31 最終話
ケニーがマリアンヌの手を握り、顔を正面から見つめる。
「なに?」
「マリアンヌ、愛してる。ずっとずっと愛していたんだ。君が入学した時から変わらず」
「ケニー・・・私もあなたを愛しているのだと思う・・・ごめん。こんな言い方で」
「大丈夫。君のことをずっと見守ってきた僕だよ?今の言葉が最上位の返事だと理解しているさ。それにしてもこんなに嬉しいとはね。自分でも驚いているよ。ルドルフを殴らないためにどれほどの忍耐力を必要としたことか!表彰状を貰いたいくらいだ」
「嬉しいわ、ケニー・・・あなたでよかった。いいえ、あなただから・・・嬉しい」
「ルドルフにはずっと前から話は付けてあるんだ。彼も心から祝福するって言ってたよ。僕が失恋したときは、やけ酒に付き合うとかぬかしやがったけど。マリアンヌ・・・僕は君が納得するまでいくらでも待てるから、安心してアランの成長を見届けなさい」
「ありがとう、ケニー・・・。アランには本当のことを話すべきだと思う?」
「ルドルフはそうしたいって言ってたし僕も賛成だけど、君が思うようにすればいい」
「もしアランに反対されたら?」
「そうだな・・・もしもそうなったら・・・駆け落ちしようか」
「まあ!素敵!」
「幸せになろうね。お互いを尊重して、毎日を楽しむんだ。そしていつか君がアランを通して自分の過去を浄化し終わったら・・・二人で本物の家族を作っていこう」
「はい。よろしくお願いします」
領地での仕事を終えた二人は早々に王都に戻り、ルドルフに報告した。
ルドルフは半泣きだったが祝福の言葉をくれた。
マリアンヌは悩みぬいた結果、アランに本当のことを伝えることにした。
10歳になったアランは予想に反して既に真実を知っていた。
「いつ知ったの?」
「学園に入る前に図書室の前でメイド達が話してた。よくしゃべるメイド達だ。ちょっと再教育を考えた方がいいかもね。それから何度もお願いしてマーキュリー先生に全部聞いたよ。産みの親のことも、お母様がどんなに頑張っていたかも。僕は一度もお母様の愛を疑ったことが無いから、へぇ〜そうなんだぁって思ったくらいだったよ?まあ・・・お父様の所業はさすがにどうかと思ったけどね。でも僕はお母様と同じ色を持っていることが誇らしいから、みんなが心配するほどお父様のことを嫌いにはなっていない」
ルドルフが顔を覆った。
「それにお母様を幸せにしてくれるのがケニー先生だもの。僕はとっても嬉しいんだ」
「ありがとう。アラン・・・素敵な子に育ってくれたのね」
「ケニー先生とイリーナ先生とマーキュリー先生のお陰だね。もちろん一番はお母様だけど。それで?お父様とお母様は離婚ってことなの?」
「迷ってるわ。あなたのことを一番に考えたいの」
「ケニー先生をあまり待たせるのは酷だよね。僕は離婚した方が良いと思うよ。多少は営業活動に支障が出るかもだけど、そこはお父様が頑張るしかないでしょ?贖罪として。お母様には絶対に絶対に絶対に幸せになってもらいたいんだ。でも・・・ずっと・・・お母様って呼んでもいい?」
「もちろんよ!ずっとそう呼んでね!ずっとよ!ず~っと!」
「たまには会える?」
マリアンヌの代わりにケニーが応えた。
「いつでも、君が望むときに、望むだけ」
「ありがとうケニー先生。だったら早い方が良いよ。僕は学校があるからほとんど屋敷にはいないし。使用人たちへのフォローも教育も僕がしておくから安心して?」
ルドルフがアランの頭を撫でながら言う。
「お前・・・いつの間にそんなにいい男になったんだ?」
「素晴らしい先生方とお母様、そしてお父様というスーパー反面教師がいたからね」
ルドルフが再び顔を覆った。
「アラン?あなたを産んだ方に会いたい?」
「う~ん・・・必要ないかな。だって血縁ってだけで家族じゃないし。僕の家族は仕事はできるけどポンコツなお父様と、僕が愛してやまないお母様だもの。あっ!でもお母様を幸せにしてくれるならケニー先生も僕の仲間に入れてあげるよ?だからアランって呼んでね」
「約束するよ。君の仲間に入れてくれ、アラン」
ケニーがアランに手を差し出し、アランが嬉しそうに握手した。
ルドルフは離婚の慰謝料という名目で、領地の屋敷を使用人ごとマリアンヌに譲渡した。
慰謝料としての財産分与を固辞したマリアンヌは、今まで通りワンド侯爵家の仕事を続け、今後は報酬を受けとることになった。
「契約の巻き直しですわね?侯爵様」
「ああ、今度こそ最後にしよう。それと・・・友達だろ?爵位呼びは勘弁してくれよ」
「了解しましたわ。ルドルフ」
半年待って婚姻届けを出した二人は、譲り受けたマナーハウスを改装し、使用人たちも継続して雇用した。
マリアンヌの努力と苦労を知っている使用人たちは、喜んで心から二人に仕えた。
ルドルフも仕事で来る度に滞在するし、アランも休暇の度にやって来る。
ケニーとマリアンヌは、そんな二人を心から歓待し楽しい時間を過ごした。
マリアンヌは領地での活動に重点を置き、リッチモンド商会の仕事も手伝っている。
侯爵家配下の事業の統括と、リッチモンド商会の仕事を兼務するケニーは、以前にも増して忙しい。
それでも二人は、仕事でも生活でも信頼するパートナーとしてお互いを尊重している。
ケニーはマリアンヌの幸せだけを望み、マリアンヌはケニーの幸せだけを願う。
やっとマリアンヌが手に入れた穏やかな日々が、流れるように過ぎていく。
マリアンヌもケニーも、ルドルフもアランも、対外的には何も変わっていない。
毎日やっている仕事も変わらない。
ただ戸籍の記載内容がちょっと書き変わっただけ。
言わなければ誰にも分からない、ほんの些細なこと。
おしまい
たくさんの方々にお読みいただき、心から感謝しております。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
コメントに返信できていないことも多く、申し訳ないのです・・・
次回作の準備も進めておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。
最後は怒涛のようにケニーに語らせました。
賛否両論あると思いますが、敢えて彼の想いに迫力を出したかったので。
皆さま 良いお年を。




