第096話 『その日、公爵家にお邪魔した』
この作品が面白いと感じたら、ページ下部にて評価していただけると嬉しいです!
ギルド専用の馬車を準備するとかで、そのあとレイモンド達が忙しなくしていたけど、半刻ほどで準備は整ったらしい。
きっと、陰でスメリアさんやリスティーナちゃんが頑張っていたんでしょうね。
それから閣下の領兵達や騎士達は、若干名を残して、王都にある閣下の屋敷へと先に向かって行った。閣下の事をよろしくお願いしますと、とっても丁寧にお願いされたわ。
王都までの道中、彼らとは一緒に戦ったり食事を共にしたりとお話をする機会などもあってか、それなりに仲良くなれたと思う。王都ではそこまで危険なことは起きないとは思うけど、私は快く引き受けた。
ここエルドマキア王国の王都には、全部で3つの区画が存在する。
1つは中心にある王城。
次に、王城を囲むように存在している貴族街。
最後に、その貴族街の外周部には市民街があり、そこには冒険者ギルドや商店などが並んでいる。
王城は出入りのチェックは厳しいけれど貴族街はある程度出入りが自由となっており、その中には広大な公園や魔法学園なども存在している。
まだ私は出会っていないけど、閣下には奥さんやお子さんがいるみたい。そのお子さんは今、学園に通っているらしいんだけど、奥さんは子供が心配でついて行ったのだとか。
あの騒ぎに巻き込まれなくて良かったと、閣下が安堵していたわ。
そんな屋敷へ領兵達や騎士達が向かっていったのだ。閣下が王都に来ていることはそれで伝わるだろうし、閣下の奥さんやお子さんにもその内挨拶できるだろう。
そんな風に思案していると、アリシアの申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「この様な狭い馬車で申し訳ありません、お嬢様」
現在、私達はギルドで貸して貰った幌馬車に乗って公爵家へと向かっているところだ。
「狭くて悪かったな」
馬車にいるのは家族と、リディとイングリットちゃん。そして閣下とレイモンドの8人。レイモンド曰く、用意できた馬車の中で一番マシなものが、この特殊な機能など一切付けられていない幌馬車2台だったらしい。
まあ無いよりはいいけど、閣下の優雅な馬車とは比べるまでも無いわね。まあ冒険者が使う馬車であのレベルの物は、ほぼ無いに等しいだろうし、そこは仕方がないわ。
ここに居ないスメリアさんは、リスティーナちゃんと一緒に盗賊達の処理に回って貰った。アリシアともっと話したそうだったのに、さっきは邪魔をしてしまってちょっと申し訳ない気持ちになっちゃった。
なので、「また遊びに来ます!」って伝えたら、とても喜んでくれたわ。
「私としては丁度良いわ。だって皆と引っ付けるんですもの」
「お嬢様……はいっ」
「ふふ、そうね」
「ぎゅーってするの」
「リリ様は温かいですね」
「イングリットお姉ちゃんも温かいの!」
「はぁ、見てるだけでほっこりするわね」
1人、この押し競饅頭から避難しているリディが呟いた。
「リディも見てないでこっちに来なさいよ」
「あたしはシラユキみたいに、男性の前でそんなに堂々とくっ付けないわ」
「えー」
男性って言っても、閣下はまぁカッコイイおじさまだけど、もう1人は異性以前に脳筋だし、特にカワイくも無いし。リディも相手がギルドマスターだからって、変に気にしなくてイイのに。
陽が射す王都は、昼前とは言えまだ少し肌寒い。なので私は皆とぬくぬくする事にしていた。
狭いって言ってもぎゅう詰めにしないといけないほどではないけれど、狭いという言い訳が出来るからか、皆いつもよりも距離が近く感じるわ。
先程私を慰めてくれたスピカは、ペンダントの中でお休み中だ。スメリアさんに挨拶させたあと、また戻って貰った。
まだ私自身の安全というか、立場が固まっていない中でこの子を見せびらかすのは、面倒な連中に付き纏われかねない。
今回の騒ぎを解決した報酬に、そんな類のものが貰えそうなら強請ってみようかしら。
「やれやれ、姦しい連中だ」
「ははは、シラユキ君を見ていると、彼女のことを思い出しますね」
「あの無類の女好きか。アレさえなけりゃ完璧な女だって言うのに、勿体ねえったらないぜ」
女好きの女? と言われると、心当たりのあるNPCが何人か。そしてこの国には確実に1人いるから、多分あの人のことなんだろうなぁ。
でもこの国に来たの初めてみたいな雰囲気出している中で、知ってるー! なんて言いにくいのよね。いや、でも有名な人だし噂で知っててもおかしくは無い……?
と言うか、彼女の嗜好と私の嗜好は、明確に異なる。一緒にされると困るわ。
彼女は強くて美しい女性が好きなのであって、私はカワイイ子なら男女問わず好きなだけよ。何なら一部の無性の種族だってイケるわ。スピカも一応、見た目が女性体ってだけで、性別は無かったはずだしね。
……ないよね?
「レイモンド。お嬢様と、あの人を同列に語らないで頂けますか?」
そうこう考えていると、家族団欒の中でヌクヌクしていたアリシアが、声音を低くしていた。あ、ちょっと怒ってる。
「あん? ……ははは! そういやアリシア、アイツに雇われたことあったんだったな?」
「なっ……何故貴方がそれを知っているのですか!」
「いやー、お前に逃げられちまったって、あいつが大きな声で触れ回っていたからよ。ああ、お前はあの後すぐに国を離れたんだったか」
レイモンドは高笑いしているが、私は気が気じゃなかった。まさかあの人とも契約を結んでいたなんて!
「ア、アリシア? どう言う人なのかしら、その人は」
「……あの人に仕えたのは私の黒歴史です。あの人に僅かながらでも可能性を感じた私が愚かでした」
国を出たって話だから、ポルトに向かう前の事かしら? となると、つい最近のことなのかもしれないわね。
「……しかし、契約期間を念のため最短の3日にしておいたのは不幸中の幸いでした。もし、あと1日でも猶予を与えていれば、私はあの人の物になっていたかもしれません」
アリシアが悔しそうに呟いた。
あー、でも何となくだけど、どういう話になったのか分かっちゃったかも。
ゲーム時代、あの人の近くを歩くと、NPCなのに唐突に絡んできて、己の身を賭けて勝負をしようとか言ってくるのよね。女性キャラ限定で。
勝ったらしばらくは大人しくしてるんだけど、時間が経てばまた元気一杯に突撃してくる。とあるイベントをクリアしないと半永久的に勝負を挑まれるのよね。
そして負けたら負けたで、街中を彼女と同伴で連れ回され、挙げ句の果てに暗転が入り、彼女と楽しいひと時を過ごしたという謎のログを残して解放されるのよね。紳士婦女子諸君は一体何があったのかと、妄想を駆り立てていたわね。
「……アリシアはその人と賭けをしたのね? どんな内容だったの?」
「……期間中、メイドとして仕える中で1度でも組み敷かれれば、負けというものです。逆に逃げる事が出来れば私の勝ち」
「アリシアが苦戦するほどに強い人だったのね」
「はい。魔法有りでしたが、彼女は天性の嗅覚でもあるのか、どれだけ撃ち込もうと回避してくるのです。実力で言えば、そこのレイモンドよりは確実に上でしょう」
「余計なお世話だ」
「あれから、私はお嬢様のおかげで成長出来ましたが、あの人もさらに腕を磨いている事でしょう。改めて勝負をするとなれば、結果は分からないですね」
アリシアが珍しく、自信なく気を落とした。
「安心しなさい、アリシア。もしその人が現れても、私が守るわ。だって、アリシアの主人は私で、アリシアは未来永劫私のものなんだから」
「……はいっ!」
嬉しそうに微笑むアリシアを撫で回す。
この国にいれば、遅かれ早かれ私の噂は広がるだろう。ポルトですら1日足らずで私の噂が広がったんだもの。王都は広いとは言え、その分人口も多い。
ブラブラと出歩けば、2日か3日ほどで十分広がりかねないわ。ちなみにシェルリックスは、主要種族がドワーフとノームだった事もあり、私の容姿の噂が広がるよりも先にピシャーチャの噂で上書きされてしまったのよね。
この王都では、まだギルドでしか人目についていないけど、学園に入学するまでに出会う可能性が高いわね。
その時はどう立ち回るべきか、先に考えておきましょうか。下手に付き纏われるとうちの家族にも手を出されかねないし。まぁ、ママやリリちゃんは、綺麗よりもカワイイ寄りだから、多分大丈夫だと思うけど……。あの人の琴線は時々よくわかんないのよね。
ああ、でもリディやイングリットちゃんは確実にアウトね。とにかく、近づかせない様にしなきゃ。
そんな風に家族で暖を取りながら、目的地に着くまで考え事に耽っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
流石に公爵家に馬車ごと乗り込むわけにはいかないので、幌馬車から降りることになった。ここは貴族達が住む貴族エリア。あまり顔は晒したくないところなので、私は猫耳フードを被る事にした。
その格好を初めて見たリディとイングリットちゃんが不思議そうな顔をしていたので、特別に猫撫で声で「にゃーん」と耳元で囁いてあげた。するとリディは見事に立ちくらみを起こし、イングリットちゃんは悶絶してしまったわ。
うんうん、良い反応をありがとう。今度2人の分も用意したいな。
「先触れから聞いているとは思うが、公爵様に至急報告したい事があってきた」
「レイモンド侯爵様にグラッツマン子爵様ですね。お連れの皆さんもようこそ、ランベルト公爵家へ。私は案内をさせて頂くセバスと申します。どうぞこちらへ」
気の良さそうな執事のお爺さんの案内を受け、屋敷の門をくぐって行く。門番や見回りの騎士達からは奇異な視線を感じるけど、無視しましょ。
改めてこの屋敷を見ると、居心地の良い空間ね。
ゲーム時代は人が住まなくなり、草木も生い茂って幽霊屋敷みたいな雰囲気だったけれど、現役時代のこの屋敷はとても綺麗だわ。こんなお庭で日向ぼっこしてみたいわ。
……そういえば。
「レイモンドって侯爵だったんだ。知らなかった」
「ええ、こんなのでも王国中のギルドを纏めているものですから、偉いのです。こんなのでも」
「おい、聞こえてるぞ」
不機嫌そうにレイモンドが答えるが、当然無視する。
「アリシアはどうやってこんなのと知り合ったの?」
「昔、魔法職をしている時に優秀な後衛が欲しいとお願いをされたのです。あの時はまぁ、こんなのでもそれなりに役に立っていたと思います。壁として」
「……」
レイモンドはむすっとしてしまった。言い返さないのは事実なのか、口では勝てないのか。
執事さんは背中しか伺えないが、たぶん笑いをこらえていそうな雰囲気だわ。
庭園から館に入っても、私たちの会話は続く。
「そういえばレイモンド達は、アリシアがエルフでも驚かなかったわね。もしかして知っていたの?」
「……あん? 直接聞いたりはしなかったが、こいつが王都に来た十数年前から姿形が一切変わってねえんだぞ。長寿の種族なんだろうなとは皆、勘ぐってはいたさ。エルフはその希少性から、人前に出るときは姿を変える事があると噂されるもんだしな。アリシアがそうだったと知っても、なるほどなと腑に落ちただけだ」
「そうなのね」
「王都には長居してしまったので、そろそろ出ていくべきかと考えていたところでした。ですが、留まったおかげで、私はお嬢様に出会えました」
アリシアから愛のこもった瞳で見つめられる。嬉しかったので、彼女と繋いでいた手を強く握り返した。
「ほっほっほ、アリシア様とは久しぶりに顔を合わせましたが、あの頃とは表情が雲泥の差ですな」
「そうですね、懐かしい限りです。セバスも、元気にしていましたか?」
「ええ、当然ですとも。アリシア様もお元気そうで何よりです」
「セバスの名を襲名したばかりの頃は頼りなく感じていましたが、今では堂に入っていますね。二姫の方も元気にしていますか?」
「お二人はアリシア様にべったりでしたからな。本日会えるとは思っていないでしょうし、とても驚かれるかと」
「ふふ、そうですか。彼女達の噂は聞こえていましたが、成長が楽しみですね」
アリシア、色んな貴族の所でお仕事をしていたのよね。さっきはヤキモチを妬いちゃったけど、今は特に感じないわね。セバスさんが男の人だから? ……ううん、それ普通は逆なのでは? じゃあなんだろ。
一旦経験したから耐性がついたとか……。それなら楽でいいんだけど、うん。わかんないや。
「アリシアはここでの生活はどうだったの?」
「そうですね……。最長の3ヵ月間雇われていましたが、あの子達との生活は悪くなかったですね。雇い主は公爵様でしたので、彼女達が雇いたいと言ってくれたなら、受けるのも良いかと思っていました」
「そうなんだ。ふうん」
アリシアは昔を懐かしむ様な顔をした。
嫉妬は……うん、顔を出さない。彼女を知っているからかな? それともやっぱり耐性が?
でもちょっと、ほんのちょーっと気になるからつついてみよう。決して嫉妬しているわけじゃないわ。決して!
「……お嬢様?」
「それで? もしこの後、そんな風に誘われたらどうするの?」
「勿論断りますよ。お嬢様は私の全てですから」
「そ。ならいいわ」
「はいっ」
アリシアと手を絡め合っていると、後ろから幾つかのため息が聞こえた。
……何よ。アリシアとの愛を確かめ合ってるだけなんですけど。
「ほっほ、お嬢様がお聞きになられれば卒倒しかねませんな。今の話は聞かなかった事にしましょう」
「なら私が彼女達に伝えるわ。アリシアは私のものですって」
「シラユキ、せっかく穏便にすみそうなのに……」
「シ、シラユキちゃん? もしかしてと思うんだけど、アリシアちゃんが今まで仕えた貴族様全員に触れ回ったり、しないよね?」
「あらママ、それは名案ね!」
「はうぅ……」
ママは立ちくらみを起こしてしまった。リディとイングリットちゃんが慌てて支えるのが目に入る。
うん、でも今すぐはしないわよ? 流石に私の地位が固まっていないし、1つずつ貴族を当たっていくのは時間と手間もかかるし。
「お嬢様、その様なことをしなくとも、常に私をそばに侍らせ、共にいれば良いのです。お嬢様は大変可愛らしく美しいのですから、きっとすぐに噂になりますよ」
「……それもそうね! アリシアのカワイさとの相乗効果でたちまち広がるわね! でもそれは例の計画を完全にぶちのめしてからにしましょう。今奴らの好奇の目に触れるのは良くないわ」
「はい。その時が来たら、一緒にお出かけしましょう」
「ええ、約束よ」
アリシアがいっぱい褒めてくれて感極まったので、そのまま抱きしめてキスをしてしまった。人様のお家だし自重していたんだけど、我慢出来なかったわ。
でも、一応踏みとどまったのよ? ディープな方はしなかったんだから、我慢出来てるわ!
背後からは再びため息が。そして周囲でお仕事をしていたメイドさん達は顔を赤らめ、黄色い悲鳴を上げている。
「……おほん」
居心地の悪そうなセバスさんは速足でとある部屋の前まで行き、扉をノックした。
「旦那様、お客様をお連れしました」
「うむ。賑やかな声はこちらにも届いていた。入りたまえ」
「はい、失礼します」
あら、騒ぎすぎちゃった?
うん、まあ私も緊張していたのかも。正史の公爵様って、館は質に入れられ落ちぶれて、顔もやつれていて威厳も何もあったもんじゃなかったんだけど、ストーリーで見つける肖像画の絵が渋くてダンディーでカッコイイのよね!
それが生で見れるなんて、ちょっと楽しみなところもあってウキウキしちゃっていたわ!
私、ミーハーじゃなかったはずなんだけどなぁ。
反省、反省……。
「失礼します」
セバスさんが明けてくれた扉を通り、中へと入る。部屋にいたのは3人の美形達。
1人は私的に大好きなNPCランキング上位のヒロイン。ちょっとムスッとしてる。
もう1人はそのヒロインをちょっと大人っぽくして、色気と包容力を増した様な美人さん。話には聞いていたけど、お姉さんって本当に綺麗だったのね。
そして最後。公爵様御本人。……なんだけど。
「このおじ様イケメンッッ!!」
肖像画の数百倍カッコイイ、イケメンダンディーなおじ様がそこに居た。
『キャー、イケおじー!!』