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赤い輪党

 不遇の青年リーハ・H・マフィーが、下宿「サンクチュアリ」の三号室で眠りについてから、早数時間。


 午前三時のロンドン街の一角には、点滅するネオン文字の看板を掲げた、薄汚い雑居ビルが建っている。ちょうどその最上階のフロアでは、髭面の男が一人、どこか真冬の気配を孕んだ冷たい夜風を閉め出そうと、未だ乱痴気騒ぎを繰り広げている若者達に言いつけて、半開きになっていた窓をバタンと閉めさせたところだった。


 彼はこの雑居ビルのオーナー、ブラック・ジョルジアーノ。

ほんの少年の頃から、恐喝・売春・強盗・殺人といった、法に背く行為を数限りなく繰り返し、やがてこの街の不良共を束ねて「赤い輪党(レッド・リングス)」という看板をあげ、違法行為を堂々とビジネスへ作り替えたほどの肝の座った大悪党である。人の命を顧みない残虐非道なその性格は、四十代になった今でも何ら変わっていない。


 しかし今夜のジョルジアーノは、ポーカーゲームに勤しむ部下達の声やトランプの札の音を聞きながら、妙に落ち着かない気分でいる。

 舌打ちをしながら、六本目か七本目かの煙草に火をつけた時、ジリリリリリリリーンと耳障りな音で電話が鳴った。

 受話器を持ち上げるなり、ねっとりと絡みつくような声で男が言った。


「調べはどこまで進んでいる?」


 それは秘密結社「東風(イースト・ウィンド)」からの連絡。ジョルジアーノは無意識の内に息を呑んでいた。




 東風(イースト・ウィンド)は、赤い輪党(レッド・リングス)が結成される遥か昔、第二次世界大戦の波に乗って生まれた組織である。


「東風」……それは冬の訪れと共に寒気と激しい嵐をもたらす、ヨーロッパでは侮り難い意味を持つ風だ。その名を取ったこの組織は、戦乱の世に、多くの強力な武器や傭兵達を次々と生み出しては様々な国と取引し、無駄に戦争を長引かせ、栄華を極めていた。

 しかしそこは盛者必衰の理で、戦争が終わると同時に東風(イースト・ウィンド)の世は去った。

 兵器などの需要が減ったという事に加え、過激派だった組織の要人が病死したから……というのが、もっぱらの噂である。



 ところが、三ヶ月前の事だった。

 ちょうど今夜のように事務所のデスクで電話が鳴り、

「ごきげんよう、ジョルジアーノ君。君達赤い輪党(レッド・リングス)に頼みたい仕事がある」と、いきなり馴れ馴れしく名を呼んできた男は、その消滅したはずの組織の名を名乗った。


「我々は東風(イースト・ウィンド)だ」と。


 ジョルジアーノは驚き、茫然としつつ相手の話を聞いていた。しかし、規模は小さいとはいえ勢いのある赤い輪党(レッド・リングス)に、風前の灯火のような組織が仕事を言いつけるなど馬鹿にするにも程がある。その「上から目線」な物言いも気に入らなかったから、「他を当たるんだな」と鼻で笑って一蹴してやっても良かった。


 いや、そうするべきだったのだが……。


 その時のジョルジアーノは、電話越しにも関わらず東風の男の雰囲気に飲まれてしまい、気がつくと「パンドラという名の女を探す」というかなり面倒な話を引き受けてしまっていた。


 お陰でレッド・リングスはそれから今まで、その話に振り回された。

 とりあえず、「パンドラ」という名を持っているか、その名に関係のある女なら誰でも良いとの事だったので、手頃なのを七人ほど攫って彼らに引き渡し、その分の報酬は貰った。

 けれども、「パンドラ」という名を持っている人間は意外に少なく、早く八人目を見つけようと思うも、なかなかその通りにはならない。段々とジョルジアーノは腹が立ってきた。


 これでは割に合わない。時間と手間が掛かり過ぎる。

 何故俺があんな組織に顎で使われなければいけないのだ?


 間もなくジョルジアーノは、部下達に「パンドラ」を探すことをやめさせた。

そして、次に東風から連絡が来た時には、組織の立場の違いというものを分からせてやろうと考えていた。



 ――それなのに。


「おや……どうした、ジョルジアーノ君。何故はっきりと返事をしない? まさか、仕事を放棄したという事はないだろうな?」と電話越しに男から囁かれると、ジョルジアーノは金縛りにかかったようになってしまった。


「……だったらどうだ」


 答えたのは、問われてから三十秒も経過した後の事だった。


「俺達はもう、この仕事はやらんと決めた」

「ほう……それは何故?」

「報酬の割に時間と手間が掛かり過ぎる。大体、『パンドラ』だったか? そんな人間を探してどうするつもりだ?」


 男は鼻で笑ったきり、何も答えようとしなかった。

 馬鹿にしてやがる……と思ったジョルジアーノは、歯軋りをして言った。


「とにかく、赤い輪党(レッド・リングス)は、今後一切お前達の仕事は引き受けん。他を当たるんだな」

「それは良いが、しかし……」男は言った。

「その場合は、契約不履行として、君達に責任を取ってもらう事になるが」

「何だと?」


 俺の組織に責任を取らせる?


 ジョルジアーノにはもちろん、この場合の責任の取り方というものが、世間一般の「命までは取られない」裁判や刑罰で済むものではないと分かっている。

 ただ、それだけにおかしかった。何の力もない時代遅れの組織が? どうやって?


 初めて金縛りが解けたようになり、ジョルジアーノは肩を震わせて笑い出す。


「ハハハ、何を言い出すかと思えば……。もちろん責任はいつでも取ってやるが、急いだ方が良いぜ。もしかすると、お前達がここへ辿り着く前に、俺は老衰で死んじまうかも知れん」

「その心配はない」ガチャン。唐突に電話が切れた。

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