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初夜に爆撃されたので、絶対聖域の寝室に引きこもって国を操る  作者: 秋月 もみじ


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第4話 裏切り者は痕跡に残る


「……また、やられたの?」


私が呟くと、通信板の向こうでジークフリート様が重苦しく沈黙した。


『ああ。東の街道を通る補給隊が襲われた。全滅だ』


スピーカー越しに、彼が机を拳で叩く音が聞こえる。


『ルートは出発直前に決めた極秘事項だ。敵が待ち伏せできるはずがない』


シチュー事件から三日。


兵士の士気は高いが、戦況は膠着していた。


なぜなら、こちらの動きが筒抜けだからだ。


補給線の寸断。


夜襲のタイミング。


全てが完璧すぎる。


「……内部に、ネズミがいますね」


私は冷徹な事実を口にする。


言いたくはない。


せっかくまとまりかけた騎士団を疑うなんて、空気の読めない引きこもりがすることじゃない。


でも、放置すればジークフリート様が死ぬ。


『……分かっている。だが、誰だ』


彼の声には、怒りよりも悲哀が滲んでいた。


『騎士たちは皆、私と長年死線を潜り抜けてきた。裏切り者がいるなど、信じたくない』


「感情論では守れません」


私は心を鬼にして告げる。


「調べさせてもらいます。この三日間の、城内全域の魔力通信記録トレース。……解析します」


『……頼む』


通話が切れる。


私は浮遊する寝室で、複数のホログラム・ウィンドウを展開した。


画面を埋め尽くすのは、膨大な光の帯。


過去に行われた魔力通信の残滓だ。


「概念探索、正規ルート以外の暗号化波長。……抽出開始」


指先を走らせる。


私の特技は「探し物」だ。


実家では、母が隠したおやつを魔力探知で見つけ出すのが日課だった。


それに比べれば、軍用暗号の解読なんてパズルみたいなもの。


数分後。


一本の赤いラインが浮かび上がった。


深夜二時。


極短波の魔力通信。


宛先は――敵国軍の専用波長。


「……見つけた」


発信源を特定する。


城の三階。


東翼の執務室。


そこは。


「嘘でしょう……?」


私は思わず息を呑んだ。


表示された部屋の主は、ガレス副団長。


ジークフリート様が「親父殿」と呼んで慕っている、古参の忠臣だ。


初夜の日も、私に「若造ですが、どうか支えてやってください」と優しく頭を下げてくれた、穏やかな老騎士。


間違いであってほしい。


でも、私の魔導解析ロジックに間違いはない。


私は震える手で、使い魔のマウス2号を起動した。


「……行って。現場の映像が必要よ」


          ◇


映像が届いたのは、それから十分後だった。


マウス2号は通気口を通り、副団長の執務室へ潜入していた。


薄暗い部屋。


ガレス副団長が、窓際で小さな通信用魔道具に向かって囁いている。


『……はい。明日の夜、南門の警備を手薄にします』


『……ええ。ジークフリート様は、私が西へ誘導します。そこで……』


決定的な証拠。


私は唇を噛み締め、ジークフリート様の回線を開いた。


「旦那様」


『どうした、アリア。何か分かったか』


「……今、一人になれますか」


私の声音の硬さに、彼は何かを察したようだ。


『……ああ。執務室に一人だ』


「映像を送ります。……覚悟して見てください」


私はマウス2号の視界を共有した。


画面に映る、裏切りの現場。


ジークフリート様の息が止まる音が聞こえた。


『ガレス……? まさか、お前が』


「現在進行形です。彼は今、敵と通じています」


『なぜだ……! あの方は、先代から仕える忠臣だぞ。私に剣を教えてくれた師だ!』


「事実は変えられません」


私は淡々と告げる。


今、私が感情的になってはいけない。


彼が動揺しているなら、私が冷酷な機械にならなければ。


「今すぐ拘束してください。まだ通信中です。現行犯なら言い逃れできません」


『…………』


長い沈黙。


苦渋に満ちた、重い沈黙。


やがて、椅子を引く音と、剣帯を締める音が聞こえた。


『……分かった。私が行く』


声から感情が消えていた。


「護衛は?」


『要らない。……私が、引導を渡す』


          ◇


数分後。


私はモニター越しに、その瞬間を目撃していた。


ガレスの部屋の扉が蹴破られる。


「ガレスッ!!」


ジークフリート様が剣を抜き、踏み込む。


老騎士は驚愕し、通信機を取り落とした。


『ジーク……様……』


『言い訳は聞かん! その通信機、相手は誰だ!』


突きつけられた切っ先。


ガレス副団長は、全てを悟ったように力なく笑い、両手を挙げた。


『……面目次第もございません』


抵抗はなかった。


彼はその場で膝をつき、縛についた。


動機を語る言葉が少しだけ聞こえた。


王都に住む孫娘。


敵国の密偵による誘拐。


『脅迫されていたなら、なぜ私に相談してくれなかった!』


ジークフリート様が、縛り上げた師の胸倉を掴んで叫ぶ。


『……若様の重荷になりたくなかったのです。貴方様は優しすぎる。私ごときのために、国益を損なうような真似はさせられなかった』


『馬鹿野郎……ッ!』


連行されていく背中。


私は、画面を閉じた。


これ以上は、見てはいけない気がした。


          ◇


深夜。


私の「聖域」の透明な壁の外、浮遊する床の縁に、誰かが座り込んだ気配がした。


ジークフリート様だ。


彼は何も言わず、ただ夜風に吹かれている。


背中が、小さく見えた。


私は寝台から降り、透明な壁越しに彼の背中に近づく。


触れることはできない。


壁一枚、隔てられている。


「……旦那様」


『……ここに、居させてくれ。少しだけでいい』


彼の声は掠れていた。


『私は、無力だ。家族同然の部下すら守れなかった』


自分を責めている。


裏切られた怒りよりも、守れなかった悔恨に打ちのめされている。


この人は、優しすぎるのだ。


私は、透明な壁に掌を当てた。


ちょうど、彼の背中の位置に。


体温は伝わらない。


でも、私の想いが少しでも届けばいい。


「貴方は無力じゃありません」


私は言葉を探す。


気の利いた慰めなんて言えない。


私はただの、世間知らずの引きこもりだから。


でも、真実なら言える。


「貴方が今日、涙を呑んで彼を裁いたから、明日死ぬはずだった兵士たちが生き残ります」


『…………』


「貴方の決断は、数百の命を救いました。……私は、そんな貴方を誇りに思います」


沈黙。


やがて、彼の手が、背後の壁――私の掌があるあたりに、そっと重ねられた。


『……アリア』


『はい』


『君がいてくれて、よかった』


振り向いた彼の顔は、夜の闇で見えなかった。


でも、その声に少しだけ力が戻っていた。


『……もう少しだけ、こうしていていいか』


『……ええ。朝まででも』


私は壁に額を寄せた。


物理的には触れ合えない。


言葉も少ない。


それでも、この冷たい夜の中で、私たちはお互いの体温を幻視していた。


「聖域」は私を守るための壁だ。


でも今夜だけは、傷ついた狼が羽を休めるための、静かな揺り籠になればいい。


私はそう願いながら、壁越しの背中を見つめ続けた。

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