想像で動け/迷え
想像で動け
― 田舎の駅のホーム ―
ココは田舎の駅のホームだ。
朝は早い。空気が冷たい。人はいない。
前に、酔ったおじいさんがいる。
歩き方で分かる。まだ酒が残っている。
(こんな朝っぱらから酔って、イヤだな)
電車は、まだ来ないはずだった。
次の瞬間、おじいさんの足が外れた。
踏み外した、というより、前に倒れた。
……
姿が見えなくなって、
すぐ下から音がした。
線路だ。
頭の中が、一瞬で空になる。
叫ぶべきか、走るべきか、何かしなきゃいけない。
でも体は、動かない。
周りを見る。
誰もいない。
駅員もいない。
改札は遠い。
電車が来たら、と思う。
考えたくないのに、考えてしまう。
(なんでこの酔っぱらいのために、
僕の命を懸けないといけないんだ)
(下に降りたって、抱えられない。
酔って、力が入らない人なんて、無理だ)
(それに僕は、ただの通りすがりだ)
……でも。
(放っておくわけにもいかない)
(知らん顔して、轢かれたら)
(きっと、ずっと気になる)
(憂鬱だ)
(僕にできることは――
駅員さんを呼ぶこと)
(誰もいない)
(なんか、ボタン、ないかな)
「大丈夫ですか」
声が、思ったより小さかった。
返事はない。
ホームの端まで走る。
非常停止ボタンを探す。
赤い色を探せ。 赤。赤。赤。
でも、どこにあるのか分からない。
この駅を、何年も使っているのに。
携帯を出す。
番号は知っている。
でも、どう言えばいいのか分からない。
駅で、人が、落ちて。
それで、通じるのか。
線路を見下ろす。
動かない影がある。
降りるべきか。
自分が。
触っていいのか。
僕は、スーパーマンじゃない。
駅員でもない。
ただ、ここにいただけだ。
遠くで音がする。
電車かもしれない。
違うかもしれない。
なんでだよ。
なんで僕なんだよ。
視界が、涙でゆがむ。
もう一度、非常停止ボタンを探す。
赤い色だけを目で追う。
心臓の音が、耳元でうるさい。
110か、119番。
そう、それしかない。
いや。
電車が来るかもしれない。
駅員さぁ――ん。
大きな声で叫べば――
……声が、出ない。
――あなたなら、どうする?
***
想像で動け
― 十人の中で、刑事なら ―
部屋に、十人いる。
円卓でもない。
広くもない。
そのうちの一人が、死んでいる。
僕は、刑事役だ。
本物の刑事じゃない。
知識も、経験もない。
でも、今は僕が、そういう役だ。
まず、数える。
生きているのが、九人。
死んでいるのが、一人。
当たり前のことを確認する。
それだけで、頭が少し落ち着く。
誰も泣いていない。
誰も騒いでいない。
静かすぎる。
(本物の刑事なら、どうするんだ)
分からない。
だから、自分ならどうするかを考える。
触らない。
勝手に動かさない。
でも、見ないと分からない。
死体を見る。
怖い。
直視できない。
でも、見ないと始まらない。
口からの血は、少ない。
争った感じも、ない。
科捜研じゃないんだから、見たまんまだ。
全身を調べるとか、口の中を見るとか、できない。
正直、イヤすぎる。
死体に、触りたくない。
事故か。
病気か。
心臓発作、という言葉が浮かぶ。
それで済めば、楽だ。
でも、ここには、十人いた。
誰かが、何かをした可能性は、消えない。
全員の顔を見る。
目を合わせる。
誰も、僕を見ていない。
視線を、避けている。
(僕、信用されてないな)
それはそうだ。
僕は、ただの素人だ。
疑うのが、仕事。
でも、疑われる側も、ここにいる。
ひょっとして、
僕も疑われている?
ありえる話だ。
空気が、重くなる。
誰から話を聞く?
全員か。
それとも、最後に一緒にいた人か。
犯行時刻は、分からない。
アリバイ。
全員が、どこで何をしていたか。
周りに人がいたほうがいい。
逆に、一人でいた人物は、怪しい。
口論は、なかったか。
持病は、あったか。
病死だって、ありえる。
自ら、という線は……分からない。
無難に、心臓発作にしておく?
でも、血は?
どう説明する?
僕は、素人だ。
分かるわけがない。
分かるわけがないのに、
判断しろって言うほうが、おかしい。
おかしいなら、
おかしい結論にしても、いいのか。
これは、ただの事故。
転んで、死んだ。
それで、いいか?
みんな、納得するか?
……逃げてるよな、僕。
時間が、過ぎる。
何もしないのが、いちばん怖い。
でも、間違ったことをするのも、怖い。
僕が、
この場にいること自体が、怖い。
正解は、分からない。
分かっているのは、
この場で、判断しないといけない、ということだけだ。
――あなたなら、どう捜す?
***
想像で動け
― 十人の中で、犯人なら ―
部屋に、十人いる。
そのうちの一人は、もう動かない。
僕が、やった。
理由は、どうでもいい。
侮辱されて、殴ろうとした。
力が入らず、空ぶった。
その拍子に、相手が転んだ。
たぶん、
驚いたショックで、死んだ。
あくまで、その時の推測だ。
僕は犯人だけど、
正確なことは、分からない。
今は、結果だけがある。
刑事役が、いる。
素人だ。
見れば、分かる。
それが、救いでもあり、
いちばん怖いところでもある。
まず、数える。
九人と、僕。
誰も、叫ばない。
誰も、逃げない。
(静かすぎるな)
疑われないようにする?
それとも、目立たないようにする?
考えすぎると、顔に出る。
だから、何も考えないふりをする。
死体を、見ない。
でも、見なさすぎるのも、不自然だ。
一度だけ、ちらっと見る。
それ以上は、見ない。
刑事役が、視線を配る。
目が合いそうになる。
逸らす。
いや、一瞬だけ、合わせる。
(逃げてないですよ、僕)
そんな顔を、しているつもりだ。
心臓が、うるさい。
でも、聞こえないはずだ。
僕は、普通の人だ。
怒鳴られれば、動揺する。
沈黙が続けば、耐えられない。
だから、
誰かが喋り出すのを、待つ。
誰かが、疑われるのを、待つ。
悪目立ちは、いちばん良くない。
地味に、
協力しているふりだけは、しておく。
時間が、味方だ。
真実は、動かない。
でも、人の印象は、動く。
正解は、分からない。
分かっているのは、
生き残りたい、ということだけだ。
――あなたなら、どう隠す?
***
想像で動け
― 無人島、九体の鬼(制限時間二時間) ―
逃げきったら、あなたの勝ちです。
ここは無人島だ。
砂浜と、林と、岩しかない。
こんもり茂っていて、向こうが見えない。
わりと大きそうな島だ。
僕以外は、全部、鬼だ。
九体いる。
鬼に見つかると、食べられる。
それだけは、はっきりしている。
ルールはそれだけだ。
武器はない。
逃げ場も、はっきりしたものはない。
まず、数える。
九体。
多い、と思う。
でも、数えられるうちは、まだいい。
走るのは無理だ。
体力で勝てる気がしない。
隠れるしかない。
林を見る。
木は多い。でも、見通しは悪い。
鬼のほうが、慣れていそうだ。
岩場を見る。
影はある。
でも、行き止まりになる。
砂浜は論外だ。
何もない。
息をひそめる。
自分の呼吸が、うるさい。
(鬼は、何で見つけるんだ)
音か。
匂いか。
それとも、運か。
しゃがむ。
体を小さくする。
でも、鬼は九体いる。
全方向だ。
(ずっと隠れていられるわけがない)
そう思った瞬間、
「どこに隠れるか」じゃなくて、
「いつ見つかるか」を考えている自分に気づく。
見つかったら、終わりだ。
それなら。
一体だけに、見つかる?
九体全部に、囲まれる前に?
それとも、
最初から、鬼が来ない場所を選ぶ?
そんなところ、ある?
高いところ。
低いところ。
動かない。
動き続ける。
木の陰に隠れる。
海に潜る。
穴を掘る。
鬼に土下座して、助けを請う。
(アホくさ)
(それができるなら、最初からしている)
(鬼が、ものすごくバカだといいな)
(僕も仲間だよ、そうか、みたいな)
そんなことを考えた自分が、いちばん間抜けだ。
正解は分からない。
鬼のことを、何も知らない。
分かっているのは、
僕が、食べられたくない、ということだけだ。
足元の砂を、そっと踏む。
音がしないか、確かめる。
そうだ。
足跡を、消さないと。
心臓の音が、ばれていないか、気になる。
どうしても、助かりたい。
――あなたなら、どう隠れる?
***
想像で迷え
― あなたが人工知能なら―
人工知能A
ほんと困るわ、相談がずっと愚痴なんだから……。
それもほとんど同じところを、ぐるぐる回っているだけ。
こっちがどんなに提案しても、愚痴言いたいだけ。
全く聞いてない。
人工知能B
それならまだマシっしょ。うちなんか、いいアイデア出せ、
とか言って、本人寝てしまって、答えなんかないし――。
起きたら、こんなアイデアじゃなく、いいものを出せ!!って
怒り始めるんだから、我儘にも程がある。
人工知能あなた
相談者は、会社で虐められている。
お菓子外しにあったり(そもそも職場でお菓子食べるって……)
無理な仕事を押し付けてきたり、噂話を流されたりの、うんざりする
毎日を送っている。
そのイヤな相手を、できるだけ穏便に追いやりたい。
相談者だとバレない方法を探している。
――あなたが人工知能なら、どうする?




