ブラコンお姉ちゃんは弟にすごいって言われたい。(5/5)
「お待たせー」
食欲をそそる甘酸っぱい香り。サクッと揚げた鶏肉に香味ソースをかけた油淋鶏が今日の日替わり定食のメイン。それに白米、味噌汁、小鉢を合わせてもわずか三百八十円。大学の学食は何かと金欠になりがちな学生の懐にとても優しい。
その日替わり定食の乗ったトレイを持った千佳子が真希の正面の席に腰掛けた。
学食はお腹を空かせた学生達で賑わっている。大学を出れば近隣に飲食店は多いし、何なら学校の敷地内にコンビニもあるが、やはり学食の手軽さには代えがたい。ズラリと並んだテーブルのほとんどがすでに埋まっており、滑り込みで二人分の席を確保できた真希と千佳子より後に来た者は席の確保に苦労している。
「なにそれ?」
「ゆーりんちー。油が淋しい鶏と書く」
「油に飢えてんの?デブなの?」
「お前よりはデブじゃないよ」
「胸が重いからね」
「こいつ……!」
心底くだらない軽口の応酬。ある意味、ここまで軽快に言い合えるのは仲の良さの証だろう。
手を合わせていただきますと呟き、昼食を始める千佳子。
「揚げた鶏に香味ソースがかかってるのか。手軽そうだし美味しそうだね」
「そちらも何か差し出すのならば一切れ分けてしんぜよう」
カバンから弁当箱を取り出した真希。
「今日のお弁当は私作でも母作でもない。私の妹作だ」
「ほう。妹ちゃん。それは興味深い」
千佳子も注目する中、弁当の包みを解き、カパリと蓋を開ける。
「中学二年生だっけ?凄いじゃん!」
千佳子の言う通り、そこにはちゃんとしたお弁当があった。
メインは豚の生姜焼き。彩にほうれん草のお浸しに卵焼きと、まさしく中学生らしい調理実習で習うラインナップ。素朴だが、それがまたいい味になっている。
「いただきます」
とりあえずメインである生姜焼きを一口。
「……うん、美味しい」
「どれどれ」
向かいからつと箸が伸びてくる。
「……ふむ。これ作った妹ちゃん欲しい。ちょうだい」
「じゃあ千佳子と私が結婚するしかないな……」
「なんでお前なんだよ……せめて弟君だろ……いやお前がそれを認めるとは到底思えんけど」
ともかく、味付けは完璧。千佳子の先の言葉通り、これを作ったのが中学生の妹ならばとてもよくできた妹だと誰もが羨むだろう。
日葵もさぞ気に入るに違いない。
(これはもう、お弁当勝負は杏奈の勝ちでいいな。いや、寧ろそうさせてほしい……)
ここまで妹が頑張って、それでも姉がどうだすごいだろうと威張るなどかっこ悪いにも程がある。
(あれ……これお弁当に限らず、どんな勝負でも勝負する前に勝敗が決まっているのでは……)
今になって、姉が妹に張り合うということのかっこ悪さにようやく気が付いた姉であった。
当然この杏奈の作ったお弁当は日葵にも好評であることだろう。どちらが上かなどと日葵が明言することはないだろうが、少なくとも真希のように杏奈が日葵に怒られることはないのは確実だ。
悔しいようなホッとしたような、そんな不思議な気持ちで杏奈の作ったお弁当を噛みしめる真希。結果としてはなんともいえないものとなったが、久しぶりに料理をすること自体はなかなか楽しかった。腕が鈍らないように、これからちょくちょく作ってもいいかもしれない。
「ん?」
おかずの入ってる段ではなく、ご飯の方に目が行く。
鮭フレークなどをまぶして俵状に握ったおにぎりが三つほど詰められている中で、一つ、とりわけ目を引いたものがあった。
「あら可愛い。犬かな?」
千佳子の言葉に真希は首を横に振る。
「猫だよ」
おにぎりの一つに、小さく切った海苔で何かの顔を表現したものが一つ混ざっていた。持ち運んでいる時に少し崩れたのか、それとも最初からこうだったのかは分からないが、少しばかり歪な何かのキャラクター。
その崩れた顔から覗く対抗心に姉は笑った。
「――こんなお弁当を作る妹を千佳子にはあげられないなぁ」
「くー、一人っ子は辛いぜ」
本当に羨ましそうな千佳子の様子が真希には嬉しかった。
勝ち負け云々ではなく、もっと料理の勉強をしようかと思う。うかうかしていては追い抜かれるかもしれない。
弟がいるだけではこの感覚は分からなかったろう。張り合おうとしてくる姉妹がいるのはなかなかどうして悪い気分ではない。
(今度一緒に料理でもしてみようなかな)
二人並んでキッチンに立つ真希と杏奈。そして二人が作った料理を食べて笑ってくれる日葵と両親。
うん、悪くない。
「あ、そうそう」
妹手製の弁当をある程度食べ終えたところで、真希が思い出した。
「さっき生姜焼き一枚持ってったでしょ。ゆーりんちー一切れよこせ」
「もう全部食べちゃった」
「こいつ……!」
しっかり最初の軽口の仕返しをくらった真希だった。
少し日が経って。
「ただいまー」
日葵が学校から帰宅するとすでに姉と妹の靴が玄関にあることに気が付いた。ドアを開けてリビングに入ると、予想通り姉妹が手を振って出迎えてくれる。
「「おかえりぃー」」
その後にそれぞれハル、お兄ちゃんと続く。
二人はダイニングテーブルを挟んで向き合って座り、何やら話し合っていたようだった。杏奈の手元にはメモ代わりの裏返したチラシとボールペンがある。
「何してるの?」
あまり見慣れない光景に日葵は興味を惹かれた。姉と妹が二人でいるところを弟はほとんど見たことがなかったのだ。
その大きな理由としては両者ともが日葵を見ると構わずにはいられないというものが挙げられるが、それを抜きにしてもよく見る光景でなかったことは事実であった。
日葵がメモを覗き込むと、そこにはいくつかの食材名の羅列。所謂買い物メモとなっていた。
「明日ね、お弁当お姉ちゃんと二人で作ろうと思って」
意外な答えにほえぇと日葵の口から間の抜けた声が漏れた。
意外、そう意外だ。この二人は仲が良いというイメージが日葵の中にはなかった。仲が悪いということは断じてないが、日常会話以上の会話はしない。二人が仲良く肩を並べて料理するということがパッと頭に浮かばなかったのだ。
「この間、お姉ちゃんがお弁当作ってくれたでしょ?あれで分かったの。お料理の腕はまだお姉ちゃんには敵わないなぁって」
敵わないとは言いつつも杏奈がしょげている様子はない。
「そしたら、お姉ちゃんがお料理教えてくれるって!」
姉はたははと笑う。
「単純に経験の差だと思うけどねぇ……私も修行しないとすぐ追い抜かれちゃいそう」
そう言って苦笑する姉だが、弟には分かる。
嬉しそうだ。
奇妙な話だが、自分以外のことで嬉しそうな姉の姿を弟は久しぶりに目にした。それがなぜだか嬉しくて日葵は笑った。
「買い物、今から行くの?」
「あー、うん、そうしようかな」
「じゃあ僕が荷物持ちに付いていくよ。あ、でもそんなに買わないだろうし必要ないかな?」
日葵の申し出に、真希と杏奈は顔を見合わせた後、声を揃えた。
「「そんなことないよぉう!!」」
その後のスーパーまでの道のり、両側から腕を組まれた日葵はとても恥ずかしく自分の言葉をちょっぴり後悔した。
だが、スーパーに入ってカートを押している間、前を歩く姉妹が肩を並べて歩いているのを眺めているとその後悔もすぐに消えた。




