11 素晴らしい出来栄えですわ
領地に到着したマリアンヌは侯爵家のマナーハウスに入った。
タウンハウスも恐ろしいほど豪華だと思っていたが、領地の屋敷は小さな城といっても過言ではないほど立派なものだ。
玄関前には使用人が並び、初めて領地に足を踏み入れた正妻を歓迎してくれた。
「マリアンヌと申します。なかなかこちらに来ることができず、ご挨拶が遅れました。本日よりひと月ほど滞在いたしますので、よろしくお願いします」
マリアンヌは軽い会釈をして使用人全員の顔を見た。
みな好意的な視線を当主夫人に向けている。
こちらの使用人も事情は理解しているようだった。
「では奥様、本日はお疲れでございましょうから、お部屋でゆっくりなさってください。私はここの執事と打ち合わせをして参りますので」
「ええ分かったわ。では湯あみをして部屋でゆっくりさせてもらいましょう」
メイドが進み出てマリアンヌが使う部屋に案内する。
部屋は東南角の部屋で、広い居間と寝室が繋がっている作りだった。
「まあ!素敵なお部屋ね」
「こちらは先代の侯爵夫人がお使いになっていたお部屋です」
メイドが恭しく返事をした。
「ではリリベルもここで?」
メイドは少し困った顔で続ける。
「いえ、こちらは侯爵夫人のお部屋ですのでリリベル様はお使いではございません。これはご当主様がお決めになったことで、リリベル様もご納得しておられます」
「あら、そういうところははっきりと線を引いておられるのね」
「左様でございます」
「なんだか・・・意外だわ」
「そうですか?」
「だってあんなに溺愛しておられるじゃない?」
「確かに鬱陶しい・・・失礼いたしました。目のやり場に困るほど溺愛しておられますが、あくまでも恋人としてでございます」
「なるほど・・・私のように人生経験の浅い者には判らない境地だけれど、私は何も不満は無いのよ?そこは誤解しないでね」
「もちろんでございます」
マリアンヌは紅茶と湯あみの準備を頼んで、ベッドに座って足を投げ出した。
早く到着したくて無理な日程を組んだせいか、足が棒のようになっている。
靴も靴下も脱ぎ捨てて、自分で足をマッサージした。
そうこうしている間に紅茶が運ばれ、湯あみの準備が整ったとメイドが告げに来た。
部屋に案内してくれたメイドが丁寧に湯船の中で全身くまなくマッサージをしてくれる。
自分が思っていたより疲れていたのか、マリアンヌは湯船の中でうとうとしてしまった。
蜂蜜で作ったヘアクリームとヘッドマッサージで、砂ぼこりで痛んでいた髪に艶が戻ってきた頃、マリアンヌの部屋のドアがノックされた。
「奥様、お客様がお見えです。ケニーと言えばわかると仰っていますが」
「まあ!ケニーが来てくれたの!学生時代の友人よ。ああ嬉しいわ!応接室にお通しして頂戴。すぐに準備するから」
「畏まりました」
ルドルフからは侯爵夫人として体裁を整えるよう言われているが、相手がケニーなら話は別だ。
マリアンヌは動きやすいワンピースを身に着けて、手早く化粧をしてから応接室に向かった。
「ケニー!」
「やあ!マリアンヌ。元気そうで何よりだ!」
「ああ、会いたかったわケニー。あなたこそ元気そうだし、ぜんぜん変わらないわ」
「そう?少しは大人になったと思わない?」
「それはもちろんよ。すっかり素敵な青年実業家って雰囲気だわ」
「ははは、君は変わらないね。侯爵夫人・・・って感じじゃないな。制服を着せたらあの頃のままだ。卒業してすぐ結婚したんだろう?子供はまだなの?」
「そうね。そろそろじゃないかと思うんだけど・・・」
「そろそろじゃないかって思う?なんだかいろいろありそうだねぇ・・・相変わらず波乱万丈ってところかな?さすが我らのマリアンヌだ」
「別に秘密じゃないからおいおい話すわ。それにしても良く分かったわね。ついさっき到着したのよ?」
「ああ、この町で変わったことがあればすぐに耳に入るんだ。着いて使用人に挨拶して、湯あみをして。そろそろ一息ついた頃かなぁって思って来たんだよ」
「さすがケニーだわ」
二人はメイドが入れてくれた紅茶を挟んでソファーに腰かけて、暫し学生時代の思い出話を楽しんだ。
メイドに言って同行した執事長を呼ぶ。
「お呼びでしょうか、奥様」
「ええ、これからいろいろとお世話になるから、紹介しておこうと思って。ケニー、こちらがワンド侯爵家タウンハウスの執事長であり、私に領地経営の基礎を教えてくれたロバートよ。ロバート、こちらは私の学生時代の先輩でとてもお世話になった方なの。ここベラールのリッチモンド商会のご子息ケニーよ」
二人は互いに挨拶をしながら握手をした。
「リッチモンド商会といえば、ベラールの大商会ですね。ご当主様もとても大切に思っておられますよ」
「ワンド侯爵様にはことのほか目をかけていただき、商会一同心から感謝いたしております。それにしても私の学友であり親友であるマリアンヌ嬢が、ご当主様に嫁いでいたとは驚きましたよ」
「はい、奥様のお陰でとても円満なご家庭です。奥様がベラールに行けば会いたい人がいるのだと仰っていたのが、まさかリッチモンド商会の次期当主とは驚きました」
「次期当主といっても私は養子ですからね。実権は父が死ぬまで握るでしょうから気楽な身です」
「いえいえ、大変優秀な方だと聞いております。これからもよろしくお願いいたします」
「それはこちらから伏してお願いしたいところです。ところでマリアンヌ、いや奥様、今回領地に来た目的は何?」
「お願いだからマリアンヌと呼んでね。それから目的のことだけど、新しい特産品の開発と問題点の洗い出しなの。できれば改善方法も見つけたいわ」
「分かったよ、マリアンヌ。それで期間は?」
「約一か月よ」
「それはなかなかハードだね。でもできない話じゃない。少し心当たりもあるんだ。良ければ早速明日から動かないか?会わせたい人もいる」
「ええ、是非お願いしたいわ」
そう約束を交わし、ケニーは早々に帰っていった。
マリアンヌは久々にゆっくりと深い眠りを貪った。
翌朝ケニーがマリアンヌを迎えに来た。
ケニーの用意した馬車にケニーとマリアンヌとロバートが乗り、ワンド侯爵家の護衛騎士が前後を騎馬で固める。
馬車の中でケニーはマリアンヌに話し掛けた。
「マリアンヌ、昨日話していた新しい特産品だけど、絹織物はどうかと思うんだ」
「絹織物?」
「うん。この辺りは紅茶栽培が盛んだろう?その気候に合うのが桑の栽培だ。桑といえば蚕、蚕といえば絹でしょ?」
「でも・・・それなら今までもやっていたのではなくて?」
「そうだね。絹の反物としてならやっていたね」
「反物としては?ということは加工品ね?」
「その通り!さすがだね。それで今回紹介したいのが紅茶染めした絹のドレスなんだ」
「紅茶?紅茶で絹が染まるの?」
「うん。自然な風合いに染まるし、予想外のグラデーションが出て二つとして同じ染め上がりにはならない。そこがセールスポイントだね」
ケニーが熱く語るうちに、目当ての工房に到着した。
マリアンヌは侯爵夫人として挨拶した後、早速アトリエに案内してもらった。
「仕立て上げた後に染めるのね・・・斬新だわ」
「そうだろう?そこが一点ものと言った理由だ」
飲料用として新芽を摘んだ後の親葉を巨釜で煮だし、仕立てあがったドレスを裾からゆっくりと漬けていく。
絹の生地が黒く煮だされた液体を吸い込む。
純白のドレスが黒い液体を吸い込み、裾からゆっくりブラウンに染まっていった。
這いあがるように染み込んでいく過程で、美しいグラデーションが形作られていった。
その工程を何度も繰り返すうちに、ベージュがブラウンになり、裾に行くほどダークブラウンになる。
裾だけ染めたものや、袖も同じように染めたもの、絞り模様に全体を染めたものなどバリエーションは無限だった。
「凄いわね・・・美しいわ。単色なのに単色ではない風合いなんて・・・斬新だわ」
マリアンヌは目を輝かせた。




