ブラコンお姉ちゃんは妹と弟を愛したい!
私の弟は可愛いなぁ……。
と、瀬野真希はその二十年の生涯で何度目かまるで見当もつかないほどに繰り返した感想をまた脳裏に抱いた。
「別に休みだし、ぼさぼさでも大丈夫なのに……」
されがまま、姉に寝癖を梳かしてもらっている日葵がそう漏らすが、姉は聞く耳持たない。
「お姉ちゃんがしたいからするのー」
そう、寝癖を直すなどというのは日葵に触れるための口実に過ぎない。真希がしたいからする。それに尽きる。
それは弟たる日葵も承知しているので、少しばかりくすぐったそうにしつつも姉の手に頭を委ねる。実際、口では遠慮するような素振りをしつつも日葵は姉が甲斐甲斐しく世話を焼くのを拒絶したことはないのだ。それは決して姉に逆らえないからというわけではなく、本当に日葵が嫌なラインを真希が越えてくることは絶対にないという信頼からくるものである。
その信頼を裏切らないためにも、真希はいつも日葵のことを気にかけてそのラインの見極めに気を配っている。
大好きだからこそ、絶対に嫌われたくない。気の置けない間柄が家族とはいっても、相手を思いやることは決して悪いことではない。
家族の形など、定められたものではないのだから。
「おはよ~」
毎日の朝の日課をこなしている姉弟にかけられる声。
リビングに入ってきたのは、杏奈だった。休みだからか寝間着のまま、いつものお下げも今はしておらず毛先がふわっと四方に広がっている。
真希と日葵が挨拶を返すと、いつもの朝の日課をこなしている二人を前に杏奈ははたと立ち止まる。
そして――
「ふふ」
ニコッと杏奈はあどけなく笑うと、そのままとてとてと二人に近づき、すとんと日葵と同じソファ、兄の隣に腰掛けた。
「おねーちゃん、私もー!」
その言葉につと手が止まった姉は、こちらを見上げてきた弟と顔を見合わせた。
「――うん、いーよ!」
もう日葵の寝癖もほとんど直っていたので、真希は少し身体を動かして今度は杏奈の髪を梳かしにかかった。
「えへへー」
杏奈が幸せそうに目を細めた。
その様子につられて日葵も微笑んだ。例え弟である日葵でなくとも皆一様に同じ表情を浮かべた違いない。
妹の髪を梳かす姉。そんな平凡な日常を象徴するかのような光景に、誰しもが幸福というものを感じずにはいられないだろう。
「――お姉ちゃん、お兄ちゃん」
穏やかな表情のまま、杏奈が口を開いた。
「この間は、ごめんね。私、ちょっと空回りしてたみたい」
日葵の誕生日から始まったズレ。ボタンの掛け違いのような違和感。
「――僕の方こそ、ごめんね。僕も、よく分からなくって」
新しくできた家族に不慣れなのは誰しも一緒だ。今回はそれぞれの不慣れさが、不器用さが招いた出来事だった。
「……私もよく分かんない。でも、きっとそれでもいいんだよね。分からなくて当たり前。だからこそ……これからゆっくり知っていけばいいんだよね?」
これは姉へ向けての言葉。
「そーそー。だって、私達――」
「これからずっと一緒だもんね!」
真希には、後頭部しか見えていなかったが、杏奈がはにかむような微笑みを浮かべているのが分かった。
「――私の妹は可愛いなぁ……」
「もう!そんなこと言われるとちょっと恥ずかしいよ!」
口に出てた。
だが、照れる杏奈の様子も真希には愛おしく思えた。この場にあの悪態を交わし合える友人がいればブラコンからシスコンに転向か?とからかわれていたに違いない。
――一人しか愛せない道理などあるまい。どちらも等しく、大切なのだから。
「ふふ」
二人のやりとりを隣で眺めていた日葵が堪えきれないように笑った。
「二人とも、この間一緒に遊びにいってからすっごく仲良くなったよね」
今度は真希と杏奈が顔を見合わせて笑い合った。
お互い本心を包み隠さず曝け出しあった。思いの丈を恥も外聞もなく打ち明けた。
双方共に思い出すだけでも恥ずかしい。だけど、だからこそ、同じ気持ちを、同じ時間を共有した二人はぐっとその心同士を近づけた。
これからもすれ違うことはあるだろう。だが、それを乗り越えた時、こうして絆はさらに強く、太く、結ばれていく。血の繋がりなど何も気にならないほどに、二人はより本物の姉妹へ、本物の家族へと近づいていく。
「私はお兄ちゃんともも~っと仲良くしたいなぁ!」
真希に髪を梳いてもらっているにも関わらずに、杏奈が日葵の腕をとってその身体に寄りかかった。
「おっと!」
「ちょっと杏奈!まだ終わってないって!」
「もう大丈夫~」
実に羨ましい……奔放な杏奈の態度に真希が口を尖らせる。
「杏奈ぁ~、私の真似はしなくていいって言ったよね~?」
「真似?」
日葵が首を傾げるが、詳しく話すわけにはいかないので真希はスルーする。
杏奈が必要以上に日葵にくっつこうとするのは真希を真似ることで普通の兄妹の距離感たろうとしていたからのはずだ。
だが、あの日に真希は自分がブラコンであるのを告白し、自分の真似をすることは兄妹としては過剰な愛情表現になりかねないと杏奈に分かってもらえたはずなのだ。
そのはずなのだが……。
「んふふ~」
杏奈は心地よさそうに日葵の腕に頬摺りする。まるで猫のようだ。
「真似じゃないよー。私、お兄ちゃん大好きだし!」
「んなっ」
何の恥ずかし気もなく、当人の前でそんなことを言う。
「あ、ありがとう……?」
どう返答すべきか分からず曖昧にお礼を言う日葵にますます杏奈はニッコリと。
「友達も皆いいなって言ってくれるんだ。こんなに可愛いお兄ちゃんがいて羨ましいって!」
ひっくと日葵の頬がヒクつく。悪気はないと分かってはいても可愛いと言われて嬉しいお年頃ではない。
そして姉だけでなく妹の友達にも可愛いと言われると兄の心境はいかほどのものか。
「可愛いし、優しいし……お兄ちゃんがお兄ちゃんでよかった。ずっと、こうやって誰かに甘えたかったんだぁ」
日葵の表情には苦笑が浮かんでいる。
苦笑しながらも、杏奈が抱き着いている腕とは反対側の手で甘える妹の頭を撫でてやった。
きっかけは真希の真似だとしても。少なくない好意がなければ異性に過度なスキンシップなどできまい。杏奈が日葵を好きなのは、決して真似事の感情ではなかったのだ。
「……私に甘えてもいいのよ?」
だが姉としては少し面白くない部分もあるわけで。
妹が可愛いと口に出した直後ならなおのこと。
「お姉ちゃんはさっき満喫したー」
髪を梳いてもらったので次は兄の番、ということか。
「――よぉし、じゃあお姉ちゃんは逆側から……」
何を張り合っているのか、杏奈とは逆側、日葵の隣に真希が腰掛けて日葵の片腕をとる。
しかし三人掛けのソファではないので真希が座る余裕はほぼないわけで……。
「キ、キツいよお姉ちゃん……」
他にも座る場所はあるというのに、小さなソファの上で三人はすし詰め状態だ。
「お姉ちゃんは後でいいでしょー!」
二人からの抗議に姉はぐぬぬと唸る。
「私だってハルとくっつきたい!」
その大人びた外見には到底似合わない、駄々っ子のような口調。
日葵は姉のそういう仕草をよく知っている。そしてもう杏奈に本心を隠す必要もない。
「今は私の番だからお姉ちゃんは我慢して!」
「やだ!」
朝に弟分を摂取することは一日を健やかに過ごすためにとても重要なことなのだ。
「お姉ちゃん……」
弟が姉をなんともいえない表情で見ているがそんなことは関係ない。
いや、今までならここまでスキンシップを強行しようとはしなかっただろう。
杏奈がいるから。
自分の本質を知っている人がいるからありのままの感情を出せる。
――あの紅く燃える夕日の中で心を開いたのは、杏奈以上に真希だったのかもしれない。
「杏奈ぁ~ハル返してよ~!」
「今はダメ!」
キッチンの奥から母の笑い声が聴こえてくる。朝っぱらからこの騒々しさだ。そろそろ父も起き出すに違いない。
普通とは違う?それで結構。
そんな定義も曖昧なもの必要ない。そんな型にはめるような固定観念に意味はない。
人には人それぞれの普通がある。家族には家族ごとの普通がある。
大切なのは、当人たちがどうしたいのか、だ。
「じゃあまとめて!」
にっちもさっちもいかなくなった真希が、正面から弟と妹を抱きしめた。
「もう~お姉ちゃんったらぁ!」
杏奈は笑っていた。
とても楽しそうに。
ちょっと羽目を外しすぎたかなと思った真希だったが、たまにはこういうのも悪くないと思った。自然と口元が綻ぶ。
ただ一人、妹に片腕を掴まれているうえに姉に正面から抱き着かれて身体をソファに押し付けることになった弟は。
「ぐるじぃ……」
二人分の愛情に押しつぶされてそう呻いたのだった。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
本小説はここで完結にしたいと思います。
詳しくては活動方向にでも書きますので、よければ。
ともかく、およそ一カ月ほどの連載にお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




