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2 すくすくと育ってはいますが

先月一歳の誕生日を迎えたマリアンヌを抱いてメイドが部屋から飛び出した。

開いたドアから怒鳴り合う声が漏れて、使用人たちは肩を竦めた。


「またなの?」


「今日はいつもより酷いわ」


「それは仕方がないわよ。ご主人様にお子様が生まれたんでしょ?」


「マジで無いわぁ・・・」


マリアンヌを抱いたメイドと部屋の前を掃除していたメイドはそそくさとその場を離れた。

陶器が割れる音がして、ドアが大きく開く。


「だから!違うって言ってるじゃないの!なぜ信じてくれないのよ!不貞をしているのはあなたの方じゃない!子供ができたって・・・どういうことよ!」


「そのままの意味さ。子供が生まれたんだよ、正真正銘の僕の子供がね」


「正真正銘って・・・マリアンヌは違うというの?あなた・・・まだそんな事言ってるの?髪の色がそんなに大事?目の色にそこまでの意味があるの?」


「僕にも君にも無い色を持ったあの子を愛せというのか?父上も母上も、君のご両親だってそうだ!誰も銀の髪を待っていない!緑の瞳も誰一人いないじゃないか!」


「だから先祖返りだって言ったじゃない!そんなこともあるってお医者様が言われたじゃないの!あなたも聞いていたはずよ!」


「ああ、聞いたよ。命がけで戦っていた間に浮気をされた哀れな男を慰める嘘をね」


「そんなっ・・・あの子はあんなにあなたに似ているじゃないの」


「どこが?」


「・・・リック?」


「一昨日生まれた子はね、本当に僕にそっくりさ。髪も目も僕の色だ。笑った顔は彼女に良く似て愛らしいんだ。全部あの子には無いものだ」


「・・・どうすれば・・・信じてくれるの?マリアンヌはあなたの子供なのよ?」


「どうすれば?はぁっ?」


「私たちもうダメなの?」


「離婚するって言ってるの?どうやって暮らしていくのさ。どこの馬の骨かも分からない男の子を産んだとはいえ、一度は命を懸けて愛した君を思えばこそ妻のままにしておいてやっているんだ。ありがたく思っているんじゃないのかい?泣いて感謝して貰いたいけど?」


「そんなこと!」


「だって君は不貞の子を産んだって実家からも勘当されたじゃないか。あの子供を抱えて路頭に迷う?」


「私を信じない両親の話はしないで!あの子はあなたの子なのよ?」


「ああ、もううんざりだ。毎回同じ言い争いは止めようよ。ここに居ていいし、あの子にも教育を受けさせていい。遠縁の子を預かっていると考えればいいだけだ。だけどこれだけは譲れない。一昨日生まれた子供が後継者だ。貴族にとって血筋は最重要事項だからね」


「血筋・・・」


「ああ、血筋さ。血筋っていえばあの子は平民の子?それともどこぞのイヤらしい貴族の子かい?君ごと引き取ってくれるほどの甲斐性は無いようだから、やっぱり平民かな?」


「・・・で・・いって」


「え?なに?」


「出て行って!」


「ははは喜んで!僕は愛する家族のもとに帰るよ。家長の僕がここまで譲歩しているんだ。ほんとに感謝してほしいもんだね」


真っ青な顔のハンナを振り返ることなくリックは部屋を出た。

遠巻きに様子を窺っていたメイドたちは慌てて視線をそらした。


「君たちもご苦労だね。お給料はちゃんと払うから、あの阿婆擦れとどこかの馬の骨をよろしくね」


額の血管を膨張させたまま真っ赤な顔でリックは作り笑いを浮かべて言った。

メイド達はどう反応していいのかわからず俯いた。


ハンナは馬車に乗り込んだリックの背中を窓から見ていた。

もう涙も出ない。


「髪の色が違うだけで?愛する家族はここに居る私たちでは無いの?」


ハンナはそう呟き床に倒れこんだ。

それからハンナはほとんど毎日自室で過ごした。

食は進まず顔色はどす黒くなっている。


ぶつぶつと独り言を繰り返し、突然暴れて泣きじゃくる。

すくすくと育つマリアンヌを見ては叫ぶ。

メイドたちはハンナとマリアンヌに関わることが憂鬱だった。


それでも執事長であるベンジャミンだけはハンナとマリアンヌを庇った。

何度もリックを諫めてくれたが、リックは聞く耳を持たないまま月日だけが過ぎる。


リックが戦場から帰ってきた日を境に、幸せで溢れていたルーランド伯爵家から色が抜け落ちた。

あの日からズレていった夫婦にとって、この屋敷は世間体を保つためのただの箱だ。

華やかなカーテンも上品な壁紙も、全て灰色に見える。

そう、まるでマリアンヌの髪の色のように。


当然ではあるが、伯爵としての仕事をリックはきちんとこなしていた。

そのために月に何度かはこの屋敷に戻ってくる。

報告を受け、適切な指示をベンジャミンに出して愛する家族が住む家に帰る。


もともと贅沢をする習慣のないリックにとって、二重生活はそれほどの負担ではなかった。

早くに亡くなった両親がリックに残した小さい領地の収入は安定しており、お金に苦労することも無い。


それらは新婚当初からずっと努力してきたハンナの功績でもあったし、リックはそれを認めているのでハンナを追い出すことはしなかった。


リックにとっては浮気をした女に掛けてやる情け以外の何物でも無かったが、掛けられたハンナにとっては拷問だった。


ハンナが領地経営に関わらなくなって、若干ずつではあるが売上げは落ちている。

しかし、まだ手の打ちようはあるとリックもベンジャミンも考えていた。

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