パニック映画の中に転生した俺。生き残りをかけた戦いが今はじまる!
なあ、皆。パニック映画ってあるよな。そう、あれ。よく午後の静かなひとときにトキメキとワクワクを提供してくれるナイスな番組があるけれど、あれだよ。
豪華客船とかが謎の巨大海洋生物に襲われちゃうとか、遺伝子の研究過程において巨大な蛇やサメを作りあげちゃうとか、超巨大な隕石が落下して地球が滅亡の危機になっちゃうとか、超弩級の竜巻や、未知のウイルス、ゾンビなどに襲われちゃったりとかする、あれ。
画面の外から観ている分にはめっちゃ楽しい。何度でも観られる。実際俺は何度も観た。
そしてだ。そういう映画って配役も大体決まっているよな? 最終的に怪物を倒すヒーローとヒロインにいつも何か問題を引き起こしてくれる脇役。ボディーガード的な役割をするならず者。
映画によって多少の違いはあれどまあ大体が似たような配役だ。でもそれでいい。それでこそ安心して観られるってもんだ。
ときどきこいつは最後まで残りそうだと思っていたやつが序盤で死んだり、めちゃくちゃ好みのヒロインが怪物に食われちゃったりと予想外のことも起きるが、まあそれも意外性があっていい。
問題はそれが自分の身に降りかかったときのことを、誰も真剣には考えないということだ。
俺だって考えなかったよ。異世界転生とかは自分阿保かというくらい考えたけど、何が悲しくて怪物に襲われるために転生しなくちゃならないのかって話だ。
ああ……数時間前までの俺に言いたい。福引で一等が当たったからって浮かれ気分で飛行機に乗るのはやめろ。空港に足を踏み入れるな。今すぐ引き返せ。そうすれば少なくともお前は畳の上で死ねたんだ。いや、病院のベッドの上か?
――まあ、今更何を言ってももう手遅れなんだけどな。
「まーじーかー俺! 超、ついてる! 青い海! 白い砂浜! カリブ海‼」
近所の廃れたアーケード街でやっていた福引で見事一等のコスタリカ七泊八日ツアーを当てた俺は、喜び勇んで飛行機に乗り込んだ。
機内食を平らげ昼間からビールを嗜んだ俺は、ふら付く足でコスタリカの地に降り立った。
「……コスタリカ! コスタリカ! コスタリカ‼ やったぜ!」
多少ハイになっていた。それは認める。道行く者たちが俺を奇異の目で見ていたのも、しかし今では良い思い出だ。
「高城さーん。集合はこっちですよー」
俺を呼ぶ陽気な添乗員の声に、俺は高揚した気持ちを無理やり押さえつける。後ろを振り返れば、俺と同じく県内の各商店街の福引で一等を当てた幸運の持ち主たちが待っていた。
「高城君。迷子になっちゃうよ」
「すいません! ちょっとはしゃいじゃって……」
「気持ちはわかるよ、僕もすごく興奮しているからね」
俺に声をかけてきたのは、真っ白な頭が銀髪かと思うほどに輝いている素敵なロマンスグレーの坂田さんだ。甘い垂れ眼と柔らかい微笑みは若い頃はさぞかしモテたであろうことを容易に想像させた。
「ですよね!」
「商店街もなかなか面白いことを考えつくよね。県内の廃れた商店街同士で手を組んで福引の商品の予算の負担を少なくするなんて……」
「ですよね! おかげで俺たちはカリブ海を楽しめますけど!」
「そうだね。今日はこのままホテルに直行で、明日からの三日間はコスタリカ最後の秘境といわれているコルコバード国立公園へ」
「んで、五日目にはマニュエル・アントニオ国立公園へ。六日目には空港近郊のホテルに滞在して、七日目は機中泊、八日目には東京へ……でしたっけ?」
「ほとんど森林の中にいるよね」
「ははは。俺自然好きなんで大丈夫です!」
坂田さんとの会話を楽しみながら、俺たちはその夜滞在するサンホセ空港の近くにある高級ホテルに向かった。
ホテルは控えめに言って最高だった。福引に当たらなかったら一生泊まる機会などなかったに違いない。広いプール。異国情緒溢れるヤシの木。ビーチ・チェイスでくつろぐサングラスをかけた水着姿の美女。いや本当最高。
そう。そこまでは良かったんだ。
翌日からのコルコバード国立公園のツアーには俺たちとは別のツアー客も一緒だった。アメリカから来たツアー客だ。そのツアー客の一人に俺は既視感があった。なぜならその人は、某ハリウッド俳優に似ていたんだ。
そんなに有名ってわけじゃないその俳優を、でも俺は何度も観た記憶があった。俺はすぐさま手に持っていた携帯電話で検索したよ。でも名前を憶えていなかったから、その俳優が出ていたと思しき映画を検索しようとした。だが俺はその映画のタイトルすら覚えていなかった。
しかたなく俺はキーワード検索をかけた。思い出したキーワードは、“映画” “熱帯雨林” “宇宙船” “墜落” “宇宙人” “凶悪” だ。だがヒットしない。俺はキーワードを少なくしたり、増やしたりしながら検索を続けたが、俺の思っている映画はヒットしなかった。
「何やってるの? 高城君」
「ああ……坂田さん」
現地ガイドの通訳をしてくれている添乗員さんの話も聞かずに携帯をいじっている俺に、坂田さんが声をかけてきた。今時の若者は、なんて思われていたかもしれないな。
「ねえ、坂田さん。あそこのアメリカ人、ハリウッド俳優さんに似ていません? 俺名前が思い出せないんですけど……」
「え、どの人? うーん。僕は知らないな」
坂田さんは俺がこっそりと指さしたアメリカ人を見て、首をかしげた。
「多分そんなに有名な人じゃないと思います……といっても、俺が似ているって思っているだけですけどね。まさか本人じゃあないとは思うんだけど……」
「ははは。僕も映画に出てくる西洋人の俳優さんて皆同じ顔に見えるんだよね」
「ああ、俺の親父もよく言っていますね、それ」
俺の親父はロマンスグレーの坂田さんの足元にも及ばないタヌキ親父だけどな。体型的に。
「はーい。じゃあ、みなさん。これからボートに乗りますよー」
添乗員の声に従い、俺たちはボートに乗り込んだ。ボートとは言っても、もちろんあひるちゃんじゃない。ちゃんと天幕もついている立派なものだ。
ボートにはツアーごとに分かれて乗った。日本からのツアー客と、アメリカからのツアー客。今日はツアー客はこの二組だけらしかった。
マングローブの森を抜け、俺たちはコルコバード国立公園へと降り立った。足元に気を付けろと言う添乗員の注意に従い、俺はゆっくりと船着き場に足を降ろす。
すでに期待はマックスだ。この日のために新調したリュックを背負い、日ごろ大切に大切にメンテナンスをしているカメラを首に下げ、俺は冒険へと旅立つ気満々だった。
熱帯雨林の中に入るのは俺たちのツアーが選抜だった。現地ガイドを先頭に、添乗員、ツアー客の順だ。俺と坂田さんは最後尾だった。
アメリカ人ツアー客の班は俺たちの班よりかなり遅れているようだった。しかし向こうにも現地ガイドはついているため、特に心配するようなことではない。
美しい自然を見ながらジャングルの中を進んでいくと、ふいに周囲の樹々ががさがさと揺れた。すわ野生動物か、と俺はカメラを構える。
しかし俺の目の前、数メートル先に現れた生物は今までの人生で見たどの生き物とも異なる生物だった。
まずビジュアルがヤバい。
なんで肌がメタリックなの? なんで耳まで裂けた大きな口からだらだらと涎たらしてんの? なんでその口から覗くギザギザした歯に何かの肉片挟まってんの? 何で顔の三分の一はあろうかというでっかい金色の目の瞳孔が縦長なの?
疑問は尽きなかったけれど、添乗員さんがそんな俺の一種現実逃避ともいえる思考をぶったぎるようなどぎつい悲鳴を上げてくれたおかげで、俺はその生物の一撃を何とか躱すことができたんだ。添乗員さんまじ感謝。
そのあとはもう文字通りの阿鼻叫喚だった。
日本人のツアー客はそいつのするどい爪と牙にどんどんとやられていき、俺はそんな地獄絵図を少し離れた位置からぶるぶると震えながら見ていることしかできなかった。よく洩らさなかったよな、俺。
それでも仲良くなった坂田さんが襲われかけた時には、俺もどうにか震える身体を動かすことが出来た。地面を這いながら同じように地面にしりもちをついている坂田さんの襟首を後ろからつかみ引き倒す。地面に張り付くようにうつぶせになれば熱帯雨林に生息する丈の長い植物の葉に隠れて、俺たちの姿はそいつからは見えなくなるはずだった。
――そう、はずだった。
しかし俺は忘れていた。いや、まだその時は思い出していなかったんだ。あいつは獲物を目で見ているんじゃなくて、サーモグラフィーよろしく熱感知で獲物を捕らえているのだという事実を――。
ここで少しあいつことについて説明しよう。皆も薄々気づいているだろうけれど、あいつはこの地球上の生物ではない。あいつは爬虫類型地球外生命体。未開の惑星(地球のことだ)を植民地にしようと偵察していたところ、宇宙船の不時着によって地球に降り立つことになってしまった第三銀河系に存在する惑星ストーデンの超エリート軍人だ。
お前恐怖で頭おかしくなっただろって? ああ、わかっているさ。俺だって実際にあいつを目撃しなければ、あいつの攻撃を受けなければ、目の前で同胞たちが無残に殺されなければ、きっと見間違いか昨夜のビールがまだ残っていたんだなって思っただろうさ。
俺の目の前に現れたあいつがそのまま姿を消してくれていたら、不時着した鬱憤を現地の生物を殺すことで晴らそうなどと思わなければ――。俺は今頃普通の……とは言い難いかも知れないがそれでも常に死と隣合わせというデンジャラスな人生を送ることはなかったはずなんだ。
ああ、ちょっと感傷的になっちまったな。話を戻そう。坂田さんを助け地面に伏せた俺はしかし、あいつに見つかってしまった。だが万事休すと思った俺たちに、救いの手は差し伸べられた。
ガーンと一発。
なんかのCMかと思ったか? いや違うぜ。
後ろからついてきていたアメリカ人観光客のツアー団体。その中の一人がなんと銃を隠し持っていたんだ。おい、セキュリティチェック機能しているのかよ。なんて野暮なことはこの際おいておく。なんせこの男が銃を持っていたおかげで俺たちは助かったんだからな。
俺らの後ろから放たれた弾丸は、あいつの腹に当たった。その衝撃であいつと俺と坂田さんの距離は開いた。俺はその隙に坂田さんを背後から抱え、さらにあいつとの距離をとるべく後方へと移動する。
後方へ移動しながら俺は銃をぶっぱなしたアメリカ人男性の顔を見た。
その男は俺が某ハリウッドスターに似ていると思ったあの男だった。銃を構える姿が様になり過ぎている。絶対堅気ではない。
あいつに向けて何発も撃ち込まれる弾丸。しかしやつのメタリック装甲には傷一つついていない。銃の弾にも限りがある。その男は銃が効かないことを知るやすぐに銃撃をやめた。状況判断が早い。絶対素人じゃない。そしてその男はなんと腰に下げたバッグから大振りのサバイバルナイフを取り出したんだ。本当、今回のツアーのセキュリティどうなってんの?
しかしメタリックな肌には傷一つ付いていないように見えたあいつも、まるで無傷ってわけじゃなかったらしい。肌は無事でもやっぱ弾丸に当たれば痛いよな。多分。
俺たちへの攻撃をやめ、しばらくの間サバイバルナイフを持った男と睨み合っていたあいつはそのまま静かに熱帯雨林の奥へと消えて行った。
「Hey! Are you OK?」
うん。わかってる。大丈夫。ここからは都合により英語は日本語に自動変換されます。ちなみに俺は喋れないけれど、相手がゆっくり喋ってくれたら多少の英語は理解できる。ああ、今はもう喋れるけどな。そして坂田さんは退職前は世界を股にかけたお仕事をしていたらしく英語がペラペラだった。ここからの出来事はそんな坂田さんの通訳ありきで進んでいくわけだが、面倒くさいので諸々省く。どのみち俺の回想だしな。
てなわけで、
「おい! 大丈夫か!」
某ハリウッドスターに似た男は俺と坂田さんに駆け寄ってきた。
「ああ……はい。俺は大丈夫です。坂田さんは……」
見た限りでは何の怪我もないように思えるがどうだろうか。
「僕も大丈夫……。ありがとう高城君」
「いえ、助けてくれたのはこの人ですから」
俺は某ハリウッドスターに似た男に視線をやる。すると男はとても良い笑顔で頷いた。
「ああ……本当に助かったよ。ありがとう。でも、さっきの生物は一体なんだったんだ……?」
まったくもって同感だ。あれ絶対地球上の生物じゃないだろ。うん? ……地球上の……生物じゃない?
ここで俺はようやく思い出したんだ。俺は某ハリウッドスター似の男の顔をもう一度よく見つめる。
微かに残る無精ひげ。盛り上がった筋肉。三枚目と二枚目の中間の容貌。しかしその両の瞳の海をまるまる写し取ったかのような鮮やかなマリンブルーは抗いがたい大人の男の色気を放っている。
おい、こいつ……。俺がさんざん見倒して来たパニック映画御用達の二流脇役俳優じゃんか。いや、二流なんて言い方は失礼だ。一流だ。この俳優は正にパニック映画の世界では一流だった。
俺はいろんなパターンのパニック映画でこいつの活躍を見て来た。またこいつか! と思わないでもなかったが、やはり安定の演技力は素晴らしかった。時には主役を食ってしまう活躍を見せることすらあったこの男。この男がいるってことは……ああ何てことだ。ここはまさかのパニック映画の中なのか?
しかし俺はまだこの時点では望みを捨てていなかった。ハリウッドスターにだってプライベートはある。この俳優が俺の思っている通りの人物なら、たまたまプライベートで訪れたコスタリカでたまたま地球外生命体に出くわした可能性だってあるじゃないか。銃を構える姿が様になっていたのも、状況判断が的確だったのも、肝が据わっていたのも、日頃パニック映画ばかりに出演していたからという説も成り立つ。
俺は期待を込めてこの男の名前を聞いた。この男も名前も俺はすでに思い出していた。
「あの……助けてくださってありがとうございます。お名前を教えていただけませんか」
俺の質問に男は答えた。
「俺はオーガストだ。オーガスト・アリンガム。アメリカ陸軍の少佐だ」
Oh……my……Good!
……いや、許してくれ。うっかり錯乱してしまった。なぜなら今この男が名乗った名前は本名じゃない。役名だ。しっかり覚えているさ。この役はこの男の出世作。パニック映画にしては世間一般の人気も高かった良作だ。
その映画のあらすじはこうだ。ある日地球に不時着した爬虫類型地球外生命体。もともとこの爬虫類型地球外生命体は地球を植民地化しようとして偵察にやってきたところ、アメリカの空軍に攻撃されコスタリカの熱帯雨林の中に不時着を余儀なくされたのだ。
そしてこの不時着した熱帯雨林の中でこの爬虫類型地球外生命体とファーストコンタクトをしたのが、この休暇を利用してやってきていたオーガスト・アリンガム陸軍少佐だったのだ。
その後オーガスト・アリンガム陸軍少佐はこの次々と地球目掛けてやってきた爬虫類型地球外生命体と各国の軍隊との死闘に巻き込まれた末にエンディング目前で主人公を庇い儚い人となる。
そして、これが一番最悪なのだが……。この映画はいわゆるバッドエンディングに分類される映画なのだ。
パニック映画の大半はグッドかバッドのエンディングに二分される。まあそれはどの映画もそうか。そのまま敵を倒してめでたしめでたしとなる場合がグッドエンディング。めでたしめでたしと思いきや、実は敵を倒せていませんでしたとなるのがバッドエンディング。
この映画も例にもれず、百戦錬磨のオーガスト・アリンガム少佐の働きで助かった主人公が敵をせん滅したかと思いきや、敵はすでに仲間に救難信号を送っていた。そして夜空一面に浮かぶ宇宙船を見て茫然とする主人公たち。その後地球は一年にも満たないうちに地球外生命体によって制圧された。といった場面で映画は終わっていたはずだ。
ああもう最悪。顔を覆い今にも泣きだしそうに震えている俺に、それが恐怖から来るものと勘違いしたオーガストは励ましの声をかけてきた。
「怖かったな少年。だがもう大丈夫だ。俺がついている」
……少年。いや、さすがに少年は……。とはいえ自分がつるつるっとした肌の童顔だということは自覚している。しかし少年はないだろ。いや西洋人から見たら東洋人は若く見えるっていうしな。だが誤解は解いておかなくては。
「いえ……俺大学生です」
「大学生! ……何歳だ」
「21……」
「じゃあまだ少年だ!」
いや成人してるっての。二十代を少年とは言わんだろ。だがこれ以上俺の外見的年齢について議論をしている余裕はない。なんたって周囲のこの状況。おそらくほとんどの人は死んでいるが、なかにはまだ生きている人もいるかもしれない。探さなくては。
「……生きている人は……」
そういってもそもそと動き出した俺をオーガストが止めた。
「……全員死んでいる」
……嘘だろ。だって俺と坂田さんを入れて十人くらいいたんだぞ、ツアー客。それが全員死んだって言うのかよ。
「……そちらのツアー客は」
真っ青な顔をした坂田さんが恐る恐るといった体で、オーガストに尋ねた。
「こちらも全滅だ」
オーガストの言葉に、俺と坂田さんは言葉を失った。だが俺はああそうだったと思い出す。あの地球外生命体とのファーストコンタクトで、生き残ったのはこのオーガスト・アリンガムただ一人。現役の軍人でいついかなるときも銃を手放さない用心深いこの男だけが、この惨劇を生き抜くことができたのだ。
とすると映画の中では俺も坂田さんも死んでいたことになる。一体何の運命のいたずらか、俺と坂田さんは映画の序盤で死ぬはずだった運命を逃れ、オーガストと一緒に生き残ることが出来たのだ。
だが喜んでばかりもいられない。
俺はこの先に待ち受ける地球の運命を知っている。この先一年後には、地球はさきほどの地球外生命体の仲間によって植民地化される。
あの地球外生命体は肉食だ。そしてこの地球で覚えた未知の味に魅了される。そう。人間の味に。
そこまで考えたときに俺は吐き気に襲われた。さきほどあいつのギザギザとした歯に挟まっていた肉片。あれは人間の肉だ。
俺は映画のプロローグで、不時着した宇宙船の近くに住んでいた現地の人間を喰らうあいつの姿が映し出されていたのを思い出したのだ。
堪えられずに俺は吐いた。水音を響かせて胃の中のものをすべて吐き出した俺に、オーガストは嫌な顔ひとつせずに背中を撫でてくれた。
俺につられて坂田さんもえずいている。しかし吐くことまではしなかった。さすが人生経験が違うな。根性があるぜ。
「ここは危ない。元来た道を戻ろう」
オーガストの言葉に、俺も坂田さんも一も二もなく頷いた。
その後ホテルに戻った俺たちは警察――ではなくオーガスト経由で軍に連絡をとった。やってきたのはあいつの宇宙船を攻撃したと思しき空軍と、秘密組織のエージェント的な奴らだった。
そいつらの話ではすでにこの地球の周辺にはあいつらの仲間が大勢来ているらしい。うん。知ってたけどな。改めて聞かされると本当勘弁してくれよと思う。
オーガストはその場で空軍にこれからのことについて協力を求められ、承諾した。そして俺と坂田さんは……。
目の前で同胞が無残に殺されるのを目撃した俺と坂田さん。このまますっと普通に日常になんて戻れるわけがない。
坂田さんは奥さんを五年前に亡くされていて子どもたちも自立し今は自由の身。俺も就職を控えているとはいえ、大学生という比較的身軽な立場だ。しかも俺はこれから先に起こるであろう展開を知っている。
俺は葛藤した。知っているのにそれを伝えなくてもいいのだろうかと。これからさき、あの地球外生命体と命をかけて戦う人たちに、大きな勝機となりえるかもしれない貴重かつ重要な情報を提供しなくても本当に良いのかと。
それにこれから先、どこにいても、どんな生活をしていても、今までのような平穏かつ平凡な日常にはもう二度と戻れないのだ。それこそあいつら全員完膚なきまでに叩きのめすまで。
俺は決めた。なぜ俺がこの世界に生まれ変わったのか。なぜ死ぬはずだった俺が生き残ったのか。その理由がわかったからだ。
「坂田さん……。俺、オーガストさんについて行きます」
「高城くん……」
「さっきの人の話……あいつみたいな奴が今後もどんどん現れる可能性が高いんですよね。あんな……あんな残酷な」
坂田さんはそう言ったままうずくまってしまった俺の背中にそっと手を添えてくれた。
パニック映画の中への転生なんて、碌なもんじゃない。エンターテイメントとして面白おかしくぎゃあぎゃあ言いながら見ている分にはめちゃくちゃ楽しい。
けど……けどさ。実際に自分の身に起こってみなよ。もう半端ないよ? 今も恐怖で身体が震えているよ。怒りで目の前が真っ暗になるよ。すでに未来に絶望しているよ。
でもそのすべてを覆せるかもしれないんだ。俺の言葉で、俺の記憶で。
そりゃもうやるっきゃないでしょ。嫌でもやるしかないって。幸いなことに、俺の目の前には百戦錬磨のオーガスト・アリンガムがいるんだ。
俺はオーガストに向き直って言った。まあ、実際には坂田さんが通訳してくれたんだけどな。
「オーガストさん。俺もついて行っていいですか? 俺来年就職なんです。就職先……オーガストさんの部下を希望してもいいでしょうか?」
「少年……本当に来るのか? きっとこの世の地獄を見ることになるぞ」
そんなことはわかっている。だがきっと俺がいることはオーガストさんの役に立つ。
「地獄はもう経験しました。それに、もっときつい地獄が待っていたとしても……俺はもう何も出来ないまま誰かを見殺しにするのは嫌です」
「そうか……」
オーガストはそう言って俺の頭に手を乗せた。いや、少年じゃねーんだけどな。
「僕も行くよ、高城君」
「坂田さん……」
「君はまだ英語が上手く話せないだろう? それに僕は以前国境なき医師団で働いていたんだ。きっと何かの役にたつよ」
おお? すごいな坂田さん。どおりで根性あるわけだ。坂田さんは自分も連れて行ってくれと空軍と秘密組織のエージェントっぽい人に交渉していた。
俺はホテルのロビーから行き交う人々を眺めた。まだ地球外生命体の存在は人々には知らされていない。最初は地球外生命体の存在を隠そうとしていた各国政府だったが、じきにその事実は全世界の人間の知るところとなる。
いつかのある日、空を埋め尽くすほどの宇宙船が降りてくるのだ。そりゃもう隠せないって。
軍人なんて職業、以前の俺には選択肢にさえあがらなかっただろう。今でも時々すべてが夢だったらいいのに、なんて虚しいことを考える時もある。
だがこれは現実だ。今この時から、俺の、いや人類の生き残りをかけた戦いは始まった。
さて、ここまで回顧録風の小説として記して来たこの文章もそろそろ締めくくらなくては広報担当にどやされてしまう。一万文字に収めろというお達しがあったからな。
アメリカ支部の皆はおそらくほとんどの者が知っているだろうが、俺は小説が好きだ。どんな絶望的な状況にあっても、小説は俺たちに力をくれる。まあ、いまだに同じくらいパニック映画も好きなんだけどな。
今回俺の故郷である日本支部の広報誌への寄稿を依頼されたときは本当に嬉しかった。結局あれから俺が日本に帰ったのは一度きり。両親に挨拶をして、身の回りの整理をするためだ。
それから俺はずっとアメリカにいる。いや、ずっとではないな。地球外生命体を追って、世界中のどこへでも、オーガストと一緒に駆け回っている。あいつらを完膚なきまでに叩きのめすまで、俺たちに休む暇はないんだろうな――。
さあ、では小説の最後の一節を記そう。
――その後数々の死線を潜り抜けて来た俺たち三人は固い絆で結ばれた。そして後にオーガスト・アリンガムは大佐となり、俺はその右腕とまで呼ばれるようになった。
だが残念ながら爬虫類型地球外生命体の地球侵攻はいまだに続いている。一年後の植民地という最悪な未来だけは変えたけれども、この戦いの終幕はまだ見えていない。
だが若者たちよ。決して未来を諦めるな。未来は変わりつつある。いや変えて見せるさ、俺たちが。それが俺たちの存在意義なんだからな――。
fin.
あとがき
最後に――。
小説好きの俺のためこのような拙い小説もどきをそのまま広報誌に掲載する許可をくれた長年の友、医療班班長兼広報部長のサカタ・ヨシズミに心よりの愛と敬意を込めて――(お歳なのでどうかご自愛ください)。
2035年8月某日
地球防衛軍アメリカ支部対地球外生命部隊陸軍少佐タカジョウ・オウミがここに記す。
日本支部対地球外生命部隊広報第184号 夏合併号『希望』「パニック映画の中に転生した俺。生き残りをかけた戦いが今はじまる!」高城青海著