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19 本当の家族???

翌日の早朝、三階の図書室から貸し馬車で家を出るリリベル達を見送った二人は、いつの間にか手をつないでいた。

ルドルフは憑き物が落ちたような顔で馬車が見えなくなるまで視線を投げている。

そんなルドルフの横顔を見ながらマリアンヌは思った。


(男って・・・弱いのね)


朝日が差し込むまで窓辺から動かなかったルドルフがふっと大きく息を吐いた。


「さあ!新しい朝だ。マリアンヌ、改めてよろしく頼むよ」


「はい、旦那様。こちらこそよろしくお願い申し上げますわ」


「ははは、久しぶりに一緒に朝食でもいかがですか?マイ・レディ」


「喜んでご一緒いたしますわ。マイ・マーカス」


「お手をどうぞ。生まれ変わった私にエスコートの栄誉を」


マリアンヌはニコッと笑ってルドルフが差し出した左腕に手を添えた。

ルドルフの手が少し震えている。

涙を必死で堪えているルドルフの横顔。

マリアンヌは彼の顔を初めて美しいと思った。


丁度出勤してきたマーキュリーと階段で出くわし、ルドルフが朝食に誘った。

マーキュリーはルドルフの肩に腕を回しながら明るく言う。


「ああ、付き合うよ。親友殿。朝食でも夕食でも。それとも酒がいいかな?」


「あら、朝からお酒ですの?」


「冗談ですよ奥様。酒は暗くならないと気分が出ない。今夜はご主人をお借りしても?」


「ええ、もちろんですわ。主人をよろしくお願いいたします」


「物分かりの良い奥方だな、ルドルフ。やっぱりお前は羨ましい奴だ」


今にも泣き出しそうな顔のままルドルフが言った。


「ああ、マリアンヌは最高の妻だよ。私は女運がいいんだ。それに男前だしね」


「そうだね、激しく同意するよ。少しでいいから分けてもらいたいものだ」


三人は声を出して笑いながら食堂に向かった。


朝食を終え、執務室に入ったマリアンヌは机の上に置かれた手紙を見て笑顔を浮かべた。

それはダニエルの妻になっているララからだった。

丁寧にペーパーナイフで開封するマリアンヌ。

ソファーに腰かけてゆっくりと文字を追った。


(なつかしいわ、ララの字は少し右に跳ねるのよね・・・ふふふ)


リリベルとハンセンのことは任せてほしいこと、家は借りても買っても良い物件を何軒か押さえてあることなど、マリアンヌが安心できる言葉が並んでいる。


「あら、子供ができたのね?それにダニエルが爵位を継承するって書いてあるわ。お祝いを用意しないと・・・ケニーとイリーナはもう準備したのかしら」


ニコニコしながら手紙を読み進めるマリアンヌの視線が止まる。

何度も同じ箇所を読み、不思議そうに小首をかしげた。


『侯爵様が恋人と別れたことは、あなたにとってとても良いことだわ。

あなたの歪な結婚を聞いたとき、随分心配したの。

まあ、あなたのことだから大丈夫っていうか、納得した上での行動だとは思ったけれど、ダニエルなんてすぐにでも連れ戻すって大変だったもの。

彼も私も、もちろんオスカーも、あなたのことを一生の友達だと思っているわ。

今回のことも、相談してくれて嬉しかったの。

だから安心して全部任せておいて。

絶対に虐めたりしないと誓うから安心してね。

彼女も侯爵様も随分傷ついたかもしれないけれど、これで本来の形に戻ったのだから、今度はあなたが本物の家族を作るのよ。

あなたの子供を見たいってダニエルと毎日話してるの。

頑張ってね。

それからケニーとイリーナと一緒にお仕事をしているなんて本当に羨ましいわ。

ダニエルも一枚嚙ませろって言ってるから考えてやってね。

心からの友情と絶大なる信頼を込めて   ララ』


何度も読み返してマリアンヌは小さく呟いた。


「本物の家族?」


マリアンヌの中の家族の概念が少し揺れた。


「家族って?役所に届ければ家族になるのではなくて?」


子供のころから家族というものを知らないマリアンヌにとって、学院で解いてきた難解問題よりも難しい。

幸せな本物の家族って何だろうと思ったマリアンヌは、リサーチすることを決意しつつ、ララからの手紙を丁寧に封筒に戻して、机の引き出しに収めた。

二通目の手紙を開封する。


「あら、ケニーが来るのね?まあ!イリーナも一緒に来るって!」


ルドルフの熱心な営業活動で軌道に乗ったオーガニックドレスの収益は順調で、セミオーダーメイドという販売方法も定着しつつあった。

商標登録をする頃合いだということで、ルドルフが考えた商品名で登録も済んでいる。


「でも・・・あの名前は・・・恥ずかしいのよね・・・」


オーガニックシルクで作ったドレスシリーズの商品名は『アン』だった。

このネーミングを思いついてからルドルフはマリアンヌのことをアンと呼ぶ。

そして自分のことを『ルフ』と呼んでほしいと強請るのだった。

リリベルが使っていたルドではないことに少し安心するが、マリアンヌはまだ一度も呼べていなかった。

ケニーとイリーナが来たら、家族について聞いてみようと思いながら、マリアンヌは書類の山に手を伸ばした。


リリベルが居なくなった屋敷は、徐々に日常を取り戻した。

時折寂しそうな顔をすることもあったルドルフだが、今では何事もなかったように明るく振舞っている。

ある日のこと、リリベルが使っていた部屋を改装して、マリアンヌが使うようルドルフが提案してきた。

しかしマリアンヌとしてはかなり抵抗がある。

きっぱり断れないのは、アランの部屋を作る必要があるからだ。

マリアンヌは自室の応接室を使うと言ったが、ルドルフは同じ階にしてほしいと譲らない。


「彼女の部屋だった場所はクローゼットかホビールームにしよう。主寝室をアンの部屋にすればどうかな。それならアランのベッドを置いても十分広いだろう?もちろん家具もカーテンも壁紙もすべて変えようね。全部アンの趣味で揃えよう。でもベッドの大きさは今と同じくらいにしてね?そのうちアランも一緒に寝たいって言うかもしれないだろ?私は今まで通り隣の自室で寝るから。もし心配なら室内扉の前に家具を置いてもいいよ。できれば置いてほしくないけどね。だから主寝室は無しってことでどうかな?」


ルドルフの粘りに、つい頷いてしまったマリアンヌだった。

二人はリリベルが去ったあの日を境にできる限り朝食と夕食を共にしている。

あれほど出張三昧だったのに、ほとんど遠出をしなくなったルドルフは、頻繫に出席していた夜会も、必要最低限に絞りマリアンヌを同伴している。

そんな毎日の中でマリアンヌの口調も徐々に砕けてきたが、まだまだ堅苦しい言葉が抜けきれない。


ルドルフとリリベルの破局は、当然のごとく社交界で噂になった。

黙認していたとはいえ不愉快に思っていた貴婦人も多く、マリアンヌを捕まえては良く我慢したと賞賛する声を掛けてくる。


「お若いのに良く耐えられましたわ。あなたは妻の鑑だと言われておりますのよ」


初めて会った夫人に腕をつかまれてそう言われたマリアンヌは絶句した。


「これでやっと本当の家族になりましたわね?よく我慢をなさったわ。ご主人様はおモテになる方だからご心配でしょうけれど、あなたのことをとても大切に思っていると公言なさっているのはご存じ?お子様もとてもかわいいと自慢していらしたわ」


そう言われた時、さすがのマリアンヌも聞き返さずにはいられなかった。

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