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改竄された現世にて  作者: ゴノサキ
第一章 異世界の転生
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エイユウ様の御心 3


 彼女の後を追い、辿り着いたのは地元の名所である柄深山天文台。尾行を続けると、現代的な施設であるはずの天文台に、石レンガ造りの地下への入り口が現れる。

 

 石レンガの階段を下ると、青っぽい銀の光沢に包まれた通路が広がっていた。

 一面に敷き詰められたレンガ…これは、創作に出てくるようなあのミスリルだろうか。成人5人が広がって歩けそうな広さの通路は、ところどころ枝分かれした道になっている。気を付けないと迷子になってしまいそうだ。


「………」


「………」


 アネシィと顔を見合わせる。ここまで来たからには引き返す選択肢はない。

 遮蔽物がないので、フィールとはかなりの距離をとる。彼女はこの場所に覚えがあるのか、分かれ道に立ってもあまり迷わず道を選び、先へ先へと歩を進めていた。


 しばらく歩いていると、通路がどんどん暗くなっていることに気づく。元々明かりなどなかったのだが、ミスリル自身が光を放っているのか、視界自体は良好だった。

 しかし、奥に進むにつれその明かりが徐々に鳴りを潜めていき、今では照明のない昼間の物置ほどの明るさしかない。




「……?」


 どこか、言い知れぬ違和感を覚えた。

 周囲を無言で見渡す。フィールを尾行していることもあり、この遺跡に入ってからは一言も発していなかった。


「…なっ!?」


 ふとアネシィに視線をやろうとすると、彼女の姿が見えなくなっていた。


「おい…? アネシィ? どこだ…? アネシィ…!?」


 動揺から思わず声が出る。

 それから、生まれ出た不安がどんどんその姿を大きくしていく。そんな遠くではぐれてしまったのか…? あれほど近くにいたのに…? さすがにおかしい。

 やむを得ずフィールに気づかれることを覚悟し大声で叫ぶも、彼女からの返答はない。


「アネ…ィ…お…?」


 更なる異変に気付く。声が出ない。…いや? ()()()()()()()()()()



「………!」



 一切音が聞こえなくなってしまった。同じ場所に立っていたにもかかわらず、いつの間にか周囲も漆黒の暗闇に包まれている。



 世界に、一人取り残されたようだった。




………


……






 どれぐらい時間がたっただろう。1分か…5分か…それとも10秒もたっていないか。


 無が支配した空間で身動きをとれなくなった俺は、ある感覚を味わう。

 浮き輪につかまり、穏やかな海を漂うような…自分の思う通り動けないのに、どこか心落ち着くあの感覚。





 ―――声が聞こえた。





『外に出たら?』


『そうだな…ボクは…キミと同じものを見てみたいなあ』


『同じものを食べて、同じ風を感じて…』


『キミもそうでしょ?だって―――』






(なんだ、この声は…?)


 ふと、頬に生暖かい感触が伝うのに気づく。触れてみると、それは指へと移り、あっという間に冷えていく。


 涙だった。


「な、んで…」


 漆黒の空間に光が差す。奥に小さな色が見えた。赤に、青に、白に、緑。様々な色にコロコロと姿を変える輝きに、足が吸い込まれる。



 視界いっぱいが鮮やかに染まった。通路を抜けた先の広間では、ミスリルのレンガに映像が映し出されていた。大型家電量販店のテレビスペースのように、同じ映像がいくつも、いくつも。


 それは、多くの人々が息絶える光景だった。


「こ、れは…」


「…十くん、なぜ、ここに」


 死んだような目をしたフィールが、錆びたからくり人形のような不器用な動きでこちらに振り向いた。


「ここはミスリルメイズ…己の内側…その最奥に向き合ったものだけが、深層に辿り着ける夢幻の迷宮…」



『フィール様! たっ、たすけ…ッ!!』


『アグォ…い、が…出来な…』


『あああああ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!! 熱い! 熱いいいいいいい!!!』


 そこはまさしく地獄だった。彼女の目の前で黒の激流に飲まれる者、瘴気によって全滅した死体の山、悲鳴を上げながら煉獄に焼かれる者。

 己の内側…これが彼女の奥底にあるものだとしたら、これはきっと、イメージ映像なんかじゃなく…


 すべてのスクリーンが赤黒くなる。嵐を告げるような厚く重い黒雲に、赤い紫電が走る。空間をこじ開けるように広がる亀裂から、巨大な二つ頭の獄犬が現れた。



「ニズロウ…ッ」

『ニズロウ…ッ』



 スクリーンの声とフィールの声が重なる。絞り出すようにして発された言葉には、彼女の深い絶望を感じさせられた。


 それはまさしく天災だった。ニズロウと呼ばれた二つ頭の獣…オルトロス。奴にはどんな魔術も効かず、奴の吐く炎は尽きることなく燃え続け、奴が撒くタールのような黒の液体は、海を、町を、人を呑み込み、奴の爪は大量の血を地面に刻み込んだ。



『失敗した…!? なぜ!? 以前と同じ手順のはず…っ!!?』


『フィール様! ここは我らが食い止めます! フィール様は退却を!!』


『無理です! そんなこと…できません!』


『いいかい嬢ちゃん!? あんたは俺たちの"光"なんだ!! この世界の…俺の…俺の子供たちを照らす希望を、ここで消すわけにはいかないッ!!!』


『なぜ…ッなぜ効かないの…!? 肝心なところで何の役にも立たない、何が聖者…! 何が白雷……!!』


『お願いします、聖者様…。我々をお救いください…。我々には、あなた様しか…!』


『なんで!? なんでお母さんを助けてくれなかったの!? 聖者様はどんな奇跡も起こすんじゃなかったの!?!? ねえなんで!!!』



 彼女の発する言葉は、未練と後悔に塗れていた。

 彼女に浴びせられる言葉は、悲痛で無残な重圧が伸し掛かっていた。


「私は、崇められるような人間じゃなかった。聖者でも、英雄でも、救世主でもなんでもない」



『あの…すみません…。あなた様方はどちら様でしょうか…?』



「罪を償いたかった」


 映像は突然様相を変えた。

 何の異変も脅威もない、ごくごく平凡な部屋に男が一人。


「…あなたを頼ってしまった、その罪を」



「それの…それのどこが、罪だっていうんだ…?」


 言葉の意味が、解らなかった。


「人には本来使命なんてないはずだ…。生まれてくることに意味なんてないように、力をもって生まれたからって、そこに責務がついてくるわけでもない。それでも…それでもフィールは、多くの人のために必死に立ち向かっていたんだろう…? それを尊ぶことはあれど、非難する理由なんてどこにもないはずだ…」

「こんな惨劇を前にして、謂れのない期待を背負わされて、ようやく掴み取った希望を、罪だなんて糾弾するわけないだろう…?」


 否定したかった。命を懸けてこれほど人に尽くした行いを、罪だと切り捨てるその非情さを。


「フィール…君は、よく頑張った。頑張ったよ。だから、そんな顔をしないでくれ。自分を、責めないでくれ…」


 彼女は自嘲的な表情を崩さなかった。

 俺のかけた言葉は、きっと、彼女が真に欲していた言葉ではなかったのだろう。


「ありがとう、ございます」

「…私がここに来たのは、異世界転生の伝承を探るためです。入り混じった世界を分解し、切断し、隔絶する。そんな御伽噺が、ありはしないかと」

「でも、きっとそんなものはないんだって、心の底では気付いていました」


 悪趣味な舞台が幕を下ろす。すると彼女の記憶映像を映し出していた一面のミスリルのレンガは、突然意志を持ったかのように一か所に集う。多くのレンガが一つになり形成する姿は、まるで頑強なゴーレム。

 ミスリルメイズの番人(ガーディアン)だった。


(しまった……こんなことなら武器を持ってくれば…っ)


「大丈夫です」


 そう告げると、フィールは物怖じすることなくガーディアンに迫る。


「…忘れられるのは、寂しいですから」


 彼女がガーディアンに触れぽつりと何かつぶやくと、ガーディアンはかしずくように動きを止める。突如起動したため排除行動でもとってくるのかと思ったが、とんだ拍子抜けだった。


 奥の間に入るフィールに慌ててついていくと、そこにはたくさんの壁画が描かれていた。


「深層の間。かつて予言者が英雄の来訪を予言したという伝説、"雷駕の神託"発祥の場所です」


 一通り室内を見渡した後、フィールは落胆の色すら見せず踵を返す。


「帰りましょう。十くん」


「もういいのか?」


「さっき言ったとおりです。…只の、絵空事ですから」


 深層の間から番人の間に戻る直前、フィールがこちらに振り返る。


「…そういえば、ここにはお姉ちゃんも来ているんですか?」


「あ、ああ、そうなんだ。どこかではぐれちゃったのか、探し出さないと…」


「………十くん。改めて、お願いがあります」


「…?」








「う゛ぅ…ごめ…なさっ…ごめんなざい…ごめっ…さい…」


 番人の間を後にし、通路を()()()()()()()()()()()()()()、アネシィは見つけることができた。


「ひぅ…やぁ…いやぁ…ごめ…」


 まるで赤子のようだった。衣服は乱れ眼鏡は転がり、髪を振り乱して嗚咽をあげている。胎児のように体を丸め、大粒の涙をぼろぼろと流しながら。


『世界の転生と改竄のこと…いえ、十くんが私たちのことを覚えていないこと、お姉ちゃんには決して告げないでください』


 念を押すようにフィールは告げていた。


「おい…? アネシィ? 大丈夫か!? 何があった!!?」


「じゅう…?」


 身体を揺らし呼びかけると、こちらの気配に気づいた。すると、倒れ込むような勢いでアネシィが抱き着いてくる。


「じゅう! じゅうっ…! やだっ、やらぁ! ひっぐ…じゅう…」


「…大丈夫。大丈夫だから…」


 震える体を抱きしめ、あやすように頭をなでる。気が強く、しかし思いやりを忘れない彼女の面影はどこにもない。嵐の夜、風の音に怯えて一人で押入れに籠る臆病な子供だった。



『お姉ちゃんにはきっと、何よりも耐え難いことですから……』


 俺の頭には、フィールの忠告が残響のように響き渡っていた。




お読みいただきありがとうございます。

ブクマや評価ありがとうございます。本当に励みになっております。

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