異世界の転生 5
「なんじゃ、こりゃ」
フィールとアネシィという、覚えのない美少女幼馴染が突如現れた次の日。三人は探索の準備のため、駅周辺の街に出かけていた。
23年間住んでいる故郷。景色が徐々に変化することはあれど、七美丘全体が纏う親しみは消え失せることがない。だが、そこで目にしたのは、自分の知っている七美丘とはとても肯定できない姿をしていた。
カオス。そう表現するのがピッタリだ。
まず、車道。車の道。車、馬、車、トラック、馬、車、タクシー。
馬? そう、やっぱり馬。なぜか馬で移動している人たちがいた。
次に店。雑居ビルやチェーンの外食店が立ち並ぶ街並みに、木造の小さい出店が散見される。
そこまではまだいい。だが、その店には銅剣や盾、ポーション入りのビーカーなんていかにもな品々が売られているではないか。
そして人。…もうこれは、バリエーション豊かというほかない。
スーツやパーカーに学生服なんてごく普通の服装をしている人もいれば、大きな三角帽や鎧に盾なんか持ってる姿も見える。というかそもそも、全体の見栄えとしてなんか鮮やかだ。異世界の人は基本の髪色が色とりどりで、なんか目がちかちかしそうである。
さらに言えば、人以外の姿も見受けられる。普通はそんなこと聞けば犬や野鳥なんかを想像するだろうが、実際はもっとファンタジックだ。荷物を背負った象ぐらいの大きさのアルマジロっぽいのに、羽の生えたウサギ。真っ赤な猛禽類が店主の肩にとまり餌をもらってたりもする。
人に害なす魔物だけじゃなくて、人と共生している生き物もいるようだ。
(…一日前の俺、どれほど甘い考えをしていたんだ?)
漠然と『異世界生活が始まるんだ!』なんて学校に入学する新入生みたいな期待をしていたが、具体的な変化は想像してなかった。見慣れた景色に見慣れぬ異物が混入した、ある意味バグが発生したゲームのような空間に、自分の脳も機能不全に陥りそうだった。
街はなかなかにぎわっており、大道芸人が炎や水の魔術を使った芸を披露してたりもした。元の世界なら特集で2時間番組が作られてもおかしくない曲芸に思わず目を奪われながら、昨夜のフィールとの通話を思い出す。
■■■
『魔術っていったいどんなことまでできるんだ?』
あのメッセージの後、どうしても訊ねたくなり電話をかけた。
『基本的にはその人の魔力によります。指先に灯す程度の小さな種火、屋敷を包むほどの大火、すべてはその人の能力次第です』
『そもそもこの世界には四つの属性があり、人々はその四大属性の内一つのアニマナをその身に宿しています。その人に行使できる魔術というのは、そのアニマナの質にかなり左右されますね』
『アニマナ?』
『回路、器…適正ともいえるかもしれません。人々はアニマナから生まれる魔力を用いて魔術を扱います。火・水・風・土の内一つの性質を持つアニマナは、そのままその人の魔術適正となります』
『ってことは、さっき炎を出すことができた俺は、火のアニマナを持ってるってことか?』
『いえ、微々たるものですが自分のアニマナと違った属性の魔術を扱うこともできます。十くんに宿るアニマナは風で、お姉ちゃんは土ですね』
――なんともさらっと伝えられてしまった。自分の身に宿る属性だなんてロマンは、もう少し心構えして聞きたかった。CMまたぎにドラムロール、一分間のにらみ合いを挟んでから発表されてもいいぐらいだ。
それにしても、風か。自分の性格を鑑みると、なんとなく土、他はあっても水のイメージを持っていた。風から連想される爽やかさがどうにも似つかわしくない。
『むっ…そっか。それでフィールは?』
『…私は、特別です。これが所以して私は神授の聖者とまで呼ばれ、災厄討滅の旅に出ることとなった』
『私のアニマナは"白雷"―――伝承にしか存在しなかったはずの属性です』
■■■
俺はひとまず先導するアネシィについていくと、たどり着いたのは何の変哲もない雑居ビルだった。以前は小物雑貨店が開かれていた場所だ。
だが今の中身は様変わりしており、所狭しと鎧や籠手に盾、水晶やタロットなんかが置かれている。どうやら装備屋のようらしい。
「おっアネシィちゃんたちいらっしゃい! もう調整終わってるよ~」
筋骨隆々な色黒の大男が気さくな笑みで話しかけてきた。少しびっくりして小さく会釈を返す。
あいさつの後そそくさと裏手に消えた店主が、ガチャガチャと音を立てながら装備を運んできた。
「魔駆装二点、問題ないか確認してくれ」
「ありがとう。ちょっと外で試用してもいい?」
「おう、実際に使って確かめてみてくれ! もし違和感あったら今日中に何とかするからよ」
アネシィが装備品をもって一人表に出ると、俺はフィールに尋ねた。
「魔駆装?」
「魔駆装は魔力で駆動する補助装具です。自身の魔力を魔駆装に通すことで驚異的な魔力の増幅が可能になったり、その装具を生かした魔術が扱えるようになります」
「へー、そんな便利なものもあるのか」
アネシィは引き取った魔駆装の内の一つ、両手に身に着けるガントレットを装着した。
魔力を流し込むと手のひらに小さなブラックホールのようなものが出てくる。
「ただし、魔駆装にはある重大な特徴があります」
「魔駆装を通し発動した魔術は、火・水・風・土、ましてや白雷でもない力に変換されてしまうこと」
アネシィはガントレットの使用感を確かめると、それを装着したままもう一つの魔駆装を構える。見た感じはメイスのようだが、アネシィが魔力を通すと黒紫色のエネルギーを噴出した。
メイスに沿ってエネルギーが噴出するその武器は、刃がエネルギーでできたビームソードみたいだ。
(…なんか物騒だな)
黒や紫のエネルギーといわれると、どうも禍々しく感じてしまう。率直にいうと、少し怖さを感じた。
「二点ってことは、アネシィのアレで全部?」
「はい。私は白雷であることに意味がありますし、十くんの武器も他にありますので」
「ん、武器? …そういえば、俺も魔物討伐なんてしていたんだとしたら、普通に武器とか持ってるのか」
「ちゃんとお家の中にあると思いますよ」
店主の厚意で帰り際改めて受け取ることになり、店を出た一行はその足で様々な道具屋に赴きアイテムを揃えていった。
魔力や体力の回復に用いるポーション、探索に必要なランタンにロープ等々を揃えるとなかなかの量だ。
一通り目当てのものを買い終えると、冒険者御用達の集会所に立ち寄ることとなった。
集会所は体育館ほどの広さを誇っており、多くの冒険者でにぎわっていた。
大剣に槍、弓に杖。革製の装備の戦士や重厚な鎧の大男、修道服姿の女性が歓談していれば、派手に料理を並べて祝賀会を開いているグループなんかもいる。
…これもまた、すごくらしい。完成度の高いアミューズメントパークのアトラクションに乗った時のような、自分がその世界の一員となった錯覚を味わう。
いや、もうすでに一員なのだが。
「あ゛ぁ゛! フィールさんたちじゃないっすか!」
宴会を開いている一角から紺色の髪をした少年が声をかけてきた。すでに出来上がっているようで顔が真っ赤だ。
「あっ、ヨークさんこんにちは。何かお祝い事ですか?」
「えぇ! 我がパーティー≪一蓮托生≫のBランククエスト初達成祝いっす!」
「よかったら十さんたちもいっしょにどうです? 今日は奢っちゃいますよ~~~!」
ひょこっと小麦肌の少女が顔を出す。男女四人組のパーティーのようで、圧倒的な"陽"のエネルギーが眩しい。それにしても一蓮托生とは、仲睦まじいようで何よりである。
「ありがとうございます。お気持ちだけ受け取っておきますね」
「今日は次行くダンジョンの情報収集に来たの。あんたたちは金剛渦水域について何か知ってることある?」
「最近発見されたダンジョンですよね? んむむ~…それぐらいしか」
「続きまして…アネシィさん! ファイヤーダンスをする麻〇太郎! ご覧あれ!!」
「いけシゲちゃん! アネシィさんにアピールだ!」
「馬鹿じゃないの?」
アネシィが宴会芸に巻き込まれている間に、フィールにとあることを確認する。
「≪一蓮托生≫って言ってたけど、うちにもそういうパーティー名とかあるのか?」
今後にかかわる超重要事項だ。新年度を迎えクラス替えが発表されるときのような期待感と緊張感が押し寄せる。
「はい。多くの人々が私たちを認め、敬愛を込めてつけてくれた名があります。
≪救世主一行≫…大仰かもしれませんが、そこに込められた思いを忘れないよう、私たちはこう名乗っています」
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