20 理解不能なのですが
ぽかんとした顔でマリアンヌが声を掛けてきた婦人に聞き返す。
「子供が可愛いって・・・主人がそう申しましたの?」
「ええ、とっても嬉しそうにしておられましてよ」
「そうですか・・・それは・・・ありがとうございます」
「髪の色も瞳の色も奥様で、お顔立ちはご主人様にそっくりだなんて。理想的ですわね」
マリアンヌは何も言えず、ただ笑顔を返すしかなかった。
夜会の度に同じような経験をしつつ、社交シーズンも終盤に差し掛かった頃、ケニーとイリーナがやってきた。
「マリアンヌ!久しぶりね。元気そうで安心したわ」
イリーナがマリアンヌに抱きついた。
「会えてうれしいわイリーナ!とっても会いたかったの!お部屋を用意しているから王都にいる間はずっと使ってね。ああ、もちろんケニーの部屋もそのままよ」
ケニーが笑いながら言う。
「オマケのように聞こえたのは僕の僻みだろうか?久しぶりだね、マリアンヌ」
「オマケなんて。相変わらずねぇケニーったら。あなたの部屋はずっと同じ場所にキープしてあるのは知っているでしょう?」
イリーナがケニーを振り返って驚いた顔で言う。
「ケニーの部屋って?あなたここに住んでるの?」
「うん。王都に来るときは使わせてもらってる。仕事の相談もできるし便利なんだよ」
「あら、羨ましいわ」
イリーナの後ろからルドルフが声をかけた。
「もしよろしければイリーナ嬢の部屋も常設させていただきますよ?」
イリーナが振り返って慌てて挨拶をした。
ケニーも笑顔で握手を交わしている。
メイド達が二人を案内して、それぞれの部屋に向かう。
イリーナの部屋はかつてマリアンヌが使っていた場所が選ばれた。
あらためて夕食の席に集まった四人の話題はやはり仕事の話ばかりだ。
それぞれの進捗報告と今後の課題を共有しつつ、楽しい時間が過ぎてゆく。
居間に移動した四人は、ケニーが持ってきたワインを開けることになった。
ケニーは次の特産品として考えていると言う。
女性でも飲みやすい渋みの少ない赤ワインと、甘い白ワインをブレンドした淡いピンク色のそれは、リリベルの髪の色を彷彿とさせたが、マリアンヌは口に出さなかった。
チラッとケニーを見たらパチンとウィンクをされてしまった。
ドレスに続いてネーミングを任されたルドルフが、少し考えて独り言のように呟いた。
「スウィートメモリー・・・ってどうかな」
「素敵ですわ・・・」
イリーナはすぐに賛同した。
ケニーは何も言わず片眉だけを上げて薄く微笑み、マリアンヌは黙って頷いた。
(ルドルフも思い出に昇華できたのかしら)
リリベルの笑顔を思い出しながらふとそんなことを考えた。
(あっ!そういえばリサーチしなくては)
唐突にマリアンヌが口を開く。
「ねえ?教えて欲しいのだけれど。家族って役所に届ければ成立するものでしょう?でも本物の家族って何かしら・・・本物も偽物も無いのではなくて?戸籍の問題では無いの?」
雰囲気をぶち壊したマリアンヌの発言に、三人が一斉にマリアンヌの顔を見た。
ルドルフが少し咳込んでばつが悪そうな顔をする。
それをチラッと見たケニーが笑い出した。
「マリアンヌ。ああ、君の言う通りだね、国が保管する書類の同一戸籍に記載されていれば家族だね。それには本物も偽物も無い・・・でもね、それは戸籍上ってことだよ?」
イリーナが苦笑いをしながら口を開いた。
「そうね、そういうことでいうなら私の家族は五人だわ。でもそれはあくまでも戸籍上の話ね。私は彼らを家族だと思っていないし、彼らも私を家族として扱っていないわ。それはあなたも知ってるでしょう?でもあなたの概念でいうとそれが家族ってことになるわね」
「なるほど・・・イリーナの家族って・・・そうよね・・・私もそういう意味ならルーランド伯爵家の家族だったということになるわ・・・絶対違うけど」
ケニーがイリーナのグラスにワインを注ぎ足しながら言う。
「そうだろう?戸籍上は家族でも、本物ではない。そういうことだよ。マリアンヌは家族を持ったことがなかったから教科書での知識として家族を定義しているんだね。でも実際は違うんだ。僕だってそうだよ?僕の今の家族は義父と義母、義弟と義妹の五人だけど、血縁でもないし、契約したようなものだしね。では産んでくれた二人が家族かっていうと・・・違うんだなぁ。なんと言うか・・・どちらも家族だけど家族じゃないんだ。僕にとってはね」
マリアンヌが不思議な顔で聞いた。
「ではケニーの本物の家族って?」
「まだいない。結婚して子供ができて・・・そうやって本物の家族を作っていくんだよ」
「そうね、本当の家族って作るものよね。私も同じだわ」
イリーナがグラスを掲げて色を楽しみながら呟くように言った。
「イリーナは本物の家族が欲しい?」
「う〜ん・・・今はまだ良いかなって思うけど。マリアンヌは?」
「私は・・・いらないかな・・・」
「おい!そこは!そこは否定しないでくれ!マリアンヌ・・・頼むよぉ」
ルドルフが慌てて口を挟んだ。
マリアンヌが不思議そうな顔で聞く。
「ん?ルドルフが私の本物の家族?」
「そうだよ!マリアンヌ・・・そんな不思議そうな顔をしないでよぉ~勘弁してぇ~」
ケニーが笑いをこらえて言う。
「ルドルフ様、なんと言うか・・・前途多難ですねぇ」
「ああ、本当に手ごわい。鉄壁の要塞に単騎で攻め入っている気分だ」
「ご愁傷様ですわ、侯爵様。酔っているから申しますけど、自業自得?」
「ああ、イリーナ嬢。それは痛いほど分かっているから・・・本当に・・・ごめんなさい」
二人が声を出して笑った。
マリアンヌはなぜおかしいのかわからない。
「ルドルフと私が本物の家族?アランは勿論入るでしょうけれど・・・なんだかなぁ・・・ピンとこないわぁ・・・」
「はぁぁぁ・・・どうすればいいんだ?ケニー教えてくれ~」
ルドルフが泣きまねをしながらケニーに縋りつく。
ケニーはルドルフの背中をぽんぽんと叩きながら慰めた。
「じゃあマリアンヌにとって、ルドルフ様はどういう位置づけなの?」
「う~ん・・・本物っていうのがイマイチ分からないけど・・・でも偽物でもないし・・・練習中?う~ん・・・ごっこ?」
「「「ごっこ!」」」
ルドルフは大きく口を開け啞然としている。
ケニーとイリーナはお腹を抱えて笑った。
ルドルフが独り言のように言った。
「今は家族ごっこでもなんでもいいよ・・・ここに居てさえくれたら・・・今はそれでいい。うん・・・いいんだ・・・いずれ本物の家族って認めてもらう!・・・頑張れ!頑張るんだルドルフ!」
イリーナとケニーは涙を流して大笑いしている。




