エピソード8
真琴がその集まりに近づくにつれ、周囲の空気が少しずつ変わっていった。最初はただの空き地に見えたが、よく見ると、そこにはかろうじて生き残った人々が集まっていた。互いに手にした武器や食料を交換し、時折低い声で何かを話し合っている。その顔には疲労と恐怖が滲んでいたが、同時に、絶望の底からわずかに光る希望が宿っているようにも見えた。
真琴はその光景に立ちすくんだ。ここにいていいのか――自分がその場に溶け込めるかどうか、わからない不安が胸を締めつける。それでも、孤独から少しでも解放されるかもしれないという強烈な引力が、彼をこの場へと引き寄せた。
「おい、お前、誰だ?」
突然、低い声が響き、真琴は反射的にその方向を向いた。声の主は、無精髭を生やした男だった。30代後半だろうか。日に焼けた顔に鋭い目つきが印象的だ。真琴はその視線に、言い知れぬ危険を感じ取った。しかし、この状況では、どんな相手でも頼らざるを得ない。
「俺は……真琴だ。」
緊張しながらも名を告げると、男はその名前を何度か呟き、目を細めた。
「真琴、か。運がいいな、お前も――生きてるんだからな。」
そう言うと、男は手で近くの空いているスペースを指さした。「座れ。食い物を分けてやる。」
真琴は一瞬ためらったが、意を決してその指示に従った。今は他の生存者と繋がることが重要だ。一人では限界がある。席に着くと、周囲の人々がちらりと真琴を見たが、すぐに視線を逸らした。彼らもまた、恐怖と不安を抱えながら生きているのだろう。
「食べるか?」
男が差し出してきたのは、焦げたパンの一切れと水の入ったペットボトルだった。真琴は短く礼を言い、そのパンを受け取る。硬く、味のしないそれを噛み締めながら、食料の重みと価値を改めて感じた。たった一口でも、命を繋ぐためには十分だ。
周囲では、他の者たちも同じように少しずつ食べ物を口にしていた。彼らの表情には疲労と諦念が滲んでいるが、その奥には微かな希望が垣間見える。現実を受け入れ、それでも生き延びようとする姿がそこにあった。
「何があったんだ?」
真琴が男に問いかけると、男は苦笑を浮かべた。
「核爆弾だよ。」
その一言に、真琴の胸が凍りつく。
「生き延びるために……何かできることはないのか?」
「できること?」男は真琴を一瞥し、ゆっくりと首を振った。「そんなもん、あるわけねぇよ。みんな、どうにかこうにか生き延びてるだけだ。」
その言葉は、鋭く真琴の胸に突き刺さった。希望というものが、今の世界ではただの幻想に過ぎないことを突きつけられた気がした。しかし、それでも真琴は黙ってパンを口に運び続ける。生きるためには、今はそれしかないのだから。
その時――
遠くから鈍い爆発音が響いた。次の瞬間、空が一瞬だけ光り、地面が震える。真琴は反射的に立ち上がりかけたが、周囲の者たちは何事もなかったかのように座ったままだった。彼らはもう、何が起きても驚かなくなっているのだろう。
「ここにいろ。」
男が静かに言った。その声には、僅かだが真琴を気遣う色が滲んでいた。「今は静かにしてる方がいい。」
真琴はその言葉に従い、再び地面に座り込む。遠くで鳴り響く爆発音が、世界の崩壊を告げているように聞こえた。それでも――真琴は生きている。その事実だけが、彼を次の瞬間へと繋ぎ止めていた。