ブラコンお姉ちゃんは妹と協力したい。(2/4)
少しばかり緊張で硬くなった指でチャイムのボタンを押す。扉が開くまでに間に、すでに何度も何度も確認した前髪の位置を再度確認。セミロングのストレート髪を手で梳いて整える。
(もっとがっつりメイクしておいた方がよかったかな……でも勉強会でがっつりメイクしてるって変だし……)
淡く色づいた唇。中学生といえど外出時にはメイクは欠かせない。それも恋する乙女となればなおのこと。
(せっかくさっちーが作ってくれたチャンス……今日でグッと瀬野君との距離を縮めてみせるんだから……!)
友達に感謝しつつ、決意を込めて拳を握りしめたところで目の前のドアが開く。慌てて拳を背中に隠すとその意中の相手が顔を覗かせた。
「あ、新田さん。今日はよろしく」
そういって向けられた異性とは思えないほどに可愛らしい笑顔に一瞬反応が遅れたが、
「――あ、う、うん!今日はよろしくね!」
どうぞと招き入れられた玄関に、日葵のクラスメイトである新田小和は足を踏み入れた。
(せ、瀬野君の家に入っちゃった……!)
これだけでも他の女子達よりもずいぶん先んじたような気がする。日葵のことが気になっている女子の中でも、家に行ったことがある女子はほとんどおるまい。
「お、お邪魔しまーす……」
「どうぞ」
今になってかなり大胆なことをしているという自覚が出てくる。友達にはドタキャンという体をとってもらっているとはいえ、男子の家に女子一人で訪ねるなど。
もちろん小和としては何かしらの間違いが起きてもまったく問題ないわけだが、日葵の性格からしてそんなことはありえないというのが安心でもあり少し残念でもある。
スニーカーを綺麗に揃えて玄関の脇に並べると、下駄箱に並んでいる他の靴が目に入った。
(お姉さんと妹さんがいるんだっけ……)
妹の杏奈は学校で何度か目にしている。日葵の妹らしい、とても可愛らしい女の子だ。日頃あんな可愛らしい子と一緒にいるのだから、日葵の美的感覚は相当肥えているのではないかというのが女子達の悩みどころ。
将を射んとする者はまず馬を射よ。日葵とお近づきになるために妹と接点を持とうとする者も少なからずいるようだが、うまくいったという話は聞いたことがない。
一方で姉の方については大学生ということ以外まったく情報がない。
(きっとすごい美人さんなんだろうな……)
そんなことを小和が思っていると、
「あら、お友達?」
廊下の奥から現れた人物の呼びかけに、小和は思わず息を飲んだ。
薄明りの中でも艶めく黒髪。何気なく手で払うだけでその場に燐光が舞うかのよう。半袖のトップスはキュッと腰の部分がシェイプしていて腰の細さを際立たせる。パンツスタイルのすらりと伸びた脚は長く、ファッションモデルもかくやという脚線美。
想像通りのすごい美人。いや、それ以上。この人は本当に自分と同じ人種なのかと疑ってしまいそうになるその美貌。自分が大学生になった時、この人の美貌に果たしてどれだけ近づけるだろうか。
アンニュイに細められた両眼とふと目が合い、小和は慌てて、
「は、初めまして!瀬野君と同じクラスの新田です!瀬野く……日葵君のお姉さんですか……?」
一瞬、ピクリと真希の眉が動く。
「そうよ。今日は勉強会だったわね?」
なぜか勉強会という単語が特に強調された言い方だったような気がしたが、小和が頷く。
「勉強熱心でいいわね。勉強、頑張ってね」
やたらと勉強という単語を強調してくるような気がしないでもないが、小和が頷いていると、
「ところで……」
何かを疑問に思ったらしい日葵が口を開いた。
「お姉ちゃん、これからどこか行くの?」
「ふぇ?いや、ずっと家にいるよ。うん、ずっと家にいるからね」
なぜか後半は日葵ではなく小和に向けて言ったように感じたのは気のせいだろうか。
「じゃあさっきまで部屋着だったのになんで余所行きの服着てるの……?」
日葵の純粋な疑問にうっと真希が呻いた。
「いや、ほら……気分転換にね……!」
「ふーん」
特にそれ以上は言及せずに、日葵は小和を二階へと案内した。
「僕の部屋二階だから。こっちだよ」
「う、うん!」
真希に会釈しつつ、二人はその脇を通り過ぎていく。
「せ……日葵君のお姉さん、すっごく美人だね……私びっくりしちゃった……」
「そう?僕はもう見慣れちゃったから」
少しばかり照れくさそうに日葵は言う。本当は姉を褒められることを喜んでいるが、その喜びを素直に表現するのは恥ずかしい。そんな弟心が言葉の中に見え隠れしていた。
(でも……お姉さんには感謝しなきゃ……)
前を行く日葵に悟られぬよう、小和はフフッと笑った。
(自然な流れで下の名前で呼べるようになっちゃった……私のことも下の名前で呼んでくれないかなぁ……)
日葵の家に来てさっそくの進展に、今一度小和はこの状況を作ってくれた友人に感謝するのだった。
「……………」
階段を登っていった二人を見送った真希。
その背後のドアがガチャリと開く。
「――オネイチャン」
責めるようなその声色に、先ほどまでの凛々しい立ち姿をへにゃりと崩して項垂れた真希がはい……と応えた。
「敵に塩を送ってどうするの!なんか自然に下の名前で呼んでたよ!?」
「うーむ……でもあれはどうしようもないっていうか……」
実際あの流れは真希が姿を見せた以上仕方ない流れだったとも言える。
「まぁでも、これで家に大人がいるってことはちゃんとアピールできたね」
もっとも重要な目的が達成できたことに、ひとまず杏奈はうんと頷く。
「これで大胆なことはできないでしょ」
最初の牽制。それが真希が姿を見せた理由だった。
明確に第三者の存在を意識させることで、二人きりだと思わせない。軽はずみな行動をさせない。
「しっかりした感じの子だったし、あんまり変なことにならなさそうだけどね」
「甘いよお姉ちゃん!」
考えの甘い姉に妹がビシッと指を突き付ける。
「最近の中学生はそれはもうすごいんだから!」
「そ、それはもう!?」
具体的に何がどうとは言わないが。
「二人きりでいい雰囲気になったら……ちゅーぐらいしちゃうかも……」
「なんてこった……あの子も大人しい顔して実は狼だってのか……!」
日葵の方からとは微塵も思わないこの姉である。
「ともかく、少し様子見だね。いちおう勉強会だし、あんまり邪魔するとお兄ちゃんに怒られちゃうし」
手伝いを頼んだのは真希のはずだが、いつの間にか作戦指示は杏奈がしていた。
そう、作戦だ。日葵と小和が必要以上に仲良くするのを妨害する作戦。同じ目的のもと、かつてない強固な絆で結ばれた姉妹の共同戦線。
共通の敵を前にした時こそ、人はもっとも団結できるものなのだ。




