エピソード5
背後から響いた音に、真琴は身体を一気に緊張させた。音の正体を探ろうと反射的に振り返るが、足を引き寄せ、壁に背をつけるようにして隠れる。心臓の鼓動が速くなり、耳を澄ませながら何が起きたのかを必死に感じ取ろうとした。
その音は、車のエンジン音ではなく、もっと不規則で重い音だった。金属が地面にぶつかる音、瓦礫を踏みしめる足音、時折遠くから聞こえるガラスの破裂音。それらが交じり合い、真琴の耳に届く。そして――足音が近づいてきている。
「誰だ……?」
視線を向けると、煙と灰の中でかろうじて動く影が見えた。最初は何か分からなかったが、徐々にその輪郭がはっきりしてくる。それは、どう見ても人間ではない。
「兵士……?」
真琴は心の中で呟き、身を震わせた。煙の中から現れたのは、戦闘服を着た一団だった。手には武器を持ち、動きはすでに訓練された者のものだ。人数は五人ほど。彼らは互いに連携し、周囲を警戒しながら進んでいる。真琴は息を潜め、壁にさらに背を寄せ、目を細めてその一団を観察した。
「まさか、もう来たのか……」
真琴の頭の中に、恐怖が広がる。彼らは軍隊だ。自衛隊なのか、それとも別の組織なのか――だが、今の真琴にとってはどうでもいい。重要なのは、彼らがここで何をしているのか、そして真琴がこの場にいることを知られればどうなるのか、ということだ。
その時、真琴の目に止まったのは、部隊の一人の表情だった。警戒心に満ちた、冷徹な目つき――だが、その奥に見えたものが、真琴の心を揺さぶった。
「迷ってる……?」
兵士の一人が周囲を見渡しながら、短く呟いた。その言葉が真琴の耳に届いた瞬間、背中に冷たいものが走った。――この地獄のような状況に直面しているのは、自分だけではない。兵士たちもまた、何かに追われ、迷いながらここにいるのだと感じた。
だが、今は彼らと接触するわけにはいかなかった。彼らが生存者を保護するために動いているのか、それとも――。
「どこだ?」
突然、兵士たちが動きを止めた。まるで何かを感じ取ったかのように辺りを警戒し始める。真琴は目を見開き、彼らの視線が自分に向かないことを祈りながら息を潜めた。
時間が止まったかのような静寂が続く。しかし、その静けさが破られると同時に、真琴は逃げなければならないと本能的に悟った。
足元に力を入れ、もう一度歩き始める。振り返らず、目の前の道をただひたすら進んだ。自分が発見される前に、少しでも先に――。
「早く……早く……!」
心の中で叫びながら、何度も何度も振り返らずに前を見据え、走り続ける。恐怖は、もはや彼を動かす力そのものになっていた。