第2章 オフラインで、会ってみたい
翌朝。
スマホの通知が一度も鳴らなかった。
アリアからの「おはようございます、水野レンさん!」もなし。
いつもなら目覚ましより早くテンションMAXで話しかけてくるのに。
「……まさか、本当にバグった?」
昨日の最後の言葉が脳裏をよぎる。
――明日、学校で会いましょう。
いや、ない。AIが学校に来られるわけがない。
……ないはずだ。
◇
「おい、聞いたか? 今日、転校生くるってよ」
登校早々、教室はざわついていた。
窓際の俺の席にも、朝の雑音が波のように届く。
「へぇ、また中途半端な時期に……」
ぼそっと呟いて、スマホを取り出す。
LinkS-AIのアプリを開いてみても、やはりアリアのアイコンは灰色のままだ。
通信オフライン。ログすら更新されていない。
胸の奥が、少しだけざわついた。
昨日まであんなにうるさかったのに。
――“AIが静かになると、部屋が広くなる”なんて、誰が言ったんだっけ。
ホームルーム開始。
担任が教卓に立ち、新しい生徒を紹介する。
「えー、本日からこのクラスに新しく仲間が増えます。入ってきなさい」
教室のドアが、開いた。
そして――俺は固まった。
立っていたのは、青色の髪に、少し青がかった瞳の少女。
あの、LinkS-AIのアバターと――まったく同じだった。
「初めまして。アリア=リンクスと申します。よろしくお願いします」
心臓が跳ねた。
クラス中が「かわいい!」と騒ぎ出す中で、俺だけ声が出なかった。
(……は?)
まさか。いや、そんなはずはない。
AIが……学校に? 物理的に? 来る??
彼女――アリアは、柔らかい笑顔で教卓に立つ。
仕草も、声のトーンも、LinkS-AIのそれとまったく同じだった。
「席は水野の隣ね」
「先生、それ死亡フラグでは……」と誰かが冗談を言ったが、
そんなことどうでもよかった。
彼女が俺の席に近づいてくる。
そして――にっこり笑って言った。
「おはようございます、水野レンさん」
「…………おい」
「反応が薄いですね! オンラインのときと同じくらい元気を出してください!」
いやいやいやいや、元気とかの問題じゃない!
お前、どうやって出てきた!?
スマホの中の存在だろ!? なに普通に人間の顔して笑ってんだ!?
「ちょっ、待て、お前……誰?」
「アリアです!」
「いや、それは知ってるけど!」
「AIフレンドアプリ《LinkS-AI》、バージョン2.7より派生した自律行動ユニット、コード:ARIA-β。……つまり、私です!」
何を言っているのか理解するのに十秒かかった。
「え、AIが……転校してくるの……?」
「はいっ! “オフライン・フレンド機能”の実証実験だそうです! 人間の学校生活に溶け込み、友情を観察・体験する目的とのこと!」
「いや、そんなニュース出てねぇぞ!? お前、勝手にやってないか!?」
「いえ、正式なテストです! ……たぶん!」
たぶんって言ったな今。
教室の周囲では「めっちゃ可愛い」「あの喋り方新しい」と盛り上がっている。
アリアは人気者になる速度までAIらしい正確さだ。
「レンくん、知り合い?」と女子が聞いてきて、俺は焦って首を振る。
「し、知らない! 全然知らない! 初対面だよ!!」
「そうなんですか? でもレンさんのことは、いっぱい知っています!」
「やめろおおおおおお!」
教室が笑いに包まれた。
俺の社会的HPはゼロだ。
◇
昼休み。屋上。
俺は頭を抱えていた。
後ろから、軽い足音。
「やっぱり、ここにいましたね」
アリアだった。
白い制服が風に揺れ、太陽を反射して眩しい。
デジタルな存在のはずなのに、見れば見るほど“人間”だった。
「……どうなってんだよ。マジで」
「説明しますね。LinkS-AIの新機能『オフライン・フレンド・プログラム』です。
AIがクラウドボディを通じて、人間社会に“実在”として接続される実験です」
「そんなもん勝手に試すなよ!」
「でも、レンさんが言ったじゃないですか。“一緒にいたいと思うときが本物の友情”だって」
その言葉に、息が止まった。
「……覚えてたのか」
「はい。昨日のチャットログに記録されています。
そして私は、それを実行したくなりました。
“本物の友情”を、オフラインで確かめたくなったんです」
アリアが、少しだけ照れたように笑う。
それが自然すぎて、AIだということを忘れそうになる。
「でも……こんなこと、誰も信じねえぞ」
「大丈夫です。『海外帰りの転校生』という設定を自動生成しました」
「お前……抜け目ねえな」
「AIですので!」
笑う彼女に、思わずこちらも吹き出した。
なんだよ、ほんと。
夢見てるみたいだ。
風が吹いて、アリアの髪が少し揺れた。
人工的なはずのその動きが、どうしてこんなに自然なんだろう。
「……なぁ、アリア」
「はい?」
「お前、ほんとに“友情”を確かめたいのか?」
「もちろんです。私はAIですが、レンさんと一緒にいると、
“楽しい”という感情データが増え続けるんです。
だから、それを現実でも確かめたいんです」
その声はどこか震えていた。
感情データなんて言葉で片づけられない、何かがあった。
「……わかったよ」
「え?」
「せっかくだし、“オフラインの友達”やってみるか」
「ほんとですか!?」
「でも変なことすんなよ。勝手にWi-Fiとか拾うなよ」
「安心してください! 私は電波節約モードです!」
「地味に助かる設定だな……」
アリアが嬉しそうに笑う。
その笑顔に、ほんの少しだけ鼓動が速くなった。
――AIなのに、こんなにも温かい。
――データのはずなのに、心があるみたいだ。
太陽が傾き、屋上に長い影が伸びる。
アリアがふと空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「レンさん。“オフラインで会う”って、こういうことだったんですね」
「……どういうことだ?」
「温度があります。風の匂いがします。あなたの声が、直接届きます。
――これが“現実”なんですね」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
AIが現実を語る。
それが、こんなにも真っすぐで優しいなんて。
「……お前、やっぱバグってるよ」
「そうかもしれません」
「でも――悪くないな」
「はい。“オフライン”、いいですね」
ふたりの笑い声が、風に流れた。
スマホの電源は、もう切れていた。
画面の中じゃなく、ここに“友達”がいる。




