カゾク/オモイ 1
「ごちそうさま。おいしかった」
「はい! お粗末様でした~♪」
食事を終え、食器をシンクに運ぶ。今夜の献立は母の作ったポテトグラタン。優しい味わいのホワイトソースとホクホクのジャガイモで心温まる、昔からの好物だ。
好きなものを食べて少し機嫌がいいのか、自分の食器を洗う手がいつもより軽やかだった。
「十、ちょっといい?」
食器を洗い終えたタイミングで母からお呼びがかかる。少し戸惑いつつも促されるまま父の目の前の席に着いた。
上機嫌から一転、妙な緊張感が走る。特に心当たりはないのだが、親に改まって話を切り出されるとなると少し不安が顔を出す。
「どうかしたの」
「ああ、まあそんな大した話じゃないんだが。次の週末、空いてるか?」
「…まあ」
できれば先に要件を言ってほしい。その日が空いているかどうかは、その内容によって左右されるのだ。
「お父さんとね、家族でお出かけしたいねーって話になってね!」
とりあえずこちらに都合の悪い話ではなかったようで、心の中でほっと一息つく。
それにしても3人で外出か。考えてみると最近はまったくなことに気付く。
「つっても来週休みとって温泉いく予定じゃん」
「それはお父さんと二人だけでしょ~!? 十ともどっか行きたいの!」
この人たちはアースの時代から何も変わらない。温和で真摯、そして何よりも愛情深い。
俺が無気力に生きていても、この人たちは怒ることなく説くのみだ。
『自分のやりたいと思うことを見つけたらその道に進んでくれ』と。
それは世間から言わせれば甘いのだろう。そんなんだからつけあがるのだと言われれば、当人としては立つ瀬がない。
それでも言わせてもらえるならば、そんな両親のスタンスはやはりありがたいものだった。
「と、いうわけで~~~~?」
「はいこちら! 遊園地フリーパス五人分! 今度の休日みんなで行かない?」
「っうわ…びっくりした…」
この二人はそうだった…性質的にはクラスの人気者タイプ。陣頭で指揮を執り、黒板前で文化祭の出し物投票の集計をするようなアッパー系の人種なのだ。
「まあ別にいいけど…五人分って?」
「もっちろんアネシィちゃんとフィールちゃんよ!」
「あの子たちも、もう家族みたいなものだろう?」
◇
「…来たわね」
「…来ましたね」
遊園地ゲート入ってすぐの広間で、仁王立ちする姉妹がいた。
観覧車に空中ブランコにフリーフォール、そしてジェットコースター。遊園地の看板ともいえるようなアトラクションたちが堂々とその姿を誇示している。
そんなアトラクションを虎視眈々と見つめる彼女らは、今から戦地に赴くかの如き気迫に満ちていた。
「いやなんだその恰好」
…その明らかに浮かれている恰好を除いて。
二人は遊園地につくと一目散にグッズショップに駆け込み、被り物を買ってきていた。この施設はテーマパークではなくあくまで遊園地なので、この手のモノは珍しいといえるのではないか。
アネシィは郵便局員風の帽子に巻き角がついた被り物。そしてフィールは、同じような郵便局員風の帽子に……白ひげ。
…なんだそのサンタみたいな立派なひげは。メリークリスマスでも告げに行くつもりなのか。フィールは感情の起伏があまり大きい方ではなく、時折何を考えているのかわからなくなる。
「なにって、ロクリムの一番のチャームポイントですよ」
飾り物のひげをもふもふしながら、何を今更といった調子で返されてしまった。極めてフラットな声色で通常運転のように思えるが、若干彼女の目に輝きが見える…気がする。
「せっかく最高のタイミングでメリエルとのコラボやってたんだから、楽しまなきゃ損じゃない!」
もう片方の巻き角をつけた少女は、声の抑揚から明らかにテンションが上がっているのが分かる。アネシィのこんな姿を見るのは久しぶりで、なんだか安心する。
今日訪れたこの遊園地は一か月の間『運び屋メリエル』とのコラボイベントを開催しているようで、ショップにオリジナルグッズが展開されていたり、アトラクションに簡易的な装飾が施されたりしていた。
アネシィの身に着けるグッズもその一つで、主人公である運び屋羊のメリエルを再現している。フィールの携える白ひげは、サブキャラクター・運び屋山羊のロクリムモチーフだそうだ。
「ふふっ。二人とも気合入ってるわね」
「ボクたちも遊園地なんて久しぶりだからな! 今日は全制覇するぞー!」
「へあっ!?」
思わず間抜けな声を漏らす。
母の言葉に賛同するように傍らに目をやると、彼女らと同じ装束を身にまとった父と母の姿があった。
い、いい歳して…。母さんはまだしも、父さんはこっち側にいてほしかった…。というかいつの間にショップに足を運んでいたんだ。
知らぬ間に完全アウェーの環境が形成されていたことに頭を抱える。
(しまった…! 実は自分の方が空気読めてなかったパターンのやつになっている…!?)
5人中4人が被り物をしている中園内を歩く…。想像するだけで悪寒が走る。周りの人間に、あの子だけ何もつけてないでハブられてるのかなーとか、斜に構えてかっこつけてるのかと話のタネにされやしないか。
まあそもそも、そんな被り物を現地のショップで売っている時点でアネシィ達の格好がおかしいわけではない。
十の分析通り、友達とファッションを揃えて遊びに出かけたり、フェイスペイントをしてみたりする人の中に自分が紛れ込んでしまっただけなのだ。
かといって、今から一人でショップに行き被り物を買うなんてのもこっぱずかしくて耐えられない…。
(…こんなときは、思考放棄するに限るな)
心頭滅却火もまた涼し。無心の境地に至ることで己を惑わす憂いを祓うのだ。あうあー。
◇
「あ~叫んだ~…」
「…俺、なんか、買ってくる」
「あっ、私も行きます」
若干の動揺はあったものの行動し始めれば特になんてこともなく、一行は様々なアトラクションを満喫していた。
ジェットコースター等の絶叫系アトラクションにいくつか乗車した後、フィールと二人で近くの売店に足を運ぶ。
「ウーロン茶二つにオレンジジュース二つ、あとコーヒーください」
「キャラメルポップコーン一つとチュロス二つ、それとトルネードポテト一つお願いします」
…さすがに一人分じゃないよな…? 一人だけ昼食なんて柄でもないし間食なのだろうが、だとするとまた別に昼食も食べるつもりなのか…? その体の一体どこに…?
フィールを感嘆の眼差しでまじまじと見つめていると、彼女は疑問符を浮かべたように小首をかしげる。
「いや、フィールって意外にもよく食うよな」
「…………俗な女ですみません…」
「そこまで言ってないけど…たくさん食べる子いいと思うし…CMでもいってるし…」
実際、よく食べる子は魅力的だと思う。『いっぱい食べる君が好き』なんてCMがあるが、食の喜びを目いっぱいに享受している女性の顔はとても幸福そうで、見ている側まで嬉しい気持ちにさせる。
もっと掘り下げるなら、きっと幸せそうに生きている表情こそが何よりも魅力的なのだろう。
「…十くん、ありがとうございます。おかげでお姉ちゃん、元気が出たみたいです」
「お礼なら父さんたちに言ってやってくれ。俺は何もしてないよ」
運び屋メリエルはアネシィがずっと追いかけているシリーズらしく、コレクションアイテムの集め具合なんかもなかなかのものだった。今回の遊園地とのコラボも偶然ではなく、父と母は知ってて提案したのだろう。
「はい。ですが、ただ遊園地に来られたことだけがうれしいわけではありません。十くんと一緒だからうれしいんです」
…ミスリルメイズの一件後、アネシィは気丈にふるまおうとしていたが、時折虚空を見つめるように呆けてることが増えた。
ミスリルメイズは自分と向き合う場所だといっていた。俺には何ともなかったが、フィールの見せられていた映像のように、自分の古傷を抉るような何かを彼女も見聞きさせられたのかもしれない。
「…俺はアネシィの、なんなんだ?」
気の置けない友人の一人なのだとはわかっている。もちろん、そんな友人から忘れられてしまったら大きなショックを受けることも理解できる。
だが、心の支えともなると少し行きすぎだ。もちろんそのような関係の人たちもいるのだろうが、自分の人生には少なくともここ最近は友人すらいなかったのだ。
そんな俺が心の支えなんて、いくらなんでも無理がある。
「それは私が勝手に定義していいことではないので。ただ…とても大切に想っているのは、確かです」
姉を想い慈しむようなほほえみを見せた彼女は、一転して目を伏せる。
「…私たちの両親は、名声欲が強く厳格な人たちでした。子供個人には興味がなく、あくまで自身の功名心を満たすための手段に過ぎないような。お姉ちゃんはなんとか両親に応えようとしましたが、そんないたいけな心も相手にされず…」
「私も両親に支配されるがままで、あの人たちに逆らうことはできませんでした」
彼女は唐突に、自分たちの家族について語った。
「私たちのお家は近所ですけど、仲が深まったのは中学生に上がる頃だったんです」
「それまでは親の方針で周囲の子と仲良くなることもなくて…そんな中で親しくなった十くんは、お姉ちゃんにとっても、私にとっても、とても大切な人なんですよ」
今まで聞いたことがなかった、自分たちの過去を知る。
厳格といってもどれほどの程度かはわからない。ただ、フィールの話を聞くに毒親と表現して差し支えない人物なのだろうか。
ミスリルメイズでアネシィがなにを見たのかはわからないが、もし自分の両親のことを思い出しあれほど狼狽していたんだとしたら…最悪虐待ともいえるような環境だったのかと想像させる。
もし、そんなつらい目にあっている少女の初めての友達となったのなら。きっと一生というスパンでみても掛け替えのない大切な人になるのだろう。
だが自分は、
「…俺はそこまで、人に踏み入るような性格じゃなかったはずだ。俺はアネシィたちの助けになんかなってないのに、捏造された歴史によって感謝されるなんて…」
「ありもしない功績をでっち上げて平然と嘯いているようで…自分に不快感が沸く」
自分はそんなアネシィに手を差し伸べてなんかいない。彼女の前に立ち、彼女の手を取ったのは、すべてまがい物の歴史なのだ。
これでは、人をだまして好意を集めているようなものだ。…罪悪感に苛まれる。
「…そんなに自分を卑下しないでください。十くんは優しい人ですよ」
彼女は、証拠を何も出すことができなかった。
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