ブラコンお姉ちゃんは妹と協力したい。(3/4)
小和が日葵の家に訪れてから、一時間ほど。
日葵の部屋に入ったという興奮と緊張も冷め、カリカリとシャーペンがノートに筆跡を刻む音が響いている。
「んっ……」
伸びをするフリをして小和が今一度日葵の部屋を流し見る。
ベッド、勉強机、クローゼット、本棚……どこも綺麗に整頓されている。普段は立てかけて収納できる脚を折りたためる丸テーブルが今は置かれ、二人は座布団を敷いてそこで勉強している。四人しっかり参加していたら少し手狭だったかもしれない。
男の子の部屋、というと少し散らかっているのを想像しがちだが、この整理整頓ぶりは小和には想定内。寧ろ日葵が散らかった部屋で生活しているイメージが湧かない。
「あ……」
小和が漏らした声に、日葵も顔を上げた。壁にやっている小和の視線を追う。
「どうしたの?」
「あ、うん……ちょっと気になって。近くで見ていい?」
日葵が頷く。小和が立ち上がって壁に掛けられているコルクボードに向き合った。
そこに貼られている沢山の写真。整頓されていて物が少ない日葵の部屋を閑散とさせていない鮮やかな彩り。日葵が写っているものもあるが、ほとんどのものに人間の姿は写っていない。
様々な表情の、様々な動物達。
「せ……日葵君。動物、好きなんだ」
「うん。とっても」
目を細める猫、草地に駆けだす犬。身近な動物から、ライオンや象といった動物園でしか見られない動物まで。共通しているのが、そのどれもが生き生きと写真に写っていること。写真の知識がない小和でも分かる。素人が思いつきでシャッターを押してもこうはならない。
「この写真って……」
「全部僕のお父さんが撮ったものだよ」
「すごい!もしかして、お父さんのお仕事って……」
「動物カメラマン」
ほえぇ……、と思わず小和は声を漏らした。
日葵が少々複雑な家庭環境にあるということは何となく小和も知っていた。だが、流石に父親の職業までは知らなかった。
「すごいなぁ。ちょっと羨ましいかも。私のお父さん、ただの会社員だし……」
言い終わってから、はっと小和は口元を抑えた。
こういう場合、えてして否定の言葉が返ってくるものだ。特殊な職業ならなおのこと、余人には想像できない苦労があるはず。
だが、小和の心配は杞憂だった。
「いいでしょ。僕の自慢だからね」
その屈託のない笑顔に、思わず小和は見惚れて言葉を失った。謙遜も、羞恥もなく。ただただ純粋な誇らしさからくる笑み。
こんな笑顔をできる人はそうそういない。少なくとも小和の知る限りでは日葵の他にいない。
子供っぽい?否、その逆。自分の大切なものをちゃんと好きだと言えることはかっこいい。
小和が日葵に惹かれる理由は彼の外見も少なからずあるが、それと同じぐらい、こういった不意に見せるかっこよさにある。他の同年代の男子にそれを求めるのは少々酷だろう。日葵はその小柄な身体つきと中性的な容姿から幼く見られがちだが、その実、内面はとても大人びている。
「新田さん?」
呼びかけられてハッと我に還る。
席に戻りつつ、胸の奥で高まった衝動が彼女の背中を押した。
「あ、あのね!日葵君!」
突然声を張り上げた小和に日葵がきょとんと首を傾げる。
「できれば……できればでいいんだけどっ……!」
たいしたことではないのかもしれない。実際に何食わぬ顔で口にする人もいる。だが、彼女にとってはとても勇気のいることだった。
緊張で鼓動が早くなるのが分かる。もしかしたら頬も赤くなっているかもしれない。
「できれば、その、私のこと……」
ここまで来たらもう後には退けないと自分に言い聞かせ、そして――
「私のことは、下の名前で――」
トントン
がくん、小和の上体が崩れた。完璧なタイミングだった。
完璧なタイミングで鳴らされたノックの音が小和の言葉を途切れさせた。
「ハルー、ちょっとドア開けてー」
ドア越しに聴こえた声に日葵が立ち上がって、
「ちょっと待っててね」
そう小和に断ってドアを開けにいった。
日葵がドアを開けると、そこには御盆を抱えた真希の姿があった。
「喉乾いたんじゃないかと思って」
言葉通り、その盆の上には二人分のコップと麦茶の入ったピッチャーが乗っていた。冷蔵庫から出したばかりであろう冷えたピッチャーには結露した水滴が浮かび始め、実に涼やかだ。
「確かにそうかも。ありがとう!」
そう言って日葵は手を伸ばすが、いいよいいよと断ってするりと真希は日葵の横をすり抜けた。
丸テーブルの脇では勢いを削がれて項垂れる小和の姿がある。その姿を見て、気づかれないように真希はニヤリと口を端を持ち上げた。
ノックのタイミングは完璧だった。そしてそれは決して偶然ではない。
真希の部屋は日葵の部屋の壁一枚隔てた隣だ。防音性が皆無というほどではないが、息を殺してよぉく耳を澄ませば会話の内容も聴きとることができる。今も杏奈がこちらの様子を盗み聴いているはずだ。
(悪いけど、今日はもうこれ以上の進展はない、と思っていただこう……)
テーブルに盆を乗せ、コップに麦茶を注ぐ。隣の部屋で逐一二人の言動に耳を澄ませ、何か怪しげな動きがあった場合、こうやって直接妨害する。
過保護というより、ここまでくればもはや狂気に近い。
「ありがとうございます……」
少し疲れたような声色で小和が麦茶の入ったコップを受け取った。
「いいのよ。それじゃあ、勉強、頑張ってね」
やはり勉強という部分を強く強調して、真希は日葵の部屋を後にした。
「新田さん、さっき何言おうとしてたの?」
「ふぇ!?いや、その……ナンデモナイデス……」
ドアの前、背中越しにそんなやりとりを耳にして、真希は小さくガッツポーズ。
(あとはお菓子の差し入れで一回妨害するのが私の切れるカード。その後は杏奈、頼んだよ……)
やっていることは非常に大人げないが、妙な体裁だけは気にする姉であった。




