14 働き者になった侯爵様
絶妙なタイミングで訪れたのは、マリアンヌが手紙で呼び出したリッチモンド商会のケニーだった。
応接室に入りながらマリアンヌはケニーに小さくサムズアップした。
ルドルフは顔を洗ってくるというので先に一人で来たのだ。
「?・・・何かあったのかな?マリアンヌ?」
ケニーがはてなマークを頭の上に並べながら聞く。
「まあね。侯爵様もすぐに来られるからもう少し待ってね。紅茶でいい?」
「・・・ああ、いただくよ」
二人が雑談をしていたらルドルフがどろんとした表情で入ってきた。
ケニーが立ち上がり挨拶をする。
しかしルドルフは悲しそうに微笑んで小さく会釈を返しただけだった。
気を取り直すように明るい声でケニーが言った。
「本日お伺いしたのは、ご嫡子ご誕生のお祝いの品をお届け・・・ん?何かな?マリアンヌ」
マリアンヌが殺気だった目で睨んでいることに気づいたケニーが言い淀んだ。
するとルドルフがマリアンヌを見て薄く笑った。
「いいんだ、マリアンヌ。気を使ってくれてありがとう。私もね、わかってはいるんだ。わかってはいるが・・・なんと言うかこの辺りがモヤモヤしてね・・・リリベルには悪いのだけれど、どうしようもないんだよ。この感情は」
ルドルフが胸の前に手を置いて悲しそうな顔をした。
ケニーがマリアンヌの顔を見る。
マリアンヌはゆっくりと首を数回横に振った。
「あの・・・出直したほうが良さそうですね?」
ルドルフは慌てて否定する。
「いや、いいんだ。すまないね、君にまで気を使わせてしまうなんて。どうか気にしないでくれたまえ。些細なことだから。それより仕事をせねば・・・そうだ、仕事をしよう!仕事だ!えっと・・・ああ、お祝いを持ってきてくれたのかい?ありがたく頂戴するよ」
ルドルフの言葉にケニーはぎこちない動きで持参したプレゼントを渡す。
「ありがとう。父君にもよろしく伝えてほしい。ここで開けても?」
「もちろんです」
ルドルフがリボンを解いて蓋を開けると、オーガニックシルクで作ったベビードレスが出てきた。
繊細なレースで縁取られ、少し青みがかった光を放つ美しい生地だ。
「ああ美しいね。ありがとう。ベージュやブラウンだけじゃなく、色のバリエーションがあるのだね」
「天然のハーブで作る染料を混ぜると様々な色が出せます。しかし、どれをどのぐらい入れるとこの色になるという公式は無く、予想もつかない色が出るので面白いのです」
「予想もつかない色?」
「はい。煮出した紅茶を主原料とするのは基本ですが、例えばそこにベニバナからとった染料を入れると濃いオレンジになるはずです。でもブルーになる。しかし、次の日に同じ工程を行っても、今度は焦げ茶色になるのです。原因は分析中です」
「へぇ・・・そんな事もあるんだ・・・」
「ええ、自然のものですので。ゴッズギフトと我々は呼んでいます」
「神からの贈り物か・・・今の私にはとても辛い言葉だね・・・」
そう言うとルドルフはプレゼントをリリベルに届けるようメイドに持たせ、ひとつ大きく息を吐いてケニーに向き直った。
「そういう事なら、唯一無二のデザインというのが余計にセールスポイントに成り得るね。マリアンヌはどう思う?」
マリアンヌは何事もなかったようにビジネスライクな表情で言った。
「ルドルフの言う通りだと思いますわ。買う側も実際の商品を見て色味を選びたいかもしれませんわね」
ケニーがポンと手を叩いて言った。
「そうですね。実物を見て買うというのは良いアイデアだと思います。既製品というのは貴族の方々にとってはワンランク落ちるという印象があるとは思いますが、ある程度デザイン変更できる仕様にすれば・・・」
マリアンヌが引き取った。
「フルオーダーメイドではなく、セミオーダーメイドね?それならお客様のサイズにも合わせやすいしとても良いのではないかしら」
マリアンヌはルドルフの顔を見た。
ルドルフは暫し黙って顎に手を当てていたが、ふと顔を上げて二人を交互に見た。
「うん。とても良いね。それなら実店舗が必要だ。サイズのお直しも多少のデザイン変更もできるとなると・・・お針子達も大勢雇用しないといけないな」
マリアンヌが少し考えてから口を開いた。
「できるだけ多くの街に店舗を展開したいですわね・・・それぞれのお店でお針子を雇用するとなると人件費増加の問題が発生しますわね・・・」
ケニーが続けた。
「店舗は小さくても、目抜き通りに展開した方が話題になりやすいでしょう?お直しは一箇所に集中すれば良いのではないでしょうか。店舗には採寸と接客ができるスタッフを育成して配置しましょう。それぞれの店舗から送られてくる購入済商品を、お直し専門の工房で一括作業するという方法です。輸送経費は掛かりますが、お針子を抱えるより安上がりですし、諸々の経費は商品代金に加算すれば実損は無いですね」
ルドルフが前のめりで言った。
「さすがだ!さすがマリアンヌの親友というだけあるな。素晴らしいプランだよ。しかし、そのお直し専門工房で雇用するお針子となるとかなりの人数が必要だな?信頼できる管理監督者も必要だろう。当てはあるのかい?」
ケニーはマリアンヌを見てウインクをして続けた。
「実は私の学園時代の同級であり、奥様の大親友でもある貴族令嬢が軍服の縫製工場を立ち上げたのです。しかし軍服専門となると、需要のある季節が限定されますので、閑散期の仕事を探していると相談を受けていまして。そこと契約すれば、すでにお針子もたくさんいますから専門のお直し工房としてすぐにも稼働できます。経営者の人柄は私が保証しますよ」
マリアンヌが立ち上がって叫ぶように言った。
「イリーナ!イリーナね!ああ・・・彼女なら安心して任せられるわ!ルドルフ、彼女なら私も保証できますわ。とても素晴らしい方ですの。学園時代に私を導いて下さって、勉学も教えてくださって・・・イリーナと一緒に仕事ができるなんて夢の様ですわ!」
ケニーはニコニコしていたが、ルドルフはマリアンヌのあまりの勢いに気おされた。
「マリアンヌ?君ってそんな顔もできるのだねぇ。今とてもいい顔をしているよ。驚いた」
「あら・・・私としたことがお恥ずかしいですわ。でも、それほど喜んでしまうくらい素敵な先輩なのです。ぜひこのお話を進めていただけませんか?」
「ああ、もちろん問題はない。というより是非にもお願いしたい。では早速だが、セミオーダーだったか?そちらのベースデザインはマリアンヌとデザイナーに任せよう。ケニー君は私と店舗探しだ。同時進行でお直し工房の件も進めたいな」
ケニーが立ち上がってお辞儀をした。




