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二人目の生贄

 レストレードは今、バーツの白い廊下を歩いている。

前を行くシャーロックのせかせかした歩き方を見ていたら、ふいに懐かしさがこみ上げて来た。実に三年ぶりだ。こいつとこうして仕事をするのは。


 レストレードはもちろん、シャーロックがドイツで何をしていたのかは知らない。何となく怖い気がして聞いてもいない。が、「とにかく戻って来てくれて良かった」と思っていた。この頃のロンドンは、数年前のように物騒になって来ている。


「尾行はされていないだろうな?」シャーロックが言った。おう、とレストレードは頷く。

「大丈夫だ。ちゃんとお前の言った通りにしたからな」


 数時間前、ヘレンを病院に搬送するという段になって、「尾行は絶対に避けろ。警戒し過ぎても損はない」とシャーロックは言った。


 そこで、ヘレンはパトカーに乗り、途中でヤードにあるレストレードの自家用車に乗り変えて病院に向かうことになった。救急車の方は、空っぽのまま別の病院へ行ってもらった。追手を攪乱するためである。

 しかしまあ、かなり強引な作戦なので、彼女が無傷でなかったらとても実現しなかった。救急隊員からは許可をもらったものの、「一応、本日中に検査だけは受けてもらってください」と念押しされていた。


「彼女は今、この階の病室にいるぞ。検査の結果も良好だった」

「知っている。お前さんのポケットの手帳を見た」

「は?! おい、()ったのかよ!」


 くるり、と振り返ったシャーロックの指には黒い手帳が挟まれていた。未だに電子端末に慣れないレストレードが、仕事や家庭の記録用に後生大事に持ち歩いているものである。

 

「次やったら殺すぞお前」……そう叫び出したい気持ちを抑えながら、レストレードはぱっと奪い返し、手帳をポケットにねじ込んだ。今さっきまで感じていた懐かしさや、ありとあらゆるポジティブな思いは一瞬で霧散し、胃の痛みに変わった。



 それはそうと、長い廊下である。レストレードは速足で歩いていたのだが、不意にシャーロックが立ち止まったので、つまづきそうになった。


「どうしたんだよ」


 見ると、シャーロックは脇に並ぶ扉の一つに手をかけている。


「彼女に会う前に、お前さんに紹介したい人間がいる」

「おう? 誰だ?」

「当ててみろ」その顔は何故か満足げだ。


 レストレードは過去にシャーロックを介して知り合った人間たちを思う。


「情報屋?」

「いや」

「無届けのカジノで暴れ回ってたいかさま師?」

「違う」

「じゃ、飲酒運転で逮捕されて免許をはく奪された弁護士か? 免許は持ってないけど、神の手は持ってる闇医者とか?」

「……そんな貧弱な想像力で、よく今まで生きて来れたな、レストレンジ」


 シャーロックは冷ややかな目を向ける。


「俺の助手に決まっているだろうが」


 扉がぱっと開かれ、中から流れ出した冷気がさっとレストレードを包み込んだ。目の前には、清潔さと無機質さを極度に表現したような景色が広がっている。白い天井に白い壁、白いテーブル。キチンと並べられた銀色の器具やパレット。そして、白衣に身を包んだ、レストレードもよく知る人物……


「ああ、警部! 会うのは一週間ぶりかな」


 こちらが反応するより先に、検死官のローガン・スタンフォードはにっこりと歯を見せて笑った。

 確か、今年で六十五、六になるとかならないとかの話だ。細い手はゴツゴツとして血管が目立つし、背中で纏めた長髪は既に色を失くしている。だが言動は快活で、何処となく少年のような雰囲気を醸し出す人である。


 彼は、何やら薄い冊子を手にした青年二人と、話をしている最中だったらしい。

 レストレードが応えて「ローガンさん、その節は」と口にするのとほぼ同時に、今度は青年たちが「こんにちは」と頭を下げて来た。おう、君達かとレストレードは笑った。


 二人の青年の内一人は、ローガンの孫だ。名前はマイク。ローガンはしょっちゅう彼をバーツに呼びつけているので、一月に五回以上は会っている。

 だがもう一人、栗色の髪に栗色の人懐こそうな瞳をしたこの青年は今日が初めてだ。ベーカー街で会った時、ヘレン・ストーナーを心配する姿を見て、「優しい子だな」と思ったのを覚えている。


 ……って、おい、ちょっと待てよ。

 さっき、シャーロックは何て言った? 

「俺の助手」とか何とか、凄いパワーワードを吐いてなかったか?


 レストレードはドキリとする。直感的に全てを見抜いてしまったのだ。


 じょ、冗談じゃねえよ、どうしてこんないたいけな子が?! 

 おいおいおい神様、平和への生贄は俺だけで充分だろ、この子まで巻き込むなんて可哀想だとは思わねえのかよ!!



「紹介しよう」シャーロックが、静かにパニックになっているレストレードの肩に手を置いた。


「マイクではない方が、俺の助手だ。思考力や身体能力は同年代の平均以下だが、なかなか良い勘をしているのでスカウトした。名前は、ハリー・ポt「違いますよ! 僕の名前はリーハ・マフィーです!!」

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