8 謹んでご辞退申し上げます
本当に美しい女性だわ・・・リリベルを見たマリアンヌは嬉しくなった。
「お初にお目に掛りますリリベル様。私はこの度ルドルフ・ワンド侯爵様の正妻役というお仕事を仰せつかりましたマリアンヌと申します。お二人の末長いお幸せのために微力ながら最善を尽くす所存でございますので、何卒よろしくお願い申し上げます」
「お仕事だなんて・・・でも・・・そうなるわね。申し訳ないけれど私たちは結婚できない身分差なの。そのあたりはご説明したの?ルド」
「ああ、全て承知してくれたよ」
「ありがたいわ・・・マリアンヌ様。感謝いたします」
「どうぞマリアンヌとお呼びください」
「では私のこともリリベルと。私たちお友達になれそうね?」
「ありがたきお言葉にございます」
「それじゃあもうお友達なんだから、そんな堅苦しい言葉は止めてね。良いでしょうルド」
ルドルフがリリベルを抱き寄せ頬にキスをしながら言った。
「勿論だよ。リリの良いようにすればいい。じゃあ君のことはなんと呼ぼうかな」
「私に愛称は不要でございます。お二人ともどうぞマリアンヌとお呼びください」
「分かった。でも私たちに敬称は付けないで。夫婦なのに不自然だから。リリベルとルドルフって呼んでほしい」
「呼び捨てでございますか・・・畏まりました」
正妻と恋人の対面も無事に終わり、新妻マリアンヌを自室に案内することになった。
リリベルをエスコートしてルドルフがソファーから立ち上がる。
マリアンヌは二人の様子を美しい絵画を眺めるような気持ちで見ていた。
「ああ、ちょっと待ってくれ!夫人をひとりで立ち上がらせるなんて夫として失態だ」
リリベルが慌ててマリアンヌに駆け寄るルドルフを見て笑う。
「勿体ないことです」
「その言葉遣いもさあ・・・少しずつでいいから直していこうね」
「それは至らないことでした。申し訳ございません」
「ねえ、本音で話さない?家族になるんだし。私は君と一生添い遂げる夫だよ?」
「家族でございますか?」
「うん。夫婦になるんだからそうでしょう?」
「・・・本音でお話してもよろしいのでしょうか」
「勿論さ」
三人は新しいお茶をメイドに頼んで座りなおした。
「私は生まれ落ちたその日から家族というものを存じません。また欲しいと思ったこともございません。私は自らの幸せを他者に求めることをいたしません。それを寂しいとも思わず今日まで生きて参りました」
「なるほど・・・では君は何に幸せを見出すの?」
「私にとっての幸せとは、私自身の成長ですわ。私の成長は私の努力でしか成し遂げられませんから。全て私自身に帰結するのです」
「なんというか・・・達観してるねぇ。でもね、マリアンヌ」
「何でございましょう」
「君の考えも決意も全て認めるよ。それは素晴らしいことだし私にはとてもじゃないけどできないほどの崇高さだ。それでも人って愛を求めることもあるんじゃないかな・・・愛することは素晴らしいよ。何物にも代えがたいほどの魂の高ぶりを感じるんだよ」
ルドルフは横に座るリリベルの腰を抱き寄せ、頬を赤らめながらそう言った。
「左様でございますか・・・私の浅い人生経験では理解できない境地ですわ」
「君は今まで恋愛した経験は無いの?」
「ございません」
「避けていた?」
「いいえ」
「こんなに美人なのに?モテただろうに」
「そのように感じたことはございません」
「男に興味は無いの?」
「興味とは?」
「手を繋ぎたいとか、キスしたいとか・・・抱かれたいとか?」
「今のところはございません」
「そうか・・・じゃあ君は処女?」
「勿論でございます」
「なんなら・・・抱いてあげようか?」
「いいえ、お気遣いなく」
「私は裏切りは許せない性格でね。君は私と結婚しちゃったでしょ?妻の不貞は重大な裏切りだ。だったら君を抱いてあげられるのは私だけってことになっちゃうでしょ?」
「白い結婚だと伺っておりましたが?」
「うん。そのつもりだったけど・・・良いの?それで」
「十分でございます」
「そう・・・リリベルが初夜だけでも済まさないと可哀想だと言ってたんだけど」
ルドルフの横でリリベルが何度も頷いている。
「謹んでご辞退申し上げます」
「まあ気が変わったら言って?」
「お気遣いに感謝いたします」
「それと、まあ君に関しては心配なさそうだけど・・・リリベルに嫉妬したりいじめたりしないでね。できれば上手くやってほしいな」
「そのことは最重要事項として厳守してまいる所存でございますので、どうぞ私を・・・あなた様の妻を信用してくださいませ。リリベル様・・・リリベルも信じてくださいね」
「うん。わかったよ。私の妻に全幅の信頼を置こう。リリもいいね?」
「勿論よ」
「ありがたき幸せでございます」




