ブラコンお姉ちゃんは妹のことが分からない。(2/3)
「いやぁ、予定通りなら間に合うはずだったんだがなぁ。突然帰ってきて驚かせるつもりだったんだ」
すまんすまんと父が日葵の頭を少々乱暴に撫でた。
「うー大丈夫だよー気にしてないよー」
されるがままの日葵だったが、手がどけられると髪がぐしゃぐしゃになってしまっていた。
父が日葵と真希の誕生日に帰宅できるのは稀なので日葵の気にしていないというのは事実だ。もう悲しく思うような歳でもない。
「それはそれでちょっとな……ちょっとは気にしてほしい……」
少しばかりしゅんとなる父。
(めんどくさいなこの父親……)
真希は内心そう思ったが、流石に口には出さない。日葵の口の端がひくりと動いたところを見るに日葵も真希と同じことを考えているに違いない。
「ともかく、遅れた原因なんだが……。なかなか撮影が上手くいかなくてな。だが諦めて帰国しようとした矢先、狙っていた被写体の目撃情報が入ったんだ。それで少しだけ滞在期間を伸ばしたんだよ」
そう言って一枚の写真を二人の前に出す。
「……なにこれ」
真希が率直な感想を述べると、父は溜息混じりに、
「野生のコビトカバの糞」
「……………」
なぜこの父親はそんなものの写真を見せたのか。
「いやあ、なんとか動いている様子をこの目とカメラに収めたかったんだがなぁ。そもそも生息数が極めて少ない上に、警戒心が強く夜行性ときた。テントで何日も粘ったが出会えなかったよ。別の場所に仕掛けた固定カメラには小さく映ってたんだがなぁ」
話す内容のわりには楽しそうに父は語る。
そしてそれを楽しそうに日葵は聞いていた。
「それでだ、これが誕生日プレゼント」
と、父は鞄から何やら取り出して日葵の手に乗せた。
手載りサイズの木彫りのカバである。
「あ、ありがとう……」
曖昧な笑みを浮かべた日葵だが、これぐらいでちょうどいい。
帰ってきて、祝ってくれる。それだけで十分なプレゼントなのだ。
なお、昔は国外に出る度にお土産にいろいろ買ってきていた父だが、家族で話し合ってお土産は基本的に買わないことになっている。父の外国に行く頻度が多いせいでその度に買ってくると家が魔窟になってしまうからだ。
「いやぁしかし日本はいいものだ。道を歩いていてひったくりに遭うこともないし、何より食べ物がうまい。変なもの食べて腹を下すこともない」
そう言って父はダイニングの椅子にどっかと腰を降ろし脱力した。食べ物はともかく、カメラのような高級機材を持って各国をうろついているのだからそういう輩に狙われるのは致し方ないことかもしれない。
「夕飯の残りでよければ食べる?」
「食べる!久々の手料理だぁ」
子供のように無邪気に笑う父の様子に母が苦笑して食事の準備にとりかかった。整った容姿にこの性格。そのギャップが魅力的なのだと二人の母が言っていたのを真希は覚えている。
ふと、父が周囲を見回す。
「そういえば杏奈ちゃんの姿が見えないな」
父の帰還によって忘れていたことが蘇る。
「杏奈は……もう部屋に戻っちゃった……」
「……そうか」
父がそのやりとり一つで何かしら察したのが真希には分かった。
この父親、日頃物言わぬ動物と向き合っているからか目線の動きなどの所作で相手の感情を読み取ることに長けている。
(どうしてこんなタイミングで帰ってきたんだか……)
父に隠し事はできない。そんな父が寄りにもよってこのタイミングで帰還するとは。
「真希、あとで少し話をしようか」
「……………」
黙したまま顔を逸らし、小さく真希は溜息をついた。
たまに帰ってきたと思ったらこれだ。ここぞとばかりに父親らしいことをしようとする。
本当の母が亡くなった時、真希は家のことは自分に任せてと言い、父に仕事を続けさせた。だから父が家に帰ってきた時には何ら心配などせず、休息だけに専念してほしかった。
だが、こうなってしまったものは仕方ない。
「あ……」
父親にぐちゃぐちゃにされた日葵の髪を真希がポンポンと直した。これから入浴なのであまり関係ないが。
「杏奈のことはさ。お姉ちゃんに任せてよ。私達にとって杏奈は初めての妹。杏奈にとっても、私と日葵は初めてのお姉ちゃんとお兄ちゃん。ちょっとすれ違うことぐらい普通だって」
そう、何も心配することはない。
今までがうまく行き過ぎていたのだ。新しい家族、新しい生活が何の問題もなく上手くいくはずがない。重要なのは、これを乗り越えられるかだ。
絆というのものは、そうやってより強く、より固く結ばれるものなのだろう。




