始まりと再生
今回も長くなりましたが、読んでいただけると嬉しいです!
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……………………………………
…………………………………………
こえが。
こえる?
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……………………お……………お…い?
………………おーい??……
「………ぁ…」
「おい!お?お目覚めか?」
…………
「へ。……いや。」
「ん?なんかいったか?寝ぼけてる?」
「あ……あぁ…」
「ああ、じゃ、ねぇだろ!大丈夫か?目が変だぞー、もともとか、ハハハ!」
「お前……帰ってたんだな…」
「おう、今さっきだけどな。起こしちまって悪い。あ、悪いんだけどさ、これから、ちょっと客来るんだけど、寝るんだったら、お前の部屋で、寝てくれるか?」
「そうか……。何時に来るんだ?」
「ああ、6時半だってよ。」
兄はそう、スマホを見ながら答えた。誰だろうか。いや、そんな事はどうでもいい。
なんだ、あの夢。
妙にリアルだった。
「ユリ……か……」
「ゆり?だれだ?それ?……変な夢見たのか?」
「いや。悪い。誰でもねぇし、変な夢も見てねぇよ。誰か来るんだろ?俺向こう行っとくから、ゆっくりしろよ……」
「……大丈夫か?お…」
ガチャ
扉を閉め、兄の言葉を遮るようにわざと音を立てた。今は冷静を保てているように、見えるだろう。兄の視点からはな。
だが、少々頭も心も混乱している。
発狂とまではいかないが。
夢は最悪だったが、正直夢だったと割り切れてる筈だ。それよりかは、起きた時の現実に戻される方が、何故か辛く感じた。
寝ていた方がよかった。
あのまま夢が終われば、俺はまた、無の淵はずなのに。
「………静かだな。部屋は暗いか…」
なんだったのだろうか。
ユリ、とうさんかあさん。
割り切れてる?
「……何処がだよ。ただのゆめの、はずなのに。なんで、こんな……」
気持ち悪いんだ。
緑の獣が、憎いとか、そんな綺麗なものなんかじゃない。
緑の獣もそうだが、訳の分からない家族、そして最後何故か喰われた、俺。
全部が吐き気がするほど気持ちが悪い。
こんな夢に、俺はここまで気を取られるんだな。
そりゃ何事も上手くいくはずがない。
ふと、勤めていた、会社の明細書が、目に映る。そうだった、勤めてたんだったな。
今はもう勤めちゃいなかった。
「クビだ。もう来なくていい」
「人格すら褒められたものじゃないし」
「責任感も持ち合わせていない。作業はともかく、そんな自覚すらないような人間だ。」
そうだな。どうせ俺はそうだ。
だからなんだと言うのか。
俺は、結局、何もないやつより、終わってるんだよ。
ぱぱ、まま、ゆり。
「っ……くそ。」
いやことばかり考えてしまう。
そんなことしたって現実は変わらないのに、わかってるはずだろ。
また、同じ繰り返しか。
こんなんじゃ何も進まないじゃないか。
あんなのはただの夢だし、いちいち傷ついてる場合じゃないだろ。
なんでこんなに、すぐ辛くなるんだ。
いや、俺は辛いんじゃない。そうだ。
兄貴や他の辛い人間と比べたら、楽な方に決まってる。
なら俺は。ここで、モタモタする俺は。
「そうなんだろうな。」
気づけば体が勝手に動いていた。
そのまま、重い体を布団にぶつけるように座った。
諦めのような状態だろうか。
なら、それで良い。
暗い部屋にカーテンの隙間からでる、外の街灯の光が、また、明細書を照らす。
それを見るたびに、重いものが心に乗っかる。現実から目を伏せるように、カーテンの左側に寂しく暗い木製の棚に目を移す。正確には時計に目を移した。
夢のことや、現状に思考を奪われながらも、今が何時で、兄の知り合いが来る時間はいつなのかは、まだ、考える事ができるらしい。
悩みながらそんな事を考えれるなら、もっと、何かが、できたはずだろう。
呆れは生じるが、それ以上はなにもなかった。
だからどうしたと言う話だ。
そんなことよりも時間が経つのはなぜこうも早いのか。
なぜにこう言う時だけ早く感じるのか。
いや。
どうでもいい。
6時25分だ。
もうそろそろだろうか。
どんな奴が来るのか、想像を膨らましていた。その時だった。
コンコンコン
ちょうど兄が、扉を叩いてきたところだった。扉がゆっくり開き、電気の光が眩しく感じる。兄が影になり、顔が見えないが、明るい表情なのが、わかる。
「よぉ!いきなり、そっちいっちまうようだから、びっくりしたぞ。もうそろそろ来ると思うから、こっちいろよ。それとも、お前も出るか?」
「いや、良いよ。」
「そうか?なんでだよ!別に良いんだぜ?」
こいつアホだろ。俺が出たらお前に支障が出るだろうが。もしそいつが、咎めるような視線を俺に向けてきたらどうするつもりなのか。それを知ってていってるのだろうか。
「まぁ良いけどな。じゃ、そこにいててくれよ。」
なんで、こんな失望したような、トーンで喋ってくるのか。なんで俺はそんな目で見るのか。ダメだ。そうじゃないだろ。
いや、冷静になれよ。
兄は失望なんてしてないだろ。
なんでこんな事にムカつくだ。
「まぁ、ゆっくりしとけよ。大丈夫か?」
「あ。ああ。」
「そうか?」
「大丈夫だよ。くるんだろ?」
「おう。まぁ、そうだけど。わかった。ま、終わったら、言うな。ゆっくりしとけ」
最後俺の気を遣っていたのだろうか、もしそうなら、悪いな。
ゆっくりと扉が閉まり、眩しかった光もゆっくり部屋を暗くしていく、その短い時間にいろんな思いが、複雑にまざりあう。
「はぁ……」
そして、また、時計を見る。
27分だった。
もう少しか。
今度はまたなんだろう。
なぜだろうか。
動悸がする。
緊張とはまた違う。
なんかほんとによくわからないな。
なんでなんだろう。
手先が冷たく感じる。
心臓が痛い。
早く3分たたないだろうか。
もう終わらして欲しい。
なんで、こんな緊張してるんだろ。
怖いのだろうか。
そうだ。
きっと怖いのだ。
なぜ恐怖を感じてるのか。一体何に。
胸が、刺されるようにいたい。
終わらしてくれ。
ピンポーン
「サヤさん、ごめんなさいね。来ていただいて。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。こちらこそ外が雨でちょっと服が濡れてますね。ごめんない。」
「いやいや、そんなこと気にしないでください!大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
部屋越しに、こもる声が聞こえる。
壁越しな割にははっきり声が聞こえる。
どうやら客は女性らしい。
女性の声が明るいトーンだ。その声になぜか安心感を覚える。
だが、まだ、心臓のバクバクは止まらないままだ。
一体何にそんな恐れているのか。
分からないのが、また、一層強く増して、心に襲いかかる。
「改めてなんですけど、野村沙耶と言います。よろしくお願いしますね!」
「はは、いや。こちらこそ、よろしくお願いします!ところでなんですが、なぜいらしたんですか?理由までは書いてませんでしたよね?聞いても答えが返ってこなくて。」
「いえ、そんな大したことでは、ありませんよ。ただ、ちょっと気になった事がありまして、まとめてた小説だけど、ここの部分の内容って、読んでて違和感を感じたんです。ここの文章なんですけど。」
そうか、小説を書いていたな、そういえば、その内容の話らしい。
サヤって名前にも聞き覚えがあった。
「……」
一体どんな奴なんだろうか。
やはり、立派な奴なのだろうか。
兄は今どんな服装で対話しているのだろうか。そう考えると、何故か怖く感じる。
どこか、覗ける場所はないだろうか。
冷たくて、動けなかった足が部屋中を駆け回る。
どうしても、見られずにはいられない。
ダメなのは、わかっているし、やるべきじゃない事も分かっている。
でも、そんなことはどうでもいい
「そう言う事か。でも、ちょっと分かりづらく、ありませんか?」
「あーそうですかね?変えた方がいいでしょうか?」
「変えた方が良いというよりも、文面をもう少しシンプルにした方がよろしいかと思いますよ!」
「そうですかー、なるほど。わかりました。」
ショックだった。
俺は、確かにのぞいた。
ここどこだっけか、そんなことすら一瞬記憶に、ブレが生じるほどだ。
その光景は今も目にしているが、
おれにとっては大きな衝撃だった。
なんで、あんなにしっかりしているのか。
一番衝撃がデカかったのは、やっぱり兄の方だった。
問題なのは服じゃない。
服装じたいはかなりラフで、兄らしかった。
けれど、兄の顔や、存在感というのだろうか、なぜさっき見た時は気づかなかったのか、なんていうのか。
すごい成長したんだな。
あのサヤとかいう人物とも、引けを取らない。会話面でも、すごく柔軟なのが、瞬時に分かる。
「あ、ああ……ちくしよう。」
認めれなかった。
理性ではわかってはいたんだ。
きっとこうなんだろうなって。
何が分からないだ。
怖かったんだ。
分かってた。
「サヤさん、僕は未熟ですから、これからもこういった事があれば、協力していただけると、嬉しいです!サヤさんでよかったです!」
「いや!そんな事ないですよ。こちらこそ、選んでいただいて嬉しいです」
「いえいえ、ちゃんと、あなたの履歴を見ました。入念に人選したんです。ですから、自信は持ってもいいと思いますよ!!」
「あの…こういうのも変なんですけど、変わりましたね?2年前とは大違いです。」
「……」
「あ、どうなさいました??すいません!失礼なこと言っちゃいましたか??ごめんなさい」
「あ!いえいえ!そうじゃないですよ!大丈夫です。変わったって言われるほど、変わる訳じゃないんですよ!」
「そうなんですね。でも、私からみたら、変わったように見えましたよ?」
「そうなんですねー、そっか。2年前から知ってたんでしたっけ?僕のこと?。」
「ええ、知ってましたよ。覚えてないかも知れませんが、同級生だったんですよ?それで、どうしてるか気になって、一回こっちにきたんです。ちゃんと会ったことありますよ?門前払いされましたけど。」
「あ。そうだったんですね。ごめんなさい。」
「いえいえ気にしないで下さい。終わったことです。」
そっと覗くのやめる。今の兄を見ていると、自分がさっきまで、感じていた恐怖が、兄にあるのを、自覚してしまうからだ。兄を通して自分を見ていたんだ。
それが、今にきて、認められない。
認められない。
あの変わりよう、あの、姿、今はあいつの全てが、憎く映る。
明日にはこの憎しみも消えているのか、そう考えると、余計に全てが憎く見えてくる。
こもるような声がはっきり聞こえる。
その対話を聞いても、あいつの精神性が、俺の憧れてた物に近いものなのが、余計に悔しくて、憎くてしょうがない。
あいつは未熟だよ。
確かに未熟なんだ。
でもそれで良いんだ。
そんな人間になりたかった。
俺には何もないのか。
こんなに傷ついて、人間性さえも、ないのか。
そもそも俺は兄ほど傷ついてなんてないだろ。
あいつと比べて、深く精神を病んだことはあっただろうか。
「はぁぁぁぁ。なんなんだよぉ。」
小声で叫ぶが、小声しか叫べない俺に失望する。逆効果だ。余計に自分に嫌気が差す。
女性ともはっきり喋れる性格だっただろうか。
人と会うのはつい2ヶ月まえまでは、億劫だったはずなのに。
なんであんなに変化したんだろうか。
「クソ!!」
まるで、自分がアホみたいだ。
俺はニートをやめるまで、20年はかかった。その時間が、無駄だったように思える。
実際そうじゃないのか。俺は部屋の中で、意味のない時間をかけて意味のない、職場という逃げ場所作って、意味のない、なんの価値もない努力。継続というものも、失くして。見事に年齢だけが、重ねられた。、
45歳だ。
「はははっ。」
笑えない。
これが、俺の人生か。
から笑いも、息が詰まりそうだ。
なんだこの人生。
だんだん。心に何も無くなってくる。
何回目だろうか。
諦めの極地になるのは、今回もすぐ終わる類のものだろう。
できればずっと、あきらめていたい。
無駄な足掻きしたくない。
こんな人生なら、他の誰かにあげた方が良い。
幸せでも、不幸に見舞われたこともないこの命は誰かに、使われるべき命じゃないのか。
もういやだ。何もかもがだ。
気付いたら、二人がいるはずの部屋も静まりかえっていた。
意外に早いんだな。
今はあいつの顔を見たくないが、
でも、見なくて良いのだろうか
なんでそんな事思ったんだろう。
俺はこのままで、本当に良いのか。
今なら、今の状態で、あいつと向き合えよ。そしたら、何か変わるかもしれないんじゃないか。
諦めていたのに、なんでこんな事を考えるんだよ。
なんで、心が言う事を聞かないのか、なんで、やろうとするのか。
向き合う気概とかではなかった。
単純に、やってみよう。そんな、幼稚な感覚だった。
ガチャ
力が入りにくい手で、ドアノブを掴み、ゆっくり、開ける。相変わらず、電気が眩しい。
そこには兄はいなかった。
目の前にはボロボロのソファ、さっきまで二人が使ってた、ソファだ。
このまま、兄の方に行こうとしたが。
どうも気が引ける。急になんなんだろう。
泣きそうになる。なんでこんなに移ろうんだ。なんで俺はここに来たんだよ。
耐えきれずソファに座った。
背もたれに、上半身を全て預ける。
「はぁ……くそぉ……」
兄と何をするつもりなのか。俺は。
何をしに来たのか。
何をするかは考えていないのも、中途半端なんだな。とつくづく思う。
憎い、憎すぎる兄にまともに話せる訳がない。ただ、それに耐えるって言う俺の馬鹿な発想。「向き合う?」向き合える訳がないだろ。
そんなことを考えながらも、ぼーっとしてしまう。
そして玄関の方からツタツタとスリッパが掠れる、音がする。兄だ。
その足音すら、今の俺には、火に油だ。
だんだん近づく足音につれて、自分の中の怒りの感情を残したまま、不安が広がってくる。怒りの感情のままで、出てきた自分、それを見られる自分。兄軽蔑されかも知れない。そんなどうしようもない、心にも、うまく心を、コントロールできない自分にまた、怒りが湧いてくる。
兄への不安、あきらめていたはずの怒り、
コントロールが、うまくできない自分。
足音でさえも怒る、気の小ささ。
兄と何するかでさえ決まってない、思慮の浅さ、それに伴う責任感のなさ。
「くっ……そぉ。」
何もかもがイヤになる。
もう、生きてることすら、嫌だ。
飛び降りようかな。
どうせ死ぬ覚悟もないだろう。
それにも……
ツタツタ。
やけに耳につく、耳障りな足音。
兄が来る。
「よ!終わったぜ。」
「ああ……」
「いや。ちょっと長かったよな。長く待たせる事なってすまなかったな!あのひとは沙耶さんって人だよ。一応、前から知り合いだったんだけどな。ま、ニートの時の俺を知ってる奴だ。まだ、若い人だけど、しっかりしてるよな。」
「ああ。」
「色々、小説を書くにあたって協力してくれる人、探しててさ。ツテで、かなり集まって、その中から、選んだんだ。その中に沙耶さんがいてな。」
「ああ」
「なんだよ?どうしたんだよ。変だぞ、なんかあったのか?」
「ちょっと今は黙っててくれないか?」
「あ…そうか……悪かった。」
やってしまった。何やってんだろう。
なんで、こんなふうになるだろうか。
本当にしょうもない怒りだ。
ソファから立ち上がり、落ち着こうと水を飲みに行く。
一歩一歩歩くたびに、床の冷たさが、俺を責めてるように感じる。
ヤバいのは分かっているのだが、なんだか、疲れたなのだろう、心が、何も感じなくなってくる。
台所まで歩いている途中。夢のことを思い出す。
緑の獣だったな。あいつに食われた瞬間まで、全てが鮮明に覚えてる。
とくに妹らしき人物の悲鳴。耳につく。目を逸らしたくなるような、声だった。
トラウマになりそうだ。そのうち声も止まったが……それが、逆に心を抉る。
台所に水色の花瓶が見える、赤い彼岸花がよく目立つ。明るい赤で、その存在感を満遍なく発揮していた。兄が飾ったのだろうか。以前は無かったばずだ。
「……」
花瓶が割れると、破片が飛ぶ。
破片が人に刺さると、どういうふうになるんだろうな。
刺してみたら、俺はどういう反応するだろうか。兄はその時どんな反応するのだろうか。
「……疲れてんだろな。俺は。」
とんでもない思考を、無にし、蛇口から水を出す。
とりあえず、水を飲んで落ち着こうとした。
蛇口から水が勢いよく流れる音が、自分の神経を逆撫でするような感覚を覚える
「……」
もし、包丁で、兄を刺したら、兄はどんな顔するのだろうか、最後になんていうんだろうか。
したくない。
どうしてだろうか。してみたら何か変わるかもしれないんじゃ、ないのか。
そもそもなんで、そんなに、やりたくないのか、説明できるだろうか。
やりたくない。なんでやりたくないんだ。
「……」
やりたくない、なんでだ。
説明できる理屈がない。なら、やらない理由はあるのか。
「……」
そっちの方が兄も楽になるだろう。
こんな世の中に生きるよりは楽なんじゃないか。それ以前に、俺はどうなのか、今の人生で本当に良いのか、このまま、同じ生活ならいっそ……
ムショに入った方が良いんじゃないのか。
何かが変わるかもしれない。死刑でも、別に、今の人生を生きるよりはマシなんじゃないのか。
あいつのことだ。きっと今頃、ソファにもたれかかってるとこだろう。
油断してるはずだ。
やるとしたら、できるよな。
「……」
したくない……なぜだ。
そっちの方が、世の中に貢献できるとしたら、したくないなんて言ってる場合だろうか。
俺がしないことで、誰かが、死ぬかも知れない。したくない理由はなんだ。
「なにしてんだ?」
「あ…あ、いや、なにもしてない。兄貴は?」
「いや、お茶飲みきただけ。落ち着いたか?」
「……」
「そうか。」
ドクドクと。
心臓が高鳴るのが、分かる。
やるのか。
なんでそんな焦ってる。何故そんなに冷汗をかいてるのか。
なんで、兄を刺すことが、俺にとっていやなことなんだ。わからない。
兄が冷蔵庫の方を向いた。ちょうど、俺がすぐ後ろにいる。
今ならできるんじゃないか。
こいつを……
そっと包丁を手に取った。気づかれないように、最善の注意を払いながら、引き抜いた。
使ってないからか、新品なそれは、台所の電気に反射していた。これなら、すぐに人の肉なんて…
「ん?お……?な、なにしてんだよ?」
「なぁ、あにき、俺さもう何だかよくわかんないんだ……。どうすればいい?お前を殺したくない、理由が分かんないんだ」
「は?……と、とりあえずそれおけ。な?いいな?」
「……」
「おいおいおい!!ちょっと待て!!」
はー、なんだろうか。
ぼーっとするな、さっきは高鳴ってた心臓も穏やかだ。何も感じない。
包丁をあにに向けた時からだ。ふっきれっちまったのかな。とりえあずやっちまうか。
逃げる兄を追いかける、なぜ、追いかけてるんだろう。なんだか、とても静かだ。
なんであんなに、焦ってたんだろ。
「おい、待てよ。何するつもりだ?。」
汗が額にびっしょりだ。
それに、マヌケみたいに、ドアにどっしりと体重をかけていた。その顔。メガネの奥に映る目が、涙目になって、ひどく怯えている そんな顔されたら、余計に分からなくなる。なんで、やりたくないと思うのか。
兄は包丁を向けると、こんな反応をするんだな。
へえ、こんなふうに人間なるんだ。
思ったより冷静なんだな。もっと取り乱すかと思った。
「落ち着けよ、な?何があったんだ?」
何があったかって。そんなものは分からない。
やってみたくなった。それだけなんだよな。なんで、俺もこんな冷静なんだろうな。
きっと兄が止めたところで、俺は止まらないし、止めてほしくもない。
「……」
「こんな事しても、後悔するだけだろ!お前はそんな奴じゃない筈だろ?な?とりあえず話そう。落ち着け。」
「……」
優しいな。こうなった弟でさえ、責めるような、言葉を発しない。
それはその場に合わせた、言動なのか。
そうでないかなんて、そんなのは、すぐにわかる。
一応兄だからな。
きっと見抜いてんだろうな。
俺がどういう状態なのか。
だけど、今の俺には、何も通じないと思う。なぜか。
何にも感じないんだ。
腐った正義感か、それとも、心の腐敗か。
今の俺の状態はわからないが。
心にさざなみ一つ湧いてこない。それだけは分かる。
「どうしたんだ?なんか喋れよ。」
そっと俺が前に出る。
兄はドアを開けながら、ゆっくり遠ざかっていく。
俺に合わせて。
「本当に何があった?俺に原因があるのか?はっきり言えばいい。まだ、間に合う。な?」
兄に原因があるのだろうか。
原因がなんなのかそれすら分からない。
「.……そうか。分かった。」
兄がいきなり、俺の目をまっすぐ捉えて、諦念が混じった声で、言った。
すまないな。俺今何がどうなのか、分からないんだ。
だから。もうなにもいうな
気づけば、兄を壁に追い詰めていた。
もう、兄に逃げられる場所はない。
俺の背後を除いてだ。
「……」
兄を刺してみたら、どんな反応をするのか。別に殺意があるわけじゃなかった。
殺意じゃないならなんなんのか。
とても変な感覚だ。
ゆっくりと、足を運ぶ。
一歩ずつ、床を踏みしめながら歩くのは、自答自問を重ねているからだ。
さざなみ一つたてない、心に、何故まだ戸惑いがあるのか……
一歩また一歩。
近づくたびに、静かな凪のような心の中に焦りが生じる。
なんで、そんな気持ちが芽生えるのか。
そんな思考を繰り返すたびに、戸惑いの色が強くなる。
そのたびにやらなきゃという声が自分に響く。
「……」
兄は俺の目を見たままずっと動けないでいる。だがそれも数秒の間だった。
「そうか…。俺は今のお前になんて言ってやれば良いのか、分からない……」
お前のせいじゃない。
まずいな。そんな事を言われたら……
「そのせいでお前に、後悔させることになるかもしれない……そんな俺を恨む時もあるかもしれない……」
これ以上揺さぶらないでくれ。
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「だけ………」
だけ……とその後につむぐ言葉はでてこなった。それは、心の痛みが、そうさせるのか。それとも。
突き刺す包丁に、身体が生命の危機を知らせる、悲鳴が、そうさせるのか。
どちらでも構わないが。それよりも……
弟がひどく怯えているのが、はっきりと分かる。何故止めてやれなかったのか。
痛みの中脳裏に浮かぶのは、そんな事だ。
弟の様子が変だったのは、ある程度勘づいていた。それもそうか。俺と全く同じだっただもんな。
それなのに、俺はまた、自分を優先してしまった。
ガタガタと震える手、包丁から手を放し、何が何だか分からないって言う顔をしてる。
痛いほど、今の弟の気持ちが分かる。
それなのに
何故止めてやれなかったのか。
今思えば。そんな疑問を持つこと自体が
間違ってるんだろうな________
「なん……で……」
なんでだ。なんでだ。なんで。
なんでだ。疑問が今の自分の思考を一色に染める。
それは刺すまでの心境を知っているからというのもあるだろう。
兄を刺すまでの、穏やかな焦り。
それが、刺した、その瞬間に変わる。激しい感情。
空白で、なにがなんだか、分からなかったはずなのに、今は感情に任せようとする、自分自身の不可解さと、そんな理由で事を為した自分への、嫌悪感。
そして兄を刺してしまった事のその現実が、己の悲痛として、襲いかかる。
そのすべてが、思考を一色に変える理由だった。
何もすることができなかった。
その場に立ちすくす事しか、できなかった。
やってしまったのは自分なのに、兄に死んで欲しくない。
今更助けて欲しいと願う、その気持ちが、さらに、分からなくする。
どうしたらいいんだ
「大…丈夫だ。落ち着け……」
兄の声が聞こえる、その声がとても安心した。だから。
「兄……ごめん。ほんとごめん…ごめんな……」
「言いたい事が……はぁ……はぁ……あるんだ」
「もうしゃべるな……」
「だいじょうぶ……はぁ……はぁ…さっきの続きなんだ…けどさ。おれは……ぉ…まえに…こんな思いを…させてしまった…」
「あにきの…せいじゃない……」
「すまないな……一生残る…きず…をのこしてしまった…」
絞り出すように兄の口から、そんな言葉が出る。包丁が肺に刺さり、息がしにくそうなのを耐えながら、必死に伝えようとしている
それを目にしながら、未だに訳がわかっていない、自分の思考に嫌気がさす。
そんなこと考えてる場合じゃないってのに
「おまえ…は…はぁ……はぁ……これから…きっと………いや……違うな。今、起こった事は…はぁ…はぁ…お前のせいじゃない。」
痛みで乾いた喉を、唾を飲み、次に続く言葉を、絞り出すかのように、はっきりと、言葉を続ける
その言葉に兄としての安心感も忘れてはいなかった。
「お前のせいじゃないんだ。こんな、ことになってしまったのは、俺でもお前でも、ましてや親のせいでもないんだ。でも……、皆んなのせいでもある…覚えておいて欲しいは、自分を追い求める事はやりすぎちゃいけない。お前は、自分を責めれば良いと思ってるはずだ。それ以外きっと……はぁ………やり場がないんだろう。信じられるのは、そこしかないもんな……」
ゴホッゴホッ……
明らかにヤバい咳だ。
肺の傷が広がらないうちにと耐えるが、
あ……もうもたねぇかな……でも……
遠のきそうな意識の中、ひどい面で俺を見てる弟が目に映る。
伝えとかないとな。
一人取り残される弟を、見捨てる事なんて俺には無理か。
まったく……
変だなぁ…………
「コホッ……だから…やっぱり…兄弟だな…似てるよ…ものすごく」
「おれは…あにきにはにてない…そんなことよりもう、しゃべるな…傷が広がる!頼むよ…」
「ああ…痛いほどわかるってのに止めれなかった…」
「なにいってんだよ!もういい、おれのせいなんだ!だから頼むからしなないでくれよぉ。たのむよぉ。もういいんだ。あにき。もういい!」
「良いか…舜一…これからの人生で……正解を見つけようとするな……お前は……お前で…良いんだ……お前の気持ちが、わかっていながら…何もできない…兄を恨んでも良い……だから…………」
喉奥から、何かが、押し寄せてくる。
何かは、きっと、吐いてしまったら……
心配そうに見つめる弟の顔から、目を逸らし。グッと堪える
喉に押しとどめ、そのまま。飲み込む。
鉄くさい。いままで、さんざんあったのに
この味は慣れないな_______
最後に短く、終わらせよう
「みじかい……ぞ……じぶんの心の中の道を選んで………」
最後の言葉がつながらない。最後の最後まで、中途半端な自分には……
まぁ それでいいか……
いきてけよ……
…………………………
静かに、身体が傾く。音もなく。冷たい木製の床にペタっと静かに、微かな音を発して
兄は完全に意識を無くした。
それに、気づくまでに、時間がかかったのは、兄の死への、拒絶感がそうさせたのだろうか。
だらりと体が崩れた瞬間、全てに察しがついたはずだ…だが、認めれなかった。
認められない。
嘘に決まってる。
兄は疲れて寝てしまっただけだ。まだ、生きてる…
そのはずだ……
なんの根拠もなく、ただそう思う事しか今の俺にはできない……
「そうだろ…?そうだよな…?は…早く起きろよぉ…なぁ…?あにき…頼むよ…」
だんだんと目があつくなる。
おれが招いた結果なのに、責める相手は俺なはずなのに。
「くそ……なんで……ちくしょぉ…」
兄の姿を見つづけているが、もう動く事がないと言う現実を再認識したそのあとの感情に耐えられる人間なんて一握りだ。
彼の死は弟にはあまりにも、大きい。
「うああああああああああああああああ」
叫びそうになる声は室内に力なく小さく響く。
普段は聞こえない、小さな音でさえ、今はなぜか耳に入ってくる。
そんな、微かで小さな音はとても切なく、胸をツーンと抉る。
その後に続く静寂は、現実を直視させる、まるで、そこにあるのは、それだけなんだと、そう感じさせるように。
そんな見せられる現実は切なさや悲しみを無視して絶望を心に刻ませる。
そんな心の変化を認識する、自分にも、失望する。
再度、だらりと横たわる兄を目で見る
「あ……あ…あに…き…ごめんな……」
なんで、こうなったのだろう。
この後どうしたらいいのだろうか。
このあと?そんな事はもう考えられない。
今は悲しみに明け暮れていたい。
それ以外俺には…無理だ。
ぼーっと、無意味な思考が流れてくる。
感情に任せながら、突っ立ってると、手に不快感がはしった。手が痒い。
原因は見ずとも分かる。べったりと、赤い物が手についてるからだ。爪に入り込む不快感、嘘であって欲しかった。
まだ、それほど、時間が経っていないはずだが、爪の間の液体が固まり始めている。
洗おうかと考えるが、それどころじゃない
「ほんと…に…やったのか……く…そ…ぉ…」
そうだ、やったのだ。
兄が横たわる原因は俺だったんだ。
おかしくなりそうだ。
「あ…ああ……ああ…くそぉ。」
「くそぉを!トン!くそぉ!トン!」
とん…とん… 弱い音が、聞こえる。
消えちまいそうな、音だ。まっまく。
血まみれな手で、壁をたたくが、痛くないように、手加減する俺に反吐がでる。
俺に対する怒りが募ってくる。
今すぐにでも、殺してやりたいのに……
死ぬ度胸すら、この場面になっても、足りないでいる。そのことにも……
兄への哀惜を忘れてこうも、怒りに集中してしまう俺に殺意が湧く。
血まみれな手で、頭をかかえる。
自然と涙が大量に溢れてきた。
神なんていないと、そう思っていても、心の行き場が分からない……
「あ……あ…あに…き…ぃ……ご…ごべん……な…ぁ……あ…なぁ……もどってきてくよぉ………」
それ以上何も願わない……
俺には……
兄貴しか……家族しか……いないんだ。
お願いだ……神様……
もうそれ以上贅沢は言わない……それだけだ……
「あにきを……もとに…もどしてくれ…ぇ」
泣いて言葉にならない声を出したその瞬間だった。
一瞬、全ての思考が止まった。
意識ははっきりしていた。意識がありながら、思考が一切ない。俗に言う無を体現したような感覚。
それで、終わりではなかった。
それは___
___例えるなら__渦だ_____
___巨大なエネルギーの渦に___
___引き込まれていく感覚____
それが___
__突如として自分に襲いかかる__
止んで、無のはずの思考が、今度は蘇り。 恐怖が、自分を染めていく。
なんだ?なんなんだ?
今どうなってんだ
恐れてはならない 身を委ねなさい
え?
その声は、音でも思考でもなかった。言ってしまえば、言葉ではない。心の中から呟やかれてる。
その言葉のままに_____
外から流れる、バイクの音が、意識を現実に戻す。いや。正確にはそうではない。
意識が戻る感覚じゃない。
言葉にできない感覚だった。
「なんだったんだ……」
その調子だ それを続けなさい
え?
まただ。何が語りかけてきてるのか。
身を委ねなさい
「へ?」
なんなんだろう。この声はどこから…?
その声の行方を探すが、そこに無いことは分かりきっている。
そうして、後ろを振り向いた途端
ぁ?
「ぁ?」
視界の全てが、白い光に包まれた。
そうして、大神舜一は異世界に転移した。
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