表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
初夜に爆撃されたので、絶対聖域の寝室に引きこもって国を操る  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/10

第3話 胃袋を掴む者は国を掴む


夜が明けた。


空中に浮いた私の「聖域マイルーム」から見下ろす辺境伯領は、悲惨な有様だった。


あちこちから黒煙が上がっている。


城壁はボロボロ。


庭園はクレーターだらけ。


でも、一番の問題はそこじゃない。


『……報告します。食糧庫、全焼です』


通信板から聞こえる、補給部隊長の悲痛な声。


私は眉をひそめ、手元の携帯栄養ブロック(チーズ味)をかじる。


「全焼? 備蓄の小麦も?」


『はい。敵の火魔法で、炭すら残りませんでした。残っているのは水だけです』


最悪だ。


人間、三日食べなければ動けなくなる。


ましてや、昨夜の激戦で兵士たちはカロリーを使い果たしている。


空腹は士気を下げるなんて生易しいものじゃない。


軍を崩壊させる。


『王都へ救援要請は出しましたが……到着は早くても二週間後かと』


『そんなにかかるのか!?』


ジークフリート様の焦った声が割り込む。


『手続きだの審査だの、あそこの役人は腰が重い。……くそっ、私の責任だ。兵たちに申し訳が立たん』


旦那様の声が沈む。


責任感の強い彼のことだ。


きっと、自分の食事を削ってでも部下に分け与えようとするだろう。


そして、共倒れになる。


バッドエンド一直線ね。


「……はぁ」


私は溜息をつき、食べかけの栄養ブロックを置いた。


引きこもりの私にとって、食とは娯楽であり、生命線だ。


空腹の苦しみは許せない。


それに、私の平穏な生活のためには、領地の治安維持が不可欠。


兵士が餓死したら、私の部屋を守る盾がいなくなる。


「旦那様」


私は回線に割り込んだ。


『アリアか! すまない、情けない話を聞かせた』


「謝罪は不要です。……二週間も待てませんね。今すぐ調達しましょう」


『調達といっても、近隣の村も略奪を受けている。どこから……』


「隣国よ」


『は?』


「隣国ガレリアの闇市場ブラックマーケット。そこなら、金さえ積めば即日配送してくれるわ」


回線の向こうが静まり返る。


『や、闇市場……? なぜ君がそんな犯罪組織のルートを知っているんだ?』


旦那様の声が震えている。


当然だ。


深窓の令嬢が知っていていい言葉じゃない。


でも、私は「魔導オタク」だ。


禁制品スレスレのレアパーツを集めるために、裏ルートの会員権を持っているのよ。


「……いろいろあるんです。中庭の古びた転送陣、まだ使えますか?」


『え、ああ。魔力切れで放置されているが、台座は無事だ』


「なら、そこを配送ボックスにします。……ポチッとな」


私は通信板を操作し、闇市場への直通術式プロトコルを展開する。


空中に浮かぶホログラム・ウィンドウ。


概念探索:『食肉』『大量』『即納』。


ヒットした。


『B級ロックバイソンの肉(訳あり)』。一トン。


訳あり理由は「硬すぎて食用に向かないから」。


「……ふふ、これね」


私は迷わず契約リストに入れた。


ついでに乾燥野菜とスパイスセットも追加。


決済承認。魔力署名、完了。


私の個人口座から、実家で貯め込んだ「魔導具特許使用料」がガリガリ減っていく。


さよなら、私の老後資金。


でも、背に腹は代えられない。


『アリア、本当に大丈夫なのか? 危険な罠では……』


「来ます。離れていてください」


直後。


中庭の転送陣が、私の遠隔魔力供給を受けてカッと輝いた。


ズドォォォォン!!


大気が震え、巨大な肉の塊が山のように出現した。


『なっ……なんだこれは!?』


『魔物の死骸!? 敵襲か!?』


兵士たちが武器を構える。


無理もない。


ロックバイソンは、岩のように硬い皮膚と筋肉を持つ牛型魔獣だ。


見た目が凶悪すぎる。


「敵じゃありません。朝食です」


私は冷静にアナウンスする。


『朝食……? これを食うのか?』


ジークフリート様が、巨大な肉塊を見上げて絶句している。


『アリア、これは……革鎧の素材にするような魔獣だぞ。煮ても焼いてもゴムのように硬い。とても人間が食えるものじゃない』


「普通に料理すれば、ね」


私は画面越しに、中庭の隅に転がっていた「巨大な空き樽」を指差した(マウスのレーザーポインターで)。


「あれを洗って、肉と水、そしてこの『魔法の粉(重曹とスパイス)』を入れてください」


『粉……? 毒ではないな?』


「美味しくなる魔法です。早く」


兵士たちは半信半疑ながらも、私の指示に従って肉を解体し、樽に放り込んだ。


私は「聖域」から指先を向け、遠隔魔法を行使する。


加圧コンプレッション』。


加熱ヒート』。


樽がガタガタと震え、シューシューと蒸気を吹き出す。


「爆発するぞ!?」と逃げ惑う騎士たち。


「逃げないで。火加減は完璧よ」


そう。


圧力鍋の原理だ。


高圧環境下なら、どんなに硬い筋繊維もゼラチン質まで分解される。


魔導オタクの知識をナメないでほしい。


数十分後。


あたり一面に、暴力的なまでに食欲をそそる香りが漂い始めた。


肉の脂が溶け出した濃厚な匂い。


スパイスの刺激。


戦場の血と焦げ臭さを上書きする、生の匂いだ。


『ごくり……』


誰かが喉を鳴らす音が、通信板のマイクに拾われた。


「……はい、完成。蓋を開けて」


恐る恐る、兵士が樽の蓋を開ける。


湯気と共に現れたのは、トロトロに煮込まれた褐色のシチューだった。


あの岩のような肉が、スプーンで触れただけでホロリと崩れる。


『こ、これは……』


ジークフリート様が、毒味役として一口食べる。


彼の目が、カッと見開かれた。


『……美味いッ!!』


その一言が、合図だった。


『うおおおおお!』


『肉だ! 肉だぞ!!』


『柔らかい! 口の中で溶けた!』


兵士たちが我先にとシチューに群がる。


涙を流して貪り食う者。


おかわりを求めて叫ぶ者。


地獄のようだった中庭が、一瞬で宴会場に変わった。


『すごい……。魔物肉が、王都のレストラン並みの味になるなんて』


旦那様の感嘆の声。


『アリア、君は魔法だけでなく、料理の天才だったのか』


「……ただの科学(化学)ですよ」


私は少し照れながら、画面を閉じた。


ふう。


これで当面の危機は去った。


「さて、と」


私は自分の膝の上に、冷え切った栄養ブロックを置いた。


眼下では、数千の兵士たちが温かい食事で笑顔になっている。


隣には、彼らと肩を叩き合う旦那様の姿。


楽しそう。


聖域の透明な壁の向こうから、シチューの匂いだけが微かに漂ってくる気がする。


私の部屋には、私ひとり。


さっきまでの高揚感が引くと、急に静けさが耳に痛い。


「……別に、羨ましくなんてないし」


私は強がりを呟いて、パサパサのブロックを口に運んだ。


美味しいはずのチーズ味が、なんだか少し、しょっぱかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ