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25 新しい扉って・・・

ロビーに入った三人は、予想外の光景に出くわした。

満面の笑みでルドルフを羽交い絞めにしているダニエルとばたつかせる足を無理やり抱え込んでいるケニー。


「ちょっと待って・・・どうしたの!ルドルフを・・・捨てちゃうの?」


ダニエルが真面目な顔で言う。


「いや、捨てはしないが?」


ケニーが続ける。


「お部屋を移動していただくんだよ。そこで男同士語り明かそうってことになったんだ」


ルドルフが部屋の移動を拒否し、結果として強制執行という図式だろう。


「助かるけど・・・あまり乱暴にしないでね?」


「勿論だ。今から腹を割って酒を酌み交わす。君たちは安心して休むといい」


イリーナとララがマリアンヌの手をとった。


「ではお任せするわね。さあマリアンヌ、アラン様が待っているわ」


マリアンヌは何も言うことができないまま、学生時代からどうしても勝てないお姉さま方に連れられて寝室に向かった。


「あれは・・・どういうこと?」


「みんなあなたのことを信じているから放置してたけど、そろそろ堪忍袋の緒がね・・・特にケニーが・・・」


どうなることやらと思いつつアランと眠りについたマリアンヌの心配は杞憂に終わった。

男たち三人は仲良く話しながらも二日酔いなのか、コーヒーをがぶがぶ飲んでいる。


「おはようございます。遅くなってしまいましたわ」


「やあ、おはようマリアンヌ。アランのご機嫌も良さそうだね?」


「ええ・・・それにしても・・・どうなっているのかしら?」


ケニーがコーヒーのポットに手を伸ばしながら言った。


「理解し合ったんだよ、男は単純だからね。腹を割れば分かり合える。ね?ルドルフ様?」


「そうだ。とても有意義な一夜だった。新しい扉を開いたかもしれない」


女性陣三人と使用人たちが一斉にルドルフの顔を見た。

その横でケニーとダニエルが静かに首を横に振り否定している。

一瞬流れた緊張感がさっと消え、和やかに朝食は進んだ。


食事を済ませた六人はロビーに集まり、ララの案内で懐かしい街に繰り出した。

ダニエルは仕事の都合で留守番となり、娘と二人で不貞腐れながら見送った。

市場に続く道で、学生時代の思い出話をする四人と、それを楽しそうに聞くルドルフ。

アランは父親に抱かれてご機嫌だ。


「あら・・・どうしましょう」


マリアンヌがいきなり立ち止まる。

ケニーがマリアンヌの視線を追って顔を顰めた。

リリベルがパンの籠を抱え、ハンセンは子供を二人抱いて大通りの向こう側を歩いていた。

先を行くララとイリーナはおしゃべりに夢中で気づいていない。


「無視しよう。やり過ごせるさ。ルドルフ様は気づいていないみたいだし」


「そうね・・・あら?あの子たち。双子かしら」


チラッとルドルフの様子を窺うと、飴細工の屋台の前にいた。

アランに強請られているのだろう、嬉しそうにあれこれ指さしながら笑っている。

マリアンヌとケニーは素知らぬ顔で歩き続けた。

かなり歩いてから振り返ると、リリベルたちの姿は消えていた。

ルドルフが小走りで追いついてきた。


「ルフ?何か買ったの?」


ルドルフは肩を竦めて大きな紙袋を見せた。

昼食を海辺のレストランでとり、早めに帰宅した一行は、少し休んだ後で食堂に集まった。

子供たちはルドルフが買ってきた飴細工に夢中だ。

ブロワー子爵邸の料理人が用意した夕食に舌鼓を打ったあと、談話室でワインを開けた。

子供たちはそれぞれメイドが連れていき、六人はゆったりとワインを楽しむ。

ふと何気ない様子でルドルフが口を開く。


「実はね、市場でリリベルとハンセンを見かけたんだ。この街にいたんだね・・・そうじゃないかとは思っていたけれど、ダニエル殿にもララ夫人にも・・・とんでもない迷惑をかけてしまったね。申し訳なかった。でも、ありがとう・・・心から感謝するよ」


ダニエルは黙ってルドルフのグラスにワインを注ぎ足した。

ララがゆっくりとしゃべりだす。


「迷惑なんて思ってもいませんわ。私達はマリアンヌの頼みならなんでもいたします。それに・・・マリアンヌが可愛そうってずっと思っていたから・・・良いことだって思っちゃって。ごめんなさいね、ルドルフ様はとてもお辛かったでしょうに。でも私はマリアンヌの友達だから・・・」


ダニエルがララの肩を抱き寄せた。


「すみません、ルドルフ様。妻は昔からマリアンヌ贔屓なのですよ。無礼な発言は私がお詫びいたします」


「とんでもない。むしろ彼女をそこまで大切に考えていただいていることが嬉しい。ここに居る皆さんは事情を知っているし、隠すのもどうかと思ってね・・・でも私は見ることができて良かったと思っているんだ。子供がいるんだね。あの子たちは双子?」


ララが小さく頷いた。

ルドルフが優しい顔で続けた。


「ひとりは黒髪で、もう一人は金髪だったね。改めて自分の愚かさに心が痛んだよ。ホント今更って感じだけどね。リリベルには申し訳ないことをしてしまった。マリアンヌにも改めて心から謝罪させてくれ。でも私はこれで良かったんだと思う」


マリアンヌが口を開いた。


「なぜ?リリベルもあなたも、見ていられないほど傷ついたわ。いっぱい心から血が流れていたもの。なぜ良かったなんて思うの?」


「それはね。なんというか・・・やっぱり歪だったんだよ。無理があったんだ。心のどこかでお互いに気づいていたんだけど、都合が悪いことには蓋をしてた。過剰でバカげた愛情表現で逃げていた・・・確かに愛していたし愛されていた。燃えるような毎日だった。でもね・・・それだけだ。ガキの戯言さ、そのガキが下手に金を持っているから始末が悪い」


イリーナが独り言のように言う。


「そうね、傍目に見てもバランス感覚が皆無でしたわ」


「その通りだね。そしてアランのこともこれで良かったんだと思う。あのまま続けていたら・・・きっとアランを不幸にしていただろうからね・・・私も彼女も現実から逃げたんだ。時間が戻せるならあの頃の私をぶん殴りたいよ。いや、いっそ殺してしまいたい。生まれたばかりのアランの髪の色を見たとき、咄嗟に手を引いただろ?とんでもないガキだ。すぐに間違いに気づいたのにプライドが邪魔をした・・・思い返すだけでも死にたくなるよ」


ケニーとイリーナがふっと笑顔を見せた。

マリアンヌが神妙な顔で聞いた。


「リリベルは・・・幸せなのかしら」


「幸せそうだったよ?だって指輪でさえ大きな宝石は重いから嫌だって言っていたリリベルがとても大きなパン籠を平気で抱えて笑ってたんだぜ?日焼けなんかしちゃってさあ、逞しい母になっていたよ。そして私といる時よりもずっと穏やかな笑顔だった」


「そう・・・それなら・・・良かったわ」


「うん。ホントにそうだと思う。彼女はいるべき場所に帰れたんだね」


ララがぽつんと言った。


「彼女にとってルドルフ様と過ごした時間はきっと一生の宝物だと思うわ・・・まさに全女性が憧れるシチュエーションでしょ?ましてや平民なら尚更だもの」


イリーナが続けた。


「確かに夢のような時間だったでしょうね。蝶よ花よと着飾って、お金持ちで見目麗しい侯爵様に愛されて・・・でも夢ならいつかは覚めないとね。眠り姫になっちゃうわ」


ケニーがお道化たように言った。


「眠り姫かぁ・・・どうりで美人だと思った。ルドルフ様もいい夢を見ましたねぇ。ララの言葉を借りるなら男のロマンってところですか?」


「そうかもね・・・それにしてもさあ、眠り姫はハンセンという名の騎士に起こされたけれど、私を起こしてくれるはずの姫君にはまだ自覚が無いんだ・・・なかなかに手強い」


「「「「難攻不落の要塞」」」」


マリアンヌをのぞく全員が笑った。

口数の少ないダニエルがボソッと言った。


「マリアンヌが良ければそれでいいんですよ。マリアンヌは必ず幸せになるべき人だ」


その場にいる全員が小さく頷いた。

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