御家騒動3
早いものでもう7月っ!!
「ロット、その書類を私に渡してここから立ち退きなさい。そしてもし、それを見たのならすぐに忘れなさい。今なら何もなかった事にできる。」
父親が、スッと前に手を差し出し書類を渡すように催促してくる。
顔には焦り、恐れなどの感情が見え、汗も滴り落ちている。
そんな父親を無視し、手に持つ書類を離さない、と言わんばかりに握りしめる。
「こんな物を見て忘れられると思いますか?」
「ロット、頼むから。良い子だから。」
何かを、懇願するように、諭すように手を広げてジリジリと俺の方へと近づいてくる。
お目当てはこの書類だろう。
そんなに見られてはいけない物をなぜ保管してあるのか、見られる恐れがあるなら破棄すれば良いのに…
と、若干呆れながら両親を睨みつける。
「早くお答えください。これはどういう事ですか?この書類の内容を見るに、あなた達がアストロ家の悪評を意図的に広めているように見えますが?本家をこんな風に陥れてあなた達は何をしようとしているんですか?」
ピタリ、と父親の足が止まる。
目はあちこちに泳ぎ、考えが定まらないのか、こちらに差し出してきた手は頭へ移動し、髪をがむしゃらに掻きむしっている。
小声でこんなはずでは、とブツブツと呟いているその姿は実に気味が悪い。
「それと、アストロ領の経営政策についての書類もありました。これだけ見ると、あなた達はアストロ領を陥れるだけじゃなく、アストロ領の領主になろうとしているように見える。」
「ロット!!いい加減にしなさいっ!!!」
今度は母親が俺の方へと近づいてくる。
カツカツとハイヒールの音を響かせながら、ドアを蹴破った際に飛びちった木の残骸を器用に避けながら、俺の手に持つ書類に手を伸ばす。
「もう、無駄だって。」
見てしまった。
知ってしまった。
母親の手が書類に触れる、その瞬間すかさずスカドゥエが母親の腕を掴む。
「っ!!お前っ!!下賎な下民が私に触れるな!!」
「サーセン、それは聞き入れられないっすね。アーシは坊ちゃんの従者なんで。」
そういうと掴んでいる腕をそのまま振り上げ、未だに髪を掻きむしって錯乱している父親の方向へと母親を投げる。
「ぐぁっ!!」
「きゃあっ?!」
ドォン!と激しい音と共に、両親が部屋の外まで投げ飛ばされ、廊下の壁に激突する。
そのあまりにもの大きな衝撃で廊下のガラスが何枚も割れた。
両親は痛さで動けないのか、フルフルと震え、床に突っ伏している。
「アストロ家を陥れれば、アストロ領領主になれると本気で思っているのか?それで、精霊の加護を与えられると??」
今にも気を失いそうな両親に近づく。
この声がきちんと届くように。
「残念ながら、精霊はあんた達みたいな小物には目も
くれないと思うよ。例え、アストロ領領主になったとしてもね。」
息も絶え絶えの母親が首だけ上へと上げて、俺を見る
はくはくと声が思うようにでないのか、小さな呻き声しか聞こえない。
「ぁ……ち、……がぅ、………わた、わたし、達は、そんな……、事を……望ん、でな…い、わ。」
「………望んでない?」
呼吸が整ったのか、掠れた声で否定の言葉を吐く。
「それはアストロ家の没落を望んでないって意味か??それともアストロ家を乗っ取る事を望んでないって意味か??どちらにしろこんな書類があるのにそんなの信じられると思うか?」
「…、それ、は……あのお方、から渡され、た……、わたし、達が、保か、ん……しろ、と……」
「あのお方…?」
聞き覚えのある単語に眉を寄せる。
「噂を、流したのは私達、よ。……ほんの小さな嫌がらせの、つもり……だったの。それがこんな、大事になるなん、て……思わなかった……。」
母親が腰に手を押さえながら倒れていた体勢から体を起こす。
廊下の壁に背を預けて俺の方へと向く。
「最初は、ほんの小さな噂だったの。それこそ、みんながバカらしいって鼻で笑うほどの小さな噂。」
「……………………。」
「噂好きの、話好きの平民を雇って広げてもらった。流した噂がバカバカしいって鼻で笑われようと、少しでも誰かの耳に入ったと知ったら気分が良かった。」
フッ、と自傷気味に眉を下げながら笑う。
「でも、その小さな娯楽も7年前に苦痛に変わった。あのお方に目をつけられてしまったから。」
また出てきた、あのお方。
思い出した。あの医者のジジイも依頼主の事を『あのお方』と呼んでいた。
あのお方、とは一体何者なんだ??
「あのお方は、私達がアストロ家の悪評を流していると気づいたの。そして言ったわ。ほんの小さな噂でも、それは他家を陥れる行為だ、と。それが王家にバレたら極刑だ、って。」
「……それで?脅されたから今もその『あのお方』の指示に従っているって事か?」
「えぇ、そうね…。まぁ、大体の指示は指定された噂をあの噂好きの平民に流してもらったり、その書類を保管する事だったり、簡単な物だけどね。」
「それを7年前から今までずっと続けていた、という事か?随分とながい嫌がらせだな?」
「あのお方の計画は、7年っ、以上前、からずっ、と、始まってい、……るの。わた……した、ちは……そ……、」
「……?」
いきなり、母親の言葉が途切れ途切れになる事に気づき、眉をひそめる。
今更また痛みがぶり返したのか?
「あぁ、こんな…事に、……なるな、ら……、もっと、はや、……くに、切れ……った……。」
言葉が更に途切れ途切れになる。
顔は更に青ざめ、瞳からは涙が溢れる。
「ロッ……ト、……あなた、…が、ぶじ……よ、った……」
最後に心底安心したように、ニコリと穏やかな笑みを浮かべた後、瞳から光が消えた。
父親も、母の隣で目を開きながら息絶えていた。
「スカドゥエ、」
「…………はい。」
「これは、呪いか?」
「おそらく。」
両親の開いたままの瞳を、手のひらでソッと被せて閉じる。
「トリガー……きっかけは?」
「さぁ…?書類を坊ちゃんに見られたからか、それとも『あのお方』の計画の一部を喋ったからか……」
「…………この人達は、この事をロット君が知ったら呪いの対象になると思っていたのかな?だから、執務室に入らせなかった……。」
だから、書類を見た俺が呪いにかからないと知って最後、あんな顔をしたのか。
「そうかも知れないっすね。」
この書類も、何でこんな物を後生大事に持っているのか疑問に思ったが、なるほど、これがその『あるお方』からこっちで保存しろと指示されていたのなら捨てるに捨てられないか。
命令違反は「裏切り」とみなされていたのだろう。
「そうか、そういう事か。」
アスタ家の領主達は没落を望んでいない、と言っていた。
だけど、『あのお方』がアストロ領の没落を望んでいるとしたら??
書類の中には薬に関する書類もあった。
それが「生き返りの薬」のレシピだったら?
『あのお方』はカルロス君に薬を使おうとしていた。
カルロス君を化け物にする為だ。
それは何のために?
化け物になったカルロス君を使って何かをする為?
何かをするにしろ、しないにしろ、化け物になったカルロス君を目にした民が身内のアストロ領主を恐れるのは想像に容易い。
更に、今この辺境の地まで流れている噂のせいでますますアストロ領主の評判は下がるだろう。
そして、そんな評判も悪く、化け物を産み出す領主の土地にはいられない民達は、領地を出る。
民がいなければ土地を耕す人も物資を運ぶ人もいなくなる。領地経営もできなくなり、やがては……
こうなってはアストロ領主も何もしないわけにはいかない。まず最初に不自然に流れ始めた噂の根源を調べるはずだ。
そして、ここに必ず辿り着き、書類を見つける。
きっとアスタ領主はアストロ領主がアスタ邸に着く頃に『あのお方』に処理されるのだろう。自分の痕跡を消す為と、領主殺害の罪を着せるために。
アスタ領夫妻の死も、復讐のためにアストロ領主に殺された、と言われれば世間は簡単に鵜呑みにする。
俺がロット君に憑依しない、本来の歴史でのシナリオは多分こんな感じなのだろう。
「何も知らない人達からすれば身内で歪み合って同士討ちになった風にしか見えない。」
「だけど、その2人が死んだ今、その計画は台無しじゃないっすか??」
「俺がまだ生きている。俺が生きている事はあの医者を通じて知っているはずだ。罪は俺に着せるつもりなんだろう。」
ほんと、つくづく腹立つ奴だ。
自分の手は汚さず、裏でコソコソとハイエナのようにその機会を狙っている。
「それで、どうするんすか??」
「…………どうするも何も、今すぐここを出るしかないだろ」
まだ使用人が気絶している今がスムーズに屋敷を出るチャンスだ。
この惨状を見て、領主夫妻を殺したのは俺だと疑われるのは間違いないが、きっとその疑いは晴れるだろう。『あのお方』によって。
『あのお方』のシナリオでは俺と領主夫妻はアストロ領主に殺されるはずだからな。
死体の死亡時間も、使用人の証言も改ざんされる可能性が高い。
「…まぁ、確かにそれが今のところ最善手っすね。」
「よし、じゃあ早くここから出よう。屋敷にいる使用人は片付けたし、あとはスカドゥエの荷馬車を包囲している奴らだけだろ?」
「多分……、屋敷の中の騒ぎに気づいて外にいた警備も参戦してたっすから、少しは少なくなっていると思うっすけど……」
「ならそこまで手こずる事はないな。それじゃ、行こうか。」
静かに目を閉じている領主夫妻を一瞥し、書類を持って外に出る。
荷馬車の停めてある馬小屋に行くと、やはり数人待機しており、スカドゥエがすかさず対処する。
ものの数秒でその使用人達を気絶させ、荷馬車を取り返し乗り込んで屋敷の敷地を出る。
ガタガタと荷馬車に揺られてながら小さくなっていく屋敷を視界から無くなるまで見続ける。
そんな俺の姿を見て、スカドゥエが話しかけてきた。
「やっぱり悲しいっすか?少しとはいえ親になった人達が死んで。」
「………ん〜、悲しいと思うほどのあの人達に情はないんだよな〜。」
優しくはしてもらった。
それはもう壊れ物を丁寧に扱うかのような、優しい扱いだった。
だけど、その扱いが逆に自分と距離を取られているようで、あの人達の言葉や行動を素直に受け入れる事ができなかった。
それに、
「あの人達は俺の本当の正体を知らないからな。悲しい、というより騙しているという罪悪感の方が大きい。」
「………そうっすか。」
揺られながら、景色を眺めてふと考える。
もし、今回でカルロス君を救う事ができて世界の巻き戻りがなくなったらその時点で俺の役目は終わり、この景色を見る事が無くなる。
役目のなくなった俺はこの世界にとって異物だ。
だからいつも排除される。
そうだ、今のうちにそのことについて話しておいた方が良いのかもしれない。
このループが終わった時、まだ隣に立っているであろうスカドゥエに迷惑をかけないように。
「スカドゥエ、もしこの巻き戻りが終わったら頼みたい事があるんだ。」
「え?なんすか急に。」
「いや、これは事前に言っておかないと後でスカドゥエに迷惑をかける事になるからさ、」
まだ何か面倒な事があるのか、と言うように怪訝な顔をして警戒するスカドゥエを無視して話を続ける。
「この巻き戻りが終わったらさ、この身体のこと、頼むな。」
「……………??どう言う意味っすか?」
「言っただろ?俺はこの世界を正しく正すためにこの世界に来たって。ループが終わったら俺の役目は終わる。正された世界にとって、正す役目を持つ俺は異物だ。」
「つまり?」
「巻き戻りが終わったら俺は死ぬ。」
「……………はっ!!?」
俺の言葉に動揺したのか、目を見開き馬を止めて俺の方へと顔を向ける。
「分かりやすく言うと、俺は病気を殺す薬だ。病気がなくなった体に薬は必要ないだろ?」
「ま、まぁそうっすけど……、イブキの坊ちゃんはそれで良いんすか??そんな、使い捨てのような……」
「慣れたよ。そんなの。それに、今回が最後だ。神様と約束したんだよ。今回の件が終わったら俺の終わらなかった転生を、終わらせてくれるって。」
ニカッと笑う。
複雑そうな顔をする胡散臭いキツネ顔の男に、気にしていない、と分からせるために。
「だからさ、俺が抜けたロット君の身体を頼むな。」
「……考えておくっす。」
「ありがとうな。」
再びガタガタと荷馬車が揺れる。
屋敷を出て数時間がたって夕暮れに染まりつつある空を眺めながら俺はゆっくりと瞼を閉じて夢の中へと旅立った。
御家騒動はこれにて終了っ!!
次回はアストロ領に行きます!!




