第一話「東国の日常風景」
むかーし昔。どれくらい昔かというと、まだこの極東の島国に住む大和人の知らない遠い海の向こうの遥か彼方の北西大陸で、鼻の高いイケメンな“北方人”の方々や、パツ金美人な“エルフ”のちゃんネーや、ガチムチな“ドワーフ”のおっちゃんの方々が結束し、大陸を脅かす魔族・竜人族・獣人族の同盟軍を相手に、後に北西大陸で『聖戦』と呼ばれるド派手な戦争で互いにドンパチ殺りまくり真っ最中の時代。
当時、海を挟んで東のだだっ広い大陸に、これまたドデカいお国を築き上げ、飛ぶ鳥を落とす勢いだった大王朝・大遼国がありました。
そんな大国が突如、極東の島国大和国へ侵攻し、大和国の西南諸島を舞台に大和武士たちが大国を相手に戦をし、後に『和遼の役』と呼ばれる領土防衛を果した少し後。
この皇国の歴史の中で後に『戦国』と呼ばれる時代の少し前くらい。
政争や謀略に精を出し、毎日賑やかでドロドロな話の絶えない、やんごとなき身分の御貴族様と、いつか必ずや王政復古を成さんと野心を腹に溜め込む時の関白様。
各地で好き勝手に殺し合いをする武士達の棟梁にして、政事の一切を執権様に一任致し、放任主義を貫き寛大な御心をお持ちあそばす将軍様。
乱れた政情&紛争&飢饉により地方から流れついた難民流民、飯も職も無く天下の大通りの隅を占領せしめし乞食共。
これらの朝廷幕府様が御座す花の都から、太陽の昇る方角へ向かって凡そ数百里ほど進んで行けば、とある海に面した東国に辿り着く。
この物語の主人公の生まれし国に御座る。
* * *
【――賀嶋国・練磨郡――】
時は皇歴1453年。
「いや――!」
「た、助けてくれ――!」
澄んだ青空を邪推に汚す黒煙と、美しい鳥たちの鳴き声の代わりに虚しく木魂する人々の悲鳴と残響。そんなことが日常茶飯事で起こり、もはやある意味牧歌的とも思えるまさに乱取りの風景は、五百年後の現代人が目にすれば、野蛮だ残虐だと口を揃えて批判するだろう。
「ハハハッ! 逃げよ逃げよ!」
大いに刈田狼藉を楽しむ武士の集団がある。村民の絶望と、恐怖と怨嗟を吹き飛ばすかのように高らかと大声で笑う武者がそこにはいた。
――足城龍義。通称・虎之丞。
ギョロリとした虎のような大きい目玉に、見事な熊髭を蓄え筋骨隆々とした正に東武者の見本のような人物である。だが、そんな厳つい風貌とは真逆の愛嬌ある笑顔で高笑いを上げている。
「畜生! 蛮東武者が! これでも喰らいやがれぇ!!」
「はん! 虫けらがこの儂に歯向かうとは。その度胸や良し!」
一人の勇気ある若人が半狂乱になりながら腰刀を片手に、馬上の大将を目掛けて突進する。しかし、そんな彼の勇気など、この熊髭の騎馬武者の前では何の意味もなさなかった。
「うりゃ!」
「ぐが…!」
馬上から大薙刀を振るい、一瞬で若人の首が宙に飛んだ。
地面にぐしゃりと倒れた新しい肉塊に興味など示す素振りも見せず、馬上の武者大将は郎党に下知を飛ばした。
「者共ぉ――! 火をかけよ、存分に致せ!!」
応!――と彼の郎党衆が嬉々として命に答えると、徒歩武者と呼ばれる下級の武士は村民が汗水垂らして実らせた作物を収奪し、民家を焼き払う。
そしてその蛮族の如き集団の中に逃げ惑う民を一人、また一人と鋭い鏃の矢を放ち、老若男女関係なく穿つ目立った騎馬武者がいた。
「ハハハッ! よう逃げよ! 良い的じゃ!」
古の書物に記されるような悪漢の如き笑みを浮かべ、殺戮を自由に楽しむ若い武者である。膂力に優れ、無駄な脂肪も肉も無くガッチリとした細身の身体。その戦闘に特化した身体を覆うのは、この時代で大鎧に代わりスッカリ主流になった胴丸と、足捌きを良くし機動性を重視した八間草摺。兜の鍬形が日に光り、眉庇から狼のようなギラリとした眼光が射す。まるで紅を差したように美しい赤い両眼が、獲物を捕らえては和弓に矢を番え、村民を容赦なく射殺せしめる。
その時、一人の郎党が殺戮を楽しむ若武者に伝えた。
「若様! 前方に惣村の新たな若衆を確認! 数は凡そ五十!」
当時の郷村はそれぞれ統合組織を成し、惣村または惣と呼ばれていた。惣村には若衆と呼ばれる自警団がおり、彼らが村の警備、水や土地争いを行う。彼らは有事の際に「鹿狩り」と称して集まり、瞬く間に数十から数百の村兵が出来上がる。
そんな村の若衆が簡易で軽装な腹巻で身を固め腰刀を差し、同じく和弓を片手に村を縦横無尽に駆け巡り、既に二桁の殺戮を行った騎馬武者に応戦を始める。
「乱取りせし蛮東武者共じゃ! 殺れ! 殺っちまえ」
若衆を統率するのは村の壮年衆である。一人の頬の痩せこけた壮年の男が、矢を飛ばすよう命じると、若人の集団が矢を射掛け始める。
しかし必死の防戦を行う村兵の矢を、馬上の若武者は軽やかに躱し、時には身体を捻り大袖で見事に矢を防いだ。
それを見ていた足城の熊髭大将・龍義は、その若武者に檄を飛ばす。
「新九郎! 其処な雑魚共を蹴散らせい!」
「ハッ!」
短く返答するや否や騎馬武者の新九郎は、弓にすかさず矢を番えて敵を狙う。
その様子を見ていた壮年の男が若衆に告げた。
「来るぞ! 討ち取ってまえ!」
構える村兵に騎馬武者の新九郎が叫ぶ。
「惣村の若人に呉れてやる程、俺の首は安うないわ!」
後世、北方の国からミスラ聖教会の教えを広めるため渡来した、長命種であるエルフ族の宣教師・エメルダは、教義の布教と諜報活動のため大和国に移住し、仲間たちとこの国の文化と風習に付いて書き記して本国へ伝えた。
『極東見聞録』という後に、この極東の島国の歴史を研究する上で欠かせない、第一級資料である。
その中には大和武士のことに付いて、以下のように記されている。
――大和武士は皆、勇猛にして戦と血を好み、和弓という凡そ七尺三寸(約221cm)の大弓を扱う。これは北方諸国の弓や、我々エルフ族の使うロングボウよりも遥かに大きい。
――驚くことに、大和人は、皇室、公家、武家、農民、更には魔族のオーガやゴブリンに似た角を持つ〝鬼〟などの亜人種達も和弓を巧みに扱う。
――またこの国の大和刀は非常に鋭利にして頑丈、殺傷力も高く、特に東国の侍が好んで扱う東大太刀は、都の太刀よりも一回り大きく重い。
――この国に住まいし者は皆、古来より戦を常とし、戦と共に生きる戦闘民族也。
新九郎は自身に目掛けて飛来する矢の雨を、巧みに馬を捌いて躱しながら、逆に応射して若衆を次々に射抜いていく。
その勇猛にして数の不利をモノとも思わない剛毅な若武者に、壮年の村人はたじろいだ。
「ええい、たった一騎に何を手間取っとるか!?」
思わず村兵の頭である壮年の男が叫ぶと、惣村の若衆が動揺を見せ始める。
新九郎は研ぎ澄まされ鍛えられた感覚で、村兵の中で叫んだ壮年の男が集団の頭と判断すると、飛来する矢の雨を最小限の動きだけで回避し、冷静に一矢放つ。新九郎の強弓から放たれし矢は、狙い違わず真っ直ぐに壮年の男へ飛んで行き、男の胴を貫通して絶命させた。
「お、親方ぁ!」
「ひいぃ――! に、逃げろ――!」
若衆はとことん肝を冷やすと、恐れ戦き隊を乱して壊走した。
「新九郎様! 御見事也!」
感嘆した郎党が一人、後方で叫んだ。
新九郎、と呼ばれた赤眼の若武者は郎党を鼓舞するように弓を持つ左手を大きく天に掲げ「おお!」と声を出し、味方の士気を増々上げた。
「其処な蛮東武者ぁ! これ以上の乱暴狼藉は罷りならん!」
制止する声へ振り返ると、そこには手に薙刀を腰に革包みの太刀を帯び、頭を裏頭と呼ばれる白い五條袈裟で包んで、黒の法衣を裳付けで結びその下には下腹巻という鎧を着け、白の括袴に白脛巾。高下駄を履いたまさに僧兵と言われる集団が、略奪を止めるべく集結している。
「ここは我ら賀嶋奏堂門衆が先帝・鶯龍院上皇陛下より賜いし社領と知っての狼藉なるや!?」
それに応じたのが熊髭の総大将・龍義だ。彼は馬を前に進めると大声を上げる。
「無論! 汝らが社領であることは百も承知よ! 然れど此度はこの地を我ら足城家が存分に切り取り致す!」
「己は足城の奴原か! 必ずや神罰が下ろうぞ!」
「ハッ! 我らが帰依するは賀嶋桓門宗の武神・御影任宮尊様也! 汝らが奉戴せし奏伯神堂なる邪神に非ず!」
「その言葉、万死に値する! 神に成り代わりて神罰を下してくれるわ!」
「出来るものならやってみせい!」
まさに両者が斬り合おうとした瞬間、足城の大将の後方から声が上がった。
「父上――! 某に御任せあれ!」
既に若衆を蹴散らした若武者・新九郎が馬を走らせ全速力で駆け付けた。
「よかろう。あの忌々しい裏頭を彼奴らの血で染め上げよ。然れど油断する勿れ!」
「御意!」
言われるとすぐさま馬を駆け、僧兵に新九郎が突撃を始める。
対する僧兵も薙刀を構えた。
「バラガキ! 名を申せ!」
「我こそは東武者が一人、足城新九郎、参る!」
「推参也! 蛮東武者!」
新九郎は始めに一矢放ち牽制するが、僧兵がそれを軽く薙刀で払うのを見るや、腰に差す東大太刀を右手で瞬時に抜刀し、獣の如く奇声を上げる。
対する僧兵も同じく低い声で吼えるとブンっと薙刀で、馬の足を切断すべく水平に振った。それを新九郎は馬をタイミング良く飛び跳ねさせ着地すると、馬体を返し大上段から東大太刀を振り下ろした。僧兵は上からくる攻撃を薙刀で軽くいなし、今度は鎧の弱点である脇を狙って刺突を繰り出すと、新九郎は刀の柄頭を使い、薙刀の切先に中て軌道を逸らした。
双方の応酬を見て、足城衆と僧兵の両陣営から鬨の声が上がり、互いに罵声と怒号が飛び交う。
「やるなバラガキ! 然れど是で終いじゃ!」
叫ぶと僧兵は片手で礫を掴み、これを若武者へ目掛けて投擲して眉間に中てた。新九郎の意表を衝き、今度は首元に狙いを定め大きく突き出した。
しかし、新九郎は眉間から血を流しながらも、決して目を瞑ることはなかった。その豪胆さをもって僧兵の突きを間一髪で躱すと、薙刀の先は眉庇をかすめた。そして敵の一瞬の隙を見逃すほど、この若武者は未熟では無い。素早く東大太刀を振るい、僧兵の腕を薙刀の柄ごと切り落とした。
「ぐ…ガッ…!! 見事也、蛮東武者! 先にあの世で待っておるぞ!」
「ほざけ。汝が向かうは地獄也!」
最後にそう言うと新九郎は僧兵の首を宙に飛ばした。吹き上げる鮮血を浴びると、彼は動揺の色を見せ、狼狽が一瞬で広がった僧兵の集団へ遮二無二吶喊する。
「新九郎に続け! 突撃せよ!!」
彼の活躍に呼応するように熊髭の大将・龍義が檄を飛ばし、足城の郎党衆は一気呵成に僧兵へ攻め掛かる。
「くっ…! 神は味方せず。皆、退け――! 足城の奴原共! ただで済むと思うな、覚えておれ!」
僧兵たちは不利を悟るやすぐさま蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「フハハハッ! 生臭坊主共が、この次も弓矢を持って相手してくれるわ! 者共ぉ――! 切り取り次第じゃ、存分に致せ!」
勝利と略奪に歓呼するこの野蛮な集団を率いるのは、この大和国の東州は賀嶋国・足城郡・飯綱荘に所領を持つ飯綱足城家の棟梁・足城龍義である。
足城家はその名の通り、この賀嶋国の足城郡にて興りし御家だ。本家は大江荘の大江足城家であり、飯綱足城家は分家である。代々この東州の地域で、常に他家と競い合うように、略奪、殺戮、誘拐、焼き討ちなどあらゆる蛮行を行ってきた、東武者の模範ともいえる御家である。
ちなみにこのような蛮行を好む東国の武者を『蛮東武者』と呼ぶ。蛮東武者とは彼らに対する蔑称である。
そしてその飯綱足城家棟梁の九男が、僧兵を討ち取りし武勇優れ、強弓を難なく扱う若武者・足城頼将。通称・新九郎である。
後世、多くのメディアや作品で美男子だの、民衆を救う英雄のように美化され扱われるサムライたちであるが、その実態は悲惨な時代に虎狼の如く飢え、跳梁跋扈し大和中で戦しまくるヤクザの様な殺戮集団である。
これはそんな蛮族集団の中でも特に粗暴だったと云われる「蛮東武者」の一人、新九郎の物語である。
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