ブラコンお姉ちゃんは弟にすごいって言われたい。(4/5)
「お姉ちゃん!」
日葵にはしてはかなり珍しく、強い口調で姉を呼ぶ声に大学から帰ってきたところの真希は目をぱちくりさせた。
「ど、どうしたの……?あ、お弁当どうだった?お姉ちゃん頑張ってみたんだぁ」
「そう、お弁当だよ!」
包み直してある弁当箱を姉に突き付ける。その動きは軽い。中身が空っぽだからだ。
「残さず食べてくれたんだぁ。お姉ちゃん嬉しいなぁ」
ニコニコと空の弁当箱を受け取って改めて重さを確認する。もっとも、日葵がお弁当を残したことなど一度もない。例え苦手なものが入っていたとしても我慢して食べてくれる。
「今回は盛り付けにこだわってみたんだぁ」
「それだよ!」
何が問題だったのかまるで分かっていない様子の姉に弟が必死に抗議する。
「あれは、さすがにちょっと……恥ずかしい……」
少し頬を染めつつ、唇を尖らせて不満を口にする日葵。その様子に脳天を撃ち抜かれた真希は後方に大きく仰け反った。
「……ごめんハル。ハルは可愛いよ」
「ほんとに反省してる!?」
いつも通りではあるのだが、奇奇怪怪な姉の言動に弟は溜息一つ。
「あのお弁当のせいで僕……クラスのみんなから彼女がいるって思われてるんだから……」
ピシッ
姉の身体が固まった。
「か……か、か、か、かぁぬぉじよぉおおおお!?」
一歩二歩と後退。ドンッと背中が壁に当たるとそのままずるずると床にへたり込む。
「そんな……ハルに彼女だなんて……嘘だ……嘘嘘嘘……」
光を失った瞳で床に向かってブツブツと呟いた後、
「不純異性交遊はお姉ちゃん許しませんよッ!?」
涙を浮かべて声を荒げた姉に、流石の日葵も呆れて脱力する他ない。
「だから……あのお弁当のせいでそう思われちゃったんだって……彼女なんていないよ……」
「ほんと!?ほんとに!?」
半べそをかきながら弟の脚に縋り付く姉に本当だよと頷いて見せる。
「――お弁当作ってくれるのは嬉しいけど、もうあんな恥ずかしいお弁当はやめてね」
「ぐすん……はい……」
真希が落ち着いたところで玄関から物音。とてとてと軽い足音が聴こえてきて、リビングに杏奈がひょっこりと顔を覗かせた。
「あ、お兄ちゃんお姉ちゃん、ただいま!」
挨拶を交わすと杏奈の持っている、買い出し用のマイバッグが目に付く。杏奈に遅れて母も荷物も抱えて帰ってきたので、どうやら二人で買い出しに行っていたようだ。
「お姉ちゃん!お弁当とっても美味しかったよ!」
荷物を置きながら笑顔を向けられて、今しがたのショックから立ち直った真希はホッと一安心。
「そか。よかった」
「それにね!飾り付けもすごく可愛くて、クラスの友達から羨ましがられちゃった!こんなお弁当作れるお姉ちゃんがいていいなぁって!」
日葵の分のみならず、杏奈と自分の分のお弁当も真希は作った。
流石に自分の分は大した飾り付けなんてしていないが、杏奈の分にはせっかくだからと工夫してみたのだ。工夫といっても、せいぜい海苔やおかずでデフォルメした猫を描いたりした程度だが、それでこれだけ喜んでもらえるのならやった甲斐があったというものだ。
「でも……ちょっと悔しいな……」
買ってきたものを整理するためにテーブルに並べる杏奈。ナマモノは母が受け取って冷蔵庫にしまいに行く。そのラインナップから、どうやら明日杏奈がお弁当を作る分の食材を買いに行っていたらしい。
「私、あんなに可愛いお弁当作れないよ……」
笑顔から、一転、声のトーンを落とした杏奈。
杏奈の料理の腕を真希は知らない。だが、この様子では真希よりも上ということはないのだろう。姉に張り合って自分もお弁当を作ることにしたはいいものの、自分が作る前に勝負が見えてしまった。
(……なんか私くっそ大人げなくないか……)
その声色を聴いた途端に冷静になった真希。
妹に勝負しようと言われて、自分の得意分野でガチで勝ちにいった姉。冷静になればなるほど、大人げないしみっともないまである。
「……………」
いてもたってもいられなくなって、真希は立ち上がり杏奈の側へと駆け寄った。
「お姉ちゃん……?」
不思議そうな顔で見上げる杏奈の頭を真希はわしゃわしゃと撫でる。
「何弱気なこと言ってんの!勝負しようって言ったのは杏奈でしょ!それに料理は見かけだけじゃないし、最終的にどっちがよかったか決めるのはハルだし」
そして真希は日葵に意味ありげにウィンク。それだけで姉の意図に弟は気付いてくれる。
「杏奈の作ってくれるお弁当、楽しみだな」
その言葉を受けて妹は、兄を見て、姉を見て、そして。
「お兄ちゃんがそう言ってくれるなら……うん!私頑張ってみるね!」
またその表情に、見た者の口元をほころばせる笑顔が戻る。
両手で拳を握って張り切る杏奈を見て真希はホッと一安心。
(ま、私さっきハルに怒られたとこだけどね……!)
杏奈の心配とは裏腹に。実際のところお弁当勝負は杏奈の優勢なのであった。