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7 理想的な職場環境ですわ

翌朝一番に屋敷を出たマリアンヌは、既製品のドレスを一着だけ買った。

店の中で着替えさせて貰い、再び馬車に乗って嫁ぎ先に向かう。

付き添いは入学時と同じようにベンジャミンのみ。


「学院に行く時より見送りが寂しかったわね」


解く間もなかったトランクに寄りかかりながらマリアンヌが言った。

向かい側に座ったベンジャミンが寂しそうな顔をした。


「ずいぶん使用人も減らされましたからね」


「それほど苦しいの?」


「はい。人身売買のような結婚をお嬢様にさせてしまうほどには」


「それは別ね。物凄く裕福だったとしても、私はどこかに売られていたでしょうから」


「まあ否定はしませんが」


「それにしてもそんな状況でよく私の学費を出してくれたわね」


「ああ、それなら入学の時に全額一括払いしたからですよ。私も歳ですから、いつ何があるかわかりませんので」


「よく伯爵様がお許しになったわね」


「・・・ご主人様は経理があまりお得意ではありませんし、説明してもお嬢様のことに関しては任せるの一言で・・・奥様も内政のことなどまったく興味をもたれませんから」


「とっても納得できたわ。それにしても経理経営が得意でないのによく今まで続いたわね」


「それはハンナ様のお陰です。ハンナ様は領地経営にとびぬけたセンスをお持ちでしたからね。その遺産を食いつぶしながらの10年でした。まあ蝗害がとどめを刺しましたが、あのままでは時間の問題でしたね」


「そうなの。伯爵様もご家族もこれから大変ね」


「そうですな」


「まあ仲の良いご家族なのでしょう?きっと伯爵がなんとかなさるでしょう」


「お嬢様もご苦労が絶えませんな」


「そうかしら?学院には私よりもっと過酷な状況の方がおられたわよ」


「・・・世知辛い世の中です」


馬車がワンド侯爵のタウンハウスに到着した。

到着と同時に玄関が開き、見目麗しい男性が駆け寄ってきた。


「やあ!君がマリアンヌ・ルーランド伯爵令嬢だね?思っていたより断然美しいじゃないか。君の銀色の髪は神様からの贈り物だね。私の妻が美人で嬉しいよ」


「初めてお目にかかります。マリアンヌ・ルーランドと申します。私の髪色が神様からの贈り物かどうかは存じませんが、お気に召したのでしたら何よりでございますわ」


「ははは・・・うん。とっても気に入ったよ。さあ我がワンド侯爵家を案内しよう」


父親と同じ黒曜石の髪と瞳を持つルドルフ・ワンド侯爵の予想外の歓迎に、マリアンヌは苦笑いをした。

後ろ髪を引かれるように帰っていくベンジャミンを見送り、マリアンヌは屋敷に入る。

ルドルフはスマートな仕草でマリアンヌをエスコートして応接間に向かった。


実家の伯爵家ではお目に掛ったことの無いような高級感溢れる調度品。

上質で上品なカーテンと壁紙。

靴底が埋もれるほどの絨毯。

全てがワンド侯爵家の財力を知らしめていた。


浅く座らないとマリアンヌの体を呑み込んでしまいそうなほどふかふかのソファーに座ると、音もたてずに香り高い紅茶が差し出された。


「疲れただろう?さあ紅茶を召し上がれ。お砂糖はいくつかな?」


「お砂糖は大丈夫です。これは・・・素晴らしい香りですわ。なんという銘柄でしょう」


「ああ、これは我が領地の紅茶なんだ。品種は・・・なんと言ったかな・・・後で担当者に聞いてみよう。商品名はリベルというんだ。後で紹介するけれど、私の恋人の名前さ」


「まあ!左様でございますか」


「条件は聞いているのだろう?」


「はい。さらっとではございますが一応伺っております」


「さらっとか・・・では今から詳しく話すね?でも結納金はもう支払ったから、今更ダメとは言わないでね?」


「それはございません。よほどのことがない限り」


「やあ!それは嬉しいよ。まずは君と私は契約結婚だ。君には私の妻として侯爵夫人の仕事をしてもらいたい」


「承知いたしました」


「侯爵夫人の仕事といっても社交はリリベルが担うから、君は表に出ることは無いけどね」


「それも承知しております」


「美しい君に辛い裏方だけで華やかな場所には出さないというのも可哀想だけど・・・」


「いえ、とんでもないことでございます。むしろ希望通りですわ」


「そう、それならよかった。でも欲しいものは買ってね。ドレスでも宝石でも」


「ありがたき幸せでございます」


「私はね、心からリリベルを愛しているんだ。だから彼女を愛人だとか愛妾だとか呼ばれたくない。それは帳簿上だとしてもだ。だから侯爵夫人の経費として計上する金額は君とリリベルの予算となる。もちろん二人分の予算を計上しているし、どちらを多くしろなんて野暮は言わないよ。同額でもいいし、むしろ君の方が多くても文句は言わないからね」


「恐れ入ります」


「ここまではいい?」


「はい、全て承知いたしました」


「ああ、それと君は実家で存在しない者のように扱われていたと聞いたが?」


「はい、幽霊のように暮らしておりました」


「大変だったね」


「いえ、それほどでもございません」


「ここではそんなこと無いからね。自由にしてもらってもいいし、どこに出かけてもいい。でも侯爵夫人として行動するのだからそこはわきまえてね」


「勿論でございます」


「護衛は必ず付けることと、それなりの服装で品位を保つこと。それとできれば我が家の愚痴を外では言わないで。もし不満があるなら私がいつでも聞くから直接言ってね」


「勿体ないことでございます」


「リリベルとの付き合いはもう長いし、社交界にも常に同伴してきたから今更とやかく言う人はいないと思うけど、君に対しては同情や蔑みの言葉が掛かるかもしれない。もしも辛かったらすぐに言ってね。私が必ず黙らせるから。できれば君には毅然として美しい侯爵夫人でいてほしい」


「できる限りの努力をいたします」


「なんだか・・・あまりにも物分かりが良すぎて・・・かえって戸惑うな」


ルドルフが顎に手を当てて小首をかしげたとき、ドアがノックされた。


「あっ!リリだ。紹介するね」


マリアンヌは立ち上がり、ドレスを整える。

明るい光がドアの向こうから差し込んだかと思われるほど美しい女性が現れた。

ピンクを含んだ金髪にブルーの瞳、スレンダーな体にふんわりと纏った濃紺のドレス。

母親が若いころはこんな感じだったのだろうとマリアンヌは思った。


「初めましてマリアンヌ様。リリベルと申します。平民ですので家名はございません。この度は私たちのために無理なお願いをしてしまって・・・」


胸に手を当ててその美しい女性は小さくお辞儀をした。

マリアンヌは姿勢を正し、磨き上げたカーテシーで応えた。

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