16ー2
図書室の重たい空気の中、マリアンヌはルドルフに言った。
「夕食のときにお話ししましょう。少しずつ誤解があるようですわ」
マリアンヌは項垂れるルドルフの背中を何度か摩って自室に戻った。
ベッドに上がって大の字になったマリアンヌは独り言を吐いた。
「めんどくさい・・・」
少しうとうとしていたマリアンヌを呼びに来たのはメイドだった。
「ご夕食のご用意が整いました」
「ありがとう。すぐに支度をして行きます」
「あの・・・ご主人様はどちらでしょうか?」
「あら?執務室ではないの?ではまだ図書室かしら・・・私が伝えるからあなたはお仕事に戻っても良くってよ」
メイドはホッとした顔をして下がっていった。
マリアンヌは簡単なワンピースに着替えて図書室に向かう。
「マーキュリー?ルドルフはいる?」
書架の横から顔を出したマーキュリーがソファーを指さした。
「寝てるよ。あれからずっと。ふて寝してる」
マリアンヌは小さくため息を吐いてソファーに向かった。
「ルドルフ?そろそろお夕食だそうです。ご一緒しましょう?」
ルドルフがゆっくりと目を開けた。
「あ・・・ああ・・・マリアンヌか・・・夕食は・・・いらない。マーキュリーと飲みに行く」
「あら、そうですの?」
「うん。新店舗の場所のことでいろいろ聞きたいし、ケニーにも紹介したいからね。ケニーが戻ったらすぐ出るよ」
「そうですか・・・リリベルには?」
「マリアンヌが伝えておいてよ」
「畏まりましたわ。それではお気をつけて」
マーキュリーの顔を見たが、苦い顔をするだけだった。
仕方なくリリベルにその旨を伝えるべく二階に向かったマリアンヌはメイドに声を掛けられた。
「奥様、リリベル様が夕食は部屋でとるとおっしゃって・・・」
(あらあら・・・気の合うカップルですこと)
「体調が?それともアラン?」
「アラン様がぐずっておられるせいだと思いますが・・・」
「どうしたの?」
「あの・・・リリベル様のご機嫌が・・・」
「あらあら・・・わかりました。ルドルフも夕食はいらないそうだから、厨房に伝えてくれる?リリベルは私が話してみましょう」
メイドは一礼して去っていった。
リリベルの部屋の前に来たマリアンヌは陶器が割れる音に驚いた。
ノックもせず慌ててドアを開けると、割れた花瓶が壁の前に転がっている。
「リリベル!どうしたの!怪我は?怪我はない?」
鬼のような顔をしたリリベルがゆっくりとマリアンヌを見た。
「マリアンヌ・・・あの人は?」
「ルドルフ?今日は商用で出掛けるみたいよ?それより早く花瓶を片づけないと・・・メイドを呼ぶから動いてはダメよ」
「どうでもいいわ・・・もう本当にどうでもいい」
リリベルの呟きは耳に入ったが、今はメイドを呼んで掃除をさせることが先決だった。
廊下に出たマリアンヌは階下に向かって掃除するよう大声で指示を出す。
メイドが数名掃除道具をもって走ってきた。
リリベルの部屋の前でおろおろするマリアンヌの背中にルドルフの声が降ってきた。
「何事かな?何か大きな音がしたけれど」
「ああ・・・何でもありませんわ。もうお出かけですの?」
「うん、そろそろね。マーキュリーと一緒に執務室でケニーを待とうと思って・・・」
ルドルフの言葉を遮るように悲鳴が聞こえた。
マリアンヌが慌ててリリベルの部屋に戻ると、メイドの胸ぐらを掴んで頬を叩こうとしていたリリベルの姿が飛び込んできた。
「リリベル!」
マリアンヌが駆け寄った。
リリベルが目に涙をいっぱい浮かべて悔しそうに言った。
「このメイドが・・・物に当たり散らすなんて最低だと・・・」
すでに一発平手打ちを喰らったメイドの頬が痛々しい。
マリアンヌはリリベルの手首を掴んでメイドを引きはがした。
ルドルフが扉の外から声をかけた。
「マリアンヌ、何があったの」
「(見りゃわかるだろう?)ええ、ちょっとした行き違いですわ」
その会話を聞いていたリリベルがわなわなと震えながら声を上げた。
「マリアンヌ、このメイドをクビにするようあの人に言ってよ!」
「(自分で言えよ)リリベル、少し落ち着いて?」
むっとしながらルドルフが言う。
「マリアンヌ!何があったか知らないが、そんなに簡単に使用人をクビになどできないと伝えておいてくれ!」
「(だから自分で・・・)承知いたしました」
ルドルフはどたどたと足音を響かせながら階段を降りて行った。
マリアンヌは額に手を当てながら小さく溜息を吐いた。
「なんなの?なんなのよあの態度は!マリアンヌ!どういうこと?」
「(知らんがな!)明日にでもお話してみるわ。リリベル・・・アランを連れて食堂で夕食をとりましょう。その間に部屋を掃除させるわ」
リリベルは小さく頷いて、どろどろと扉に向かった。
マリアンヌはアランを抱き上げ、蹲っていたメイドに治療を促し、待機している侍従にベビーベッドを運ぶよう指示してからリリベルを追った。
 




