エピソード4
電話をポケットにしまった真琴は、再び足を踏み出した。しかし、心はどこか重かった。彼女のメッセージが心に突き刺さり、その痛みが少しずつ冷静さを奪っていく。
渋谷の街並みが変わり果てている中で、真琴はその変化を感じ取る余裕すら失っていた。焦点が合わず、足元が不安定になっていく。もはや、この破壊された世界に自分一人が取り残されたような気がしてならなかった。
「大丈夫……?」
彼女からのメッセージが頭の中でぐるぐると回り続ける。まるで、彼女が遠くから自分を見守っているような気がした。しかし、現実はそう甘くはない。街が崩壊し、死の影が忍び寄る中で、真琴はただ一人、孤独に立っているだけだった。
「いや、まだだ」
深呼吸をして、手で顔を覆った。彼女のことを考えている場合じゃない。自分が生きて帰らなければ、何の意味もないのだ。冷静に、自分の目的を再確認する。自宅、そして安全な場所。そこにたどり着くことだけが、今の真琴にとっての唯一の課題だった。
渋谷駅へ向かう途中、真琴は一度、ビルの陰に隠れて立ち止まった。呼吸を整え、周囲の状況を確認する。まるで時間が止まったかのように、動きが鈍く感じられた。無駄に動くことはできない。なるべく人々が集まりそうな場所は避け、目立たないように進まなければならない。誰もが恐怖に包まれている中で、冷静さを保つことが生き延びるための唯一の方法だと、真琴は心の中でつぶやいた。
その時、遠くから聞こえてきたのは、サイレンの音だった。普段、街中で聞くことのない音に、真琴は一瞬、耳を疑った。サイレンの音が次第に近づいてきて、その音が耳に入ると、足元が再び震えた。車が近づいてくる音に、真琴は目を見開いた。
「車?」
視線を向けると、煙を上げながら走ってくる一台の車が見えた。まるで操縦を失ったかのように、車はハンドルを握る者の意図に逆らって進んでいる。周囲の人々がそれを避けるために走り出す中、真琴は立ち尽くしたままだった。頭の中で、車の動きが次第に予測できるようになり、何かが彼の中で決まった。
「俺も、動かなきゃ」
一歩踏み出したその瞬間、車が彼のすぐ前を通り過ぎ、真琴は咄嗟に身を引いた。そのまま足を踏み外し、近くの壁にぶつかる。衝撃で体が軽く宙に浮き、次の瞬間、壁に背中をつけて立ち上がった。心臓が激しく打ち、息が乱れる。
「危なかった……」
呼吸が整わないまま、真琴はその場にうずくまった。足元がふらつき、再び、どこへ向かうべきかの判断をすることができなくなる。周囲の煙と瓦礫の中で、彼はただ、目の前にあるものだけを見ていた。先程の車のように、今度は誰が命を奪うのか分からない。全てが暴走しているように思えてならなかった。
「俺、どうしてこんなことになったんだ……」
頭の中に浮かぶのは、自分の過去の思い出ではなく、ただ目の前にある現実。死が近づいてくるという感覚だけが、ひどく現実味を帯びている。真琴は顔を手で覆い、冷静さを取り戻すように深く息を吐いた。どうしてこんな状況に陥ったのかは分からない。ただ、自分が生き延びるためには、今すぐにでも動かなくてはならないのだと、次第に思考が整理されてきた。
その時、突如として背後から、何かの音が響いた。