山積みの問題
僕は今、とても困っている。目の前には問題が山積みだ。
ホームズさんとタクシーに乗ってバーツに来たところまでは良かった。
だけど、たまたまロビーを歩いていたマイクにばったり会った時から、嬉しくないことになった。
マイクは、僕の姿を見るやいなや「あっ、ジョン! ちょうど良かった! 今、電話しようと思ってたんだ」と腕を引っ張った。
「あの、ホームズさん! お爺ちゃんが呼んでるんで、ちょっとジョ……いや、リーハをお借りします!」
ホームズさんが何て答えたのかは知らない。
「ジョン? ハリーじゃないのか?」と首を捻っていたような気はするけど。
僕はそのまま、マイクのお爺ちゃん……ローガン・スタンフォードさんの仕事場に連れて行かれた。病院中のどこよりも冷房が効いていて涼しい、遺体安置所に。
仕事の中身は物騒だけど、ローガンさんはいつもにこにこしている優しい人だ。
だけど、今日ばかりは難しい顔で、「すまないねえ、リーハ君……」と言いながら、僕にA4サイズの薄い冊子を渡して来た。
「何ですか、これは?」
薄いと言っても、冊子は二、三十ページはある。どのページも文字で余白がないほどだし、かなりの内容量であることは間違いない。
「君のお母さんからの手紙だよ。すまないねえ、私の話はお母さんに受け入れてもらえなかったようだ」
「えっ……」これが手紙かよ。
僕は慌てて一行目から読んで行く。
すると、叩けば「キン」と鳴りそうなほどの硬い文章で、
「リーハ、この大馬鹿息子!! イギリスに一人残ろうなんて、そんなわがままは許さないわよ!」
「ローガンさん、私の息子を気にかけてくださるのは有難いんですけど、口は出さないで頂けます?」というようなことが書いてあった。
「困ったねえ、君のお母さんはこうと決めたらてこでも動かないっていうか……」
「はい……」
「その手紙は今朝、私宛に届いたんだ。お母さんはもうカリフォルニアにいるらしいよ。だけどね、もう少ししたら一度こっちへ帰って来て、何が何でも君を連れて行くと言っている」
「……」
「それにね、今朝は国際電話もかかって来た。お母さんの声は大きいね……私の耳はもうかなり遠くなっているんだけど、それでも鼓膜がいかれそうになったよ」
「すみません……。母は何と言っていました?」
「『ローガンさん、あの子の住所を教えてください!』って言ってたよ。だけど、私は教えなかった。君の夢はハロルドの夢でもあるからね。
でもお母さんは怖いんだ。『へえ、分かりましたわ! それなら、こちらにも考えがありますっ!』とこうだよ」
どうしよう。本当に、どうしよう。僕は頭が痛くなった。
そりゃあね、家出して勝手にサンクチュアリに住み始めた僕は悪いよ。だけど、母さんは絶対に僕の夢を認めてくれようとしなかったじゃないか。
「医者になるのは諦めて、レタスを育てる人になりなさい」なんて言ってさ。だから、僕はこうする他に道はなかったんだ……
ローガンさんは「気を付けてね」と言ってくれるんだけど、どう気を付けたら良いのか分からない。母さんは何をする気なんだろう。サンクチュアリの住所がバレたら大変なことになる。
「困ったね、ジョン……」とマイク。
「うん……僕はサンクチュアリから出たくないよ……」
本当に僕は参ってしまった。それに、お腹が空き過ぎて気持ち悪くて、少し前から眩暈がしていた。「あの、食べ物を買う所ってどこにありますか?」と言いかけた時、タイミング悪くホームズさんがやって来た。レストレード警部と二人で。
そして――少しの挨拶の後に――僕はさっきよりももっと困った状況に立たされていた。
皆が驚いた顔をして聞くのだ。
「一体どうしてシャーロック・ホームズの助手なんかになったんだ?」と。
どうしてって、いいじゃないか別に。ホームズさんは、性格はアレかも知れないけど、女性には親切だし、推理力とかの面では凄く尊敬出来る人だ。格闘技術にも優れている。
そういう人が、僕に何某かの才能を見出してスカウトしてくれたのだ。そりゃあ危険を孕む仕事になるかも知れないけどさ、僕はとても興味があるんだ。やるしかないだろう。
だけど、ローガンさんもマイクも警部も、「止めとこうよ」「危ないよ」「考え直した方が……」って言う。僕もさすがに不安になった。ホームズさんが「もういい! 行くぞ、仕事だ!」と叫んで僕を廊下に引っ張り出さなかったら……多分、辞めさせられたかも。僕も助手でいる気がなくなったかも知れない。ああ、だけど。
僕は廊下をヨロヨロ歩きながら思う。
皆に「変な奴」って思われるのは嫌だな……それにお腹空いたよ……母さんのこともどうしよう……困ったな……




