僕のお姉ちゃんは大きすぎるようです
はじめまして、僕の名前はユウタです。今は登校中。ランドセルが重すぎて肩が死にそうなこと以外は元気です。
そして僕の隣を歩いている背の高い女の人は、僕のお姉ちゃんです。
お姉ちゃんは身長が193cmもあって、僕はお姉ちゃんの顔を見上げるのも一苦労。
少しは身長を分けてほしいものです。
「ゆーくん、どしたの? 浮かない顔だねぇ」
そんなつもりはなかったけど、身長の不満が顔に出ていたようで、お姉ちゃんがしゃがみます。
するとようやくお姉ちゃんの顔を見れるのですが……普段よく見えないからなのか、目が合うとちょっと恥ずかしくて僕はそっぽを向いてしまいます。男として不甲斐ない。
「気にしないでください。お姉ちゃんにはかんけーないです」
「おー? そんなこと言う弟はこうしてやる〜♪」
やってしまいました……。お姉ちゃんは僕をからかったりする時、必ずと言っていいほど僕を持ち上げてきます。
脇に挟んで運んだり、強制的に肩車させてきたり、体の小さい僕を持ち上げてやりたい放題なのです。
『抵抗はしないのか』……ですか? 何をおっしゃいますか。
まず、逃げることは不可能です。僕の十歩はお姉ちゃんの五歩程度なので、すぐに追い付かれます。
そして持ち上げられるとこの世の終わりです。もし抵抗してお姉ちゃんが僕を落としてしまったらと考えると……怖くてチビりそうです。
お姉ちゃんが僕を落としたことは一度もないので、僕から変なことをしない限りは安心と言えるでしょう。なので無抵抗を貫きます。異論は認めません。
でも、今日はそんなに荒っぽく振り回されることはなく、お姉ちゃんは僕を肩に乗せました。
「ほれほれ、何か困り事ならお姉ちゃんに相談しなー。どんな困難もドカッと解決しちゃうぞ!」
「それはやだ」
「お姉ちゃん、傷付いちゃうぞ……? 傷付いちゃおっかな? どーしよっかなー?」
「どうもしないでください」
「んも〜、なーんでお姉ちゃんを頼ってくれないんだよ〜!」
お姉ちゃんは唇を尖らせますが、僕にも引けない理由があるんです。
そう、僕のお姉ちゃんには秘密があります。
一言で言えば、僕のお姉ちゃんは――……
「――ッ! この気配、結構近いな……ごめんゆーくん! お姉ちゃんちょっと急用!」
「あぁ、はい。学校はいつも通り遅刻ですね」
「そ、そういうこと言わないでよ〜! うぅ、また先生に怒られるなぁ……っとと、そんなこと考えてる場合じゃないや。ゆーくんはこのまま真っ直ぐ学校に行くよーに! 遅刻厳禁だからね!」
「はい。急用、頑張ってくださいね」
「べ、べべ別に頑張るような急用じゃないけど?? でもまぁ、ありがとね!」
「行ってらっしゃい、お姉ちゃん」
「うん! 行ってきます!」
そう言うとお姉ちゃんはすぐ側の路地裏に駆け込みます。
そしていつも大体、お姉ちゃんが走り出すのとほとんど同時に、遠くの方から地響きがしてくるのです。
「変身! パスワード……〝レイヴァティーン〟ッ!」
お姉ちゃんは中二病を患っているわけではありません。
もちろん、僕をからかっているわけでもないです。大真面目に街中で叫んでいます。
そう、僕のお姉ちゃんは所謂、〝ヒーロー〟というやつなのです。
ただ、あんなに叫んでおいて、ヒーローであることは隠しているようです。仕方ないので僕は知らないフリ。
路地裏から光が飛び立ち、地響きがした方向へスッ飛んで行きました。
それを見届けてから、僕はスマホを開いてニュースを見ます。
『速報です! のりまき研究所より、突然変異した巨大な太巻き一本が街を襲っています! 近隣住民の方は直ちに避難して……あっ! ご覧ください! 今回もやって来てくれました! 謎の巨大ヒーロー、〝レイン〟です! ――うっわ顔良……イケメンすぎやろ……きゃっ、え? うそ……今わたしと目合ったよね!? ね!? キャーー! レイン様ぁ!!』
熱狂的なファンも居るみたいですね。
お姉ちゃんは〝レイヴァティーン〟とかいう代物ですごく強くなって、変身すると20m〜200mなら自在に大きくなれるようです。
ちなみにレインという名前は、我が姉ながら安直ですが、レイヴァティーンをかわいい感じに略したもの……と、お姉ちゃんが隠し持っているノートに書いてありました。
しかしレインの十八番である怒涛のラッシュ攻撃は、さながら炎の雨みたいで、意外と名前に合ってます。
「……今日の晩御飯は何にしてあげようかな」
歩きスマホはよくないので、お姉ちゃんが頑張る姿はあとでゆっくり鑑賞します。
あれだけ多くの人を助けているお姉ちゃん。弟の僕が足を引っ張るわけにはいきません。
お姉ちゃんには、もっともっと、誰かの助けになってほしいのです。
昔は根暗と言われても仕方ないほどに俯き気味だったお姉ちゃんが、今はあんなにも輝いているんですから――。
……あれ、なんか暗い? 今日は晴天の予報でしたけど……もしかして根暗と言ってしまったから?
「―――マッキッキ。我の身を切り分けて助かったマッキ……! 我が恵方巻きであれば切り分けられずにあのまま炙り巻きになっていたところ……しっかぁぁし! 我は太巻き! 切り分けても問題ないなぁぁし! さぁそこの坊主、我の力を取り戻すため、具材となってもらうマッキィィィ……!」
「ひっ……」
まさか、怪物が僕の前に現れるなんてこと思ってもみませんでした。見た目は太巻き(切り分けサイズ)ですが、そのサイズ感は隣の一軒家よりも巨大です。
酢飯に張り付いた海苔顔がゆっくり近寄ってきて、足がすくんでしまいます。
もしもお姉ちゃんが知ってしまえば、きっと酷く落ち込むでしょう。
そうなれば、迷惑をかけてしまいます。だから何としてでも逃げなきゃいけない。
……でも、僕に逃げ出す勇気はありません。
それすらも、僕は出来ないのです。
お姉ちゃんのように、僕はなれない。
ごめんなさい、お姉ちゃん……。
…………。
「その子から離れろーーッッ!!」
聞き慣れた声が、空から降ってきました。
「マキィィ!? 貴様、気付いていたのかマッキ!?」
「酢飯こぼれてんのよ!!」
「え? あ、ほんとだ。これは失敬失敬☆ それじゃあフトマッキはこれで……」
「逃がすか! あんたはここで燃え尽きろ!」
お姉ちゃんの拳が燃え上がって、太陽のように輝きます。
例の十八番、怒涛のラッシュ攻撃です。ファンの間では流星拳とか言われてます。
「――ドッカァァァァン!!」
そうしてラスト一発を喰らった太巻きの怪物は抵抗虚しく、お姉ちゃんの流星拳によって粉砕されました。
やはりお姉ちゃん相手に抵抗は無駄なのです。
「……ふはぁ、よかったぁ……。んっん、コホン。君、怪我はない?」
本人はヒーローらしくキリッとしているつもりのようですが、心底安心したらしく、いつものお姉ちゃんと同じ、気の抜けた笑顔で手を差し伸べます。
隠し通してると思ってるお姉ちゃんを見てると、少しおかしくて、こっちまで笑ってしまいます。
でも、やっぱり迷惑をかけてしまいました。
今後はこうならないように、僕も強くならなくちゃ。
いつまでもお姉ちゃんの影に隠れてちゃ、大きくなれないんだから。
追い付くために、僕は僕の小さな手を必死に伸ばして、お姉ちゃんの手を掴みます。
「助けてくれてありがとう、お姉さん」
「お、いい笑顔! ジメジメくら〜い顔してたら火も点かないからね。笑いな少年! その方が君のお姉ちゃんもきっと喜ぶ!」
「僕にお姉ちゃんが居るってよくわかりましたね?」
「っ!? あ、あー! それはそのぉ……そう! さっき見かけたから!」
その巨体であたふたされると結構揺れるのでやめてもらいたいところです。
まあ、そこが面白いんですけど。
「とと、とにかく! 困った時こそ、つらい時こそ、笑うんだよ! そしたら私が、その火を大きくしてあげるから!」
「ふふっ、わかりました」
「よ、よし! それじゃー私はこれでっ! 気を付けて学業に励みたまえよ〜! ……あ、おばあちゃん家揺らしちゃってごめんね〜。え? みかん? い、いいっていいって! あっちょっ、ダンボールってマジすかおばあちゃん。うっわしかも大きい! ありがとね!」
しれっと街の人からお礼のみかんを貰って、お姉ちゃんはどこかへ飛んで行きました。
あの様子だと一度家に戻ってきそうですね。
* * * *
「こんなに沢山くれるんだもんなぁ。でも断りづらいし、仕方ないよね……くっ、変身してないと結構重いなコレっ! おあっ、ダンボール破けたぁぁぁ!」
玄関前で大量のみかんと格闘してるお姉ちゃんは、怪物と戦っている時よりも苦戦してるみたいです。
「お姉ちゃん、手伝いますか?」
「どぅわぁっはぁぁぁ!? ゆーくんどうして帰ってきて
……あ、こ、このみかんはおばあちゃんが……あぁいや、道案内したらお礼にってさ〜! もー困っちゃうよねぇ!」
「あむっ。ふむ……なかなかいけますね」
「あー! 何ひとりで楽しんでるのさー! お姉ちゃんも食べたいんだから!」
「はい、あーん」
「あー……む。んん〜ジューシー! これは最高のみかんだ……」
うっとりしてるお姉ちゃんを尻目に、僕は腕時計をちらりと見ます。
「それより、急げばまだギリギリ間に合うんじゃないですか?」
「え? あっホントだ。まだこんな時間……ってそれはゆーくんもでしょ! ほら、急ぐよ!」
「あっちょっ、お姉ちゃん引っ張らないでって!」
「お姉ちゃんデッカイからすぐ着くぞ〜! ドカッと任せなさーい!」
「いやっ、その速度はまだ僕には速すぎ――――ぁぁぁぁああああアアアアッ!!!??」
……お父さん、お母さん。空の上では元気にやってますか?
僕はお姉ちゃんに振り回されてばかりですが、おかげでとても元気です。
お姉ちゃんには敵いません。
追い付ける気がしません。
いつか、お姉ちゃんを守れるくらい立派な男になってやりたいところです。
「あ、ゆーくん。お姉ちゃんお弁当忘れちゃった。四段あるやつ」
「へぁ……? ……あ、それならキッチンのカウンターにあるから……じゃあここで下ろし――……」
「ゆーくんのご飯美味しいからね! すぐ戻らないとっ!」
「てッッへぇああああーー!!? 一回休ませああああっっ!」
あぁ、でも、やっぱり…………
身長も、行動も、存在も……ついでにお弁当も。
――僕のお姉ちゃんは、大きすぎるようです。