人違いですってばーーーーーっ!
救急車が去り、ホームズさんたちとの話を終えたレストレード警部もいなくなると、それと入れ替わるようにして、レッカー車がやって来た。
僕ら三人は、車を運び出す作業を手伝いながら、居間や庭に散らばったガラスや壁の破片を片付ける。そして、どうにか普通に行き来しても危険がないくらいに綺麗になった時、ユウミさんが帰ってきた。
「あら……」
ユウミさんは、サンクチュアリの様子を見るなり買い物袋を取り落とした。
「まあ……」
芝生にコロコロと転がったトマトやレモンを僕が拾っている間に、ホームズさんが飛んできた。
ホームズさんは、呆気に取られているユウミさんに、事故のことを説明する。
自分に仕事の依頼をしにきた女性が、ここに車を駐車しようとして、ブレーキとアクセルを踏み間違え、サンクチュアリの窓に突っ込んでしまったこと。でもそれは、彼女が何者かに尾行されていて、恐怖で焦ってしまったからだということ。
「まあ、そうだったのですね……! それは大変!」ユウミさんは目を見開いた。
「皆さん、お怪我はされませんでした? ヘレンさんは?」
「大丈夫です。私たちもヘレンさんも、運よく無傷でした」
それを聞いて、意外にもユウミさんは、心の底からほっとしたようだった。
胸に手を合わせて、僕らを真っ直ぐ見つめると、「良かったです……皆さんがご無事で!」と言ってくれる。
「でも、サンクチュアリが……」
「いいんです! 建物なんて、すぐに直せますから!」
ユウミさんは、ホームズさんに「ヘレンさんのお力になってくださいね」とまで言っている。
ああ、ユウミさんはなんて優しいんだ! 本当に天使みたいな人だな……
僕はまたドキドキしてしまった。
「ねぇ、皆さん、一度休憩にして、中へ入りません? お茶を淹れますよ!」
すっかり気を取り直したユウミさんは、サンクチュアリに入るや否や、居間の窓だった場所から顔を出して、僕ら三人や、ヘレンさんの車をレッカーしている業者さんを誘った。
「サンドイッチも作りますから、ぜひ召し上がってください!」
「サンドイッチだって?」
「それはありがたい!」
「ありがとうございます! すぐ行きます!」
ロビンさんもホームズさんも業者さんも、皆ニコニコしながら玄関に向かった。
やったー! と僕も小躍りしながらついて行く。
それどころじゃなかったので忘れていたけど、僕はまだパンを三口、四口食べただけだった。意識した途端に、お腹がぐーぐー鳴り出した。
しかし、僕が、全員がサンクチュアリに入ったのを確かめて、扉を閉めようとしたその瞬間。
いきなり、扉がものすごい勢いで裏返った。
「何で勝手に開いたんだ?!」とびっくりして僕が立ちすくんでいると、目の前にぬっと、長いフロックコートを着た、知らない男の人が現れた。
やばい、デカい。巨人かと思うほどにデカい。
背丈も肩幅もあんまり大きいので、扉のあった場所は、ほぼ完全にこの人で埋められている。
なななな、何なの?! いきなり怖いんだけど!!
しかもこの人は、なぜか右手に狩猟鞭を持っていて、ずっとブラブラ振っているんだ!
「ホームズはどいつだ?! ホームズを出せ!!」
黒く焼け、無数のシワに刻まれた大きな顔から、まるでクマが唸っているような声が降ってきた。
ギラギラと変に輝いている目が、僕を睨みつけている。
僕はすぐに「ホームズさんなら居間にいます。呼んで来ましょうか?」と言おうとしたのだが、怖くてどもってしまって、「ほ、ほほほほ、ホー、ホー」と言ってしまった。
「誰がフクロウのモノマネをしろと言った!!」
巨人は怒り、ブン、と鞭を振り回す。
モ、モノマネなんかしてませんよ!! どもっちゃっただけですってば!!
「ひえー」と僕が悲鳴をあげていると、それを聞きつけたのか、ホームズさんがひょっこりと居間から姿を見せた。
「どちら様でしょう?」ホームズさんは静かに言った。
「わしはグリムスビー・ロイロットだ!」巨人はがなる。
「お前がホームズか?!」
ホームズさんは、その問いかけに「いいえ」と答えた。
そして、「ホームズはそいつです」と僕を指さして、居間に戻って行った……ってちょっと待って?! 何それ?!
絶句していると、巨人……じゃなくてロイロットさんが僕の肩をむんずと掴んで来た。
「わしの娘がここに来ただろう! 娘は何を言った?! それから、どこの病院へ行った?!」
「む、むす?!」娘って誰……もしかしてヘレンさんのこと?!
「へ、ヘレン、さ」
「そうだ、ヘレンだ!! それが何を言ったかと聞いているのだ!!」
そんなこと言われても……「ホームズさんに会いに来た」って言ったことしか知らないよ!!
ていうか、痛いからその手を離して!!
そう言おうとして、また「ほほほほ、ホー」とどもってしまうと、「ハ! わしを愚弄する気だな?」と言ってロイロットさんは僕を壁にドンと突き飛ばした。イッタッ! 頭と背骨をぶつけたよ!!
「ホームズ! わしはお前を知っておるぞ! この悪党が!」
ロイロットさんは、僕の鼻先に鞭を突きつけて叫ぶ。
どうしよう、僕殺されないよね?!
「何でもかんでもでしゃばりおって! お節介野郎!」
ぼ、僕はホームズさんじゃないです!!
「汚い警察の犬野郎!!」
人違いですってばーーーーーっ!!




