし、伸びをした。

 「はぁ、やっぱりモデルって大変だね~」

 その後も絵を描き進めていく。彼女は完成まで絵を見たくないと言って散歩に出かけた。

 一人になった僕は、時間を忘れて絵を描いた。

 数十分で終わらせようと思っていたのだけれど集中してしまい、結局小一時間もかかってしまった。

 やっと完成し左右に首を動かし、彼女を探す。しかし、視界内に彼女の姿はなかった。

 立ち上がり彼女を探しに出かけた。

 少し歩くとテトラポットがあり、そこに彼女は座って、また日記を書いていた。

 「終わったよ」

 近づきながら言うと、彼女は顔を上げ、日記を閉じ笑顔で僕に駆け寄ってきた。

 「見せて見せて」

 ボードを彼女に渡す。

 「うわー!めっちゃいいじゃん!すごい!私もすごい似てる!秋桜くん画家になれるよ!」

 「褒めすぎだよ。モデルがよかったのかな?」

 「うわ!なにいまの!ださー」

 彼女に茶化され少しムっとしたが、彼女がうはははっと笑うので僕もだんだん可笑しくなりつられて笑った。

 「一生大事にするね!」

 「大げさだって」

 彼女は恭しく絵を受け取り日記帳に貼った。

 それから僕と彼女はテトラポットに腰掛けて、海にお日様が沈んでいくのを眺めていた。

 「・・・シチリアに行きたいなぁ」

 彼女は夕日を浴びながらそう言った。

 「一緒に行こうよ」

 彼女がこちらを見たのが目尻で見えた。

 僕は前を向いたまま。

 視線を感じていると「うん、行く!」と彼女の溌剌とした声が飛んできた。

 僕は海を見つめ隣の彼女は鼻歌を歌った。

 「それなんの歌だっけ?」

 「夜休みの羊の『砂浜』だよ!今年のライブのアンコールで歌ってたんだ~。そうだ!今度一緒にコンサート観に行こうよ!」

 その日、僕らはシチリアに行くこととコンサートを観に行くことを約束した。そして、お日様が消えて一番星が顔を出すまで海を眺めていた。

 すっかり遅くなってしまい急いで電車に飛び乗った。

 行きと同じく、四回電車を乗り換え地元に帰ってきた。

 駅に着きそれぞれの道に進もうとした時、彼女が質問してきた。

 「秋桜くんの誕生日はいつなの?」

 僕は誕生日を教える。

 「そっか!ありがとう」

 彼女は携帯にメモし「じゃ、またね」と手を振り僕とは反対方向に歩いて行った。

 僕も家路に着く。

 家に帰ると家族はすでに寝ており静かだった。

 台所に行くと、焼うどんがラップに包まれておいてあった。それを電子レンジで温め、静まり返った台所で立ったまま食べた。さくっとシャワーを浴び自室にこもる。すぐにベッドに横になり目を閉じた。

 あれから死にたい気持ちになる時はあるが、あの日のように行動に移すことはしていない。

 波のようなものだ。死にたくなったり、もう少し生きてみようと思ったり。

 そんなこと考えなかったり。

 そんな日々の連続だ。

 自殺は衝動的なものなんだと思う。

 こういう風に、波のようになっている人は、ある日突然何かを引き金に衝動的に自殺してしまう。

 あの日、彼女が屋上に現れなかったら、僕は今ここにいないだろう。

 あの日、死ななくてよかったかどうかわからない。

 死ぬことはいつでもできる。また死にたくなったら死ねばいい。

 今は、何となく生きている。

 小さな幸せと小さな不幸せを日々感じながら生きている。

 このころになると、もう少し彼女との日常を過ごしたいと思い始めていた。音楽を聴いてや絵を描いているときに、もう少し生きてみるかと思うことはあったが誰かのために生きようと思ったのはこれが初めてのことだ。

 彼女が僕に付きまとわなくなるまで生きようと思った。

 そんなことを思うのだから、少なからず僕は彼女に対して特別な感情を抱きつつあったんだと思う。


『第三章・薔薇の下で』


 次の日学校に行くと、僕と彼女が学校をさぼり二人仲良く出かけたことが広まっていた。クラスの人気者の彼女とクラスで目立たない奴が付き合っているのではないかという噂までも立てられていた。

 いつものように後ろの扉からひっそりと教室に入った。が、その時点で数人からの視線を感じた。

 僕の学校生活が危険にさらされようとしている。

 それは、疑問のものもあれば敵対心のものあった。僕はすべて無視した。

 それが最善策だと思った。

 「よー。お前、しおんと付き合ってんの?」

 席につくなり隣の席のクラスメイトが話しかけてきた。

 朝からいろんな人からの視線を浴びて少々いらだっていた。

 「違うよ」

 「昨日、二人で手をつないで、駅の方に消えていくの見たって言ってたで?」

 「人違いじゃね?」

 「いやいや、二人とも昨日休んだじゃん。なんだよ興味ないとか言って、お前しおんのこと好きなんじゃん。いいな、しおんとデートできるなんて。この色男が」

 彼女と関わることで起こるこう言った面倒なことは全て諦めていた。

 どうせからかわれるのは隣の席のクラスメイトか前の席のクラスメイトくらいなもんだ。

 あとの連中はろくに話したことがないので実害はなさそうだ。多少の視線は目をつぶろう。

 僕は教科書をしまうため机に手を入れると紙切れが入っていた。

 手を机の中から出すと同時に、その紙も一緒に取り出す。

 目視で確認すると、それはくしゃくしゃになったノートの切れ端だった。

 そこに黒い線が引いてある。

 その線は言葉になっていた。

 『死ね』

 心底ため息をつく。

 こんな陰湿なこと今時小学生でもやらないぞ。

 なぜ、これが僕の机に投函されたかは見当がついている。

 彼女はこのクラスの男子からモテている。

 ゆえに、僕と彼女の関係をよく思わない奴が嫉妬心から嫌がらせをしているのだ。

 面倒くさい。

 面と向かって殴られた方がまだよかった。

 誰がやったかわからない分、こういうのが一番たち悪い。

 「なにかあったのか?」

 隣の席のクラスメイトがスマホに視線を落としたまま、僕に言った。

 「いいや、なんでもない」

 僕は、それを制服のポケットにしまって、スマホをいじった。本当に僕の学校生活は危うくなっている。それは彼女が原因なのだが、彼女を恨んでいるかと言えばそうではない。

 どうせ人生に意味なんかないのだから、学校にだって意味はない。

 そろそろホームルームが始まろうとしているのに彼女はまだ登校していない。

 チャイムが鳴り、担任が入ってきた。

 「あれ、またしおん休み?」

 誰かがそう言い担任が「休みだから、今日の日直は村岡、お前一人だからよろしく」と言った。村岡と呼ばれたそいつは面倒くさそうに「ういーっす」と応えた。

 「なんで、しおん休みなん?」

 小声で隣の席のクラスメイトが言ってきたので「知るかよ」と返した。

 彼女はちょこちょこ学校休む。気にならないと言えば嘘になるが、近々理由を訊くことはできなかった。なぜならそれから一週間彼女は学校を休んだからだ。

 メールもないので僕と彼女の接点はなかった。

 この一週間であったことと言えば、二回父親に、地に足つけろと言われたこと、三回机の中に紙切れが入っていたことだ。

 どちらも、僕が死ねば解決することだった。


 彼女が再び登校してきたのは翌週の水曜日だった。登校するなりクラスの男子や女子になぜ休んでいたのか聞かれていた。

 教室の喧騒で彼女らの会話を聞き取ることができなかった。彼女はなぜ休んだのだろうか。その日も僕はいつも通りの学校を過ごした。昼食の時間になれば前の席のクラスメイトと一緒に食堂へ向かった。午後の授業にも耐え、あと何回学校に来ればいいのか、あと何回学校に来たら死のうかなどと考えながら、帰るため校門まで歩き出した。

 「秋桜くーん!」

 校門を出て右に歩みを進めようとしたところで彼女に呼び止められた。

 振り返り、追いつく彼女を待った。

 「今日なにか予定ある?」

 「いいや、ないけど」

 「じゃ、うちに来てよ!」

 「え?なんで?」

 「夜休みの羊のレコードがうちにあるんだ!一緒に聴こうよ!」

 夜休みの羊は今時珍しくレコードを販売している。レコードで彼らの音楽を聴いたことがなかった。レコードをプレイヤーは持っていないからだ。

 とても興味深い代物だったので、彼女と一緒に彼女の家に行くことにした。

 彼女の家は僕の家とは反対方向にある。

 もう慣れっこになったが、二人並んで歩く。

 「今時、レコードを出すっておしゃれだよね~!」

 「うん、けどCDは販売しないっていう」

 「そうそう!そういうとこがまたいいんだよ。秋桜くんは普段はサブスクで聴いてる感じ?」

 「そうだよ。またレコードだと違う感じがするけど」

 「そうなんだよ!またレコードで聴くと一味違うんだよ!」

 彼女はレコードの魅力について語り始めた。レコードにしか出せない音色やアンプによっても音色が異なるなど。

 レコードについてイマイチ理解していなかった僕にとって、それは興味深いものだった。

 「あれだよ!」

 数十分歩き、彼女が指さす先に、外壁が水色の家があった。

 どこにでもある作りの二階建ての一軒家。

 木でできた可愛らしい表札が出迎えた。僕の視線に気づいた彼女が「それ小学校の頃に作ったの」と言ってきた。

 小学校の頃、同じような工作の授業があったことを思い出す。

 そんな作品なんて、授業が終わればすぐ捨てていたけれど。

 彼女の後ろにつき、彼女が家のカギをあけるのを見守る。

 同級生の女の子の親に会うと思うと少し緊張した。

 「あっ!親いないから大丈夫だよ!緊張してる?」

 クスクス笑う彼女。

 どうやら緊張しているのがバレていたらしい。

 「あ、あ~。そう・・・」

 はやくいってくれよ。

 「どうぞ!」

 彼女の後に続いて、初めて同級生の女の子の家に足を踏みいれた。

 「お邪魔します」

 彼女が誰もいない家の電気をつけていく。

 洗面所に案内してもらい、律儀に手洗いうがいをすませる。それをみて、彼女は「りっちぎ~」といった。

 彼女に倣って二階にあがり彼女の部屋に入った。部屋はシンプルで片付いていた。勉強机、本棚、ベッド、本棚の合間にレコードプレーヤーとその横にいくつかのレコードも置かれていた。

 「ちょっとジュース持ってくる!」

 元気よく宣言し、部屋を出ていった。一人になって、改めて部屋を見回す。すると勉強机に彼女がいつも書き込みをしている日記が置いてあるのに気がついた。

 僕の中にも邪心というものがあったのだろう。日記の中身が気になった。少しだけ日記を見たいという衝動に駆られ、日記に手を伸ばす。

 手に持つとそれは数百ページのもので、ぺらりと一ページ目を開いた。

 そこには可愛い丸文字が並んでいた。

『十月二十日

 今日、病気だと診断された。余命は一年。

お父さんと同じ病気でやっぱりなって思った。

家に帰っても何もやる気が起きないのでネットで調べたところ日記を書くことに決めた。

今日から・・・・・』

 「お待たせ―。・・・・!」

 彼女が勢いよく部屋に入ってきた。

 その勢いなら、僕の邪心も振り払えたかもしれない。

 僕は慌てて日記を閉じたが間に合わなかった。

 「・・・これは・・そ、その・・・ごめん」

 変に言い訳するはよろしくないと思い、僕は素直に謝る。

 「・・・・見ちゃったんだ・・・」

 彼女が心の中でため息をついたのが表情から見て取れた。

 確かめたかった。いや、否定してほしかったのかもしれない。

 「これは冗談だよね?」

 彼女は優しく首を左右に振った。

 「本当だよ。・・・・ちょっと外に出よ」

 彼女はジュースをのせたおぼんを勉強机に置き「はい」と両手を僕に差し出した。

 「・・あ、ああ」

 日記を渡す。

 僕は唖然としたまま彼女を見つめた。彼女は何ともないと言った様子で日記を机に置き「少し歩かない?」と言った。

 どこに行くのかわからないまま黙って彼女についていった。茜色になった街を終始無言で歩く。

 街は僕の気持ちなんて微塵も考えることなくいつも通り動いていた。

 何も考えず歩いていると羊山公園へ繋がる登り口までやってきた。

 「のぼろう?」

 「・・・うん」

 なんとか返事をし、僕らは山を登り始める。羊山公園の登り口は二つあり、僕らは南側から登り始めた。

 北側を正門とすればこちらは裏門で、道は狭く人通りは少ない。まして、平日の夕方なので人影はなかった。やがて人道がなくなり、さらに歩きにくくなった。

 「いてっ」

 先を行く、彼女が少し踏みはずした。

 「大丈夫?」

 「これくらいへーきだよ!」

 先ほどのこともあり、僕は過剰に反応してしまった。

 山を登り切り、夜景のスポットである場所に出た。

 夜景観賞用のベンチに座り、秩父の街並みに夕日が落ちていくのを眺めた。

 座っても黙ったままの彼女。しびれを切らして僕が口を開こうとした時に彼女が口火を切った。

 「私、もうすぐ死んじゃうんだ~」

 おどける彼女だったがその目はどこか寂しく、すこし苦しそうだった。

 「一ページ目に書いてあった内容って・・・」

 「去年の秋。だから、もうすぐ一年かな」

 「ってことは」

 「そうだよ、本当にもうすぐ死んじゃうのよ、あはは」

 彼女の笑いは乾いていた。

 僕は、今どんな顔をしているのだろう。

 「どんな病気なの?」

 訊いていいものか迷ったけど、訊いてしまった。

 「・・・脳の病気」

 「脳・・・・」

 「冗談だと思ってる~?」

 彼女はくすくすと笑った。その笑顔は苦しそうではなかった。

 「学校をちょくちょく休んだりしたのは?」

 「そう、通院のためだよ」

 なるほど。そういうことか。

 「クラスの友達とかには?」

 「話してないよ!話したところで何も変わらない。それよりも同情を向けられるのが嫌なんだ」

 「・・・そっか」

 「そんな辛気臭い顔しないでよ!私が死んでも秋桜くんは生きてね」

 冗談っぽく聞こえるように言ったのは、きっと彼女なりの優しさなんだと思う。

 「学校は、どうしてやめないの?」

 言ってから、なんて身勝手で傲慢な質問なんだと思った。

 しかし、彼女の表情は悪い方には傾かず、僕を諭すように言った。

 「病に侵されたらね、急に普通が恋しくなるんだよ。今までの普通がすべて特別に変わるの。だから今の私にとって、学校は特別なんだよ。・・・きっとね」

 きっと、という言葉が気になったがそれを訊く勇気はなかった。

 そう、自分を納得させているようにも、嘘をついているようにも聞こえた。

 それから彼女は黙った。僕も黙った。

 空の色と街の風景だけが変わっていく。

 終始無言だったけれど気まずくはなかった。

 「さむ!」

 少し寒い風が横切り彼女が声をあげた。

 「帰ろうか」

 先に立ちあがり言った。

 「そうだね!てか、私の家でご飯食べていきなよ!」

 彼女は思い立ったように発言する。

 「異性の親に会うのは緊張するし・・・」

 「今日、ママ、夜勤だからうちいないよ!レコードも聴いてないし!」

 彼女が自由に見えたのは家庭の環境もおおきのかもしれない。お父さんを亡くし、お母さんは夜通し働いている。

 自分もお父さんと同じ病気になり、毎日心細いだろうに。

 自由が決して幸せとはかぎらない。肝に銘じるべきだと思った。

 僕は孤独な彼女を憂い家に戻った。

 この状況で気丈に振る舞えるほど僕は器用な人間ではなかった。

 あと何回彼女に付き合えるのだろうか。

 急にいろいろなことを不安に思った。


 家に戻り、また律儀に手洗いうがいを済ませ今度はリビング兼キッチンに通された。

 彼女はさっそくキッチンにて食材を並べ始めた。

 「なにか手伝おうか?」

 「のんのん!座ってて!テレビでも見てて!」

 テーブルに四つ置いてある一つに座りキッチンへ目を向ける。

 彼女はキッチンに立ち、やや大きめの鍋に水を張りそれを火にかけていた。

 まさか、カップラーメンじゃないだろうな。

 すると、何やら細長い袋を手に持ちそれを開封する。

 どうやら、パスタのようだ。

 適当にパスタの麺を鍋に入れた。

 次に、フライパンを用意し、野菜室から小松菜、棚から鷹の爪を取り出した。

 どちらも、適当な量を油が引いてあるフライパンにぶち込んだ。

 なるほど、ペペロンチーノを作っているみたいだ。

 パスタの柔らかさを確認しつつ、フライパンの中身を炒めていく彼女。

 割と、様になっている。

 ひとしきり、その様子を見守っていると鍋の火を止め、流しに鍋を持っていき麺をざるに移していく。そして、麺の水を軽くきり素早くフライパンに入れた。手際よく炒め、それを皿に移す。

 あっという間にペペロンチーノが完成した。

 「はい、どうぞ~。お手製ペペロンチーノ!」

 「お~、美味しそうだね」

 「多分、まずいよ!」

 「自信ないね。いただきます」

 適量の麺をフォークに絡め、口に運ぶ。

 うん、悪くない。

 いや、普通に美味しい。

 僕はそれをそのまま口にだす。

 「うん!美味しいよ!」

 僕の方を見ていた彼女が一瞬、泣きそうな表情を見せた気がした。

 しかし、一瞬だったため気のせいかもしれない。と思っているうちに、彼女の表情はいつもの笑顔に戻っていた。

 「え~!うれし!」

 これまた、まぬけそうな声と共に飛んできた彼女の返し。

 それから僕は、半分を彼女にお裾分けをした。

 彼女もペペロンチーノを口運び「うわ!美味し!私天才かも」などと自画自賛していた。

 僕は、それをみて勝手に口角が上がってしまっていた。

 そのあと談笑しながらペペロンチーノを食べ、二人並んで洗い物をした。

 「じゃ、お待ちかね、レコードタイム!」

 彼女の部屋に再び赴き、床に座る。

 レコードが並ぶ棚から一つを手に取り、レコードを取り出した。

 針を落とし、プチプチという音が鳴った後『夜休みの羊』の『青い春』という曲のイントロが流れ始めた。

 確かに、サブスクで聴く音と異なりレコードならではの音がした。

 表現しづらいのだけれど、なんていうか、すーっと耳ではなく心に入ってくる、そんな感じがした。

 彼女もベッドに腰掛け、黙って耳を傾けていた。

 「レコードっていいね」

 A面を聴き終え素直に感想を述べる。

 「でっしょ!秋桜くんならわかってくれると思っていたよ」

 彼女は、にこっと笑った。それを見て僕も自然と口角が上がる。

 この時、初めて彼女を失ってしまうという不安が覆いかぶさってきた。

 失ってしまうからなんなんだ?

 別に彼女はただのクラスメイトだ。それ以下でもそれ以上でもない。

 そう思い込まなければいけない、気がした。

 僕は、無理やりそれらを払拭する。

 その後も、レコードを聴いた。

 二人だけの空間で、二人だけの夜に、レコードの世界だけが広がっていた。

 その世界には、病気という悪魔も、自殺という文字もなかった。

 自由だったけれど孤独ではなかった。

 ただ安らかだった。

 日付が変わるギリギリまで、彼女とレコードを楽しんだ。

 「なんか遅くまで付き合わせちゃってごめんね」

 「いや、こっちこそ、遅くまでお邪魔しちゃってごめん」

 玄関の扉を開けようとして、振り返った。

 彼女はきょとんとしていた。

 「ん?どうかした?」

 「これからも、もしよかったら付き合わせてほしい」

 言っておきたかった。

 それと、もっと一緒にいたいと思った。

 彼女はきょとんとした顔から、笑顔に一変させて、言った。

 「わかった!付き合わせる!」

 その笑顔をみて満足した僕は、今度こそ振り返り彼女の家をあとにした。

 帰り道、彼女の言葉が頭の中で反芻していた。

 僕の自殺を止めた時の言葉「死にたくなる時もあるけどさ、もう少し生きてみない?せっかく健康に生まれたんだしさ、もったいないよ」

 カラオケ屋で僕に放った言葉「十分じゃん!なんで未来のことを勝手に決めつけてマイナスに考えてるの?甘いよ!甘い!健康ならいいじゃん。勝手に不自由にしてるだけじゃん。健康なら自由に好きなように生きればいいじゃん!健康だけで・・・じゅうぶんじゃん」

 そうか。そういうことだったのか。

 こんな形で伏線が回収されるとは。

 彼女の言葉たちを追い出すために僕はイヤホンを取り出し、耳にはめる。

 スマホを操作し、曲を再生した。

 『一番星』

 夜休みの羊を聴くことで、僕らの、どこかにある共通した心を共有している気分になれた。

 空を見上げて一番星を探してみる。

 もしかしたら彼女も自分の部屋からレコードを聴いているかもしれない。

 彼女はあと何回星を見ることができるのだろうか。

 しかしその後、僕と彼女が学校で会うことはなった。


 翌朝、学校に行くと、いつも通り多方向からの視線を感じつつ席についた。

 今日も机の中を手探りで確認する。彼女と行動を共にしてからのルーティンになってしまった。あれから『死ね』だけじゃく、様々な悪口が紙切れにのっかっていた。

 よくまぁ、こんな女々しいことができるなと関心を抱きつつあった。

 こんなことする暇があったら、彼女に面と向かって告白でもすればいいのに。

 今日も紙切れが手に当たった。

 『放課後、図書室に来い』

 悪口だと思ってみたら、指示状だったため、少々面食らう。

 紙切れをポケットにしまい、スマホをいじるふりをして、考える。

 行くべきか。行ってどうする?行ったらどうなる?殴られる?罵られる?

 すでに罵られているため、殴られる可能性の方が高い。

 考えてみればそうだ、後先考えず誰かと近づきすぎた結果だ。悪いのは僕。

 人間万事塞翁が馬。

 彼女の出会いを前向きに捉えていたのが馬鹿だったのだ。

 なら、行って相手の好きにやらせてあげよう。僕は放課後図書室に行くことを決めた。

 間もなく、担任が入ってきて彼女が本日も休みだと告げた。

 昨日、長居しすぎたせいだと思い、少しバツが悪くなった。

 その日の授業はいつも以上に集中できなかった。

 そして迎えた放課後。指定通り図書室に向かった。道中、やけに人数が少ないと思ったが、そういえば、今週からテスト週間であったことを思い出した。

 図書室に入るとカウンターの奥の部屋でエプロンを付けた図書室の先生が大量の単行本を前に、バーコードを張り付けていた。

 先客は誰もいなかった。静まり返った図書室の文庫本コーナーへいき、端から題名を読んで僕を呼び出したクラスメイトを待った。

 いや、クラスメイトかどうかはわからないけど。

 「あんた・・・」

 僕が本棚の中盤を眺めている時、急に声がした。

 僕は二つに驚いた。

 一つは、いきなり声をかけられたこと。

 二つに、その声が女性だったこと。

 てっきり僕は彼女に恋愛的行為を寄せている男子の犯行だとずっと思っていた。

 しかしどうやら違ったみたい。

 その声の主はやはりクラスメイトだった。彼女といつも行動を共にしている取り巻き三人組の一人。誠に残念ながら僕はクラスメイトの名前を把握していない。だから彼女の名前がわからなかった。

 「・・・・」

 「あんた、なんで急にしおんに付きまとい出したの?」

 僕が彼女の名前を頭の箪笥から見つけ出そうとしていると、そんな弾丸が飛んできた。

 「いや、別に付きまとっているわけじゃないよ」

 「しおんがここ最近休みが増えたのもあんたのせいでしょ」

 事実とは異なることを捲し立てる彼女の目には猛獣が宿っていた。

 はあ。僕は心の中でため息をつく。どうしてこうも人間関係というものは面倒で癪なのだろうか。心底飽きれる。

 反論も反撃も食い下がりも全部面倒なので全て破棄し、僕はひれ伏す。もちろん心の中で。

 「・・・・」

 彼女は怒りが頂点に達したのか僕の胸ぐらをつかみ引き寄せた。

 「私のしおんを傷つけないで!!」

 自分より背の低い人からの胸ぐら掴みは傍から見たら随分滑稽だろう。

 ただ、これで彼女の気が済むのならそれでいい。僕は胸ぐらを掴まれるようなことをしたんだ。

 殺気のある眼光を受け止めると気が済んだのかおもむろに僕を解放した。

 彼女は身を翻し、砂が舞うような足取りで図書室を後にした。意味をなさない放課後のチャイムが鳴るまで僕はその場に立ち尽くしていた。

 なぜ人は好きな人を自分の所有物にしたがるのだろう。僕には理解しがたい価値観だった。

 

 次の日も、彼女は学校に来なかった。

 少し心配になり、僕からメールを送ろうとしたがその必要はなくなった。

 その日のお昼休み中、いつも通り前の席のクラスメイトと食堂に行き、昼食をとっている時、彼女からメールが来たのだ。

 『今日の放課後空いてる~?空いてたら南小学校の隣の喫茶店に来て!』

 僕は『了解!』と返した。

 放課後、足早に学校を後にし、直接喫茶店に向かった。

 入るなり、彼女はすでにおりオーナーであるおばちゃんと楽しそうに談笑していた。

 「あっ。やっほー!」

 「いらっしゃい」

 「学校さぼって喫茶店でお茶なんて、いい身分だね」

 「そうよ!昨日、告白されたんだから秋桜くんよりいい身分よ!」

 何かを頼まないと悪いと思い、ココアを注文した。

 おばちゃんは人懐っこい笑顔を見せて厨房に消えていった。

 告白の件は興味なかったので、触れずに今日なぜ呼んだのか訊いた。

 「それがねー。実は入院することになっちゃってさー」

 彼女はホットレモンティー飲みながら言った。

 僕が何かを言おうとしたタイミングで、なにも知らないおばちゃんがココアを持って現れた。

 「ありがとうございます」

 受け取り、一口飲む。

 美味い。ココアはいつだって僕を甘く受け入れてくれる。

 「誰に、告白されたでしょー!」

 「あっ、戻すんだ」

 「もちろん!私がモテているっていうことを証明したいからね~」

 「変わった趣味だね。・・・クラスの男子じゃない?」

 「むむむ、答えは・・・シークレット!秘密なんだ!ごめんね秋桜くん!」

 口の前でチャックをするような仕草をする。

 「こっちこそ、ごめん。最初から興味ないんだ」

 「いちいち、ひどいよね、秋桜くんは」

 そして「告白に乾杯」とわけのわからない宣言をし、僕のグラスに自分のカップをぶつけた。「キーン」という音が小さい喫茶店に響く。

 その後、僕と彼女とおばちゃんで軽く雑談し、喫茶店を出た。

 外は、すっかり日が落ちて肌寒かった。

 「さむいね!一気に寒くなったよね」

 「十月だしね」

 並んで歩く。

 「ちょっとさ、紅葉見に行かない?絶対今が見ごろだよ!」

 「どこに?」

 「ミューズパーク!まだバスあるから行こうよ!」

 ミューズパークとは僕らの地元にある、大きな公園で観光客も多く訪れる場所だ。

 確かに、ちょうど今頃がイチョウや紅葉の見ごろかもしれない。

 僕は、走り出している彼女の後を歩いて追った。

 「お金ある?」

 バス停でバスを持っている時、彼女が訊いた。

 「あるよ、てか、十五分くらいでしょ?」

 「そうだよ!行ったことあるでしょ!」

 「あるけどさ、紅葉だけをメインに行ったことはないかも」

 「私も!でも絶対きれいだよ!そこで絵を描く!いいでしょう?」

 バスに乗り、目的地を目指した。と、言っても地元なので少し山を登ればすぐに着く。

 十五分ほど揺られ、バスから降りた。

 少し歩くと、イチョウがずらりと並ぶ道に出た。

 「うわー!めっちゃきれい!」

 暗かったけれど、両サイドからのライトアップがあり、綺麗にイチョウ並木が僕らの目の前に映し出される。

 それは確かに、もの凄く綺麗で幻想的だった。

 「昼間見るのもいいけど、ライトアップされて見るのも神秘的でめっちゃいいね!」

 横で彼女はテンションを上げている。

 僕らはそのイチョウ並木をゆっくり歩いて、秋を味わった。

 「これは、私についてきて、正解だと思ったでしょ?」

 「・・・うん、まぁ少し」

 「もう素直じゃないな」

 彼女は不貞腐れたような表情を見せるが、口角の端は上がっていた。

 「君が楽しそうで何よりだよ」

 「すっごい楽しいよ~」

 彼女の提案でイチョウの木を描くことになった。

 イチョウ並木の適当な一本の下で彼女は佇んだ。

 「さー、イチョウの木と私を描いて」

 僕は彼女の指示通り今日も風景と彼女を描いた。描いている途中、あと何回僕は彼女を描くことができるのか考えた。考えても答えなんて出ないのだけれど。振り払おうとしても僕の頭に貼りついて中々拭えなかった。

 絵を描き終え、彼女に渡すと、いつものように日記帳に大事そうに僕の絵を貼りつけた。

 「ありがとう。秋桜くんの絵、とっても好き!」

 そんなセリフと笑顔はずるい。

 「そんなのよければ、いくらでも描くよ」

 しばらく紅葉を楽しみながら歩いていると彼女がこんな提案をした。

 「そうだ!これをバックに写真撮ろうよ!」

 僕は眉をひそめる。

 「写真?僕、あんまり好きじゃないんだけど」

 「いいじゃん!女子なんて毎回写真撮るんだよ!ほらほら」

 彼女に腕をつかまれ、ぐいっと引き寄せられる。

 スマホを内カメにし、僕と彼女と紅葉と、少し傾けて夜空が写るようにし、シャッターを切った。

 フラッシュをたいたため、景色がよく写った。

 僕は間抜けな顔をし、彼女は健康的な白い歯を見せ、ピースサインをしているという、僕にとっては黒歴史に残る写真ができ上ってしまった。

 「絵もいいけど、たまにはリアルで残すのもいいよね」

 などと、彼女は満足気だった。

 最終のバスの時間に間に合わなければいけないので、長居はせず、すぐにバス亭に戻った。

 バスに乗り、前の方の席に二人並んで座った。

 バス内は僕ら以外に人はいなかった。

 「そういえば、入院するの?」

 「そうそう!治療に専念するんだ!一応、学校はやめないけどね~」

 「すぐに学校に戻ってくるんでしょ?」

 「それがね~。もう余命は過ぎてるし、わかんないんだよね。最近、体調もあんまり良くないし」

 「・・・・そっか」

 「だから、病院に遊びに来てよ!いい?」

 僕は迷いなく答えた。

 「もちろん」

 「やったー!病院での楽しみが増えたよ!」

 「そんなの楽しみにするなよ」

 


 『第四章・星に願いを』


 「これ、めっちゃ美味しい!どこのゼリー?」

 僕は、家の近所にある、ケーキ屋さんの名前を告げた。

 「あー!あそこね!ゼリーなんて売ってたんんだ!てっきりケーキだけだと思ってた。あそこのモンブラン美味しいんだよね~」

 「わかる」

 珍しく彼女に共感した。

 「だよね!はーまた食べたいな~」

 「今度買ってきてあげるよ」

 「えー本当にー!楽しみにしてる!」

 彼女ははじける笑顔でゼリーをまた一口、口に運んだ。

 僕は、学校終わりに人生初めてのお見舞いというやつに来ていた。

 彼女の体調は良好そうなのでひとまず安堵した。

 ゼリーを食べ終え、彼女は自分で立って、病室のゴミ箱にそれを捨てた。

 再びベッドに戻り、上半身を起こし窓から外を見た。

 窓の反対側のイスに腰掛けた僕も、一緒に外を眺める。

 「さっきなにか編んでなかった?」

 先ほど、病室を訪れると彼女は何かを編んでいた。また僕に気が付くとそれを布団の中に慌てて隠していた。

 「ああ・・あれねぇあれはその~暇つぶしだよ!・・・そんなことより屋上に行かない?」

 「屋上?」

 「そう!死ぬためじゃなくてね、星を見ようよ!私、昨日見たんだけどすっごい綺麗だったの!」

 頭の言葉は無視し、彼女の誘いに乗った。

 彼女がベットから起きて立ち上げる時、先ほどのお返しに過剰に養護した。

 「ちょっと!そんなおばあちゃんじゃなんだけど!」

 と、僕の肩をグーパンチした。

 せっかく、手を貸したのになんて奴だ。

 階段を使い屋上へ上がった。

 空の色は、オレンジとピンクとほんの少しの群青色で僕らを見下ろしていた。

 ベンチに腰掛けて遠くの空を眺める。

 風もなくお互い厚着をしていたので、そこまで寒さを感じなかった。

 「あっ、あれ一番星じゃない?」

 彼女が夜空を指さして言った。

 「いや~、あれでしょ」

 各々、それっぽい星を指さす。

 そんな話をしていると、秋の空はうさぎのスピードで変わっていき、少しずつ群青色が増えていく。

 「確かに、星が良く見えるね」

 「でっしょ~!」

 一拍おいて、空を見上げたまんま彼女が言った。

 「秋桜くんは、天国とか地獄とかあると思う?」

 「ないんじゃない?」

 「それは、つまり信じてないってこと?」

 「うーん、というより、死んでるのにまだ生きるような感じは嫌だな。死んだらずっと眠っていたい」

 「そっか~」

 「君は?信じているの?」

 「私は、信じたくないなぁ。天国にも地獄にも行きたくない。私は星になりたい!」

 小学生みたいなことをいう彼女。

 隣を見ると彼女はまっすぐ、空を見ていた。

 「なるなら、秩父の星になりたい!ここから見える星になりたい!」

 「どうしたの?急に。とうとう病気に脳をやられたの?」

 隣の彼女を訝しむ。

 「私は本気だよ!」

 と、また僕の肩をグーで殴ってきた。

 満点の星空の下、僕らは流れ星をたくさん見た。

 その状況はこの上なくロマンチックだった。

 今後、数十年、いや、もしかしたら一生訪れることのない状況だったかもしれない。

 そして気づく。

 死にたいと思っていた僕が数十年後のことを想う日が来るなんて・・・

 「う、ははははは」

 今度は彼女が僕に訝しげな視線を送る。

 「なに?秋桜くん。私の病気が移ったの??」

 目が点になる彼女を見てまた笑いがこみ上げてくる。

 はー。こんなに楽しいのか。

 過去やこれからの時間はいくらでも、誰にでもあげられる。

 だけど、今だけは、この瞬間は、誰にも渡したくないと本気で思った。

 流れ星にそれを願えば、それは叶うのだろうか。

 次に僕が病室を訪れたのは二日後。学校をさぼり、正午に彼女の元を尋ねた。

 病室の扉を開けると、彼女は雑誌を読んでいた。

 僕に気づいた彼女は目を丸くした。

 「秋桜くん。どうして?学校は?」

 「さぼった。あっ、ケーキ買ってきた」

 手に持っていた、ケーキを僕は彼女に差し出した。

 「うわー!モンブランじゃん!さすができる男は違うぜ!」

 彼女は、満面の笑みをこぼし「フォークがそこの引き出しにあるから二つとって」と言った。

 病室に備え付けられたキッチンの引き出しからフォークを見つけ、パイプ椅子に座った。

 「一緒に食べよ!」

 モンブランケーキとチョコレートケーキを買っていた。

 高校生のお財布ではケーキ二個が限界だった。

 「チョコレートケーキはあとで、君が食べてよ」

 「わかった!じゃモンブラン半分こしよ!」

 言うと、モンブランケーキを取り出し、ベッドの横の棚に置いた。

 彼女はフォークで上手く半分に割る。

 「うまい~!この味、この味~」

 口に運びモンブランの味を深く噛み締める彼女。

 「喜んでもらえてよかったよ」

 僕もケーキを口に運ぶ。

 うん、この味だ。変わっていない味が僕を安心させる。

 「そういえば、どうしてさぼった?」

 モンブランケーキを頬張りながら彼女が訊いた。

 「どうせ、死のうとしてたし学校とかどうでもいいよ。それより君と過ごした方が合理的だと思って」

 彼女はフォークを口に当てて難しい顔をした。

 例えるなら、幼稚園児に「空はなんで青いの?」と質問された保育士のような感じ。

 「それはすごく嬉しいんだけど、学校は行きなよ~」

 「特別だから?」

 「そういうことでいいよ」

 彼女は、くすくすと笑った。

 ケーキを食べ終え、片づけをする。

 ケーキが入っていた箱を丁寧に折りたたみ、ゴミ箱に捨て、余ったチョコレートケーキは備え付けの冷蔵庫に入れた。

 そう、彼女はなかなかのクラスの病室に入院していた。

 片づけを終えた僕は再びパイプ椅子に腰かける。

 「ありがと!」

 「どういたしまして。そういえば、さっきなんか雑誌読んでなかった?」

 「あっそうそう!地元の雑誌読んでたの」

 「また、なんで?」

 「夜祭りあるじゃん?夜には花火もあがるでしょー?今年も見たいな~と思ってさ」

 夜祭とは地元で有名な冬のお祭り。

 「いいじゃん。見ようよ。一緒に」

 「おお!どうしたの?積極的じゃん。さては私のこと狙ってるな~?」

 「そういうことでいいよ」

 すると彼女は「キャー」といって、頭から布団をかぶった。

 僕は一連の流れを白けた目で見た。

 しばらくして落ち付いた彼女は何事もなかったかのようにベッドに座った。

 それを見て自然と頬が緩んでしまう。

 やっぱり彼女と一緒にいるのは楽しい。

 「じゃ、僕はそろそろお暇するよ」

 「あっ!うん。次からはちゃんと学校に行ってよ~?でも来てくれてありがとうね」

 僕は椅子から腰を上げた。

 「あっ待って」

 彼女が僕を呼び止める。

 振り返ると同時に彼女が僕に飛びついてきた。

 勢いあまり、少しよろける。

 「な、なに?どうしたの」

 「・・・私、秋桜くんの洋服の匂いが好き!」

 彼女は優しく、そして強く僕を抱きしめた。

 何か言おうとしたけれど、それを飲み込み彼女に倣ってそっと背中に手をまわした。

 こういう時は流れに身を任せるものだ。

 彼女が僕の肩に顎をのせたのがわかった。

 僕にも彼女の匂いが鼻腔をくすぐった。やはり、彼女の匂いは甘い。

 しばらくそうしていると、頃合いだというように一度ぎゅっと強く抱きしめ、ゆっくり離れた。

 彼女の頬は夕暮れ時でもないのに紅く染まっていた。

 「じゃ、ばいばい!」

 慌ててベッドにもぐり布団で顔を隠しながら別れの挨拶をされ、半ば追い出される形で病院を出た。

 病室を出て、駅に向かう。

 平日の午後、ホームには人がいなかった。

 ほどなく、電車が来て乗りこむ。

 三駅なので座らなくてもよかったのだけど、車内に誰もいなかったのと、気分で端の席に座った。

 電車が走り出し次の駅に着くか着かないかあたりで僕の記憶は途絶えた。

 意識を取り戻し、はっとして次の駅を確認するため、アナウンスに耳を澄ませた。

 すると、僕の最寄りからさらに二つ進んだ駅に着こうとしていた。

 うっかり三駅しかないのに乗り過ごしてしまった。

 でも、家に帰っても特にすることもないので、せっかくだから終点までいこうと思いそのまま座り続けた。

 くだり電車のため、秩父の奥地へと進んでいく。

 終点の周辺に観光スポットである神社があるので、そこに寄って帰ろうと頭の中で計画を立てた。

 何駅も通り過ぎる。

 小一時間揺られ、終点にたどり着いた。

 電車を降りると寒さが体を覆った。本格的に冬が訪れようとしている中、僕は空気を切って歩き出す。

 少し歩くと、お目当ての神社が森の中でひっそりと佇んでいた。

 観光スポットではあるが十月の平日なので、人は少なかった。

 それでも数組、観客らしき人たちを確認できた。

 神様の財布に控えめなお賽銭を投げ、お参りの仕方が書いてある看板通りに拝む。

 目を閉じて祈る。

 一緒に花火が見られますように。

 いや、彼女の病気が治りますように。

 叶わない願いの方が祈りやすい。

 おみくじが販売されている場所に行き、お金を入れておみくじを引く。

 僕にではなく、彼女に対して引いた。

 結果、吉。

 そんなもんだよな。

 ワンコインで人の運勢がわかったら誰も苦労しない。

 引いたおみくじを木の枝に縛り、お守りが売っているところで病気回復のお守りを買った。

 遠くに日が落ちていくのを眺めながら、階段を下りて駅に向かった。

 空はすっかりみかん色と化していた。

 その四日後の土曜日。お守りを渡すべく、彼女の病室を訪れた。今度はしっかり放課後。

 彼女はニコニコと先日買った、バンドの雑誌を読んでいた。

 「あー秋桜くん!」

 「また読んでるんだね。それから、はいこれ」

 イスに腰掛けながら彼女にお守りを渡す。

 「そうそう、やっぱり面白い!ん?なにこれ?お守り?」

 「うん。昨日買ってきたんだ。効果ないと思うけど」

 「そんなことないよ。私、嬉しい」

 そういって、彼女はお守りを大事そうに見つめた。

 「ねぇ秋桜くん、私来週から一週間だけ仮退院が許されたの!それでね、数日はお母さんと過ごすんだけど、二日間は秋桜くんと過ごそうと思って。だから遠征しない?」

 「遠征?」

 「うん、私死ぬまでに一度でいいから高級ホテルに泊まりたかったんだよね。それから私今まで貯めたお年玉を使い切らないといけないし、退院できるチャンスもうないかなぁと思ってさ。どう?」

 どさくさに紛れて、現実をつきつけてくる彼女。僕の心臓がドキッと波打った。

 もう普通の女の子として病院のベッドに縛られず生きることができない。

 誰もが当たり前に過ごす日常が彼女にはない。

 「僕はどこでも付き合うって決めたし、もちろん付き合うよ」

 ここまでくれば僕も、毒を食らわば皿までといった精神になっていた。

 毒かどうかはわからないけれど。今更、二人で一夜を過ごすことになんの抵抗もなかった。ただもう一度断言しておく、僕にやましい気持ちは一切ない。

 「ほんとに!絶対断られると思ったー!」

 それから翌月曜日、彼女は予定通り退院しいたらしい。らしいというのは、彼女は学校に登校してこなかったからだ。

 今日も、取り巻き三人の一人から雪豹の歯のような視線を向けられ、慌ててスマホに目を落とした時にメールで知った。『退院しましたー!』と。

 どうやら僕の胸ぐらを掴むだけじゃ溜飲は下がらなかったらしい。

 僕は『おめでとう』と返信した。

 遠征までのあいだ、四回溜飲が下がらない彼女から睨まれ、三回スーツ姿の父親と顔を合わせ、そのうち二回「勉強して、地に足つけろ」と言われた。

 迎えた遠征の日。

 朝早く起き、以前とは違いしっかり着替えが入ったリュックを背負い、母親に「友達の家で勉強合宿をしてくる」と言って家を出た。

 集合時間に駅へ行くと、彼女が秋コーデで出迎えた。

 白のベレー帽に緑のニットーセーター、ベージュのロングスカート。彼女はおしゃれに秋を体現していた。

 季節の変化を彼女の服装が教えてくれた。それは彼女との過ごした日々の多さでもあった。

 「今日もおしゃれだね」

 「でっしょ~!入院服とは大違いだよね!」

 今日は晴れているが真夏のような元気は、太陽になく過ごしやすい日だった。まさに、遠征日和。

 さっそく電車に乗り、二時間ほど揺られ、その後僕らは新幹線に乗車した。

 「最近学校はどう?ちゃんと行ってる?」

窓から外の景色を眺めながら彼女が訊いた。

 「もちろん。君とは違ってしっかり行ってるよ」

 「そっか、そっか」

 彼女は満足そうな笑顔になる。

 「でも、よく睨まれるよ」

 「睨まれる?誰に?」

 「名前はわかんないけど、いつも一緒にいる三人組の一人」

 「あっ美咲ね」

 どうして二人いるのにピンポインで誰だかわかったのだろうか。美咲と呼ばれた彼女はもともと睨み癖でもあるのか。

 「美咲さんかどうかはわかんないけど」

 「あの、ポニーテルの子でしょ?」

 「あっその人」

 「やっぱり、美咲だ。ちなみに、ショートカットの方は鈴花ね。みんなからはすずちゃんって呼ばれてるよ!」

 やっぱり、ということは、やはり睨み癖がある人なんだな。面倒くさい人に目をつけられてしまったと心の中でため息をつく。

 「そんな顔しないで。美咲はいい子だよ。仲良くしてあげて」

 「到底そうは思えないけど」

 「私が言うんだから間違いないよ」

 「それは大層なエゴだね」

 新幹線は定刻通り僕らの目的地に到着した。

 急いで荷物を持ち下車する。ホームからいろんなお店が並ぶフロアに出て、少し歩き、エレベーターで地上へ上がり、やっと改札を出た。

 「うわー!いい匂いー!」

 「それで、どうするの?」

 「とりあえず、お昼にしない?」

 「うん。そうしよう」

 懐かしいやり取りに頬が緩む。

 僕らは適当に街を歩き、目をひいたお好み焼き屋さんに入った。

 「私、本場のお好み焼き食べるの初めて!秋桜くんはある?」

 「いや、僕もない」

 「安心していいよ、私がおすすめなの頼んであげる」

 「食べたことなんじゃないの?」

 「細かいことは気にしなーいの」

 結局、彼女は店員さんにおすすめを訊きいていた。

 「じゃ、それで!あとウーロン茶二つください!」

 「おおきに」

 マニュアルなのか自然なのかわからないけれど、この地ならではのお礼の言葉を発し去って言った。

 「うわー!本場のおおきに初めて聞いた」

 彼女は事あるごとに反応し楽しそうだった。

 あまりにも楽しそうなので無理に明るくしているのではないか?と疑うほどだった。

 先にウーロン茶が到着しその後すぐにお好み焼きが運ばれてきた。

 自分で焼くのではなく店員さんが焼いたのを持ってきてくれるスタイルのお店で、運ばれたときにはすでに焼き上がっており熱々だった。

 あまりの美味しさに彼女も口を閉じ、黙々と本場のお好み焼きに舌鼓を打った。

 すぐさま食べ終わり、如何せん満たされないお腹を追加注文の生姜焼きで埋める。

 これもまた美味だった。

 「うますぎたー!」

 お店を出た彼女の第一声。

 僕もそれには頷く。確かに美味すぎた。

 今回の旅の目的は高級ホテルに泊まることなので特に目的地があるわけではなかった。それでも、初めて訪れる街並みは歩くだけで十分楽しむことができた。アクセサリー屋さんに入ってみたり、有名なライブハウスを覗いてみたり、他県民からしたら珍しい、屋台のドーナツ屋さんを見つけたり。ドーナツを食べ歩いていると時間はあっという間に過ぎチェックインの時間になった。

 お目当てのホテルは僕らが乗ってきた新幹線の駅の近くなので、そこまで戻る。

 「ここかー!」

 スマホと照らし合わせて、彼女が叫んだ。

 「・・・で、でか」

 あまりの大きさに思わず声が漏れる。もちろん事前にスマホで拝見済みだったのだけれどやはり本物は違う。

 回転式の自動ドアを抜けると多方からホテルマンの視線を浴びた。髪をオールバックにした中年の男性が近づいてきて僕らをロビーに案内した。

 瀟洒なイスに彼女と向かい合って座ると、今度は若い女性がお茶と羊羹を持って現れた。彼女は悠々とお礼をいい、僕は会釈だけした。羊羹を食べながら先ほどの男性がホテルの説明をしてくれた。夕食はバイキング式で食べ放題。館内にはゲームセンター、カラオケ、バー、などの娯楽が詰まっていると知った。

 つまり、至れり尽くせりというわけだ。

 部屋まで案内してもらい終始丁重なホテルマンは笑顔を残し次の仕事へ向かうため僕らから退いた。

 「す、すごーいい!」

 部屋のベランダに立った彼女がいった。

 僕もその声を聞ききベランダに出た。最上階の景色は何とも言えない満足感があった。まだ夕方だけれど街すべてが夕焼け色に染まっている様はそれはそれは美しいものだった。

 「この街並みと私を描いてよ!」

 「もちろん、いいけど道具は?」

 「持ってきてるに決まってるでしょ!」

 彼女は一旦部屋に戻り画材を持って戻ってきた。僕は観賞用のイスに座り絵を描いた。

 彼女は両手を組んで柵の上に置き街並みを見つめた。初めて描く彼女の横顔。

 彼女が病気だと知ったからなのか妙にその表情や姿が儚く見えた。触れたら消えてなくなってしまいそうな、そんな感じがした。

 それとも、死期が近い人間は皆そういうオーラを発するのだろうか。

 「ねぇ秋桜くん」

 絵が仕上げに入った時彼女が僕を呼んだ。

 「ん?」

 キャンバスに視線を落としたまま返事をする。

 「秋桜くんは将来の夢ってある?」

 思わず、顔を上げてしまった。

 「ん?どうかした?」

 「あっ、いやなんでもない」

 ここでも画家になりたいとは言えなかった。

 「とくにないよ、もともとあの日で人生終わらせようとしてたんだから」

 「そうか~。私はケーキ屋さんになりたいなぁ。ってもうすぐ死ぬんだった」

 「なんていえばいいの?」

 「死んでほしくないって言ってよー!」

 頬を膨らませる彼女。やっぱり今日の彼女はどこか空元気な気がしてならなかった。

 無理して気丈に振る舞っているような。ただ友人関係に疎い人間の観察力など当てにならない。きっと僕の思い過ごしだ。遠くにきて少し心細くなっているだけかもしれない。


 時刻は十九時。二階の夕食会場に僕らは来ていた。エレベーターから降りるとすでにそれなりの人で賑わっており、合間を縫って自分達のテーブルを探した。

 彼女の名字が書かれた札が置いてある席を見つけ、簡単な荷物をそれぞれイスに置きバイキングへ向かった。

 焼き物料理、肉料理、刺身、野菜など全ての食材を網羅するのは不可能なほど品々に十代の僕らは度肝を抜かれた。

 彼女とは別々に行動した。

 彼女は肉料理の方へ、僕はサラダコーナーへ。

 見たこともない各国の野菜が提供されており、美味しそうなもの片っ端からお皿に盛っていった。ドレッシングも豪華で僕は無難な和風を選びかける。

 一旦、お皿を席に置き、今度は焼き物料理の調達に向かった。

 ひとしきり常識の量を盛り席へ戻ると、アホみたいな量の肉料理とアホみたいな顔でそれらを食べている彼女がそこにいた。

 「遅い遅い!秋桜くん冷めちゃうよ!」

 「ちょっとなんなのこの量は? あ、う、うまい」

 席につくなり、彼女が僕の口に得体のしれない肉を放り込んできた。

 「それ、鴨肉!美味しいよね!このタレ何が入ってるんだろう」

 物珍しそうにする彼女を見ていると、なんだか楽しくなり、僕もアホみたいな量の肉に手をつけた。

 夕飯時は特に中身のある会話はされなかった。終始彼女の戯言が横たわっていた。

 夕飯を食べ終え、二人でゲーセンをしに行き彼女とレースゲームをしたり、二人でぬいぐるみを取るために二千円使ったり、卓球をしたり、久しぶりにカラオケをし二人で『夜休みの羊』を歌ったりして思いのほか楽しい夜を過ごした。僕も彼女も心の底からこの旅を楽しんでいた。病気や将来のこと様々な不安を忘れて今ある時間に真剣に向き合い楽しんだ。

 夜が更けた頃、覚束ない足取りでようやく部屋に戻ってきた僕らは、二人してベッドに転がった。

 彼女はコントロールが利かない体に対し甲高い声で笑った。

 「いやー飲みすぎちゃったねぇ」

 「ほんとだよ、僕初めてお酒飲んだよ」

 「私も!でもバーテンダーかっこよかったなぁ。私も将来バーテンダーになろうかな。うきゃきゃきゃ」

 「実はさ・・・・」

 アルコールによって脳が麻痺していたんだろう。

 「んー?なーにー?」

 「・・・画家になりたいんだ」

 布のこすれた音で彼女がこちらを向いたのがわかった。

 否定されると思った。夢追い人はいつだって否定される。だから今まで黙っていた。誰にも打ち明けられなかった。

 でも誰かに言いたかった。だからお酒を飲んでいる今だから言った。脳が麻痺してたら否定されてもきっと傷つかない。そう思ったから言った。

 「・・・すごいいいじゃん。なれるよ。私が言うんだから間違いないよ。素敵な画家さんになってね」

 僕も彼女をみた。充血した目の奥には大木のような芯があった。

 「うん、僕頑張るよ」

 「それでよし」

 お酒というのは便利な道具だ。

 満月が街に蜂蜜雨を降らせる頃になると、部屋からは気持ちよさそうな寝息が響いていた。

 僕は夢の中でも彼女と会っていたような気がした。



 旅行から戻ると彼女は再び病院生活となった。以前の入院時とは異なり、彼女は急激に弱っていった。

 僕は彼女との残りの時間を確かめるようになるべく病室を訪れた。

 十月の後半僕はまた彼女の病室に来ていた。今日は調子が良いようで彼女はいつもより喋った。

 「今年は雪見れるかなぁ」

 「どうしたの?らしくなく弱気じゃん」

 「秋桜くんが思う私らしいって?」

 「いつも笑顔でなにも考えてない」

 「ちょっと!軽くディスるのやめてくれない?」

 彼女はそう言いながら力なく笑う。

 「なにかやり残したことはないの?」

 「もう十分だよ。これだけ楽しいことができたんだから」

 「君は欲が少ないね。もっとわがままに生きていいんじゃない?」

 「十分わがままだよ。病気でお母さんには迷惑かけすぎちゃったし。秋桜くんにだってそう、私に振り回されたでしょ」

 「なんてことないよ。僕だってあの時死んでいた人間なんだ。君がいなければ死んでいた。だから僕へのわがままは許さるんだ」

 「あははは。どうしたん?らしくなく男前なこと言うじゃん」

 君らしい。僕らしい。そんなことが言えるくらいには時を共に過ごしていた。

 「じゃあさ、秋桜くんの洋服の匂いかがせて」

 「そんなのでよければいつでも」

 もうベッドから立ち上がることも億劫になった彼女はベッドに座ったまま、両手を広げた。僕は近づきゆっくり背中に手をまわした。

 驚いた。抱きしめた瞬間、彼女の細さを実感して。少しでも力を入れたら全て砕けてしまいそうな細さだった。病気は確実に彼女を蝕んでいた。


  彼女が入院して一か月が経った。僕は本日何度目かわからないお見舞いに来た。

 体調は、あまり良くなさそうだった。

 僕が病室に入っても編み物を隠したりしなかった。

 「体調は?」

 「・・・あっ今日も来てくれたんだ」

 体調が悪いのか、それから黙ってしまった。

 僕は窓際のパイプ椅子に座り、外を眺めた。

 ここからだと武甲山が良く見える。

 「何を編んでいるの?」

 「マフラーだよ。もうすぐ冬が来る。私の好きな人が寒くならないようにね」

 好きな人・・・・・

 「ふーん、そうなんだ」

 ぶっきらぼうに言った。

 彼女は人気者だから僕以外にもたくさん男がいるのか。

 胃の底に不快感を覚える。

 なんだこれは?

 そりゃ彼女だって高校生なんだし好きな人の一人や二人いてもおかしくない。

 病気だから恋愛してはいけないなんてことはないわけだし。

 彼女とその人が結ばれてほしいと思う反面、その誰かに対して怒りのようなものを持ってしまう。

 いいや、その人と結ばれてほしいなんて一ミリも思っていない。

 本当は、悔しさ、怒り、嫉妬心が胃に溜まっていた。

 「ねぇ。シチリアに連れて行ってよ」

 かすれた声で彼女が話しかけた。

 「近々、退院できそうなの?」

 胃に溜まっているものをなんとか顔に出さず、質問する。

 「そうじゃなくて。抜け出すんだよ」

 「君は、急になに言ってるんだよ」

 僕は笑って言った。

 「私は本気だよ。私は・・・私はもう長くない。なんとなくわかるの」

 何にも答えられなかった。

 だから彼女が続けた。

 「行かなかったら、秋桜くんはきっと後悔するよ」

 その押し切る言い方に僕の心は揺らいだ。

 そうだ、彼女にはもう時間がないのだ。

 僕は、この状況に及んでも、まだ彼女が良くなると信じていたのだ。

 顔色をみていれば、彼女がもう長くないことは容易に想像できるのに。現実から逃げている。

 マフラーの相手が気になるけれど、彼女は僕のことを友達として信頼している。

 純粋に。

 彼女に必要とされていることが嬉しかった。それが友情だとしても。

 僕は、決意する。彼女とシチリアに行くことを。

 「わかった。一緒に行こう!シチリアに」

 彼女はゆっくり、そして優しく笑って「ありがとう、秋桜くん」と言って、力尽きたのかそのまま眠ってしまった。その日は面会時間まで彼女が目を覚ますことはなかった。

 家に帰って、ネットでシチリアまでの行き方を調べた。

 僕らの地元からシチリアまで二十時間はかかるみたいだった。もっと近いものだと思っていたので僕は肩を落とした。でも、これで彼女に付き合うのはきっと最後になる。彼女の最後の外出になる。

 彼女が死んだら、僕も死のうと思っている。もともと死にたかったし、今の生きがいである彼女がいなくなってしまえば生きていても意味がない。

 だからお金の心配もなかった。今までの貯金を使い果たしてしまっても全然構わない。

 それに遊園地に行った時のお金をまだ返せていない。その分のお金としてシチリアに行くお金を全て僕が賄ってあげようと考えていた。

 それから、シチリアに行ったら僕は彼女に告白しよう。

 振られても構わない。けど、この気持ちを彼女が生きているうちに伝えたい。

 僕は、迷わず最短で空いている飛行機のチケットを検索し、ローマ行きのチケットを二枚購入した。

 フライトの日は二週間後に決まった。


 二日後、学校終わり、再び彼女の病室を訪れた。

 しかし、彼女は眠っていた。

 その表情は穏やかだった。

 その表情をみて、もう目覚めない方がいいのではないか、と思った。

 いいや、まだ彼女とシチリアに行かなければいけない。僕は首を振り、彼女をみた。

 「勝手に死ぬなよ」

 眠っている彼女を見て言った。

 彼女が少しだけ笑ったような気がした。

 次の日病室を訪れても彼女は眠っていた。

 彼女が目を覚ましたのは、それから二日後。

 病室に僕が訪れると、彼女は笑って出迎えてくれた。

 「いつまで寝てんだよ」

 「ごめんね。最近眠くて。・・・それは?」

 僕の手を指さした。

 「あ、ああ。シチリア行きのチケット。とれたんだ。どう?行けそう?」

 「本当にとってくれたんだ。やるねー秋桜くん」

 彼女はベッドに寝たまま。最近は上半身を起こすこともなくなった。

 時々、苦しそうに顔をしかめる。

 僕はフライト日を彼女に伝える。彼女はそれを聞いて「迎えに来てね」と言った。

 「でも、本当にいいの?」

 訊いておきたかった。きっとこれで最後だ。シチリアに行って帰ってくる頃には、大惨事になっているはずだ。末期の女の子を病室から連れ出し、旅行にいくのだから。当然、怒られる、で済む問題ではない。もしかしたら彼女と会うことさえできなくなってしまうかもしれない。

 だから訊いておきたかった。

 「せめても、お母さんには言っといた方がいいんじゃない?」

 「大丈夫だって。日記にちゃんと秋桜くんは悪くないって書いておくからさ」

 「そんなんで許してもらえるとは到底思えないけど、ないよりはましか」

 「大丈夫だって。きっと上手くいくよ」

 そういって、グッドサインをし、やがて目を閉じ眠ってしまった。


 そして迎えた、当日。

 僕は前日から眠れずに、そわそわしていた。朝早く支度をし、学校には行かず、病室を目指した。

 事前に病棟には面会で訪れる旨を伝えていたためすんなり、病室に辿りつくことができた。

 今日のために貯金を全額下ろしてきたのだ。

 病室の扉を開けると、彼女はニット帽をかぶり、少しだけ化粧をしていた。

 どうやら出かける準備は満タンのようだ。

 「おはよ」

 「おはよー。時間通りだね」

 彼女は薄く笑う。その表情からあんまり体調が良くないことがうかがえた。

 彼女は、昨日調達したという車いすを指さし、そこまで手を貸してくれと言った。

 「大丈夫?」

 彼女はゆっくり、ベッドから体を起こし、病室のスリッパを履く。

 僕は彼女の肩を抱くようにして支える。

 「なんかさ、どきどきするね」

 「本当だよ。僕なんか昨日からどきどきして寝れなかったんだから」

 「違うよ。秋桜くんが肩を抱いているこの状況をだよ」

 指摘され急に恥ずかしくなった。

 「うふふふ。顔赤いよ?」

 「無駄口叩いている余裕あるなら歩いてくれる?」

 「はーい、うふふふ」

 彼女を優しく車いすに乗せ、病室から出る。

 病院の駐車場にタクシーを待たせているので、病院から出られれば僕らのミッションはほとんど成功したと言ってもいい。

 タクシーに着替えなど必要なものを載せている。

 廊下進んでいく。他の患者さんや、検査に付き添う看護師さんなどとすれ違ったけれど、特に何も言われずエレベーターに乗ることができた。

 一階に着き、受付の手前を右に曲がり中庭に向かう。

 中庭には朝のお日様を浴びている老人や、走り回る子供たちがいた。

 僕らはそおっと駐車場に繋がる道に車いすを押す。

 幸い、僕らを訝しがる人たちはいなかったので無事駐車場にたどり着くことができた。

 「はあー、どきどきしたね」

 彼女は疲れた笑顔を向ける。相当、負担をかけてしまったみたいだ。

 「体調大丈夫?」

 「うん!ありがとう」

 彼女を先にタクシーに乗せ、僕は車いすを病院の入り口付近に置いた。

 僕もタクシーに乗り行き先を運転手さんに告げると「ここからですか?」と驚いた。

 「はい、ここから羽田空港に向かってください」

 「いや、私はいいのですが・・・・」

 運転手さんはバックミラー越しに彼女を見た。

 「お願いします!お願いします!」

 何度も頭を下げた。そのうち彼女も頭を下げ始めたので観念したのか「わ、わかりました」と言い、タクシーを発進させた。

 タクシーに乗り一時間が経った。

 「結構、長丁場になるけど、本当に大丈夫?もし無理そうだっ」

 「大丈夫!次はもうないから!」

 彼女は僕を見て力強くいった。その目は僕に有無を言わせない迫力があった。

 次はもうない、彼女が言うことで彼女の死がよりリアルに聞こえた。

 「そんな暗い顔しないよ。秋桜くん。秋桜くんは強い!私なんかいなくても生きていけるよ」

 「こんな気持ちになるなら出会わなければよかったのに」

 僕の心の声が思わず漏れてしまった。

 「それは、違うよ」

 カラオケの時は異なる「違う」が返ってきた。それは優しく穏やかな口調だった。

 続けて彼女は何かを言おうとしけど、それを寸前で飲み込み、にこりと笑った。「少し、寝るね」といい、目を閉じた。

 途中、車が揺れ、彼女の頭が僕の肩に乗っかった。

 振り払うことはせず、そのまま彼女に肩をかした。目的地に到着するまで、車内には彼女の寝息だけが静かに響いていた。

 目的地である羽田空港に着き、運転手さんに料金を支払い、荷物を下ろし、僕らはタクシーを見送った。

 彼女を支えようとすると彼女は手で制した。

 「大丈夫、歩けるから、秋桜くん荷物重いでしょ」

 僕は大きめのリュックサックと、キャリーバックを引いている。

 「で、でも・・・」

 「じゃ、空いてる、右手を貸して」

 彼女は僕の空いていた右手に自分の左手を重ねた。そして握った。

 その状況にまたどきどきしてしまう。

 それと同時にマフラーの相手のことが余計に引っかかってしまう。

 女子は友達同士で手を繋ぐからそれと同じことなんだと自分を納得させた。

 エレベーターで入場ゲートがあるフロアまで上がった。

 フライトまで二時間あるので、どこか座れそうな場所を探す。

 入場ゲート付近に少し柔らかそうなベンチを見つけたので、二人で腰掛けた。

 僕は荷物を下ろし、床に置く。

 すると、彼女はまた僕の肩に頭を乗せた。

 まさか、そんなすぐ眠ってしまったのかと、隣を見ると彼女は目をあけていた。

 その目は心ここにあらずで、どこか遠く、明後日を見ていた。

 「私、幸せだったなぁ」

 だった。過去形でいう彼女。

 「私、秋桜くんに出会えて、本当によかった。秋桜くんと色んな楽しいことができたよ」

 「なんだよ、急に。これで終わりみたいじゃないか」

 「さっき、出会わなければ、よかったって言ったじゃん?」

 「うん、だからなんか終わりみたいな言い方すんなよ」

 「違うよ。・・・私は秋が嫌いだった。昔から。前にも言ったよね?病気で余命を宣告されたのも秋。それで余計に嫌いになった。でもね、今は違う。秋が好き。だって秋にはコスモスが咲くでしょ?それを見たら私は秋桜くんを思い出す。味気ない季節が、秋桜くんとの思い出で色づいたんだよ。嫌いだった秋が私にとって大切な季節になったの。それってすごい素敵だと思わない?」

 彼女は笑って、こちらをちらりと見た。「まあ、もう秋を迎えることはないんだけどね~」と舌を出して力なくおどけた。

 「余命なんて、あてにすんなよ。今だって余命より一か月以上長く生きてるじゃんか。来年の秋だって目じゃないよ。そんな弱気になってどうすんだよ」

 少し怒りを混ぜていった。

 「あはは。今度は私が怒られてる。でも、ほら人間いつ死ぬかわかんないしさ。一応、伝えておこうと思って。ありがとね」

 なんだか今日の彼女はいつになく弱気だった。

 まるで、これで終わりとでもいうような。

 「これから旅行が始まるんじゃん。シチリアに行ったら美味しいもん食べて、一番星でも見つけようぜ、な?」

 「・・・うん、そうだね。ねー秋桜くん。私、喉乾いた」

 「あっ確かに、じゃ買ってくるよ!ちょっと待ってて」

 僕は自動販売機に向かうべくベンチから腰を上げた。

 数歩あるいて、確か入り口付近にあったことを思い出し、そちらに歩き出そうとした瞬間「きゃー」と悲鳴が聞こえた。すぐに振り返る。

 先ほどまで、座っていたベンチには誰もいない。

 代わりに、その手前荷物が置いてある横で人が倒れていた。それが彼女だとわかると同時に僕は走り出した。

 人の目も気にせず。

 駆け寄り、その場に座り込んで彼女の肩を持ち上げた。

 彼女は鼻から血を流していた。

 薄目を開け、力なく笑った。

 「・・・私、シチリアに行けるよね?」

 額にしわを寄せながら彼女がいった。

 「あ、ああ、行けるよ?」

 「・・・わたし・・行けるよね?」

 「行けるって。で、でも、今は病院に行って少し休んだ方がいいかもしれない。また、つぎ、次、いつでも行けるんだから、な?」

 「・・・つぎ?・・・ないんだって・・・・」

 かすれた声で言った。

 「次なんてなんだってば!!連れてってよ・・・秋桜くん・・・・連れてってよ・・・・秋桜くんと行きたいんだよ・・・」

 彼女は赤い涙を流した。

 それは病気の影響なのか。彼女の気持ちなのか。わからない。

 「ごめんね、冗談だよ・・・今の。また行けるよ。秋桜くん・・・」

 そういって、静かに音も立てずに目を閉じた。

 「おい、目開けろよ!おい!寝てたらシチリアに行けないぞ!おい!!!」

 何度ゆすっても、彼女が目を開けることはなかった。

 僕の叫ぶ声だけが虚しく響いた。

 誰が僕を許してくれるんだろう。


 二日後、彼女はこの世を去った。

 なんて不条理なんだろう。

 結局叶わなかった。

 彼女とシチリアに行くことも。

 彼女とコンサートに行くことも。

 一緒に花火を見ることも。

 僕の願いも。

 彼女に思いを伝えることも。

 どれも叶わなかった。


 『第五章・追憶の君へ』


 彼女が亡くなってから十ニ日目の朝を迎えた。

 今日はいつになく早起きだ。学校も行っていないのに早く起きるなんて。

 しかし、今日は目が覚めてしまった。昨日の夜、僕のメールに一通通知が届いたのだ。

 通知は彼女からだった。

 まさか、と思い通知を開いた。するとそれは彼女のお母さんから送られてきたものだった。

 僕は、無断で彼女を連れ出し、挙句の果てには殺してしまったのだ。許されるはずがない。彼女のご遺族に合わせる顔がなかったため、お通夜やお葬式には出席しなかった。

 しかし、メールの内容は僕を批判するような辛辣なものではなく、丁寧な言葉で暇があったら家に来てほしいと綴られていた。

 僕はいてもたってもいられなくなり、翌日向かう旨を伝えた。

 一体要件はなんなのだろうか・・・・・

 彼女の遺影に挨拶したいと思っていたので機会としては絶好だった。

 ゆっくり朝食をしまい、制服を着て外に出る。

 外に出て数歩歩いて気が付いた。雨が降っていた。

 玄関まで傘を持ちにいくのが面倒だったので、構わず歩き進んだ。

 そんな僕をみて笑うだろうか。

 誰が?

 唯一笑ってくれそうな人物はもうこの世にいない。

 途中、コンビニに立ち寄りお線香と迷った末、チョコレートのお菓子を買った。

 手ぶらで来てしまったため、ビニール袋にそれらを入れてもらった。

 コンビニを後にし、彼女の家までの道のりを思い出しながら歩く。

 雨は小雨のため、そこまで衣服を濡らしてはいない。

 いつかの台風の時とは違って。

 数分歩くと車の騒音は消え、閑静な住宅地に入った。奥に進むと見覚えのある水色の家が見えてきた。

 懐かしさを覚えてしまい、つい、少し頬が緩んだ。

 家の前まできて、彼女が作った木の表札の下にあるインターフォンを鳴らす。

 緊張していた。もしかしたら僕を目の前にしたら怒りだすかもしれない。

 それもそうだ、僕が連れ出さなければ彼女はまだ生きていたのかもしれないのだから。

 『・・・・はい』

 くぐもった女性の声がインターフォン越しに聞こえてきた。

 『クラスメイトの志村秋桜です』

 『ああ・・・ちょっと待ってね』

 そういうと、インターフォンは切られた。優しい口調から僕の心配は杞憂に思われる。

 ややあって、玄関のドアが開いた。

 「いらっしゃい」

 お母さんは彼女にそっくりな方だった。「失礼します」といい、家の中に入る。

 「この度は、その・・・・僕のせいで・・・」

 ズボンの裾を握りしめながら言葉をつないだ。

 「そんなかしこまらないで。さー上がって」

 お母さんは優しく微笑み、僕を迎え入れてくれた。

 「・・・・はい。・・・お邪魔します」

 靴をしっかり揃え、家に上がった。

 いつか来た、リビング兼キッチンを通り過ぎ、奥の畳の部屋に通された。

 入った瞬間、視界が脳が捉えた情報に僕は一瞬ひるんだ。何かがあふれ出しそうになるのを必死で止めた。

 その何かの具体性はわからなかったが、塞き止めなければいけない気がした。

 お母さんが先に膝を折り、その場に座った。「秋桜くんが来てくれたわよ」と遺影に向かって話しかけた。遺影には、はじける笑顔でこちらを向く彼女の姿があった。血色がよく彼女がまだ元気だった頃に撮られたものだということがわかった。

 その横を見ると、いつか渡したお守りと僕が最後に彼女を描いた絵が飾られてある。

 「しおん、秋桜くんの絵凄く大事にしてたのよ」

 僕の視線に気が付いたお母さんが涙声で言った。

 僕もその場に座り、座布団をよけて木製の棚の前に正座した。

 コンビニのビニール袋から、チョコレートのお菓子を取り出した。

 「あら、しおんが好きなお菓子じゃない。どうぞ、しおんの横にお供えしてあげて」

 その、しおんはどこにいるんだろうと勝手ながら思った。

 一体・・・君は、どこにいってしまったんだ?

 僕は、無言でそれを彼女の遺影の横にそっと置いた。

 ろうそくに火がついていたので、買ってきたお線香に火を移す。

 名前もわからない、粉が入った丸い器にそれをさした。

 そして手をあわせる。

 何も祈ることはなかった。

 生きているうちに祈ることはたくさんあったのに・・・・

 すべて霧散した。

 お参りを終え、目を開ける。と、同時にお母さんが口を開いた。

 「来てくれて本当によかったわ。あの子に頼み事をされていたの。ちょっと待っててね」

 お母さんは立ち上がり、部屋を後にした。

 しばらくして戻ってきたお母さんの手には、懐かしさを覚える一冊の日記帳があった。

 それを僕に差し出す。

 「これをね、秋桜くんに渡してほしいって頼まれてたのよ」

 「そ、そんな。僕が見ていいものなのでしょうか」

 「当たり前じゃない。それはしおんがあなたに残したものよ」

 僕に・・・残したもの・・・

 僕はその日記帳を受け取り、はやる気持ちを抑えぺらりとページをめくった。

 そこには、丸文字が並んでいた。

 まるで、そこに彼女がいるような錯覚を覚える文字だった。

 僕は、雨が家を叩く音が鳴る部屋で、黙読を開始した。


『十月二十日

 今日、病気だと診断された。余命は一年。

お父さんと同じ病気でやっぱりなって思った。

家に帰っても何もやる気が起きないのでネットで調べたところ日記を書くことに決めた。

今日からこの日記帳に色々なことを書き込んでいこうと思う。』



『十一月二日

今日、スマホをいじっていたら、知恵袋でやりたいことをリストアップすると良いと書いてあったので、私がやりたいことをリストアップしてみる。


やりたいこと

・巨大パフェを食べたい

・カラオケで歌いまくりたい

・異性と遊びたい(仲のいい男子なんていないけど)

・異性と二人きりでお泊りしたい(恋愛ドラマの影響)

・異性に料理をふるまいたい

・オールがしたい(大学生にはなれないから)

・もう一度シチリアに行きたい

・恋がしたい

ざっとこんなもんかな。・・・・』


日記は毎日行われているわけではなかった。


『十一月二九日


今日はクラスの男子に告白された。よく話こともない人。当然振った。恋はしたいけど、誰でもいいわけじゃないし。

リストを作ったけど、もうどうでもいいや。早く、死にたい。

自殺しなくも、病気が私を殺してくれるから、それまで待とう・・・・』


『一月五日

日記帳なのに、すっごい期間が空きすぎてる。

私は何をやっても続かない。人生も。でも、いいや、もうすぐ死ぬんだし。

ある意味よかった、病気になって・・・・・』


それからも、日記の日付は飛び飛びだった。

月に多くて三回。少ない時は二か月、飛んでいることもあった。

次のページは文字が消された跡があり読むことができなかった。

 しかし、一言。

 殴り書きで『やりたいことができそう』と書かれていた。

『九月二日

・・・・昨日は、クラスメイトの秋桜くんと、まさかまさかのパフェを食べに行った!

なぜ仲良くなったかはあんまり書きたくないけど。

でも、とっても楽しかった!しかも夜休みの羊が好きっていう偶然!これは仲良くせねば!明日はカラオケだー!楽しむぞー!!・・・・』


『九月三日

・・・・今日は秋桜くんとカラオケしてきた!

秋桜くんに少し怒りをぶつけてしまった。ごめんなさい。でも秋桜くんには生きててほしい。

カラオケはすごい楽しかった!喉ヘトヘト。秋桜くんも歌上手い!それから帰りにクレヨンとスケッチブックを買った!いつかシチリアに行って秋桜くんに絵を描いてほしいな。台風が休日に来るらしい!これはチャンスかも!・・・・・』


『九月七日

・・・・今日は学校を休んで、検査にいった。

あんまりよくないみたい・・・・

くよくよしてもダメだよね!明日は遠出だ!がんばれ私!台風よ味方してくれよ!・・・』


『九月九日

・・・・昨日と今日!なんと!旅行ができた!台風が来ないかと思ったらちゃんと来てくれた!

旅はハプニング!とっても楽しかった!今、雑誌を読んでいる。これは思い出の品になりそうだ・・・・そうだ、昨日寝る前にシチリアに行きたいって言ったんだけど、秋桜くん寝ぼけて覚えてないだろうな~。でも行きたい!秋桜くんと・・・・よし!明日馬鹿なふりして、海に行こう!予行練習だ・・・』


『九月十日

・・・今日は学校さぼって海に行った!おとといとは打って変わっていい天気!

風が気持ちよかったな。それから!秋桜くんの絵上手い!さすがだよ。見直してしまった!

ますます、シチリアに行くのが楽しみになった!・・・・誕生日を知ったから何かプレゼントしなきゃ!何をあげよう・・・・何をあげたら喜んでくれるかな・・・・』


『九月十九日

 今日は久しぶりの登校!・・・・みんなから心配された・・・これじゃますます病気のこと言えない、と思っていたら今日、秋桜くんに病気のことを知られてしまった・・・・これも運命だよね。きっと。秋桜くんなら私が病気だからって態度を変えたりしないと思う・・・うん。でも告白する勇気は、まだない・・・・でも悪いことばかりじゃなかった!手料理を振る舞うことはできたし秋桜くんの美味しそうな顔をみれたし・・・・レコードだって一緒に聴けた!その余韻か今、一番星を聴いている(笑)・・・・しっかりと・・・・』


『九月二十日

 ・・・・通院の結果、明日から入院することになった・・・・正直不安・・・・今までは余命までまだ日にちがあるって思えてたけど、いよいよそんなことも思っていられなくなった・・・・でもやっぱり悲しい出来事だけじゃない!今日は秋桜くんと喫茶店でお茶をして、その後紅葉を観に行った!・・・・今まで色々連れまわしたけど一枚も写真を撮っていないことに気づいて慌てて今日ツーショットを撮った!半ば強引に(笑)・・・・素敵な写真が私のスマホのフォルダーに保存された・・・・・』


『九月二十三日

 入院生活が暇すぎて何をしようか考えた。そしたら名案が浮かんだ。マフラーを編むことにした!それを秋桜くんの誕生日プレゼントにしようと思う!これを思いついた私天才!・・・・・』


『九月二十五日

・・・・私のミスで今日編み物をしているところを見られてしまった(汗)なんとかゴマせたかな?(笑)・・・まだカミングアウトするには早いよね!秋桜くん誕生日まで待ってておくれ!・・・・それから星を見た!すっごく綺麗だったなぁ。いいや、美しいって表現の方が適切なきがする!やっぱり私は秩父の星になりたい!・・・・・』


『九月二十七日

・・・・今日も秋桜くんがお見舞いに来てくれた!しかも学校をさぼって(笑)涙が出そうなくらい嬉しかった。その反面、秋桜くんにはしっかり学校に行って将来のことを考えてほしい・・・・そうそう!モンブラン美味しかったなぁ。やっぱりあの味!・・・・花火大会一緒にいけたらいいな。弱気になったら病気に負けちゃうよね!強気!強気!花火大会の前に秋桜くんの誕生日がくるから一緒にマフラーをして行けたら最高!大丈夫!私の未来は明るい!・・・・・・・』


『十月三日

 二度目の入院生活。一日目。また憂鬱な日々がやってきた。

 とりあえず今日は昨日の旅行について書こう・・・・

 とにかく楽しかった!これに尽きる。はぁ。秋桜くんはずるいなぁ。一人の人間をこんなに楽しませることができるんだから。これも才能か・・・・』


『十一月二日

 今日はあえて編み物を隠さず編んでみた。そしたらあからさまに不機嫌になっていた。秋桜くんバレてるぞ~(笑)秋桜くん意外とわかりやすい(笑)私もすぐに友達に嫉妬しちゃうから気持ちめっちゃわかるけど。私に嫉妬してくれることが嬉し・・・・・』

『十一月三十日

・・・・・・いよいよ明日!ついにシチリアに行けるぞー!秋桜くんに言ったら怒られるかもだけどきっとこれで本当の最後だね・・・・今更くよくよしてもしょうがない!病気は今に始まったことじゃないし!全力で楽しむぞーー!!』

 日記を一文字一文字丁寧に読み進めていった。僕が描いた絵を見ているとその日に戻っている錯覚を覚えた。あんな絵を彼女は一枚も捨てずに日記に保管してくれていた。

 やがて読み終わり、静かに日記帳を閉じようとした時、お母さんから声がかかった。

 「まだよ。そこはしおんの日記の部分。秋桜くんに読んでもらいたいのはそこじゃないの。しおんが言ってたわ。秋桜くんに読んでほしいって」

 僕は、再び日記帳を開き、ページをめくった。空白のページが続いた。

 日記のページ数が半分を少し過ぎたところで手をとめた。

 黒い文字が書かれていた。


 そこには弱弱しい筆圧で書かれた、彼女の遺書があった。




『拝啓、自殺する君へ。

これを読んでいるということは私が死んだってことだよね。


遺書でこのセリフを書いてみたかった(笑)


まず最初に!これだけは言わせて、今まで本当にありがとう。

秋桜くんに出会えて私は本当によかった。感謝してます。

もう死んでいるから赤裸々に伝えたいことを書くね。


私は余命を宣告されたからずっと、色々なことを諦めてた。

なにか新しいことに挑戦すること、死ぬまでにやりたいことをすること、誰かを好きになることも。そういったこと全部諦めてた。

だってそうじゃない?

失うとわかっているのに百パーセント人を好きなるのは無理でしょ?

あの日、覚えてる?秋桜くんが自殺しようとした日。

実はあの日、私も自殺しようとしてたの。

そしたら先客がいたんだもん。そんなことある?(笑)

なぜ秋桜くんの自殺を止めたのか。

それは、きっとね、自分を見ているような気になっちゃったんだよね。

そして、気が付いたら秋桜くんの自殺を止めてた。

私自身びっくりしたよ。

だけど、あの日、秋桜くんが屋上にいなかったら私は残りの人生をこんなに楽しく過ごすことはできなかった。あのまま人生を終わらせてた。そういう意味でも本当にありがとうね。

そこで思ったの。

死にたい人ならね、私のわがままに付き合わせてもいいと。

この人となら、やりたいことをできるかもって。

私の人生に一筋の光が射したような気がしたの。

だから私は、今までやりたかったことを最後に秋桜くんとしようと決めました。

もしそこでね、仮に恋に落ちてしまったとしても、死のうとしている二人の恋なら許されるでしょ?

期限付きの恋なら許されるでしょ?

そしたら、意外と秋桜くんはノリが良くて、私のわがままに付き合ってくれた。

しかも、思ったより優しかった。

うん。本当に優しかった。

ありがとね。

私何回お礼言うんだろう(笑)

私の死ぬまでにやりたいことを秋桜くんとできて本当によかった。

私は秋桜くんと過ごす時間が余生のすべてだったの。

大げさだな~って言いそうだね~(笑)

もしかして、言ってる~?

よし!これ読んでいる時にはもう死んでいるし、素直になろう。

私は、秋桜くんに恋してた。秋桜くんのことが好き。

でも、それはきっと病気じゃなくても秋桜くんのことを好きになってた。

どういうことかって?

私が恋できるのは秋桜くんしかいないから秋桜くんのことを好きなったんじゃなくて、そういうのなしにしても私は秋桜くんのことが好き。今までもこれからも。

誰かに対してこんなにストレートに告白するのは初めてかな。文字でも緊張するね(笑)

秋桜くんはどう思っていたのかな?

もし同じ気持ちなら、お墓に私の名前でも差しておいてよ(笑)

じゃあ、さらにさらに暴露してあげる。

二回もホテルに泊まったでしょう~?実は私、期待してたんだ。私から初めてハグした時もそう。だって私、処女なんだもん。処女のまま死にたくなかった。

でも、秋桜くんは紳士だった。今ではそれでよかったって思ってるよ。

あっそんなこと書くと、秋桜くんに魅力がないって聞こえるかもしれないけど、そういうことじゃないよ。

体じゃくて、心を求める関係が私にはすごい嬉しかったの。

秋桜くんに恋してよかったって心から思ってる。


でもね、秋桜くんと関わっていく上で、一緒に過ごしていくことで一つだけね、後悔したことがあったの。

それはね・・・・

生きたいと思うようになってしまった。

もっと、もっと、秋桜くんと一緒にいたいって思ってしまったの。

それは、秋桜くんと過ごしていくことで強くなっていった。

人生でやりたいことじゃくて、秋桜くんと一緒にやりたいことが増えていった。

でも、それをする時間が私にはもうない。

それが唯一、秋桜くんと関わって後悔したこと。



ねぇ、生きたいな。

普通に生きたい。

秋桜くんと生きたかった。

私をこんな気持ちにさせて、本当に罪深い男だよ(笑)

こんな気持ちにさせた贖罪として私のお願いを二つ聞きなさい!


一つ!秋桜くんの絵をコンクールに出すこと!どんな小さいコンクールでもいいから秋桜くんの絵をみんなに見てもらってください!

秋桜くんの絵は素晴らしいって私が保証してあげる。

だから胸をはってコンクールに出して大丈夫だよ(笑)

約束だよ?うん。よろしい。

秋桜くんは絶対画家になる!


そして、二つ!

生きて。

秋桜くんは生きて。

私の分までとは言わないけど、生きて。

そして笑って。笑えない時は泣いてもいいけど(笑)

私のお葬式で泣いてもいいけど?

秋桜くんは泣かなそうだね(笑)

それはそれでなんだかなぁ。

でも、秋桜くんには笑っていてほしい。

わかったね?わかるよね?

さあ、いつまでも下ばっかり向いてないで、ほら騒がしい未来が待ってるよ!


それで・・・・

私とはもうお別れ・・・・

またねじゃない。本当のお別れだよ。

名残惜しいけどね。

でも、私はね、いつだって見守ってるよ!

だから、もし生き詰まった時があったら夜空を見上げてよ、どこかに私がいるからさ(笑)

私は正気だよ?(笑)

じゃ、バイバイ!さようなら。

最初で最後の本気で恋をした大好きな秋桜くんへ。

望月しおんより』


『P・S・

最後に私も、自分の名前をクレヨンで描いてみました!』



 そこには、一輪の紫苑の花が描かれていた。

 その絵を指でなぞる。

 その花の横に大きな水玉が落っこちた。

 すぐにそれは、水たまりを作る。

 とめられなかった。

 涙を。

 受け止められなかった。

 君の死を。

 とめどなく涙があふれ、声をあげて泣いた。

 子供のように泣いた。声を押し殺すことなんてできなかった。

 畳に頭を何回もこすりつけ、畳が鼻水と涙で汚れる。それでも構わず泣いた。

 伝えればよかった。

 好きだって、一言伝えればよかったんだ。でも出来なかった。

 なぜだろう。今、目の前に彼女がいれば言えるのに。

 どうして生きているうちに言えなかったんだろう。

 悔しくて、また涙があふれ出してきた。

 君のいない世界で僕はどう生きていけばいいんだ。

 君がいた世界でも生きるのがやっとだったのに。

 君と関わって生きていられるかもしれないって思ったのに。

 どれだけ叫んでも、どれだけ泣いても、彼女がかえってくることはなかった。




 ひとしきり、比喩表現ではなく、本当に涙が枯れるまで泣いた。

 ようやく顔を上げる。きっと目は赤く腫れ、鼻水は垂れ流れて、人に見せるような顔はしていなかったと思う。

 それでも、彼女のお母さんは優しく微笑んで僕が泣き止むの待ってくれていた。

 「しおんのためにそこまで泣いてくれてありがとうね。きっと、しおんも喜んでいると思うわ。ありがとう。ありがとう・・・・」

 お母さんもまた涙を流した。

 泣きながら「寒いから、これを巻いて帰りなさい。直接渡せなかったのが悔いよね・・・・」と僕に一つのマフラーを差し出した。

 それを震える手で受け取り首に巻いた。巻くと同時に彼女の匂いがしてまた涙があふれてきた。

 グレープフルーツの香り。

 泣きながら彼女の遺影を見る。

 笑っていた。

 思えば彼女はいつも笑っていた気がする。

 わずか十八年しか生きられないと知りながらも、彼女はいつも笑っていた。

 なぁ、どうやったらそんな楽しそうに笑えるんだ?

 どうやったら君のように強く生きていられるんだ?

 僕は・・・・わからない・・・・

 玄関まで何とか歩き、靴を履く。

 「また来てちょうだい」

 「はい、また伺わせていただきます。いろいろ迷惑をおかけてして申し訳ございません」

 玄関の扉を開けて、外に出る。

 雨は雪に変わり、雲の隙間からお日様が顔を出していた。お天気雨ならぬお天気雪。

 このマフラーを巻くために彼女が降らせたように思えた。お日様は彼女が笑っているように見えた。「私晴れ女だわ」いつかの彼女の言葉が聞こえた気がした。

 全く馬鹿みたいだな。

僕は何もかもわからなかったけれど、とりあえず彼女の言う通り、笑うことにした。

これでいいんだろう?



 ありがとう。頑張るよ。そしてさようなら。


 「あんた・・・」

 彼女の家を出て、自宅へと歩を進めようとした時、背後から声がした。

 振り返る。

 そこにはポニーテールの女の子が大粒の涙を流しながら立っていた。



 『第六章・夏の余韻が吹いて』


 今年もまた、君が好きになった季節がやってきたよ。

 まだ夏の余韻を残しているみたいで、僕は辟易としているけど。

 君の命日には少し早いけれど、ここに来ることができてよかった。

 今日は色々報告しないといけないことがあって。

 ここに来ているからわかっているとは思うけど、僕は今もこうして生きている。

 先日、やっとシチリアにも行けたよ。

 専門学校に入って、色々なアクリルの画材を買って試しているんだけど、それらをシチリアにはもっていかなかった。

 なぜって?

 君の好きだった画材で描くことが君のお願いに一番適していると思ったからだ。

 描いたんだ。絵を。

 君がきっとお父さんと見たであろうシチリアの浜辺をね。

 わりといい仕上がりじゃないかな。

 それを今日持ってきたんだ。

 これから君の家にお邪魔するつもりだから、もしここにいなかったら、その時にもまた見せるよ。

 それが終わったら、秋に行われる学校のコンクールに出そうと思ってる。

 結果はまたその時にでも。

 僕は、先ほど花屋で買った秋の花を花瓶にさす。

 どうやら、お墓参りにも適した花らしい。

 手を合わせて、目を閉じる。

 花言葉を花屋の店員さんに教えてもらったよ。

 『追憶』『遠くにいる人を思う』だってさ。

 確かに、故人に送るにはぴったりだよね。

 それからもう一つ『君を忘れない』って意味もあるらしい。

 きっと手紙に描いたのはこっちの意味だよね。

 最近、君に言われたことがわかったような気がするよ。

 何もかもわからなかったけれど、僕はあの時、笑うことから始めることにした。

 手紙に書いていたろ?笑っていてほしいって。

 最初はどういう意味かわからなかった。

 でも、その笑うって笑顔なんだって最近わかったんだ。

 君が言っていた笑っていてほしいっていうのは、つまり笑顔でいてほしいってことなんだろ?

 笑顔から全てが始まるって伝えたかったんだろう?

 いつかの君がそうだったように。

 この一年間、笑うことから始めてようやく辿り着くことができたよ。

 だからこうして君がいない世界でも生きてこれた。

 そのおかげかわからないけど、僕はこれから君の家でとある女性と会うことになっている。君もよく知っている人物だよ。

 なんで仲良くなったかは、また今度としよう。

本当にありがとう。

 

 僕は桶と柄杓を持ち、立ち上がる。

 じゃ、また来るよ。


 心なしか、先ほど供えた花が少し揺れた。


 あっ。そうそう。言い忘れてた。出会いの話なんだけど、僕も最近こう思うことにした。

 いいかい?

 僕は地元である秩父が好きじゃないって話をしたよね。

 でも、君は地元が好きで死んだらここの星になりたいって言ってたろ?

 だから好きになった。

 わからない?

 秩父の夜空を見上げたら君がいるかもしれないって思えるようになったんだ。

 他の場所の夜空と違って秩父の夜空に意味が付いたんだ。

 素敵じゃないかって?僕もそう思う。

 きっと、騒がしい君だから一番星にでもなっているんだろう。

 今日も夜空を見上げるよ。

 だって、どこかに君がいるんだから。

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