24 再会
神妙な顔で教えを乞うマリアンヌを見て、ルドルフは優しく微笑んで口を開いた。
「恋ってね、異性としかしないだろう?ああ、もちろんマイノリティは存在するけれど、ややこしくなるからちょっと置いておくね。でも愛は友達でも家族でも子弟でも、もちろん恋人や夫婦でも持つ感情だ。だから別物」
「なるほど・・・分かり易い例えですわね。うんうん・・・なるほどお勉強になりますわ・・・では、ルフが私に持っている思いはなんですの?」
「おぉ~とても良い質問だ。そうだなぁ・・・敢えて誤解を恐れずに言うね?私がアンに対して持っているのは圧倒的に愛情だ。もちろんアランのことも愛してる。でもこの二つの愛は全く性質が異なるね」
「性質ですか」
「そうだよ。アランに注いでいるのは自分の子供に対する親としての愛だね。でもアンに向けているのはいろいろな感情が混ざってるんだよ。ただひたすら愛してるというだけでは表せない感情だから・・・言葉でいうのは難しいね。だから感じてもらうしかないかな」
「難しいですわ・・・少し頭を整理する必要がありそうです」
「論文でも書くのかな?感想は?」
「論文は書きませんが、感想は・・・はっきり申しあげても?」
「もちろんだ」
「どの口が愛を説くかって思ってます」
「・・・容赦ないな」
ルドルフによる愛の講習が終わると同時に馬車は無事にアーラン州に到着した。
ダニエルの屋敷に馬車が停まると、ケニーとイリーナがすでに待っていた。
ララがマリアンヌを見つけて駆け寄ってくる。
その後ろをニコニコしながら娘を抱いたダニエルが歩いてきた。
「マリアンヌ!会いたかったわ!」
「ララ!やっと会えたわね・・・元気そうで安心したわ」
初対面のダニエルとララをルドルフに紹介するマリアンヌ。
ルドルフの洗練された優雅なお辞儀にララがポッと頬を染めた。
その日はそれぞれゆっくり過ごして、試食会は明後日開かれることになっている。
明日はみんなを連れて街を案内するのだとララは張り切っていた。
部屋に案内されたマリアンヌは戸惑った。
大きなベッドがひとつしかないのだ。
マリアンヌの戸惑いを察したルドルフがマリアンヌに声を掛ける。
「大丈夫だよ。私はソファーを使うから、アランとアンはベッドを使いなさい。同意なしに不埒なことはしないから。お陰様で我慢には慣れたんだ。信じてくれていいよ」
「それはダメです。疲れがとれないでしょう?ララに部屋を用意してもらいましょう」
「大丈夫だから。それに私はアンとアランと常に一緒にいたいんだ」
「ではベッドをもう一つ」
「大丈夫だってば。アンは心配性だねぇ」
そんな会話をしていた時、ララが慌ててやってきた。
「ごめんなさいね。私ったらもうてっきり・・・ケニーに聞いて慌てて来たの。すぐに侯爵様のお部屋を用意しますわ」
頷くマリアンヌの横でルドルフが笑顔で言った。
「いえ、部屋は必要ありません。今更と思われるでしょうが、全身全霊で妻を口説いている最中ですからね。むしろ与えてくださったチャンスに感謝いたしますよ」
「まあ!そうでしたか。でも彼女・・・なかなかでしょ?学生時代もモテているのに気づいてなくて。男子生徒には難攻不落の要塞と呼ばれていましたもの」
ルドルフが吹き出した。
「それはまた!なるほど!上手いことを言うものだ。難攻不落の要塞かぁ、攻め甲斐がありますね。ブロワー子爵夫人、ご期待くださいね」
「ほほほ・・・私のことはララと呼んでください。主人はダニエルと」
「ありがとうございます。それでは私のこともルドルフと呼んで下さいね」
マリアンヌが何も口を挟めないうちにいろいろ決まってしまった。
初日の夕食はそれぞれの部屋でとり、マリアンヌはララとイリーナの三人で庭を散歩した。
思い出話に花を咲かせた後、ララがマリアンヌに問いかけた。
「私って勝手にルドルフ様とマリアンヌが夫婦に戻るのが良いって思いこんじゃってたけど、本当のところマリアンヌはどう考えているの?」
「私にとっては正妻という名のお仕事以外の何でもないのよ。ルドルフは愛が無いと生きていけないって良く言うけど、彼の愛は軽いから・・・」
イリーナが苦笑いをしながら続ける。
「何度も彼の求愛行動を目の当たりにしているけど、あの方はなんと言うか、血がピンクなのかしら?って思うほど愛されたがりよね。あまりにもマリアンヌがそっけないから面白くて。つい煽ってしまうのよ。まあマリアンヌは絶対落ちないからできるのだけれど」
ララが顔をしかめた。
「そんなに酷いの?マリアンヌ、何かされたりしていないでしょうね」
「手や髪にキスをされることはあるけれど・・・それはアランもするし。友達だし?別に良いかなって放置してるわ」
「子供と同レベル!しかも友達扱い!笑えるわ。イリーナの言ったことが良く分かる。そりゃ見てる分には面白いわね」
マリアンヌが少し困った顔で言う。
「でもあまり邪険にしてお仕事に支障が出るのも困るかなって思ってるし・・・」
「なるほど・・・ようやく理解できたわ」
ララが屋敷に向かってさっと手を振った。
すすっと人影が動き出すのがチラッと見えたがララは何も言わなかった。
イリーナがマリアンヌに言う。
「確かに仕事に支障が出るのは困るけど、はっきりさせた方が良いと思うわよ?」
「どういう意味?」
「嫌なら嫌と、受け入れるなら・・・まあこの線は無いか。見事なクズ男だものね。でも彼にとっては生殺し状態だから、いつ強硬手段に出るとも限らないでしょう?」
「・・・護身術を習おうかしら」
ララが噴き出した。
「そんな明後日の方向じゃなくて、根本的に解決するのよ」
「離婚?それは避けたいわ」
「なるほど、お仕事は辞めたくないということね。では子供は?アラン様はどうするの?」
「アランは絶対に私が育てるわ。あの子を見ていると放ってはおけないし、そうしたいの」
イリーナが何度も頷きながら言った。
「子供の頃にしてほしかったことをあなたがアラン様にしてあげているのね?」
マリアンヌが小首を傾げた。
「そうなのかしら?私は確かに幽霊扱いだったけれど、そこまで不満に思ってはいなかったと記憶しているのだけれど」
「それは自己防衛本能で悪い思い出を消しているだけじゃない?その頃の悲しみや苦しみは心に沈殿して潜在化してしまっただけじゃないかな」
ララも話に入ってきた。
「それならアラン様に積極的にかかわるのは賛成だわ。私にも子供ができたでしょう?あの子を見ていると何でもしてやりたいって思うけど、ふと気づくとそれは全て私が子供のころにしてもらっていたことなのよ。我が家はお二人と違ってノーマルな家庭だったから・・・だからこそマリアンヌがアラン様に抱く思いは、子供のころの無意識の欲求かもしれない」
イリーナが引き取る。
「分かるわよ。ララはしてもらったことを同じようにしているのでしょ?マリアンヌは逆にしてもらえなかったことをしてやりたいってことよね」
「そうなのかな・・・」
「仮説を立てて証明していくのはマリアンヌの得意分野じゃないの。やってみれば良いと思うけど?もしかしたらアラン様に関わる過程で潜在化している承認欲求が顕在化するかも」
「認められたいって思い始めるってこと?私は十分に認めて貰えていると思うけど?」
「他者にではなく、親によ。認められるというより、あなたの場合は存在を承認する?」
ララも同意する。
「なんだかややこしくなったけど・・・要するに、アラン様にしてあげたいと思ったことは積極的にする!それがあなたの為にもなるってことね」
「なるほど・・・アランには今まで通りでよいということね」
屋敷の方でなんだか小さく叫び声が聞こえた。
ララがふっと顔を上げて言う。
「さあ、帰りましょう。準備ができたみたいだし」
イリーナは笑顔になりマリアンヌは不思議そうな顔になる。
三人は屋敷に戻った。




